登校中の曲がり角で女子高生とぶつかるあれ、あるわけないだろう
穏水
どいてくれる?
深夜の一時。俺は今、テレビを前にしてとあるアニメを観ている。
黒髪の少年が人探しのために、工事音が鳴り響く古い集団団地の402号室へと入る。そして見つかるレンズが割れた眼鏡。ある人のことを思い出してそれを自分にかける。物音がして振り返ると、シャワー上がりなのか、全裸で肩にタオルをかけたままの、水色でショートカットの髪をした少女がこちらを見ていた。
少女は壊れた眼鏡を取り戻そうと少年に近寄り、眼鏡へと手を伸ばす。少年と少女は絡み合い、黒髪の少年は足を滑らせてそのまま……。
気づけば天井を背にして少年は倒れていた。なんとか少年は手で床をついたものの、異様な感触にそれが何かを確かめる。だか実際に少年はそれが何かを知っている。目の前にはこちらを見つめる無表情の少女。動かない時間。起こったことに理解が間に合わず、工事音だけがその場を埋め尽くす。
「退いてくれる?」
「ご、ごめん……!」
「んな状況あるわけねーだろ!」
俺はそう叫びテレビの電源をプツリと切る。ため息を吐きながらベッドに身体を投げて、天井を眺める。そして俺は頭の中を整理しながら考えた。
いつも、思うことがある。映画、ドラマ、アニメ、漫画。それはただの創作物であることは重々承知している事実である。だが、さすがに思うんだ。
学校に遅刻しそうになり、走って学校へと向かう途中、通学路の曲がり角で『女子高生』とぶつかるあれ。なんならパンくわえてるあれ。もっと言えばそのまま倒れて互いの唇が触れ合うあれ。舐めてる? 舐めてるよね?
おいなんならさっきの某アニメの倒れたら胸を土台に手のひらついてんの意味わからんだろ。どうやったらそういう状況になるんだ。どう倒れたらそこに手がつくんだ。相手側も肺とか心臓圧迫されてめちゃくちゃ辛いと思うんだが? それを無表情で? よくあるやつなら赤面して「ど、どいてくれる…? 恥ずかしいんだけど……」とか言うんだろ? 普通咳き込んで、「しんどいどいて!」とか言うはずだと思うんだよな。
「はぁ」と俺はまたため息をついた。わかっている。それはただの創作物であることを。断じてノンフィクションではなくフィクションであることを。男の妄想が練り込まれた作者の趣味であることを…!
ということでこういったシーンを目の当たりにしたら、俺はこれは作者の趣味であって、このアニメを観ている諸君が非リアであることを煽るようなアニメであるわけではないと瞬時に理解できるまでに至った。
「何考えてんだろ俺」
冷静になってみると、開き直ってる俺がバカだと判断できた。これもまた一歩成長だ。
「とりまもう夜遅いしトイレ行って寝るか」
俺は自室のドアを開けて、トイレへと向かう。十何年も住んだ部屋だ。廊下の電気なんかつけなくてもトイレの場所なんか余裕でわかる。
てことで瞳孔が縮んでいる今、暗くて何も見えない廊下だが、手を壁に伝いながら記憶を頼りにトイレへと向かう。ここを右に曲がれば、すぐそこに……。
油断したのがバカだった。進行方向、身体に何かがぶつかる。俺は予想外のことに体勢を崩し前へと倒れる。そして俺以外のものが床へと倒れる音が耳に届く。かろうじて俺は床に手のひらを前にしてついたおかげで顔面衝突は避けたが、一体俺は何とぶつかって何を倒した?
というか、床ってこんな感触だったっけ。俺は左手のひらがつくもの、柔らかくて弾力のある感触にどこか快感を感じる。しかしそれは明らかに床の感触ではない。目の前から誰かの息遣いが聞こえる。
目が慣れてきたのか、ぼんやりとそのシルエットを確認した。長い髪を床に垂らし、よく見る服を着た少女……。
「痛い。どいてくれる? キモいんだけど」
「え、ご、ごめん」
俺は咄嗟に手をはなしてその場から後退りする。そしてさっきの少女は立ち上がってすぐ近くにあった照明のスイッチを押した。
「なに? こっち見ないで。キモい」
「な、なんでお前電気もつけないでこんなとこいんだよ」
「は、こっちのセリフなんだけど。お兄ちゃんこそなんでいんの?」
「いや俺はトイレに……」
「わかったから、そこどいて。早く寝たいの」
「ごめん……」
妹はそう言い俺の横を素通りしていく。こちらに目も合わせずに、さも俺が邪魔であるかのように。俺はただ見ているだけしかできなかった。
妹は自室に入る前に、一瞬足を止め、小さく口を開いてからすぐに部屋へと入っていった。
「お兄ちゃんのバカ」
心なしか、頬が赤くなっていた気がする。
いや気のせいか。そんな馬鹿な話があるわけないか。
それからというもの、俺は先ほどの妹の行動が頭から離れず、全く眠ることができなかった。
登校中の曲がり角で女子高生とぶつかるあれ、あるわけないだろう 穏水 @onsui
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