第26話

「止メロ!嫌ダ!離セ!」


 怯えて泣き喚く精霊共の、滑稽な事と言ったら!。

「はは!クハハハハ!」


 櫻井も他の魔術師共も、こんなもんにかしずいて異能を使わせていただいてるとはな。馬鹿馬鹿しくて腹も捩れるわ。


「『貰う』ぜ?今まで寄越して貰えなかった分も、全部」


 海流はそう言うとグシャリと精霊を握り潰し、その魔力を搾り取る。

「ギャアアアアアアア!!!!!」

 4柱はほぼ同時に「痛み」と言うものを知り、共に気を失った。


 殺しはしない。まだ使い道はあるからな。


 海流は睨め付けるように4柱以外の精霊に魔力を飛ばす。

 迦允に日頃の鍛錬のお陰で、精霊共の居場所だけは知っている。

 海流の魔力に絡めとられた精霊が戦慄し慌てふためいているのを魔力回路を通じて感じる。


「今から俺様の魔力を覚えておくんだな。どんなに不味かろうがこれから一生対価に差し出してやる魔力だ。

 あ”?『必要ない?』

『祈りだけでいい?』

 おいおい、遠慮すんなよ。

『味わって飲・み・込・め・や?』」


「ヒイイッ!!」

 妖精共も怯えている。


 そうだな。このさき魔法の方を使うには妖精共の魔力を奪わねーとなんねーんだった。となると何か?万年実技じゃ0点しか取れなかった俺様だがファイアーボールとか撃てるようになんのかね?。

 いいねぇ!俺様がテメーらを纏めて脅してるとか、気持ちいいねえこいつは!!。


「っと、浸ってる場合じゃねーんだった」

 海流はパチリと目をあけると飛び上がった。


「海流さん大丈夫でス?」

「『錬石術師』にナれまシたか?」


「そいつは今から確かめる」

 東雲の2人に力強く頷き、海流は奪い取った魔力が「錬石術師」の異能に使えるのか確かめるため再び精神を集中させる。


 精霊共が気を失っている今は海流の魔力と、搾り取った魔力を合わせて「混ぜ合わせ」て異能の糧とする、その担い手は海流しかない。

 だが単に「馴染ませる」だなど、生温い扱いはしない。精霊共の魔力を「調伏して」従わせるのだ。

そうして使用に耐えうる魔力に化したと判断した魔力を、海流は焼き付いたのを自己修復して太くなった魔力回路から自身の体内に戻した。


「ひゅぅ!」

 力がみなぎるってのはこう言う感覚か。

 今まで感じた事が無い、まるで快楽のような充足感に恍惚となる。

「やってやんよ!」

 駆け巡る魔力が異能を今すぐに使えと訴えている。


 さあ「編」もう。

 親友を助けてくれた響に捧げる魂のレクイエム。

「今こそ行使する時だ」


 海流は耳のピアスから「母」のプシュケのひとかけらを取り外して握り込む。


「母上、貴女の『遺志』を使わせていただきます」

 そして海流は石を口に当て『錬石術師(ストーリーテラー)』として初めての異能を行使した。


「瞬くのは綺羅星の凱歌、

 日輪より放たれた光は

 連綿と続く軌跡の物語。

 揺るぎない起源の証明を

 我は今ここに編み上げよう!。


 耀星よ、闇の帷りにて輝け!」


 芝蘭のプシュケが海流の手の上でカッと光り輝いたかと思うと次第にその形を変え、海流が想像した通りの魔道具が創造される。


 海流は魔道具を掴み、軽く投げ上げるとボールを蹴る要領でグッと片足を引いた。

「春日、夏日!目ぇつぶって耳塞いでろ!」

「「ハイっ!」」


「炸裂しやがれ!爆裂閃光起源弾(スタングレネード)!!!!!」

 海流は閃光弾の安全ピンを抜くと空に上げ、渾身のシュートで蹴り飛ばした。



 響の上空へ蹴り上げられた閃光弾が炸裂する。

 その光は半径500キロに渡り太陽のような輝きを放ち、爆音と共に見る者達の目と耳を焼いた。


「目が!耳がああああああ!!」

 輩達はみな銃を取り落とし、目を覆ってのたうち回る。

 完全に無力化した河川敷から銃弾の雨嵐は去り、呻き以外の音が無くなる。


「ヤった!海流サン!」

「『錬石』だ!成功しタ!」

「満を辞シてここに『錬石術師(ストーリーテラー) 櫻井海流』の誕生デすね!」


「んな事はどうでもいい!響ちゃんは?!」


 海流は響が倒れ伏していたはずの地面を見る。

 しかし大地には響の血の跡も、肉片すら木っ端微塵に吹き飛んだのか欠片も見当たらなかった。


「間に合わなかった……!」

 海流はがくりと膝をついて項垂れた。

 血でも骨でも、何か無くては櫻井のリザレクション・ヒールポーションは使えない。

 海流は一縷の望みをかけて紫釉の方を向いた。


「頼む。頼むからたった1度でいい!『天使』様のアブソリューション・ヒールを、奇跡を起こしてくれ!。響ちゃんは今さっき死んだんだ!。お前も見ただろ?。こういうのも『よすが』にならねえか?!」


