衝突!
ΦLands
第1話
母に手を引かれて、母の歩幅で歩く侑子は人ごみの中を歩いた。彼女はカラフルな服を着た人たちの笑顔を見上げていた。
「ねぇ、今日はお祭りの写真撮るの?」
侑子の母は写真家だった。海外を飛び回り、色々な写真を撮っていた。みんな母の撮った写真を褒めていた。素晴らしいって。その時の母は笑顔になり、ありがとうございますと、色んな言語で喋っていた。おかげで侑子は世界中の人に感謝を伝えられるようになった。
「そう、お祭りのようなものね」
母は人を避けながら言った。その肩には大きな黒いバッグが揺れている。中にはカメラ。
人ごみを抜けて、観客席に着いた。
「私は仕事してくるから、終わるまでここで待っててね」
その言葉と、コーラとポテトだけを残して、母は来た道を戻っていく。侑子は一人になった。彼女の座った位置から、サーキットの一部が見下ろせた。大きい『U』の形をしている。
(お母さん、今日はレースの写真を撮るんだ)
彼女はポテトを一つ口に含んで、コーラで流し込んだ。足をブラブラさせて、時間が過ぎるのを待った。丁度、日が沈みかけていた。
30分はボーっと空でも眺めていた侑子だったが、手持ち無沙汰になり、一人遊びに興じることにした。最近覚えたそれは、彼女の秘密の遊びだった。
二週間ほど前から、侑子はモノを自在に動かすことができるようになった。超能力ってやつかもしれない。まだ上手く扱えないけれど、法則らしきものは掴めてきていた。どうやら、よく知っているモノほど、細かく動かすことができそうなのだ。
侑子はコーラの入ったカップを両手で包み込むように持って、じっと見つめた。紙でできたカップのことはよく知っている。母がいつも買い与えてくれるから。彼女は目をゆっくり閉じる。この時、瞼の裏を透かしてカップを見るように意識するのがコツだ。そのまま集中し続けると、液体の入ったカップの重みが次第に消え、宙に浮かび上がって・・・。
そのとき、轟音がなった。カップは地面に落ちて、侑子の靴はコーラで濡れた。
(最悪、靴下までベトベト)
轟音の正体にはすぐに予想がついた。今日のレースを走る車の音だ。それにしても大きい音だった。侑子は紙のカップを拾い上げて、恨めし気にサーキットを見下ろした。
その姿が『U』字の左上から姿を現したとき、周りからは歓声があがった。クネクネ左右に揺れながら走るそれは、タイヤ付きの甲虫という感じだった。侑子はその一台が走り抜けるのを、固い顔で見届けた後、トイレにたった。
レースが始まると、さっきの轟音は100倍になった。侑子は耳に指を突っ込み、顔を歪ませた。うるさすぎる。これじゃさっきの一人遊びも捗らない。
侑子はこれをお金を払って見に来ている観客ごと心の中で詰った。早く終わって、母が彼女のに声をかける場面を何度も想像した。
それからどれくらい経っただろうか。時間にしては40分くらいか、時計を持っていない侑子には分からなかったが、コーラで濡れた靴下を隣の空いてる席に干そうとしていた時だった。今までの車の音とは違う大きな音が聞こえてきた。
自転車に乗って急ブレーキをかけたとき、地面をタイヤが擦ってヒドイ音がする。それに似た音がした。だけど、それの何千倍もヒドイ音。
侑子がぱっと目を向けたとき、『U』字に突入してきた車は縁石を乗り上げていて、宙に浮いてるように見えた。観客は落胆と心配が入り混じった声を上げる。コントロールを失ったマシンはグルグルと横に回転しながら、まるで減速せず、Uの底めがけて突っ込んでくる。最後、壁にぶつかってもなお勢いは収まらず、激しい衝突音とともにタイヤがふっとんでいた。
気づけば、周りは破片まみれ。ピカピカの甲虫は、一瞬で轢かれた虫の死骸みたいになっていた。
ドライバーが心配だった。侑子は裸足のまま靴を履き、急いで観客席を降りていった。一番事故現場に近いフェンスの周りにはすでに人だかりができている。彼女は子ども特権を利用し、足をかき分け最前列を確保した。
大破したマシンから力ない動きでドライバーが這い出した。完全に地面に降りたドライバーは壊れたマシンを振り返り、うなだれている。
侑子はなぜだかその姿から目が離せないでいた。ヘルメットのせいで表情は分からなかったが、彼女はそのドライバーの顔をじっと見つめ、それから壊れた車を見つめ、交互にそうするのをどちらかがいなくなるまで続けた。
レースはその後再開され、知らない外国人が優勝した。本日最高の歓声が上がる中、侑子は大きくクラッシュしたあのドライバーのことが胸に引っ掛かっていた。母が仕事から戻ってきても、あの一瞬が忘れられなかった。
あのドライバーが彼女と同じ日本人で、あの事故をきっかけに彼があの場を追われることになったと、彼女が知るのはもう少し先のことだった。
キューに打ち出された球は、速度を保ったまま真っ直ぐに転がり、ピラミッド型に並べられた球たちの頂点にぶつかる。小気味いい音を発する。衝突のエネルギーは連鎖的に広がって、15個の球は四方八方にはじけた。互いにぶつかったり、壁に跳ね返ったり、長方形のテーブルの上で色とりどりの球が、思い思いに動く。いくつかの球はその道中、テーブルの角と辺に設けられた6つの穴に吸い込まれるように落ちていった。
台の上の球たちがその動きをとめて、辺りに静けさが戻るまで、本多はキューを杖のように握りながらその様子を見つめていた。
本多は台を回りこみ、穴に落ちた球を確認する。6番と13番と5番。6番は出会いの球だ。この場合、次に落ちた13番がその相手を意味する。意味するのは『星』
『星に出会う』もしくは数字そのもので『13に出会う』本多は頭にハテナを浮かべた。
3つ目の球。5番の球を拾い上げて本多はため息をついた。5番が意味するのは、地。あまり良くないことを象徴しがちな球だ。本多は5番の球を放りだして、台の上へ視線を移した。そこには、穴に落ちなかった球たちが散らばっている。本多はその中から白い手玉を見つけ出し、キューでその頭をさした。
手玉はゼロ地点。自分自身の位置を表す。それを中心とした、まばらな恒星系を読み解く。最も接近していたものは2番、可能性の球。反対に、最も離れていたのは7番、理性の球。つまるところ概ね吉だが、目先のことに囚われると足元をすくわれる、といったところか。
本多はキューを台に置き、近くの一人掛けソファに腰掛けた。柔らかい反発が眠気を誘う。本多は抵抗せずに目を瞑った。
大きな何かがこの身に迫ってきている。それを見定める冷えた思考を、自分は持っているだろうか。本多はまどろむ頭で考えた。いや、占いを真に受けてナーバスになるのはよそう。
「黒沢レーシングチーム」のガレージで、本多は睡魔に身を預けた。明日はレースだというのに、本多の他には誰もいなかった。
