第20話

 そんな台詞が海流の耳に届いて刹那、ひとりの男が空に向かい吹っ飛び、星屑になって消えて行った。

「え?」


 おそらく先程、先公を小突いた男だ。

 と、思う。多分。

 いつまでも男が落ちて来ないので、海流には確認のしようがなかった。


 海流は見上げていた視線を夏日の隣りに落とす。

 そこには、ぶち切られたらしき粉々の拘束魔道具だったものが散乱していた。


「おい、待てよ……」

 と、夏日にナイフを当てていた男が口をパクパクとさせている。

「この拘束用魔道具は皇国の刑務所でも使ってる、死刑囚をことさら厳重に拘束する櫻井製のものじゃなかったのかよ?」


 男は隣にいた鉄パイプを持つ男に問いかける。

 鉄パイプを持つ男が答える。

「と、俺も聞いたぜ?。

 てかお前、あの美人をどこに逃がしやがった?。『七合会』のお方々が仕切る歓楽街の娼館にでも売り払えば大金になるだろうってアニキが言ってたのに」

「俺じゃねえよ!」

「だったら誰があの美人の魔道具の鍵をぶっ壊したんだ!?」


「響だよ?」


 その、少女とも少年ともつかない、まさに声に至るまでトータルに美を体現したとしか言いようのない玉音の主は、頭上から輩達を見下ろしていた。


 上である。

 上でしかない。

 鉄パイプを持つ男の頭上にて、響は両足を乗せて器用に立ち、夏日を見下ろして手を振っている。

 男の首は大丈夫なのか?と言う余計な心配は要らないようだ。


 鉄パイプを持った男が頭上の響に気づき手を振り回して捕まえようとするが、響はまるで蝶が舞っているかのように、軽い足さばきでちょいちょいと楽しそうにその手を交わしている。


 響の野郎は『重量操作』の異能持ちなのだろうか?。

 それにしては始業式に見せられた異能とは違う気がするが?。

 海流は訝しむ。


 もしかして奴も俺様と同じ『ダブル』って奴か?。

『ダブル』っつーのは『神に多重に祝福を授けられし者』って意味だが、授けられた者の大半はどちらかの異能しか十分に扱えないと聞く。

 俺様が『覚者』の異能は扱えても『錬石術師』の異能はパッとしないのと同じように。


 だが、海流が見ている範疇では響は『ヒーラー』の異能も『重力操作』の異能も鮮やかに使いこなしているように思える。

 否、その前に古代魔法も深く精通しているよな?。マルチ過ぎるだろ。

 どんなスペックしてんだよ。


「売り払ううんぬんは置いておいて、鉄パイプくんは響を美人って言ったから今は見逃してあげようかな。

 ただしナイフくん。お前は夏日くんにおイタしたからダーメ」

 響は鉄パイプを持った男の頭上から音もたてずに舞い降り、ナイフを持った男の前に立つとおもむろに片手を伸ばした。

 かなり力加減をしている風でプルプル震える小指の先で男にチョンと触れる。


「へぶあ?!」

 そんな音だけを残して夏日にナイフを当てていた男は、空ではなく今度は陸橋に向かってミサイルのように飛んで行った。

 ドガシャーン!と言う音と共に陸橋は男が激突した衝撃で一部がこっぱ微塵に吹っ飛び、大きな風穴を開けている。

 陸橋に人は元より車も自転車の一台も通っていなかった事だけが幸いだ。


「わーい!こういう時、ニンゲンは『ストライク!』って言うんだよね??。たーまやー!」

「響ちゃん、それは花火の時の発声デす」

 ナイフを持った男から解放された夏日が頭上に冷静につっこんだ。


 海流の腕を掴んでいる輩のボスらしき男が海流に詰問する。

「何だ?アレは。『予言』じゃテメェだけがまだ目覚めきってねぇ異能を開花するんじゃなかったのかよ?!」

「知らん。俺様、何も知らねーし、怖」

 海流は質問に手を振って否定した。


 本当に知らん、怖。

 海流は本当にマジで何も知らないし、知らされていないのでそうとしか答えようがなかった。


 響は止まらない。

 それはもうテキトーに、自身を害しようとする手をひょいひょいとかわすと、再び地面から舞い立ってそのあたりに居た輩の頭の上に立つとひたいに手を当ててきょときょとと辺りを見渡す。

 そして

「夏日くんの腕時計を取り上げた子、発見!」

 と言うやいなや、軽やかなステップで他の輩達の頭や肩に次々に着地しながら移動する。その度に輩達が響を捕まえようと手を振り回す姿は、さながらモグラ叩きのようだ。

 叩いているのは響の方だが。


 そして響は目指した男の頭上に到着した。

「借りたものは返そうねー?」

 響は地面に向かい、体勢が崩れるのも構わず大きく足を振りかぶると、まるで足にだけ重力を戻したかのように勢いよく夏日のスマホを持った男の頭にかかと落としを決めた。

 被弾した男はスマートウォッチを持った手だけを残して地面に深くめり込んだ。

 めり込んだ?。


 ただのかかと落としで人は地面めり込むものなのか?。

 だが現実にめり込んでるんだな、これが。


 響は地面にめり込ませた男の手からそーっと夏日のスマートウォッチのバンド部分を慎重に指2本で摘み上げると、それからくるりと回して「傷はついてないね、ヨシ!」と呟き、何事もなかったかのように夏日の元にトコトコと歩いて戻った。


