第17話

 一方その頃、海流は街を彷徨い歩いていた。


「……さっむ!」

 Tシャツとジーンズのみという着の身着のまま屋敷を出てしまった所為でまだ春先の肌寒さが身にこたえ、思わずシャツをかき寄せる。

 マジックバッグは置いて来てしまったものの、スマホだけはジーンズの尻ポケットに突っ込んでいたままだったので、海流はどうにかネカフェに潜り込み暖を取れた。


 迦允は監視は緩めると言っていたが海流は信用など出来ないと思った。

 当然使用すれば即足が付く櫻井の海流名義の資産は使えない。

 だが。


 くくっ、と。

 海流は笑う。


 じゃーん!。

 いつか家を出る時の為に、親父曰く『小遣い稼ぎ』って奴で俺様がコツコツと貯めた別名義の暗号資産の使いどころってやつよ!。

 海流はスマホケースの隙間に幾つか押し込んでいたsimから適当に1枚を引き出し、ささっと入れ替えてすっかり他人に成りすましたのだ。

 ネカフェの受付で提示したスマホの身分証明書も同様だ。先んじて東雲の兄弟に頼んで偽造してもらっている。

 まあこんなにも早く利用する事になるとは思っていなかったので、家を出た後の住処までは用意していなかったのは海流の手落ちだが。

 良いのよ、俺様のすることだし。行き当たりばったりの人生です。


 さてはて。

 椅子に座わりこみ、テーブルに置いたスマホにマナが自動で充填されてゆくのを見ながら、この先どうすれば良いか海流は考えていた。


 東雲の兄弟達には頼れなかった。

 東雲家は皇国に古くから続く家柄だが、代替わりの際に迦允の手助けを受けた恩義もあってか、今は皇国にというよりは迦允に支えている。

 春日と夏日だけなら助けを乞えば匿ってくれただろうが、秋夜と冬夜は乃蒼派の姉妹だ。海流が兄弟に連絡を付けたと知られれば迦允に通報どころか直接莎丹に繋がる懸念があった。