M県Sサーキットと書けば、伏字の意味もなくなるわけだが、今日ここで行われるレースに、本多が属する「黒澤レーシングチーム」が参加する。
フォーミュラではないグランツのカテゴリ。市販の車を改造して臨むレース。本多が手塩にかけてつくりあげたGRハチロクは、たった今、最後のシュケインを抜けてストレートを下ってきた。
ストレートの端で難しい顔をして本多は立っていた。横にはストップウォッチを構えた男がもう一人。よく鍛えられた筋肉をしているが、着やせしているのと、眠そうな目をしているのがその威圧感を消している。シャツのボタンをカフスまでとめ、寝ぐせもちゃんとなおしてあるが、どれも必要最低限。そんな感じがぬぐえない。とてもじゃないが、チームに自分の名前をつけるような奴には見えない。
ハチロクが目の前を通り過ぎる瞬間、黒澤はストップウォッチをとめて、タイムを計測した。
「タイムは?」本多は聞いた。
黒澤は黙ったまましばらくストップウォッチを見つめていた。本多の声は決して小さくない。聞こえてはいる、はず。
ストップウォッチが投げられる。本多はワンテンポ遅れてキャッチする。
「おっとと」本多が顔を上げると、黒澤は背中を向けてスタスタ去っていくところだった。
「どこ行くんだ?」
「トイレ」
(それは答えるんだ)
本多は掴んだストップウォッチを見た。『00;00』、知りたかった情報は黒澤の手によって消されていた。それでもヤツのあの態度から、速かったのか、それとも遅かったのかは分かる。
そうは言ってもなぁ。本多はひとりごちた。今のドライバーだって、それほど悪いドライビングはしていなかった。技術的に未熟な所は散見されるが、それは若さ故のモノとこの際擁護できる。そりゃ、今この瞬間に速いに越したことはないが、先のことを考えればここは忍耐のときだ。
本多は黒澤に代わってストップウォッチを構えた。
誰もいないトイレ。汚くはないが、古さのせいで損をしているタイプだ。換気のためか、小便器の上の窓は全開にしてあった。
遠くから車の排気音が聞こえてくる。黒澤はズボンのチャックを下ろして、外を眺めるようにして立った。目の前には茂みとフェンス、それから少女の顔。窓枠に手をかけながらこちらを覗いていた。後ろにまとめられただけの髪には、葉っぱとホコリで汚れている。
「は?」
「黒澤さんでしょ?」少女は言った。
「うん、俺は黒澤だけど」
それを聞いて、少女はパッと笑顔になった。
「よかった。ヘルメットしてるとこしか知らなかったから、不安だったんだ。ワタシは美墨侑子」窓越しに彼女は手を出しかけ、引っ込めた。「握手はあとでね」
黒澤がトイレから出ると、侑子は待ちぶせていて、そのまま横に並んで歩いてきた。
「握手するんだったっけ?」
黒澤がハンカチで拭いたばかりの手を差し出すと、侑子は喉をゴクリと鳴らしてから、手を取った。
「ワオ。ワタシ黒澤さんと握手してる。感動的」
「ん。どうもね」
侑子の目がキラキラ輝いてるのと対照的に、黒澤の目は沈みかかっていた。侑子と名乗った少女にバレないように努めてはいたが、早くその場から去りたがっているのは明白だった。
「それじゃ」
少し不愛想に見えたかもしれない。それでも大人としての体裁は保ったつもりで、黒澤は少女に別れを告げた。
「黒澤さんは今日のレースに出るの?」
少女は大股で黒澤についてきて、彼の横にぴったりついてきた。黒澤は眉を寄せて彼女の顔を上から覗き込んだ。
「お嬢さん、親御さんは今どこにいるの?」
「お嬢さんじゃなくて侑子ね。親は今いないよ」
「ここには一人で来た?」
親のことを聞かれている間、彼女は少したじろいでいた。それ以上は聞いてほしくないと、言っているようなものだ。
「レースを見に来た?」黒澤は言った。
侑子の目に一瞬で輝きが戻る。黒澤の歩幅に合わせていた足をさらに速め、ちょっと追い抜いた。
「黒澤さんにお願いしにきたの」
「お願い?」
二人は立ち止まり、向かいあった。
「ワタシ、F1レーサーになりたい」黒澤を見上げる侑子は、真っ直ぐ通る声で言った。「だから、ワタシにレースを教えて」
黒澤は唐突な出来事に、少々驚いた。
「お願い」侑子は両手を合わせてお願いした。
「親に相談してみることだな」黒澤はにべもなく言った。「そもそもここは関係者以外立ち入り禁止だから、親がいないなら警備員に話さなきゃならんね」
「ウッ」
「面倒だけど、一緒にいくぞ」
黒澤は侑子の首根っこを捕まえようと手を伸ばした。それを彼女はヒラリとかわす。
「あ、オイ」
黒澤が呼んでも聞かず、侑子は背中を向けて駆けていった。
「やっと戻って来たか」
ガレージに戻って来た黒澤を本多が迎えた。
まがいなりにもレーシングチームだけあって、ガレージ内では着々と準備が進められていた。メカニックたちは、車の最終チェックに余念がなく、ドライバーも集中力を高めて話し合いをしている。本多もバインダーに目を落とし、データを確認している。
「調子はどうなんだ、ええと」黒澤は頭をかいた。
「大石ね」本多がすかさず言った。「いい加減ドライバーの名前くらい覚えなよ。肝心な時に席を外すし」
「知らない子どもに絡まれてたんだよ」黒澤は邪魔にならないように端に寄った。「なんかF1レーサーになりたいから、俺にレースを教えろって」
「見る目ないな、その子ども」
「全くだ」黒澤は言った。
本多は手を止めてチラッと盗み見た。冗談のつもりだったんだけどな。本多は思った。真に受けられると、立つ瀬がない。
レースを初めて見るならば、まず驚かされるのはその音だろう。はっきり言ってうるさいくらいだ。往年のファンに言わせれば、これでは物足りないらしいが、黒澤にはその感覚は分からなかった。鼓膜じゃなく空気がビリビリ震えるのも、腕の毛が逆立って不快でさえあった。
(これだけの音、エネルギーに替えられたらどのくらいになるんだろ)ついついそんなことを考えてしまう。
どこかに飛んでいきそうな黒澤の意識を現実に引き戻したのも、マシンが鳴らす轟音だった。
現在35周目、残り16周。黒澤レーシングチームもとい、本多の虎の子、ハチロクと大石はトップをひた走っていた。本多は黒澤の横に座ってモニターを穴が開くほど見つめている。指も常に無線のボタンにかけられ、額に流れる汗を拭う気配すらない。
モニターにはレースの状況が一目で分かるほど、簡潔に情報がまとめられていた。残り周回数、前後のギャップ、タイヤの温度、etc...。
ハチロクがストレートを下っていく。豪快に風を切って。2位を走るマシンもすぐ後ろに続く。タイム差は1秒を切りそうな勢いだった。すさまじいデッドヒート。残りは15周。(どのくらい速いか想像がつかないならば、プラレールを思い出してほしい。それの約200倍速い)
「オイ、タイヤがもう限界だ。このまま最後まではもたせらんないぞ」