「はい。君の腕時計。もう取り上げられちゃうような危ない事に巻き込まれちゃだめだよ」


「ア。は、ハい。アりがとうゴザイマす」

 差し出されたスマートウォッチを受け取ろうと夏日は手を出しかけて、まだ魔道具で拘束されたままだった事に気づいてモゾモゾしていたら

「待ってー?外してあげるね」と、

 響は夏日の背後に回り込み拘束魔道具にに触れる。

 すると魔道具は触れたところからヒビが入りパキンと砕けてしまった。


「あれ?んーっと。……響、壊してないよ?組み込まれてた魔方式を読み取って解錠しただけ、ね?」

「ア、ソ、ソデすね?」

「壊してないよ?」

「…………」

「無いよね?」

「ナ、いデす」

「だーよねー?んふふふ」

 しばしの問答の後、響はニパッと笑った。

 改めて響はスマートウォッチを「どーぞ」と手渡す。夏日もおずおずと受け取る。

 どうやら笑って誤魔化す事にしたようだ。成功していないが。


 解錠しちゃったかー。

 頭では予測してはいたのだが、夏日の隣りの地面に粉々になって散らばっている欠片は響が破壊……解錠したものだと今更ながら再確認した訳だが、皆、理解が追いついていない。


 響と言う人物は、細身の中背。

 175cmには少々届かないか届いたかのスラリとした体躯。

 ボイスは、しいて挙げろと言うなら榊原優希。知らんやつはゴゴれ。

 見た目も含めて、咲き誇る可憐な花のよう。


 そんな彼(彼で合っているのかは確かめていないが)は何度見返しても、あの頑丈な魔道具を指先ひとつで破壊した人物と同じだなどと、人の理解の範疇を超えても仕方がないと言えるだろう。


 そんな中、なんとか自我を取り戻したひとりの男が

「何してやがる!」

 と背後から響に殴りかかるが、響はノールックで男の腕を掴む。


「こんな綺麗な顔を殴っちゃダメなんだよー?」

「この野郎、ふざけやがって!」

「ふざけてるよ?。だって大の大人がこんな幼いニンゲンの子に本気で相手なんか出来ないよ、響、ジョーシキ有るセンセーだから。

 けど力の制御用に渡されてた魔道具を自転車のカゴに入れっぱだから、うっかりはあるかもー?その時はごめんね☆」

 舌出しペロりんちょな表情で、男に振り返って言った。


「それとも」

 響はふざけていた笑みを引っ込めると、金色の瞳の奥を冷徹に光らせながら周囲へぐるりと視線を巡らせる。

「本気を出して欲しいのかい?」


「ああ?」

 別の輩も響に凄む。

「やれるもんならやってみろや」

「そうなのー?」

 響は心の底から楽しいのだと言う風に体を揺らす。


「あはっ、そのお返事はオッケーって事なのかな?。じゃ、チラッと本気、出しちゃうかー。

 でもねー?」

 響はそこで言葉を区切り、整った鼻に手を当てワイヤーグラスをクイと上げ直し、好戦的に笑った。


「響、強いよ?」


 言葉が終わるや否や「グワン!!」と、天と地が裂けたのではないかと言う轟音が辺りに轟いた。

と同時に3本目の陸橋が爆裂した。

 大穴どころか橋そのものが粉微塵と化し、灰塵がもうもうとした白煙となって空を覆う。


 響が、掴んで居た男を大気が裂けるほどの音速で投げ飛ばした、と言う事だけは海流にもかろうじてわかった。


「一体何、なんだ?あの先公は??」

 海流は呆然と立ち尽くす。

 そこに


「あーっ!居タ!カイルさん!夏日ッ!」

 立川の駅からタクシーを飛ばして来たのだろう、春日は車から降りると海流の方へ転がるようにして駆けてきた。

「春日!お前……」


「カイルさん!」

 春日は海流の傍らにボスが居る事などまるで目に入っていないかのように一直線に海流へ走り、無事を確かめるようにして抱きついた。

「馬鹿か?屋敷で待ってろっつったろーが!」

 海流も空いている手で春日を受け止めて抱き止める。

「だっテ僕だっテ2人が心配だったのでス!」


「カイルさんワ怪我は無いでス?」

「俺様はな」

「夏日ワ?」

 交戦を始めた輩達の隙を縫って抜け出して来た夏日は軽く首を振った。

「ボクもほぼ無イよ、タだ」

 夏日と海流は同時に振り返った。


「代わりに何か知らんが、俺様を捕縛しようとした輩が大変な事になってるわ」

 海流はボスに掴まれていない方の手を上げて春日に親指を立てクイっと、響の方を見るように指示する。

「わア」


 春日の目の前には、それはそれは阿鼻叫喚の世界が広がっていた。

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