 今あの莎丹に捕捉されれば何の警護もない海流の命など儚く消える。

 これだけは『視』なくても確信できるぜ。間違いない。


「ま、今更俺様の身なんざどーなろうと、どーでもいいんだがな」

 くだを巻きながらクピリと飲んだフリードリンクのコーラが喉を焼いて、海流は少し咽せる。

「けほっ!……くそっ!。あー!なんもかんも上手くいかねー人生だったな!」


 死について。

 海流は伸びをしながら少し考えてみる。


 痛いのは嫌かな?。

 苦しいのも勘弁だ。

 伸ばした足が床を蹴り、椅子が回る。


 お袋は……静かに逝ったんだっけ。

 寿命の使いすぎで枯れ果てていた事を海流ははっきりと覚えている。

 だが、お袋は気力だけは最期まではつらつとしていた。

 むしろ嬉々として死に臨んでいたように記憶している。

 なんでだ?。死に際の瞬間だぜ?。どうしてあんなに幸せそうに笑えたんだ?。

 海流は無意識で耳のピアスの『母のプシュケ』に触れる。


「母上……直接答えを聞きに逝っても良いですか?」

 吐き出した問いに答える者はいない。


 病院で安楽死?。

 それは独り身で叶うのか?。家族に同意書とか求められる気もするが?。

 まあその「未来」を選べば今は静観しているクソ親父でも、そこが世界の果ての果てだろうが転移陣ですっ飛んで来て首根っこを掴まれて即刻連れ戻されるだろうがな。


 今や海流は八方塞がりであった。


「最近厄日続きじゃね?」

 独り言ちて、海流はここ近々の出来事をつらつらと思い出してみる。


 海流が『視』た、ほぼ確定の『未来視』がまったく違うものになった件。

 とんでもないアタオカに遭遇した件。

 人生初、チャリに轢かれた件。

 それがなんと担任教師になった件。

「だった」じゃねえ、「なった」で合ってる。

 更にそいつは実はかつて義兄弟だった事が判明した件。


「おいおい、待てよ」

 海流の脳裏に能天気にもけらけらと響が笑っている。


 冗談はお綺麗過ぎる顔だけにしてくれよあのアタオカ。

 よく考えてみたら全部アイツが関係してんじゃねーの。

 そうかよ!俺様の人生楽勝計画が狂ったのはみんなアイツの所為か!。


 考えこむにつれ、海流は腹の底からふつふつと怒りが湧き立ってきた。


 どうあがいても「逢野響」氏においては突然の濡れ衣である。

 貰い事故。冤罪でしかないが、今この瞬間の海流にとっては行き場の無い苦しみや死の恐怖を転嫁する相手にするならこれ以上ない人物だった。


「ははっ」

 海流は膝に顔を伏せたまま薄暗い笑みを微かに浮かべる。


「ぶっ壊してやるか。あのアタオカごと、俺様のこのくだらねぇ人生をよ!」


 死なばもろともである。

 そう、あのアタオカにひと泡吹かせるような何かしでかしてやればあのクソ親父の顔を歪ませ、自身の心持ちも少しはすくかと思ったのだ。




 翌朝。

 海流は生体認証もばっちりと櫻井魔導学園の門をくぐった。


 制服姿では無い海流を見て生徒達がヒソヒソと仲間内でささやきあっていたが、海流は構わずまっすぐに自分のクラスに向かった。

 新年度になっていたのでうっかり教室のある棟を間違えかけたが、場所だけは先日までのRINEで東雲の兄弟達から聞いていたので軌道修正して、正しい棟の階段を一段一段踏み締めて登って行った。