本多の耳にドライバーからの無線が入る。タイヤを替えるにはピットインする必要がある。そうすればタイヤはフレッシュになり、グリップもきくようになる。なら、さっさとすればいい話なのだが、そうもいかない。ピットに入ればそれだけタイムロスになる。幸いにも2位を走るマシンもタイヤを替えていないので、同じだけタイムロスをする計算になるが、怖いのは3位、4位の奴らだ。新しいタイヤを履いて、じわじわと追い上げてきている。
残り周回数を考えれば、今のままで走り切れないこともないが、終盤で追いつかれた場合は戦う余力はなくなっていることだろう。そこから慌ててピットインしたところで、失った順位が覆ることはあり得ない。
本多は決断を迫られた。
「落ち着け。タイヤは使い切っていい。3位との間に30秒稼げば、ポジションを維持できる。真後ろの奴にも抜かせるな。前が空いてる今しか、タイムは稼げないぞ」
「つまりどうしろと?」
「プッシュに次ぐプッシュだ!」
本多は声を荒げた。無線ボタンから手を放し、子細な数値の変化さえ見逃すまいと、モニターを見つめた。
ようやく巡ってきた優勝のチャンスだ。無理もない。黒澤は思った。だが、そう上手くいくかな。
「なぁ、オイ」無線が入る。「なぁ、オイ。タイヤがもう限界なんだ。グリップがほとんどない。氷の上を走ってるみたいだ」
「我慢してくれ。ここを耐えたら勝てる!」本多は叫んだ。
モニターとにらめっこしてる本多をよそに、黒澤は椅子から離れて、長いストレートの端に立っていた。フェンスに手をかけて、左から右へと高速で流れていくマシンをいくつも見送った。
お目当てのマシンは、すぐに来た。 本多が改造を施したハチロク。2位の車を引き連れて第一コーナーへ向かっていく。
黒澤はため息をついた。彼の目に、ハチロクは死に体に映った。鼻血を流して、口で呼吸しているボクサーみたいだ。辛うじて立っていられているだけだ。対して、後ろのマシンには疲労こそ見られるものの、まだ闘争心を失っていないように見えた。
(あとは時間の問題だな)
黒澤には2位の車にハチロクがオーバーテイクされる様が、容易に想像できた。
「クソッ!」
床に思い切り叩きつけられたヘルメットが、乾いた音でバウンドして転がっていく。
「さっさとピットインすりゃよかったんだ」大石の声がガレージに響く。
「あの状況じゃ、ああするのがベストだったんだ」本多は言った。「すまない、分かってくれ」
目を合わせようとしない大石に、本多は何とかなだめる努力をしていた。
(作戦は悪くなかった)黒澤は思った。(このドライバーも、別にタイヤを持たせる技術がないわけじゃない。ただ、真後ろからのプレッシャーに耐えられなかっただけだ)
少し離れたところで、黒澤は棚に重心を預けて2人のやり取りを見ていた。
「なに見てんだ?」
うつむいてウロウロしながら怒りを発散させていた大石は、黒澤の視線に気が付き、睨み返してきた。
「落ち着け」黒澤は言った。「今回は運が悪かっただけだ」
「運?」大石は黒澤の言葉にひっかかった。「ハッ。元F1ドライバーともあろうお方が、運で片付けるとはな。お笑い草だぜ」
黒澤の表情が曇ったのに本多は気がついた。マズイ。そこは地雷原だ。だが、頭に血が昇った大石は黒澤が押し黙ったのを好機ととらえた。
「あんな事故をワザと起こしたアンタに、運だの何だの言われたくないね。言う資格もないだろ。あ、それともアレがキッカケで運命論者にでもなったのか。だとしたら、ご愁傷様だな。ドライバーとしてのアンタはもうお亡くなりになられた」
本多は生きた心地がしなかった。黒澤の一番触れられたくない部分をコイツは勢いに任せて踏み抜いた。
だが、黒澤は激昂するどころか、反論する様子もなく、腕を組んで静かに事態を見つめていた。やがて、大石に悪口の在庫がなくなったと分かると、黒澤はおもむろに口を開いた。
「お前の言い分はよく分かった。ほんと、痛いほど。確かに俺はドライバーとしてはご臨終してる。腐る前に、早く火葬した方がいい。でも、それとお前がプレッシャーに負けたことは関係がない。違うか?」
プレッシャーに負けた?本多は大石の表情を盗み見た。口をつぐみ、冷や汗を流している。分かりやすいほど図星をつかれていた。
くるりと身体を回して 、大石はその場から離れようとする。本多が呼び止めると、目線だけ振り返ってよこした。
「悪いけど、アンタらとはやっていけない。俺は他所へ行く」
そう吐き捨てて去っていく。黒澤は冷ややかな目でそれを見つめていた。
「ハァ」本多はため息はいつも以上に大きかった。「これで何人目だ?いつも最後はこうなる。恨みでもあるのか?」
「昔、ドライバーに飼ってた犬を殺されて、車も盗まれたことがある」
本多は黙った。
「悪かったよ。変な冗談言って」黒澤は言った。
「大石を探してくる。説得すれば気が変わるかもしれないからな、まだ」本多はその場を後にした。
侑子は初めてレースを見た時とは違う興奮の余韻にひたっていた。
(やっぱりレースってスゴイ。あの時はドカーンって感じだったけど、今日のはゴゴゴゴゴッて感じだった。でもなんでだろ、あんまりスッキリしないのは)
太陽は西に傾き、辺りはオレンジに染まってきている。侑子は人が帰って閑散とした観客席に座り、ホームストレートを見下ろしていた。頭には自然と今日のレースが思い浮かび、それに合わせて彼女の両足は、空気中のアクセルとブレーキを踏む。
侑子のエアドライブは次第に熱を帯び、ついにはハンドルを握り、目を閉じて口でエンジン音を再現し始める。髪が段々と逆立つ。
本多が彼女に声をかけたのは、丁度そのタイミングだった。
「うへァッ!」自分でも聞いたことのない声をだして、侑子は驚いた。
「うおっと。ご、ごめん、急に話しかけて」本多も彼女の声に驚いた。「ねぇ、この辺で帽子を被った不機嫌そうな男の人、見なかった?」
「ううん、見てない」侑子は話しかけてきた男を見上げた。黒澤が着ていたのと同じユニフォームを着ている。
「もしかして、黒澤さんの知り合い?」
「え、ああ、そうだよ」
予想だにしない名前を出されて、本多は面食らった。たまたま声をかけただけの少女とアイツにどんな接点があるのだろうか。
「あ」本は一つ、思い当たる節を見つけた。「弟子入り志願。もしかして、お嬢さんがその子?」
「お嬢さんじゃなくて、美墨侑子ね。でも、断られちゃった」
侑子は今さっきの出来事のように残念がった。本多は何となく罰が悪くなり、ちょっと離れた所に腰掛け、何か彼女が元気になるものはないかと頭を働かせた。
「お嬢…侑子さん、レース好きなの?」
「うん、好き。好きになるって決めたの。だけど…」
侑子は膝を抱え込んで顔をうずめた。彼女の考えるときのクセだった。だが、その行動が余計に本多を焦らせた。
「ああ、いや、ほら、レースに興味があるなら、他のとこで教えてもらうのは?良ければどこか紹介するよ」