 だが紫釉は

「唔肯, 冚家鏟」

 とそっけなく拒絶した。


「チッ!だから!。西の言葉はわかんねーつってんだろうが!」

 海流は頭を掻きむしると地面の石を取り上げた。


「言の葉は、彼に流るる世界の理、

 全てにして一つなる本質。

 進む針に、無形の雫。

 叡智の書に刻まれた、

 その記録をここに連ねよ」


 海流が淀みなく聖句を唱えると石はその形を変える。

 シール状に変化したそれを掴むと海流はつかつかと紫釉に近づき、ウサギを抱えていた手にベシッと貼り付けた。


『「触るな!」なっ?……て?オレは言葉を発していないぞ?!』

 自身の心の内の言葉が音になって聞こえて来る事に驚き紫釉は周囲を見渡す。


 海流は得意げに紫釉にシールを見せつける。

「ああ、『思いを言葉にする』魔道具だ。翻訳機能も付けておいた。

 櫻井家の聖書「みらドラ」に記されていたのを少しアレンジしてシール状にしてみたぜ。

 安心しろ。心の極表層しか読まねーし。声が届く範囲は半径1.5メートルくらいに指定しておいたからアンタのプライバシーはそんなに侵害しない。

 シールだからだいたい3時間で剥がれるようにしてみたし、剥がれたら機能は停止するようにイメージを追加してある。存分に思考してくれ」


「カイルさんすごーイ!異能ヲもウ使いこなしてル!」

「サっすが海流サン!ソこに痺れる、アこがれるぅ!」


『は?ふざけるのもたいがいに……くそっ!』

 紫釉はシールを剥がそうとカリカリと手でかいていたが、やがて諦めたのか盛大にため息を吐いた。


「なあ、月紫釉様よ?。どうして『天使』様の異能を使ってくれねーんだ?。なんかドカンとリソースとか食うのか?」

 海流が問う。

『違う。「使う必要が無い」と何度も言っている』


「必要が無い?」

 海流が聞き間違いかと聞き返すが紫釉は思考せず、キッと響があった場所を振り返り睨みつけた。


『奴は存在しているだけで生者を冒涜し続ける「絶対悪」、

 オレの母を義父を弟達を悪戯で殺した、命なき『不死者たちの王』。

 オレはお前だけは決して赦さない!。

 さあ!ガキ相手に巫山戯ていないで姿を現せ!。


「イモータルズ・オーバーロード!!愛乃響(あいのひびき)!!!!!』

 音を失った周囲に紫釉の絶叫がこだまする。


「マジかよ……」

 海流の口からも声がこぼれ落ちる。

「いくら馬鹿だのアホだの無能だの言われ続けてきた俺様でも知ってるぜ」

 3人はごくりと息をのむ。


「『不死者たちの王』の呼称の使用を許されてんのは、神祖様の血を引く本家本元のみ……」

「まさカ、響ちゃんワ『愛乃』ノ異能ノ全権能を持っていル?」


「傍流ナんかジゃない……皇妹殿下『翠(みどり)』姫様の御嫡男、皇甥殿下」

「生まれた時から魂だけの存在で、血肉はただの外殻に過ぎない……」


「「「イモータルズ・オーバーロード……愛乃響様!!!!!」」」


「やだなあ。イモータルズ・オーバーロードだなんて、長いしダッサい呼称は止めてっていつも言ってるじゃん」

 

 暗黒から響いて来たのは響の声。

 響の声?……らしいが、まるで闇の奥底から這い寄って来るかのような普段より1オクターブ低めの声音を持った闇が質量を持ってうごめき、やがて足元から…いや背後から?。

 いや?、いや!。

 どこからかすら特定出来ない全方位から襲い掛かり圧倒的な殺意に膨れ上がって、そして一点に集中する!。


「吾の事はサクライが呼ぶように、『Le chasseur(ル・シャスール)』って呼んでよ。韻きが良いし」

 そんな言葉と


「ご…はっ!」


 辺りに新たな鮮血が飛び散ったのは同時だった。

 

 血の元を辿ると、響らしき存在の腕のうちの1本がボスの胸を刺し貫いてその心臓を握りつぶしているのが見えた。

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