第二話 「それでも、町を信じたい」
新年が明け、日ノ杜町は静かな冬の白に包まれていた。
森の木々は葉を落とし、田畑は眠りに入り、商店街も年始の喧騒を終えて、静けさを取り戻していた。
だが、その静けさの中で、確かに新しい動きが生まれていた。
「――それでは、“共存プロジェクト”発足に向けた第1回実務会議を始めます」
町役場の第二会議室。
暖房の効いたその部屋には、農家、養蜂家、学校関係者、役場職員、そして健一たちの姿があった。
テーブルに広げられたのは、【ミツバチ保護ガイド(案)】と書かれた資料。
さやかが読み上げる。
「項目は主に三つです。
① 農薬使用前の連絡義務と散布スケジュールの共有
② 使用薬剤の種類と強度の明示
③ 養蜂エリア付近での安全圏設定、及び防除ネット設置支援」
高齢の農家・村井さんが、ゆっくりと手を挙げた。
「……こういうの、正直、手間はかかる。
でも“ミツバチがいないと野菜ができなくなる”って、初めて実感したよ。
協力する。だから、ちゃんと“伝えて”くれ。若い農家にも」
その言葉に、役場職員の一人がメモを取りながらうなずいた。
「農協と連携して、年間スケジュールを統一管理できるようにします。
ミツバチ保護の“町内共通カレンダー”も作成予定です」
修二がふと、ノートを見ながら言った。
「あと……養蜂って、閉じた世界に見えがちですけど、本当は町全体で支えるものなんだって今回わかりました。
だから、もっと“知ってもらう場所”を増やしたいんです」
その一言で、さやかが手元の紙をめくった。
「そこで、私たちが考えているのが『自然と蜂と町を知る教育プロジェクト』です。
小学校や中学校と連携して、年に1〜2回、“町の自然体験”と“養蜂見学”を組み込みたい。
杉山さんや農家さんにも協力してもらって、“自然と働くって何か”を知ってもらいたい」
「ほお……子どもに見せるってのは、なかなか面白いな」
「自然を“怖がらせる”んじゃなくて、“付き合っていく”ことを、最初に覚えてほしい」
会議室に、静かな熱が満ちていくのがわかった。
数週間後、町内の小学校で第一回・みつばち教室が開かれた。
参加したのは小学四年生の子どもたち。
黄色い帽子に防寒着姿で、元気に杉山の蜂場を訪れた。
「この箱の中に、何匹のミツバチがいると思う?」
杉山の問いかけに、子どもたちは口々に答える。
「100匹!」「500!」「1万!」
「正解は……約2万匹だ」
「え〜〜〜っ!!」
その驚きの声に、杉山はふっと目尻を下げた。
隣で見守る健一も、頬を緩めながら子どもたちの顔を見つめた。
「ねえ、これって全部“人が入れた”の?」
一人の女の子が修二に尋ねた。
「ううん。人は場所と道具を貸してるだけ。働いてるのは、ミツバチたちだよ。
人と蜂は“助け合ってる”んだ」
その言葉に、女の子は目を丸くしたまま、巣箱にそっと手を当てた。
「……ありがとう、蜂さん」
その日の帰り道。
健一たちは車に揺られながら、さやかが持ってきた“感想カード”を読み上げていた。
「ミツバチがいなくなったら、いちごが食べられなくなると知ってびっくりした」
「ハチの羽の音が、やさしいなと思った」
「また来たいです。ミツバチの仕事を見てみたい」
車内は静かだった。
だけど、それは“満たされた静けさ”だった。
「……こういう感想が、町を変えるんだろうな」
「うん。小さな“ありがとう”が、一番強いよね」
健一は、遠くの山の端を見つめながら呟いた。
「“人は壊すこともできるけど、守ることもできる”。
それを、証明したい。……俺は、町を信じたい」
外には、うっすらと雪が舞いはじめていた。
それはまるで、凍えた季節を静かに包む
“再生の序章”のように——。
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