侑子は顔をうずめたまま首を振った。
「どうしてそこまで」
黒澤とことん惹かれている少女。いや、アイツがすごくないわけじゃないけれど、本多は不思議に思った。
腕の隙間から目を覗かせ、彼女は本多を見た。
「ワタシが10歳のとき、シンガポールでレースを見たの」侑子が喋り出したのを、本多は静かに聞いた。「それがF1って呼ばれてるもので、一番カッコよかった人が黒澤さんだって知ったのはずっと後だったけど、、あの日、あの瞬間に、ワタシは探してた答えを見つけたって思った。いや、違うかな。それをワタシの答えにするって決めたんだ。だから、日本に黒澤さんがいるって聞いたときは、我慢できずに飛んできちゃって」侑子は顔をあげた。「それでこのザマ」
「そうか」本多は言った。「親御さんは?」
不意に気になって本多は尋ねた。侑子はゆっくりと首を回し、視線を微妙にズラした。
「今何歳?」本多は聞いた。
「13」
深くため息をつきそうになるのを、本多はギリギリのところで耐えた。その年で大した行動力だが、親に無断なら話は変わってくる。それにしても、1人だけでどうやってここに入ったんだろう。
「話はだいたいわかった。一緒に来な。親に連絡するから」
「…」観念して侑子は立ち上がった。「探してる人はいいの?」
そう言われて本多は元々の目的を思い出した。でも望み薄だしな。本多は大石のことを保留にした。
「大丈夫。他の人も探してくれてるから」
咄嗟に嘘をついた。
自宅の電話番号を聞かれたので、侑子は正直に答えた。本多は彼女が番号を言うたび、ボタンを押して、電話をかける。
ガレージ内はほとんど撤収され、残っているのは本多と侑子くらいのものだった。
コール音に耳を傾ける本多は、侑子から自然と目を離していた。車に取り憑かれた少女を(しかも初めてガレージに入る)を放ったらかしにしたらどうなるか、その時の本多には知る由もなかった。
「ねぇ、アレちょっと乗ってもいい?」
侑子が指さした方向には、レースを終えたGRハチロクが休んでいた。
「乗るだけならいいよ」本多はチラッと見てそう答えた。エンジンは切ってある。危険はない。
本多が頭をかきながら、繋がらない電話に気を揉んでいる中、侑子は恐る恐る車に乗り込んだ。
彼女の感動を表すのは難しい。それでも、あえて言うならば、シートに包まれた彼女が一番強く記憶したのは、金属と油の匂いだった。肺いっぱいに車内の空気を吸い込み、彼女は両手の小指からハンドルを握った。
「はい」受話器から女性の声が聞こえてくる。「なんでしょう?」
「そちら、美墨さんのお宅ですか?」
「そうですけど」女性の声は、どこか気だるげだった。
「実はですね」
侑子は目を閉じて集中した。意識は身体を離れエンジンルームに場所を移す。圧縮と爆発の現場。図書館で調べたエンジンの仕組みがトレースされる。なるほど、レーシングカーはやっぱり一般車とは違う。でもよく見れば、その基礎は同じだと分かる。例えばここを点火させると。
事情を説明しようとする本多の耳に、聞き馴染んだエンジン音が響く。振り返ると、ハチロクはノロノロとガレージから出ていこうとしていた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待っててください」受話器をほっぽり出し、本多は走った。
侑子は本多に感謝していた。親に電話するといいつつ、ガレージに入れてくれた。そして、車に乗ってもいいと許可までくれたのだ。黒澤に、にべもなくあしらわれて、正直なところ少し落ち込んでいたけれど、今ははっきり言って最高の気分だ。
本多のスタミナが切れるより速く、ハチロクはサーキットへと繰り出していってしまった。
「マッズイ」急いでガレージに引き返す。
わずかな望みをかけて、本多は各コーナーに配置されているマーシャルへ無線を繋いだ。まだ撤収していなければ、繋がるはずだった。
「オイ、今走っていったのって、おたくんとこの車だろ?」
本多が呼びかける前に、マーシャルの方から無線が入った。
「え、ああ、そうなんだ。実はちょっと実はちょっと手違いがあって。すぐに戻させるから、そのままにしといてくれ」
「ん。まぁなんでもいいけどよ。さすがは元F1レーサーだな。いい走りをするよ。今日のレースがも自分で走ればよかったんじゃないか」
「元F1レーサー」本多は違和感を覚えた単語を繰り返した。
「あんなことがあったけど、俺は応援してるぜ」
「あ、ありがとうございます」
無線を切った本多は、疑問で首をかしげた。さっきの少女がそこまでいい走りをしていると言うことだろうか。いやいや、まさか。
本多の足は自然とホームストレートの方へ向いていた。もちろんストップウォッチを持って。
マシンは飛んでるみたいに速かった。窓の外の景色はものすごい勢いで、後ろに流れていく。そのマシンを自分が運転してる。侑子の顔はスピードに比例して綻び、心臓の鼓動は高まった。
アクセルを踏む。加速。ブレーキを踏む。減速。ハンドルを回す。曲がる。マシンは、侑子が指示を出す度に轟音とともに答えてくれた。
侑子は、コイツがどこまで自分に応えてくれるか、試したくなってきていた。大丈夫。サーキットの形は、今日一日レースを見て覚えている。どこで攻めて、どこで攻めないかも。
ペロリと乾いた唇を舌でなめた。マシンは丁度最終シケインを立ち上がったところだ。ハンドルを握りなおして、彼女はスロットルを目一杯に開いた。マシンはグングン加速し、トップスピードでスタートラインを切った。
ホームストレートを走り抜ける最中、侑子は右手側に本多が身を乗り出しているのに気がついた。一瞬のことだったが、侑子にはよく見えた。不安そうに眉をひそめている。だが彼の手に持たれているモノは、一層侑子をやる気にさせた。
本多は自分の目を疑った。勝手に車を運転されたことも、侑子の家に電話を掛けっぱなしなのも、今はどうでもいいことだった。
1分39秒136。今日走った誰よりも速く、彼女はサーキットを一周した。
まじまじとストップウォッチを見つめていた本多は、ピットレーンにハチロクが戻ってくると、何事もなかったかのようにリセットボタンを押し、ガレージへマシンを迎えた。
「乗っていいとは言ったけど、運転していいとは言ってない」
冷えた声の本多に対して、車から降りて来た侑子は熱気を帯びていた。
「ごめんなさい。どうしても我慢できなくて。それより、タイムどうだった?測ってたんでしょ」
本多は何と言えばよいか分からなかった。
「それでお前は4周もその子を放置したのか。ハチロクが棺桶になるところだぞ」
黒澤レーシングチームが拠点に持つガレージには、事務所が併設されている。でも、そんなに良いものではない。元々物置きにでも使われていたのかというほど、床も壁も汚れていて、窓も小さいせいで薄暗い。落ち目の男たちには、これ以上ないほどおあつらえ向きな場所。そんな所で、黒澤と本多は目を合わせずに話していた。
