第19話

「はあっ!はあっ!」

 立川の駅に着いてG陸橋まで10分強、ゴーグルMAP案内を頼りにどうにかこうにか走り切った海流は荒く肩で息をする。

 普段は転移陣頼りなのが祟ったか、足どころか全身が悲鳴を上げている。


 それでも陸橋が見える土手に20時には間に合ったと、海流は額に流れる汗を拭い、もつれた髪を荒々しく振り解いて周辺を見回した。

 陸橋の周辺は広い河川敷になっており、日は落ちても満月の明るい月明かりの下は遠くまで見渡せた。


「居た」

 川草が途切れ、開けたところに夏日が居た。

 後ろ手に腕を魔道具で拘束され地面に座らされている夏日の周囲には、実に50人は超えるだろう輩がたむろしている。

 あちらも海流を視認したのだろう。

 鉄パイプやナイフを手に海流を見据えて来た。


「結構なお出迎えじゃねーの」

 思わず引き笑いがこぼれる。


 海流に気づいた夏日が驚きに目を見開き、そして力の限りで叫んだ。


「海流サン?!来ちゃダめデす!。コいつら海流サンを殺す気デす!」

「そーだよー?危ないんだよぉ。ねー?夏日くん」


 夏日の隣に何か余計なものを見たような気がしたが、気にしたら負けな気がして海流はかぶりを振った。


「怪我はないか、夏日?。何かされちゃいねーだろうな?」

 攻撃も抵抗する気もないと言う意思表示に、両手を上げたまま土手から駆け降りながら夏日の様子を確かめる。


「大丈夫デす!連れ去ラれそうにナった時に、抵抗したら頬ヲ1発叩かれタだけ!。ダから来ナいで!」

「響も大丈夫だよ。と言うか流石はサクライの息子だねー。逃げずに来るなんてえらい子えらい子」


 くっ!何かやっぱり聞いたことがあるようなノイズが有るんだが。

 いかん。今は夏日の救出に心を尽くそう。


 夏日は後ろの男から首にナイフを当てられていた。

 既に海流に気づいた際に叫んだ動きで軽く切られたのか、夏日の首には一筋の赤い線があった。


 海流が近づく以外のアクションをすれば即座に夏日の首は掻き切られるだろう。

 静かに、慎重に。

 海流は手を上げたままゆっくりと歩を進める。


「は?はは。人質に怪我させるとか、ラノベでもこう言う時は人質ファーストだっつーのに」

「定石はそうだよね。ちなみに響は自転車に乗る練習をしてたらいつのまにか偶然この河原に辿り着い たんだけど、見知った夏日くんが居たから声かけたらこの子達に捕まっちゃったの」

 だから響は怪我してないよー?と言い、響はケラケラと笑う。

 先公の情報は聞いてない。

 海流は心でツッコミを入れる。


「お願いデす!今カらデも帰ってくだサい、海流サン!」

「ばーか。ダチが捕まってるのを目の前にして、俺様が逃げるわけねーだろ」

「ひゅーひゅー!サクライくん、それポイント高いよ。カッコいー!」

 あああ!この先公、うっぜぇ!。


「アンタら、俺様を呼び出して何が目的だ?金か?

だったら大金は引っ張れねえぜ?俺様はもう櫻井の家を出た。親父とは縁を切ったからな」

 海流はニヤニヤしながらジリジリと自分に近づいてくる輩達に、精一杯の虚勢を張る。


 男の1人がようやく口を開いた。


「金は要らねーよ。テメェをとっ捕まえりゃ、出してくださる方がたんまり出してくださるんでね」

「捕まえた俺様をどうする気だ?」

「さてね?金づる様のお気持ち次第よ。ただ?抵抗するならぶっ殺しても良いとは」

 男が仲間らしい輩達に振り向く。

「言われてるよなあ?お前ら?!」

 そう問いかけると、輩達は「そうだ!」「ビビんじゃねーぜ?お坊ちゃんよ」「ギャハハハ!」などそれぞれ愉快そうに笑い上げた。

「クソが」

 海流は鼻で笑って立ち向かう。

 しかし海流の内心は心臓がバクバクと跳ねるのを押さえつけるのに必死だった。

 恐怖で舌がもつれそうになるのをどうにかなだめて、毅然として男に対峙する。


「殺すのは俺様だけにしろ。夏日は関係ない」

「それはテメェの態度次第だな」

「大人数でご大層なこった」

「なんだか知らんが『先見』?『予言』?らしいものがあるらしくてな。『異能が完全開花』がどうしたとかよ?。そんなのにも対応出来るように捕らえ次第、暴れるようなら組のモン全員でぶちのめしても良いとの依頼でね」

 彼らの指示役のボスは、少なくとも芝蘭の『未来視』を知っていて念には念を入れ警戒しているようだ。


「警邏のステルスドローンが見てるぜ」

「残念だがここら一帯はジャミング済みだ」

「ふん」

 迦允以外で櫻井の防犯システムに介入出来るのは櫻井家の家令クラスの権限が必要である。

 やっぱり莎丹が関わってるか。

 海流は夏日に向かい歩きながら、輩の後ろに見える影を睨む。


「金づる様はどこにいる?」

「さあて?テメェを捕まえたら山の奥とも海の底にでも連れて行っていいとも言われたっけな?」

「莎丹が差し向けた刺客だとしても趣味が悪いぜ」

「あ?名前なんざ知らねーさ』

「山かあ、響は猪とか好きだよ。海はなんだろー?イカ?タコ?なんでもいいや、響お腹すい……アイタ!」

「うるっせえ!」


 とうとう響は男の1人に頭を小突かれた。

 自業自得だなと海流は思う。


 男がまた一歩、海流に近づき。海流もまた近づく。

 夏日はただただ「来ないデ!来ないデ!」と泣いている。


 とうとう輩達が手にしている武器で殺そうと思うなら出来る距離になって、改めて海流はしみじみと己の生を振り返った。


 思えばこの世に生を受けて何年よ?。

 お袋の記憶も遠い昔。

 親父には愛されたけど乃蒼に莎丹や使用人共に虐げられ、知らねー奴らからも無能無力の魔力バカと揶揄されながら生きて来た。


 辛く悲しい記憶しかない人生だったが、最期にダチを助けて死ねるなら本望だ。


 海流は男に腕を掴まれた。


 鼻の奥がツンとする。

 泣くな。夏日が助かるならそれだけでいい。春日によろしく伝えてくれ。

 父上、今ひとたびお心を悲しませますが、どうかお許しください。


「とにかく、俺様は来たんだ。夏日を離せ。目的は達成しただろう?」

 海流は心を定め、きっぱりと言いきった。

 その時だった。


「くーっ!良いね!響、そーいう言葉が聞きたかったの!」

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