第28話

「なーんちゃってね。冗談だよ」


「『閉封(シール)』」

 陸橋の欄干に乗せた頭の隣にしゃがみ込み、魔神ではなく元の可愛いらしくて綺麗な教師の響に戻り、声音の高さも戻して懐からシーシャを取り出し、つまらなそうに吸いながら独り言ちる。


「『第5の封印』は『仮想空間』、

『第4の黙示録』は『理解させる現実』

 さしずめ『バーチャルリアリティ』ってところかな?。

 大の大人が、ろくな異能を持たない子達に本気出すなんて大人気ないだけだもん。『VR』で十分」

 フーッとシーシャを吹かし、響は頭を見下ろした。


「てゆっかさ?先にあの閃光弾でそこの子達みーんな目を潰されてるのに、そのあと響に何が出来るって言うの?。つまんなーい!。

 ま、代わりにひとつひとつ違う闘争を脳内に直接見せてあげたし?。とどめできれいな八重の花火も打ち上げてあげたんだから最期に君も楽しめたでしょ?」

 響は頭にフーっと水蒸気を吹き付けてやるが、頭はぶくぶくと口から泡を吹いているだけだ。


「結婚しよう」

「はい?????」


「離断領域展開」を封印し時空を元に戻すが否や、目の前にいきなり自前で造り出した転移ミストを使い転移してきた海流に花束を渡され、響は面食らった。


「いや、結婚は性急すぎっか。

 じゃ響ちゃん、結婚を前提にして俺と付き合ってくれ。あ、花束は好みじゃねーなら肉か?。

 近江牛とかどうよ?」

 海流は覚えたての近江牛の肉に似せたコピー肉を造り出し響に差し出す。

「わ、近江牛!響、近江牛大好き!お腹減ってたんだー、美味しー!。

 って、違うよ」

 響はお肉を手に、口はモグモグしながら河川敷にスタリと降り立った。


「サクライくん、何がどうしたらそんな思考になったの?。あの闘争を見せられて、好きになる要素1ミリも無いでしょ?響は綺麗でキュートでプリティで可愛いお顔してるけど」

 海流も響を追って転移して来た。


「いーや、アンタの闘う姿に見惚れた。

 食いっぷりに惚れた。

 響ちゃんはこの世の何よりも綺麗だ。

 肉でもダメなら『アーカーシャの剣』はどうだ?。

 世界の根源に繋がる剣だ。寿命はアホほど食うが、振るえば聖良と同じように事象を好きに剪定出来る」


「何て物ヲ造ってルんでスか!カイルさん!」

 春日が慌てで走り寄って来た。


「ん?なんか想像してたら出来た」

 事もなげにケロリと答える海流に夏日は頭を抱える。

「出来た、ジャないデす!海流サン!今度こそ魔法庁カら『国宝指定』を受けマすよ?」


「『綺麗だ』コールありがとう。

 剣は危ないから宝物庫に仕舞っちゃおうね?。聖良が知ったら自身の存在意義について絶望するから」


「わかった。で?答えは?」

 若者の燃えたぎる情熱に気押されてそうな響だったが、「んー?」と手に頬を当て「嬉しいんだけどー」と言葉に拒否の態度を乗せる。


「響、紫釉くんにも言ってるけど『自分より弱い子はお断り』なの。だから君が響より強い力を得たと思ったらまた声をかけてよ。

 勝負は1回。君が響に負ければ響は君を殺す。

 でも君が響に『参った』って言わせられたら言う事を聞いてあげても良いよ?」


「マジか?!付き合えんの?響ちゃんと」

「うん!響、強い子は好きだよ♪」

「うっしゃぁ!再び鍛錬あるのみぃぃぃぃぃ!!!!!」

 海流は雄たけびを上げ、あの迦允に見られ続けて来た厨二病全開の

『しかも今日まで不発。まあ錬石術師となった今の海流なら見られてもカッコよさげに見えるかもしれない例のアレ』

 の詠唱鍛錬に思いをはせる。


 海流はガッツポーズを取るが春日と夏日はアワアワと慌てふためく。


「実質『ぶっ殺す』宣言をされただけなノでワ?」

「『それまで近づくんじゃねえ!』ト言っテイるのデは?」

 分からないって強いよねと、2人は脳筋錬石術師に視線を送る。


 響は続ける。

「でもねー、響には心に決めた子が居るの。その子にも勝って貰わないと」

 恥ずかしげに、しかし響を形作る外殻に血流と言うものがないので、自身で頬にかつて取り込んだ誰かの血液を集めて赤く染めながら言うのに

「どこの誰だよ?!」と

 海流は気色ばむ。


「えっとね、しゅーくん。

 響、しゅーくんと幼い頃に初めて出会った時ビビって来たの。しゅーくんも満更じゃなさそうで響といっぱい遊んでくれたし。ちょーっと今は運命の赤い糸がこんがらかっちゃってるけど、誤解さえ解けたらそのうち……ね?しゅーくん?」

 響は紫釉の姿を追う。

「あれ?しゅーくん?」

 紫釉を見失った響がきょろきょろと周囲を見渡す。


「月紫釉様なら帰ったぜ?」

 海流はひょいと背後を示す。

「へ?」

 響は指し示された先を見やったが、草むらには修復されたヒバリの巣と戻って来ていた親鳥しか居ない。


「ちょ、しゅーくん?しゅーくん?!」

 背にばさりと黒き1対の翼を生やし、響は空に舞い上がって辺り一体を見渡したが紫釉の姿は影も形もない。

 響はぷくーっと頬を膨らませた。

「もー!あの子ったらいっつも響の事置いて行っちゃうんだから!」


「そんなツレねー奴なんかより俺にしとけよ響ちゃん。ほら、肉」

 肉を掲げて響を見上げる海流に響はシュンと翼を引っ込めると、落ちるようにしてスタッと降り立つ。

「だから、君がしゅーくんにも勝ったらね?って言ってるじゃん、おにくおいしいモグモグ」

「おうよ。俺様はその為にこうして暇さえあれば『錬石術師』としての練度を上げ……」


 そこまで言った時、海流の視界がグラリと歪んだ。

 そしてそのままバタリと尻から地面に倒れ込み意識を失った。


「ありゃ?この子どうしたの?もぐもぐ」

「おそらク『知恵熱』デすね」

 夏日は海流の額に手を当て熱がないか測り、手首から脈を取るとそう答えを出した。


「『錬石術師』ノ異能ヲ初めテ使ったどころか花束ニ転移ミストや、果てワ国宝指定予定ノ「アーカーシャの剣』まで造り出しまシたからネ、オーバーフローしてしまっタみたいでス」

「寝タら復活スるデシょう、多分」

「そっか。じゃあいい感じに転移陣を描くから屋敷まで送って行ってあげて」

「「承知シマシタ」」


「「助ケテイタダキアリガトウゴザイマシタ」」

 2人は響にぺこりと頭を下げながら、ぐーぐーと幸せそうに眠っている海流を抱き支え転移して行った。


 河川敷には目を潰されたまま、更には耐えがたい恐怖を脳内で見せられた輩達がウンウンと唸って転がっている。


「後始末はつけなきゃだねえ」

 響は面倒くさそうにため息を吐くと空を見上げた。

「見てるんだろう?サクライ。姿を現せよ」

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