「それは申し訳ない。まさかエンジンがかかるとは思ってなくて」
「勝手にかかんないだろ、エンジン」
「そう、だね」
黒澤は深いため息をついて、座っていたイスに頭まで預けた。そして目を瞑る。本多はその一連の動作を、今まで何度となく見て来ていた。
「しばらく休め」黒澤は言った。「その子の親には俺から連絡しとく」
「それはもうしてある」本多は息を深く吸い込んだ「それで報告なんだけど」
「なんだ?」
「あの子、侑子ちゃんっていうんだけど、しばらくウチで預かることにしないか?」
黒澤は顔を上げた。それから目を細めて、本多を睨みつけた。
「親には説明してある。まぁ説明したというか、向こうからの提案でもあったんだけど。つまり…」
「もういい」黒澤は言った。「そのことも含めて俺が話す。とにかくお前は休め。その子は早急に家に帰らせる。それまでの間、お前が責任持て」
黒澤は手を払って本多を追い出した。
黒澤レーシングの拠点に使われているガレージには、自動販売機が備え付けられている。侑子は地べたに這いつくばると、その下に肩まで手を突っ込んだ。自販機の下はひんやりしていて、ほとんどがザラザラ、ゴツゴツしたアスファルトの感触だった。その中に稀に現れる丸い金属の手触り。彼女は唇を舐めて、それを指でつまみ取った。
「なにしてんの?」
「ひゃっ!?」
手を自販機の下から引き抜いて振り向くと、本多が彼女を見下ろしていた。
「べ、べべ、別になにも」
「らもしかして、家からここまでそうやって…」本多はその先を言わずに飲み込んだ。代わりに大きなため息をつく。「もうそんなことするなよ」
「ん」侑子はノドを鳴らして答えた。
二人の間に沈黙が流れる。
本多は無言のまま一枚の紙を差し出した。カートレースの大会について、その詳細が書かれた紙だった。
「なにこれ?」侑子は言った。
「まぁ読んでみな」
本多から紙を受け取り、侑子は紙の上に目を走らせた。そして本多の真意に気付き、顔が綻ぶ。
「これホント?」
「もちろん」
「黒澤さんは何て言ってるの?」
「アイツは…」本多は一瞬言葉をつまらせた。「これで優勝したら、先生でも師匠もやってやるって」
「ホント?」
彼女のその眼は光を盛大に反射した。本多と紙を交互に見てその喜びを隠そうとしなかった。だが、紙に書かれたある一文に目がとまり、ピタリと動きをとめた。
「参加費5万円」侑子は声に出して言った。
「ああ、お金のことなら気にしなくていいから」
「でもそんな大金。それにワタシ、マシンも持ってない」
「それもウチのを使えばいいよ」
侑子はちょっとの間、肩を落として猫背になっていたが、次の瞬間には背筋をシャンと伸ばして、本多を見上げた。
「払います。参加費」
「え?」
「マシンも買います。自分で」
「どうやって」本多は反射的に言った。
「それは、これから考えるので」侑子はそう言うと、両ポケットに入っていたものを全部つかみ出し、本多に突き出した。「とりあえず、これで」
本多は大量の小銭を受け取った。
「残りは近いうちに」侑子はくるりと背を向ける。
「ちょっと待って」本多は本日二度目の大きなため息をついた。「泊まるところもないのにどこ行くの?
ギクリ、と侑子は肩を立たせた。
「大丈夫。今までもそうだったから」
しばしの沈黙。
「ついて来て。見せたいものがある。あと、これは一旦返す」本多は言った。
一番奥のガレージ。今では半分物置きになっている所。本多は息をとめてシャッターを開いた。ホコリが容赦なく舞い、侑子は激しく咳き込んだ。
「息とめた方がいいよ」
「遅すぎッ。ケホッ、ケホッ」
苦しむ侑子をおいて、本多はガレージの中に入っていく。そしてブルーシートで覆われていた箇所を引っぺがす。再びホコリが舞う。だけど今度は、外からの光で輝いて見えた。
こじんまりとしたカートがそこにあった。サビだらけで、アンティークと化している。ハチロクと違って老いていた。
「もうずいぶん昔に壊れて、そのまま放置されてたものだ。でも、直せば走る。誰にも負けないくらい速い」
本多はそのカートを見たまま、遠くへ焦点を合わせた。
黒澤はケータイを持っていない。のて、事務所に置いてある固定電話をいつも使っていた。
彼はメモ用紙を見ながら、一つずつ番号ボタンをおし、それが終わると受話器を耳にあて、空いてる方の手を肘掛けに吊るした。
「はい、美墨です」電話のむこうで女性の声がした。
「黒澤レーシングです」
抑揚のない声で言うと、向こうは何やら示し合わせがあったようで、黒澤が本題を話そうとするより早く、「ああ」と合点がいったような声がして、「少々お待ちください」と言われ、黒澤は待たされることになった。
保留音もなにもない受話器を耳にあてたまま、黒澤は今のうちにと欠伸をした。
「あなたが黒澤さん?」
なんの前触れもなく、別の女性の声がして、黒澤は一瞬身体を固くした。
「はい、私が黒澤です」
「娘そちらで預かってるって」
有無を言わさないような口調だった。黒澤は相手のペースに飲まれないよう、間隔をあけて話した。
「はい、まぁ、成り行きでそうなっています。ただ、すぐに返す予定なので、ご心配なく」
「ああ、いいです、いいです。そのまま預かっといてください」
「は?」
「三井さんに、ウチの使用人に聞きました。侑子がそっちでレースを習うことになったって」
それは本多が言ってるだけで、チームとしての決定ではない。と言うべきかどうか黒澤が迷っているうちに、侑子の母親が続けた。
「丁度私、これから海外に行くことになったんで、助かります。あ、お金は全部ウチに請求してくだされば結構ですので」
「心配じゃないんですか?」
黒澤は自分の口から出た言葉を、頭の中で反芻した。
「何ですって?」
「自分の娘のことが、心配じゃないんですか?」黒澤は言った。
「うーん」侑子の母はワザとらしく間延びした声を出した。「特には」
侑子の母はあっけらかんと答えた。それならば黒澤も、これ以上言うことはない。
「そうですか。でも、娘さんは近いうちにお返しします。ウチは託児所ではないので」
「厳しいんですね。やっぱり恨んでます?」
「恨む?なにを?」
「あら、侑子から聞いてないんですか?まぁ、あの子は知らないのかもしれませんけれど」
黒澤は黙っていた。記憶の引き出しにはなにもヒットしない。
「私の名前、美墨史乃っていいます。職業は写真家です」電話の向こうの母の母は、さっきまでとくらべてゆっくりだった。
黒澤は一言一句聞き取り、再度検索をかけたが、やはりヒットしなかった。
「すぐに娘を返すなら、タクシーにでも乗せてください。住所はあの子が知ってるはずですから。それじゃ」
電話は一方的に切られた。黒澤はしばらくしてから受話器をおいた。
