第27話

 そう、握りつぶしているのは1本だ。


 響の顔をしたソレはこの国の現皇帝「愛乃麗(あいのレイ)」と並ぶ力を持つ者、

 10枚の漆黒の翼を擁し、6本の腕を生やした十翼六臂の『魔神』その人であった。


 魔神はニヤリと笑うともう1本の手でボスの髪を掴み、もう1本の手で肩を掴む。更に余っていた手でボスの脚を掴んでひょいと捻ると、ボスだったそれはいくつもの部位に簡単に引き裂かれた。

 更にほとばしる鮮血を全身に受けて、魔神は楽しそうにケラケラと笑う。


「これはかなり…」

「キれテまスね」

「愛乃様は『サキュバス』の権能もお持ちデいらっしゃるカら」

「美しイと自認し、自慢しテイるそノお顔ヲ」

「傷つけたらまあ、こうなるか」


『アレを殺しきるのはオレだ。オレにだけ与えられた権利だ』

 紫釉は憎たらしげに魔神を睨みつけた。


 魔神は紫釉を一瞥すると肩をすくめる。

「しゅーくんのごりょーしんを殺しちゃったのは『幼子の遊び』ってゆっか?采配ミスだったって何回も謝ったじゃん。

 聞き分けの無い子は捻り潰しちゃうよ?」


『殺す……!』

 紫釉が異能を行使しようとするのを響は静かな声音で制した。


「冗談。勝負は1回。吾は立ち向かってくる相手は全力をもって叩き潰す事にしてるからね。しゅーくんの今のその程度の異能じゃ吾に傷ひとつ負わせられないもの。学園でしっかり異能の使い方を勉強してからまた声かけてよ」

 そう言って紫釉へ強者の笑みを浮かべた。

 紫釉が悔しそうに地面を踏みにじるのを見、魔神はボスだったものに向き直ると頭部を摘み上げた。


 なんと!頭部はまだ生きていた!。

 いや、魔神が何らかの異能を『解封』し、生命をこの世に繋ぎ止めているのだろう。


 ―タス……ケテ―

 頭は歯をガチガチと合わせて鳴らしながら声にならない命乞いの言葉をなぞる。息を通す気管も振るわせる声帯も無いので音にすらならないのだ。


「ヤーだよ。ちょーっと吾が浮かれてたからって、吾のこんなに可愛くて綺麗な顔を傷つけといてさ……、あ、しゅーくんも傷つけたよね?。そんな事されたらさ、吾はさ、こんなの。みーんなまとめて、

 もう殺すしかないじゃんか?」


 ―ヒ……―

 魔神が放った凄まじい覇気に気おされ、もはやボスだった頭部も、無力化されていた輩達も悲鳴を上げたいという意識すら保てない。

 だと言うのに魔神は「まだだめだよ?」と生命機能を酷使させる。


「殺し切りたいなら吾の魂のコアを特殊な法儀式済の弾丸とかで、よーく狙ってバンってさ。

1発で決めないから、こーいう最期になっちゃうんだよ」


 魔神は頭を掴んだまま十翼の翼でするりと空に舞い上がると、折れた陸橋のうちで高さがある方の上に羽ばたいて移動し、その欄干に手にしていた頭部を河川敷がよく見えるようにまぶたをむしり取って乗せた。

 そしてくるりと空を舞い、輩達の上空に戻ると輩の一人一人によく聞こえるように言った。


「さーてっと。遊びは終―わり。

 冥土の土産に見て逝きなよ。本物の『闘争』ってやつをさ」


 魔神はシャツに付けていたビジュータックピンの逆さ十字のロザリオに触れ、禁じられた聖句を口にした。

「キリエ・エレイソン」


 魔神は唱え終えるとすっと、6本の手のうちの2本を上げ


「『解封(オープン) 第5の封印』、

『解封 第4の黙示録』」


 大気を薙ぎ払うように手を振って、続けさまに2つの異能の封印を開く。


 ちなみにそれらの異能の詳細は愛乃の血族しか知らない。

 伝わっていない。

 何故ならばその場に立ち会った者は例外なく等しくみな命を刈り取られる為、誰も言葉にも文字にも残す事が出来なかったからだ。


 今、場にいる者に分かる事といえば、紫釉がポツリと

『……逃げ遅れた』

 と思考したと言う事。


「どう言う意味だ?」

 海流は紫釉に尋ねた。

 紫釉は思考しないよう抗っても無駄だと悟ったのか素直に感情を晒す。


『考えた通りだ。封印していた異能を解封して「離断領域」を「展開」でもしたんだろう。さっき解放された2つの異能のうち、どちらかの異能で今この場は俺達が生きてきた「はざまの世界」から切り離された、のかもしれない。

