第4話

 「おはようございます。リリス様。朝です。朝でございます。起きてください」


 目を覚ましてまずやることはリリスを起こしに行くことであった。リリスの唯一の専属メイドである私がやらなければ、リリスは一生誰にも起こされない。怖がられていたり、嫌われていたり、とにかくここの使用人に避けられている節があるので、しょうがない。

 扉を開けて、ベッドに直行。そのまま毛布を剥ぎ、ほら起きてください、と声をかけながらどさくさに紛れて手とか頬とかぺたぺた触って……ということを妄想していたのだが。


 「あら、ティナ。おはよう」


 意気揚々と起こしに来たのに、リリスはもう起きていた。寝具は綺麗に片付けられている。シーツに至ってはシワひとつない。

 パジャマから部屋着に既に着替えていて、パジャマはしっかり畳まれている。

 カーテンはもちろん開けていて、窓も少し開けている。換気もバッチリ。

 専属メイドである私の仕事をほぼほぼ済ませていた。


 ぼーっと立ち尽くす。

 ちょっと理解するのに時間を要する。


 「ティナ。今日もいい天気ですわね」


 処理落ちしかけている私に対して、勉強机に向かっていた彼女は朝日に負けず劣らずな眩しい笑顔を私に向けた。


――え、待って。可愛い。好きぃ。


 じゃなくて。いや、好きなのは好きだし、可愛いのはもうはちゃめちゃに可愛いんだけれど。


 そうじゃなくて。


 えーっと。どういう風の吹き回しなのだろうか。


 リリスはワガママお姫様なはずなのに。そのワガママさは微塵も感じられない。

 これじゃあただの聖女。人当たりの良いお姫様である。

 メイドの手を煩わせることなく自身のことは自身で済ませ、それどころか勉学にさえ励む勤勉さを持つ超絶美女。

 欠点は胸の大きさだけっていう完璧お姫さまだ。


 えーっと、誰ですか。こんなお姫様、私知りません。


 「どうしましたの? ティナ。早くわたくしの髪の毛を整えなさいな。これは命令ですわ。ほら、早く。ずっと待ってますのよ?」


 ワガママって言うほどじゃないけれど、命令してくれることに喜びを感じる。

 って、それだけだと私がただの変態みたいになるな。

 だけれど、私が好きになったのはワガママばかり言うお姫様であって、こうきれいなお姫様ではないのだ。だから泉に落ちたんじゃないかって思ってたリリスが戻ってきてくれて嬉しくなる。


 「それでは失礼します」

 「ええ、どんとこいですわ」


 動かしていた手を止めて、ノートを閉じる。教科書? のような分厚い本も同時に閉じて片付けてしまった。綺麗になった机をリリスはじーっと見つめる。さあ、髪を整えなさい、という感じでじっと待つ。

 やりますと言ったものの、リリスの髪の毛は整えるというほど乱れてはいない。

 すーすーと櫛はスムーズに動く。これ……意味あるのかな? とさえ思う。梳かしたからといってなにか変わっているようには思えなかった。

 それでもリリスの横顔は気持ち良さそうだし、こんなんでリリスが満足しているのならばまあ良いかって気持ちになる。


 「……そういえばなんですけど」


 こうやってリリスの御髪を整えている間はなにもすることがなく暇なので、他愛のない会話をリリスとすることにした。生産性はないが、好きな人との関わり方って生産性とか関係ないよね。


 「なんで私にだけ髪の毛を触らせてくれるんですか? 他のメイドには触らせてないですよね。私よりも綺麗に髪を梳かせて、クルクルカールまでできるメイドっていると思うんですよ」


 私は有能か無能かと問われれば多分無能側。魔法が使えない以上、できることが限られてしまうので致し方ない。

 専属メイドであるから、私にやらせる。というのは一見筋が通っているように見えるが、冷静に考えてみると、別に私がやらなきゃいけないってわけでもないのだ。

 ワガママお姫様の強いこだわり。

 求められることに関しては嫌な気持ちはない。むしろ好きな人に求められるというのは包み隠さずに言うのなら気持ちいい。一生私を求めてとさえ思うが。

 不思議だなぁとも思う。


 「…………」


 何気なく聞いたことであったが、リリスの機嫌を損ねてしまった。

 具体的に黙って、私の手を掴んで、立ち上がって、凄い形相で睨む。怒りによって頬を真っ赤に染めていて、今にもありとあらゆる罵詈雑言がその小さな口から放たれそうな雰囲気があった。


 「リリス様。どうされましたか。痛かったですか?」

 「そうじゃないわ」

 「もしかしてやり方がお気に召しませんでしたか?」

 「そうでもないわ」

 「じゃあどうされたんですか」


 私の問いにリリスは肩をぷるぷる震わせる。それから瞳を潤ませて、こちらを見つめる。


 「ティナのバカっ! バカっ! バカぁぁぁっ!」


 小学生でもしないようなバカの連呼をして、走り出す。あっという間に部屋から消えて、ぽつんと部屋に取り残される。

 手に櫛を持って、呆然とする。


 なんかわからないけれどリリスを怒らせてしまった……らしい。

 正直、怒らせてしまったという実感はあまりない。というかこれっぽっちもない。


 なにこれ。ワガママお姫様はやっぱり難しい。

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