黒澤は焦点の合わない目で、ぼうっと一点を見つめていた。美墨史乃、写真家、恨み、その3つが頭の中をぐるぐる回り、考えたくはない仮定が浮かんでくる。
彼はイスから立って、オーク調の木材で組まれた棚の前に移動した。
本多は嫌に几帳面な男だ。良いことも、悪いことも全部記録したがる。黒澤は年別にまとめられたスクラップブックの中から、一番新しいのを取り、ページをめくる。数年前の黒澤がいくつも過ぎ去ったあと、多くのページを残して、最後の新聞の切り抜きが貼られていた。
英字で書かれたそれは、F1で行われた不正を暴くもの。その決定的証拠として、一枚の写真が添えられている。その写真の右下には小さく、Fumino Misumiとあった。
公園の鉄棒を組み立てたみたいなカートを前に、侑子は腕組みをして立っていた。
(さて、どうしようかな)
当然、エンジンもかからなかった。要修理。タイヤも使い物にならないくらいれっかしている。要交換。その他諸々、要交換もしくは要修理。
(やれる所からやっていくしかないな)
侑子は、本多から借りた工具を手に、まずはタイヤを取り外すところから始めた。結構力のいる仕事だった。
腕に力を込めるのと合わせて、息を止める。タイヤを固定していたボルトがゆっくりと回った。侑子は顔を赤くして、口から大きく息を吐いた。これをあと3つ。彼女の手の甲で額を拭いたい気分だったが、最後までそれはとっておくことにした。
作業に集中していた彼女は、ガレージの外から様子を見ていた人影にようやく気がついた。
「本多さん」侑子は言った。「ここんとこ、どーすりゃいーの?」
顔を見ずに質問を投げかけたが、返答はなかった。それどころか、その人影が動く気配すらなかった。
侑子は作業の手を止めて、本多だと思っていた人影を見た。
「あ」彼女は思わず声をもらした。
「何してるんだ。こんなとこで」黒澤は言った。
「カート直してる。レースに出るから」
「レース?」
「うん。本多さんがそこで優勝したら、黒澤さんが先生になってくれるって。でも嘘だったんだね。ホントなら知らないはずないもん」
侑子は油とサビで汚れた手を合わせて指を組み、それを見つめた。
「なるほど本多がね」
黒澤はおもむろにガレージの中に踏み入り、オンボロのカートに触れた。
「アイツはホントに余計なモノばっか残しやがる」黒澤は独り言のように言った。「どうして俺なんだ?」
不意の質問が、自分に向けられたものだと侑子が認識するのに少しラグがあった。
「え、んーと、シンガポールに行って、母さんと行って、ワタシは一人で観客席にいて」
黒澤は眉を上げた。侑子は一度深呼吸をはさんで、次の言葉を選んだ。
「あの時のワタシはF1になんて興味なかった。うるさいだけだと思ってた。でも、ワタシの目の前で黒澤さんがクラッシュしたとき、クラッシュしたマシンから黒澤さんが出てきたとき、なんて言うか、胸がざわついて、この人の見てる景色が見てみたいと思った。それが理由」
黒澤は黙って侑子の言葉を聞いていた。彼女の一言一句を精査し、何らかのふるいにふるいにかけるような意図が、彼女には感じられた。
「普通は勝った選手に憧れるもんだ」黒澤は言った。
至極真っ当な意見。侑子自身も自問自答したことがあった。それに対する彼女の答えはこうだった。
「ドカーン!って衝突して、グルグルッ!て回って、それでも無傷でかえってくる。それがカッコいいと思っちゃったんだもん。仕方ないじゃん」侑子は両手を大きく広げて、身振り手振りで話した。
黒澤は目を丸くした。もしかしたら、少し口角を上げていたかもしれない。だが、侑子がまた向き直ったときには、彼はいつもの眠そうな顔に戻っていた。
侑子は顔を赤くしてうつむいた。子供っぽく話しすぎたことが恥ずかしかった。
「このカート」黒澤は言った。侑子はつられて顔を上げる。「俺が初めてレースしたときのものだ」
「そうだったんだ」
「あのときの俺は2位だった。優勝したのは本多」
「え、本多さんカート乗ってたんだ」
「まぁな。あの野郎そのあとすぐメカニックになりやがって、俺はいまだにアイツに負け越してる」
黒澤は侑子を見下ろした。じっと瞳を見つめ、そこに映る自分を見ているようだった。
「優勝したら俺がお前にレースを教えてやる」
意表を突いて、黒澤は言った。侑子はしばらく頭で整理したあと、目を伏せてうなづく。
「ありがと」侑子は小さくそう言うと、頬が火照っているのがバレたくなくて、カートの修理に戻っていった。
黒澤はガレージをあとにした。彼がいなくなるのを確認すると、侑子は思い切りガッツポーズをして飛び跳ねた。
「どうゆう心境の変化?」
侑子から話を聞いた本多は、黒澤に尋ねた。
黒澤は帰り支度を済ませて、事務所から出るところだった。
「別に。世界は案外狭いなって思っただけだよ。ホントにそれだけ」
「あっそう」本多はあまり納得いかなかった。腕を組み、怪訝な顔をしている。
「あの子に嘘ついてたな、お前」
本多の眉がピクリと動く。
「彼女の走りを見たら、お前の考えも変わると思ったんだ」本多は正直に話した。
「へぇ。そりゃ楽しみだ」黒澤はバッグのチャックを閉めた。
「本当にそう思ったんだ」本多は食ってかかった。部屋の空気が少し冷えた。
「別に疑ってない」黒澤は言った。「自分の目で見るまでは信じないだけ」
本多は腕を組んだまま、固まって動かなかった。
日が落ちて、辺りはすっかり暗い。侑子は作業の手をとめて、明日の自分に期待することにした。
外の洗い場で手を洗っていると、冷たい風が吹き、服の上から彼女の輪郭を撫でた。
侑子は身震いして肩を上げた。手洗いを早々に済ませ、手を振って水をきる。それから小走りでガレージへと戻っていった。
老いたカートはいつもの場所に、作りかけのプラモデルみたいにおさまっている。あれから修復は進み、カートとしての最低限の威厳は取り戻しつつあった。
彼女は後ろ手に扉を閉める。外で吹く風がガレージの隙間を見つけて入り込み、気の抜けた笛みたいな音が聞こえた。
本多の計らいで侑子はこのガレージに泊まっていた。まぁ本来であれば、ちゃんとした個室を用意しくれていたのだが、彼女自身の希望でガレージに寝袋を敷いて寝ることにした。本多は眉をひそめていたが、ここに来るまでに路地裏で寝ていたこともあった彼女だ。それに比べたら天国に近い。
それに、なんだか彼女はこのカートと片時も離れたくはなかった。黒澤が乗っていたというカート。侑子が誰の手も借りずに直したカート。特別だった。
寝袋の支度をしていると、本多が侑子の分の食事を持って、ガレージに入ってきた。一瞬、冷たい空気がガレージに雪崩れ込み、気温を下げた。
「ずいぶんと進んだな」本多はカートを見るなり言った。「大したもんだ」
本多は片手で工具まみれのデスクを片して、お盆をそこに置いた。なんだか良い匂いがしてきそうだったけど、オイルの匂いに混ざってよく分からなかった。教訓、ガレージは食事に向かない。