 ここはオレが知る冥界に似た雰囲気を感じる』


「つまりどう言う事だ?」

 まったくわからないので海流は東雲の兄弟に話を振ってみる。


「おそらクですガ」

 春日は唇を舐めて潤しながら答えを振り絞った。

「僕たちワ響ちゃんの気が鎮まルまでこの『切り取られた異界』から出して貰えなイと言う事かモ」

「だったらそう言えよ!」

 海流が憤慨する。

『浮かんだだけの考えを読む物を造ったお前が悪い』

 紫釉はウサギを落とさぬように抱き直して背後に振り向いた。


『そら、始まるぞ。オレ達の死が』



「く、来るな!近づくな……!」

 魔神の覇気からなんとか立ち上がった輩は手に触れたマシンガンを持ち、構え直した。

 恐怖で狙いが定まらない中、それでも悲壮な覚悟だけで引き金を引き魔神に立ち向かう。


 しかし悲しいかな。

 完全覚醒した魔神の皮膚は銃弾を通さず、弾はむなしくパラパラと地面に落ちるだけだった。

「ひ、う……化け物!」


「だーからー。特殊法儀式済の弾丸じゃなきゃ無理って言ってるでしょー?。

 ちなみに吾が今触れてる逆さロザリオ?それとシーシャの素材がソレ代わりだったりするよ。吾から奪って吾のコアに突き刺してごらん?。吾は『しゅわー』ってなって死んじゃうよ?。

 ま、それをお前が出来ればの話だけどさぁ!」

 魔神はキャタキャタと笑い、マシンガンを撃ってきたその輩を見定めると瞬時にその背後に転移し、3本目の手を伸ばした。

「『解封 第3の封印』」


 新たな異能は変幻自在な闇の手といった感じだろうか。

 すでに6本も在ったというのに、更なる手が魔神から伸びたと同時に輩を取り巻き、機関銃は支えていた腕ごとちぎり落とされた。

 手首から腕から肩から、切り裂かれた胸、離された首から鮮血がほとばしる。

「ぎゃぁぁぁぁ!!!」


「きゃはは、ははっ♪」

 魔神は歓天喜地とした表情で赤い雨を全身で浴びる。

 雨は触れた側から魔神に吸収されている。魔神を汚す事はない。


「脆いなあ。少しは耐えなよ」

 切り裂いた肉片を全ての手で掴んだ魔神は自身の口元をワニのように喉までほどき、その肉を噛む事もせずゴクリと飲み込んだ。


「うわああああああ!!」

 恐怖に恐慌状態に陥った輩は今に至りようやく魔神と対峙する事の無意味さに気づいたのか、どうにか河川敷から逃げ出そうと魔神に背を向けて逃げ出した。

 魔神は一瞥もくれる事なく新たな異能の封印を開いた。


「『解封 第7の黙示録』」

 どこからか高らかにラッパの鳴る音がしたかと思うと暗黒の雲が雷を孕んでバリバリと領域内全体に立ち込め、稲妻になり横走った。


「ギ!」

 轟雷は輩に落ち、輩は呻きと共に体を仰け反らせる。

 体の底まで熱をもって煮えたぎるのを感じた刹那、沸騰した血が眼球を押し出しながら破裂、直後に体そのものも破断し、辺りに血潮と肉片を撒き散らして逝った。


「稲妻はだめだね、火が通っちゃうや。やーめた」


 それから魔神は丁寧に、丁寧にひとりずつ屠っていった。


 絞殺した。

 縊り殺した。

 殴り殺した。

 切り裂いた。

 溶かした。

 破断した。

 握り潰した。

 踏み潰した。

 轢殺した。

 すり潰した。

 圧殺した。


 圧倒的な暴力が荒れ狂い、肉を割き、骨を砕き、幾つもの新たな血飛沫が容赦なく虚空を切り裂いて、舞った。


「んー、なんかひとりずつ屠るの面倒くさくなっちゃった。最後はまとめて吾の好きな古代魔法で吹っ飛ばしちゃうね!。風系で行こっか、行っくよー!」

 魔神は六臂の腕すべてを天に振りかざすと魔法式を描き始めた。


「生成するは亡風の使者、

 あらゆる黒は刃を生み、

 捕える死線は世界を侵す。

 跪け、飛ぶ術も持たぬ咎人よ、

 暴れ狂う嵐に、次元の黄昏へと滅せ!」


 それはモノクロに明滅する、美しき八重連立魔法式。


「不可避なる殺戮遊戯(エスカ・ホロコースト)!」


 魔神が注ぐ魔力に呼応し、切り取られた世界全体に古代魔法が炸裂する。

 爆発的な魔が、生ある者を、海流達をも皆巻き込こんで、すべてを切り裂く。


 痛みは無い。

 ただ。

 

 嗚呼、死が

 血が

 魂が

 肉体の枷をいとも簡単に外され

 赫に赤々と、踊っている。


 むせ返るほどの血の匂いと

 降り注ぐ血の赤い雨の中

 海流はうっとりと恍惚とした表情を浮かべ


 ただただそれが――「綺麗だ」――と思った。

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