「本当に一人でやっちゃうなんてな」本多はまだ感心していた。最近はここに来る度、この調子だ。
「いただきます」彼女はイスにつき、手を合わせた。
「どこで覚えたんだ、一体」独り言のように本多は言った。
「本で読んで覚えた」侑子は口の中のモノを飲み込んだ。「あとは直感」
「俺が侑子ちゃんの歳のの頃には、自転車だって直せなかったよ」
「それってすごく親父くさい」
侑子の歯に衣着せぬ物言いに、本多は顔を和ませて笑った。
「まだ若いつもりだったんだけどなぁ」
「ワタシよりは若くないでしょ」
侑子はワザと得意げになって見せた。
「確かに」本多もワザとらしく納得する。
お互い目を合わせて笑ったあと、彼女は食事に戻っていく。
「そろそろ」本多は口を開いた。「アイツを動かしてみようか」
「ん」侑子は喉を鳴らした。そうだね。もうすぐ動くと思うよ」
「そうじゃなくて。アレに乗ってみたくはないのかってこと」
侑子は手をとめた。修理するのに必死で、放ったらかしにしていた火が、急激に燃え上がった。
「いつ、どこで?」
「任せるよ。直ったら教えて」
「明日には直る」
「え、いや今日はもう」
侑子はご飯を一気にかき込むと、工具を手に取った。それから本多の方を向き直って「明日には直るよ」自信たっぷりにもう一回言った。
作業に戻る彼女の背中に本多は、「ちゃんと歯磨きしなよ」しか言えなかった。
翌日はよく晴れた、空の高い日だった。ガレージから程遠い練習場は、平日ということもあって客は一人もいない。
侑子は鳥の鳴く声を耳にしながら、最後の調整を行なっていた。
「君がクレイジーガールかい?」
見上げると、でっぷりと太った大男が立っていた。体格のせいでポロシャツのボタンが一つもとめられていない。
「美墨侑子」手を止めて立ち上がる。「クレなんとかは知らない」
「古川だ。これは失礼した、侑子さん」
手を差し出されたので、侑子は握手に応じた。古川の手は白くて柔らかかった。
「今日はよろしく頼むよ」
「こちらこそ」
「今度の大会にも出るんだろ?」
「うん。優勝する」
古川は一瞬、間の抜けた表情でアゴをひいた。が、すぐに笑い出す。
「ハハハハハ。頼もしいねぇ。その調子で頼むよ」
侑子の手をつかんだまま、古川は腕をブンブン振った。おかげで、侑子は肩まで握手の波に飲まれてしまった。彼女は初めてこそ、その勢いに面食らったが、生来の負けん気を思い出し、古川の腕を強く振り返した。
「今の人がここのオーナー」
握手合戦が終わり、古川が去ったあと、入れ替わりで来た本多がそう言った。
「ヘェ」侑子は声をもらす。「あの人も元々ドライバーだったりするの?」
「いや、どうだろう。乗ってたって話は聞かないな」
「ふぅん」
「準備は?」
「できてる」
「オーケー、はいこれヘルメット」本多はレンタル用のヘルメットを侑子に差し出した。侑子は受け取った矢先に、口をへの字に曲げた。
「カッコ悪い」
「文句言わない。レンタルなんてそんなもん」
「へーい」
渋々、ノロノロ、侑子はヘルメットをかぶった。それからカートに乗り込む。
侑子がシートに座るタイミングで、本多はスターターを引いた。高いエンジン音が響く。
「あとは自分のタイミングでいけ」本多は声を張って侑子に呼びかけた。彼女はサムズアップで答える。
ベルトをしっかりしめた侑子は、前を見据えたバイザーを下ろした。なんだかとても暑い。着慣れないレーシングスーツ(これもレンタル。クソダサ)のせいだろうか。手汗までかいてきた。
「彼女、侑子さんはカートの経験すらないんだっけか」
一歩引いたコースが外で、古川と本多は侑子を見守っていた。
「そのはずです」本多は目を細めた。「運転は本を読んで覚えたと言っていました」
「ハハハハ」
古川は高笑いした。冗談を言ったつもりのない本多は、目をパチクリさせて黙った。
「まぁ、お手並み拝見だな」古川は言った。
「ですね」
二人の視線の先の侑子は、ヘルメットの下で乾いた唇を舐めた。今日こそ彼女が望んだ日、その一つだった。
侑子のアクセルを踏み込む。カートは弾かれたように発進する。エンジンは彼女を追ってその音色を変えた。そしてそのまま第一コーナーを、曲がりきれずにスピンする。
「大丈夫か?」本多は両手をメガホンにして声を張り上げた。
侑子は手をあげてそれに答える。そして、再度アクセルへかけた足に力をいれた。徐々にスピードを上げ、カートはラインに乗る。が、次のコーナーでまたコースアウトし、壁ギリギリの所またオーバーランしてしまう。
和やかだった古川の表情に、少しずつ陰りが見え隠れし始めた。本多は腕を組んで、静かに侑子の駆るカートを見守っていた。
結局、侑子は一周さえ満足に走りきれぬまま、練習を終えた。彼女はヘルメットを脱いで、額の汗を袖で拭った。
「お疲れ」カートを降りた侑子に本多は言った。
「さっきの大きい人は?」
「別の仕事があるって言って帰ったよ。俺たちも帰ろう」
「ん」侑子は短く返事をした。自覚はなかったが、ひどく体力を消耗していた。「本多さん。百円ちょーだい」
「百円?」
「飲み物買うから」侑子は手の平を差し出した。
「ああ」本多は財布を出し、その中から百円玉を彼女の手に置いて渡した。
ベンチに腰掛けて初めて息が上がっていることに気がついた。鼓動が速い。呼吸を合わせて、彼女はペットボトルを傾けた。
日陰で休んでいた彼女を、本多が見つけた。
「カート積み終わったから、いつでも出られる」
「ん。ありがと。もう少し休ませて」
「…古川さんは、侑子ちゃんが一周もちゃんと走れないから残念がってた」
「そ」
「なんとも思わない?」
「本多さんはどう思う?」
「どうって?」
「ワタシの走り。どう思った?」
「それは」本多は目線を斜め上に上げて、考えた。
「良いドライバーってのは」本多はおもむろに語り出す。「良いドライバーってのは、マシンの持つ力を最大限引き出せる奴のことを言う。それは速く走るより、時には大事だったりすると思う」
「つまり?」
「俺には侑子ちゃんがアイツの限界を探っているように見えた」
それを聞くと侑子はニッコリ笑い、勢いをつけて立ち上がった。
「さ、帰ろ。黒澤さんにも今日のこと話さないと」
「そうだね」
飛び跳ねながら歩く侑子の後ろを、本多はゆっくりついていった。
古い記憶の回想。黒澤がF1で走っていた頃のこと。
「つまるところ、俺にワザとクラッシュしろと言うんですか?」黒澤は語気を荒げた。狭い室内に彼の声が反響する。
「絶対にそうしろと言ってるわけじゃないよ。ある条件下のときだけ、そうしてほしいといっているんだよ」
部屋には黒澤の他にもう一人いた。そして二人とも立って向かい合っている。
「同じのとですよ」黒澤は言った。「あり得ない。イカれてる」
「話くらい聞いてくれてもいいんじゃないかい?」
黒澤は相手を睨みつけた。だけれど、その相手は飄々として意に介さない様子だった。
「話なんて聞くまでもない。クリスを優勝させたいんだろ?次にアイツが勝てば年間チャンピオンは固い。赤旗中断をコントロール出来れば、強力な援護射撃になる」
「話がはやくて助かるよ」
「全部ルール違反だ、クソ野郎」黒澤は半ば叫んでいた。「いや、そんな甘いモンじゃねぇ。他のドライバーにも危険が及ぶことだ。人間として終わってる」
「褒め言葉かしら」
黒澤の頬の筋肉が無意識にピクつく。これ以上コイツに何を言っても無駄だと、頭の中心が言っている。黒澤はそれ以上何も言わず、ただ部屋から出ていこうとした。
「いいのかい、出ていって」まるで焦ってない声。むしろ、黒澤な協力すると確信しているような。
「アンタと話すことはない」
「あると思うけどなぁ。来年のシートのこととか」
黒澤は手をドアノブにかけたまま、首だけ振り返った。
「クソ野郎」
「君はもう少し罵倒のボキャブラリを増やした方が…」
最後まで聞くことをせずに、黒澤は部屋を出て行った。
「黒澤さん」
事務机を挟んだ向かいに、侑子が立っていた。
「何か用か。俺は忙しいんだ」黒澤は机の上の書類を2、3枚取り、それを眺めた。
「晩ご飯を決めるのに忙しいってこと?」
黒澤は出前のメニュー表を元の位置に戻した。
「フフフフッ」
「笑うなよ」
「……フッ」
「笑うなってば」
「ごめんなさい」侑子はニヤケながら言った。「黒澤さんって意外と面白い人だったんだね」
黒澤は苦虫をつぶしたように顔をしかめた。
「俺をからかいに来ただけか?」
「ううん。違うよ」侑子は笑うのをやめて、澄んだ声で言った。「明日、ワタシのレースがあるの。そこでワタシは優勝するから、明日からコーチよろしくって言いに来た」
「ヤケに自信があるんだな」黒澤は言った。「あのカート、乗りこなせたのか?」
「見に来たら分かるよ」
それだけ言うと、侑子は小走りでガレージの方へかけて行った。
黒澤は彼女の後ろ姿を見送ると、また事務所に一人になる。
(彼女が憧れてる男は大した奴じゃない。いずれそのことに、彼女は気づく。そうなったら…。別になにも変わらないか)
天気はくもり、風はほぼ無風。コンディション的には問題なし。古川が主催するカートレースは滞りなく開始が予定されていた。
「緊張してるか?」本多は言った。
「え、ああ、まぁ」侑子は辺りをキョロキョロしながら、気のない返事をした。
「なにを探したんだ?」
「黒澤さん。やっぱ来れないのかな」侑子は分かりやすく肩をおとした。
「今はレースに集中しな」本多は言った。「ルールは把握してる?」
「ん、分かってる。相手の邪魔をしないで、相手を追い抜く」
「その通り」
「でも、一番前を走ったらカンケーなくない?」
「…その通り」
侑子のオンボロカートの他には、9台のカートが並ぶ。どれも綺麗に塗装されて、くもっているのに光を反射していた。
他のドライバーや見に来た人たちの視線は、自然と型落ちに集まる。中には好奇の目を持って見てくる者もいた。本多はそれに気付く度、侑子のメンタルに良くない影響を与えないかと、肝を冷やした。
「すごい、みんなピカピカのカート乗ってるんだ」侑子は独り言のように言った。
「あっちの方が良かった?」言ってから本多は後悔した。聞かなくてもいいことだ。
だが、侑子の反応は予想に反したものだった。
「こっちの方がいい。黒澤さんと本多さんが一緒に走ってくれてる気がする」
「そうかい」本多は言った。「ちょっとトイレ行ってくる。ここで待ってて」
「へーい」
トイレを通り過ぎ、人気のない所までやって来た本多は、ポケットからケータイを出し、慣れた手つきでボタンを押した。11ケタの番号を入力し終わると、彼は祈るようにケータイを耳に当てる。コールの音が何度も聞こえてきた。それが重なる度、本多はうつむきがちになる。
「お掛けになった番号は、電波の届かない所にあるか、現在使われておりません。おそれいりますが…」
本多はケータイを閉じてポケットにしまった。
「こんにちは」柵に座って足をブラブラさせていた侑子に、一人の女の子が喋りかけてきた。年は侑子と同じくらいに見えるが、侑子よりずっと落ち着いていて、ずっと大人らしかった。
「こんにちは」侑子は言った。「座る?」
侑子が柵の空いたスペースを指さすと、少女は戸惑ったようにたじろいだが、すぐに応じた。
「うん、座る」
ちょこんと小鳥がとまったように少女は柵に座った。
「私、綿貫せつな」
「美墨侑子」
「美墨侑子。ユーコちゃんって読んでいい?」
「いいけど」
「よろしく、ユーコちゃん」
「ん、よろしく」
笑顔のせつなに対して、侑子は伏目がちだった。
「ユーコちゃんも今日のレース出るんでしょう?」
「も?」
「うん、私も出るんだ。ホラ、あそこの白いカートに乗るの」
「そーなんだ」
「いつも男の子ばっかりだから、同い年くらいの女の子がレースに出るって聞いて、我慢できずに話しかけちゃった。ごめん、迷惑だった?」
「迷惑、じゃ、ない」侑子は言葉を選びつつ言った。「ただ、あんまり同い年の人と話さないから」
「どーして?」
「親の仕事、で色んな所飛び回ってて、友達ができるくらい同じ場所に居られなくて」
「そっかぁ」せつなは眉を下げた。「じゃあ、ここにも長くはいられないってこと?」
「ううん」侑子は首を横に振った。「しばらくいる。自分でそう決めたの」
「よかった」せつなは笑った。「そろそろ戻るね。今日はお互い頑張りましょう」
「ん。優勝する」
せつなは笑顔のまま、挑戦的な上目遣いをした。
本多が戻ってくると、侑子は柵に座ったまま、ぼんやり雲の流れるのを見ていた。
「大丈夫か?」
「大丈夫」侑子は声だけで答える。
「行こうか。もうすぐ始まる」
「分かった」
柵からピョンッと飛び降り、侑子は両足でキレイに着地した。
「準備オーケー」
欠伸をしながら黒澤はレース会場へ歩いてきた。レース開始に間にあえばいいと、事務所を出て来たが、どうやらドンピシャだったようだ。
順番に並べられたカートたちは、今か今かとスタートの瞬間を待っていた。侑子の居場所はすぐに分かった。懐かしいあのカートがあの時と変わらない唸り声を上げている。
黒澤はサングラスをかけて、観客の群衆に紛れた。
「15周」本多は言った。「それでフィニッシュだ」
侑子は親指を立てて答える。
「楽しんでこい」
本多は小走りでその場を離れた。最後の彼の言葉は侑子の鼓膜を揺らしたが、意味を持つまでは処理されなかった。
侑子の視線は、3つ前の白いカートに釘付けだった。
(どんな走りをするんだろう、あの子)
衝突! ΦLands @4th_wiz_u
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