 クラスの前に立ち自動ドアが開くのを待つ。

 開いた扉の中、ホームルームの時間にはまだ早かったがクラスにはほぼ全員が揃っていた。


「おっはよーっ!久しぶりだなー、海流」

「終業式以来じゃないか?。みんなお前に会えなくて寂しがってたんだぜ?」

 デュラハンの少年と貴人の少年が、デュラハンの少年の頭をボール代わりにして投げあいながら朗らかに海流に挨拶する。


「制服はどうしたのよ?。まさか寝ぼけて着て来なかったって訳じゃないわよね?」

 平民の少女は「呆れた」とでも言うかのように肩をすくめている。


 みんな……ごめん。

 海流はそれらに無言をもって返し、これから自分がしでかす事で皆が迷惑を被る事に、心の中で謝った。


 キュッと唇を噛み締め、海流はズカズカと歩み、教卓の前に黒板を背にして立った。


「……出て行け」

 海流はバンッと教卓を叩き、腹の底から響くような低い声で言った。


「は?」

「何だ?いきなり」

 クラスメイト達は戸惑いを隠そうともせず、海流の言葉の意図を図りかねて困惑の表情を浮かべている。

 海流は重ねて言った。


「お前ら全員出て行け!。

 このクラスは今日この日より俺様が占拠する!。以後お前達に授業は受けさせねえ!。あの担任の先公がこの学園を辞めねー限りずっと!ずっとだ!」


「何その理論?」

「響ちゃんが何だって?」


 はっ、響ちゃんだと?。笑わせやがる。あのアタオカ、たった1週間でこいつらを支配したのか。

 そうやって親父の心にもするりと入り込んで、俺や乃蒼の知らないところで好き勝手にのさばりやがって来たんだな。

 だがそれも今日から終わりだ。終わらせてやる。


「何もどうともしねえ。俺様はアイツが気に入らねーってだけだ。視界に入るだけで虫唾が走る。だから奴のクラスをぶっ壊す事にした。

 クラスが集う教室を変えたって無駄だぜ。行って東雲の兄弟に頼んで物理的に教室を破壊させてやる」


「東雲くん達なら今日は来てないわよ?」

 呆れ声で少女は言う。

「何?」

 言われてみれば。

 海流は騒めくクラス内を見渡したが、東雲の兄弟の姿は影も形もなかった。


 ちゃんと勉強しろっつったのにサボりやがって。

 海流は舌打ちする。

 まあ今日はサボっても俺様が追い出していたから同じ事か。


「だったら『公爵子息』として言ってやらあ!。このクラスは俺様より下賎な侯爵以下のテメェらごときが居て良い場所じゃねーんだよ!。

 亜人も平民も目障りなんだ!。だからさっさとテキスト纏めて出てけっ!」


「貴人だの平民だの……、いまさら何を言い出すんだよ?海流」

「変なものでも食ったのか?」

「中毒ったか?草食獣用で良かったら胃薬あるぞ?」

「あたしヴィーガンだからそれ欲しいわ。試させてよ」

「いいぜ」

「海流……お前『亜人奴隷解放宣言』を忘れちまったのか?」

「あなたはそんな事言う人じゃ絶対無いわ」

「季節の変わり目だし、情緒不安定にでもなったのかしら?」


 常に無能と揶揄される海流を決して否定せず、ともすれば馬鹿にする者に真っ向から立ち向かってくれるほど海流を信頼してくれている長年の付き合いの万年Fクラスのクラスメイトは、海流の言葉に動じもしない。

 それが、今は、とても辛い。


 こんな事、一生俺様だって言いたか無かった!。考えた事も無かった!でも。


「本心だっつの!ずっと言わなかっただけだ!。とにかくつべこべ言わずにとっとと出て行きやがれ!」

 ビシッと自動ドアを指差し、海流はクラスメイトを追い立てる。


 リンゴンとホームルームのチャイムが鳴った。

 すぐ後に、甘い柑橘系の香りが辺りに立ち込めるのを海流は感じた。


「なーに?騒がしいけどどうかしたの?」


 今日も今日とて全身黒ずくめの響は教職員用タブレットを片手にシーシャを吸いつつ、のんきに軽い調子で教室に入って来た。

 あいも変わらず等身大美青年フィギュアと言っても過言ではない、全身どこからくまなく見ても一分の隙のない造形のキラキラ光る金色の瞳が海流を拘える。


「ちょうど良かったぜ」

 海流は座った目で響を見返した。


「アンタもたかが『子爵』だったな?。だったら俺様以下のクソッタレだ。テメェも『公爵子息』たる俺様を指導するにふさわしくない。同じ場で同じ空気を吸っている事さえ不愉快だ。早急にこの学園を辞めて出て行きやがれ」


「えー?何言ってんの?この子」

 響はまったくたじろぐそぶりすらなく、シーシャを持った手でワイヤーグラスをいじりながら海流に向かってと歩いて来る。


「動くな!入って、コラ!聞けよ!近づいて来んじゃねえ!」

「やーだね!。だって響、ホームルーム始めなきゃだもん。君こそ席に着きなよ」


「どかねえ」

 海流は教卓に近づいて来る響に歯を剥き出して威嚇する。

「なんでさ?」

 響はタブレットを脇に挟み、ショートグローブの端を摘んでキュッとハメ直しながら言った。

「ま、響はいいけどぉ?。

 サクライくん、だっけ?。そんな事してたらこわーいパパが飛んで来るよ?」


「『パパ』だあ?んな他人行儀な言い方しやがって」

 昨日の迦允の、響に言及した事柄を思い出し、海流は殊更はらわたが煮えくりかえる思いがした。


「『お父さん』って昔は呼んでんだろ?『兄上』様よ?」

「『兄上』?」

 響はしばし小首を傾げた。

 そして「ああ!」と合点がいったのかにっこりと笑った。


「そう言えばお前は響の弟だった事もあったらしいねぇ?。響的には、あまりに短い期間だったからすっかり忘れてたけど」

「はっ!白々しいんだよ!」

 海流はギッと響を睨みつけた。

 たとえ響にとっては短い期間でも、海流の心を痛めつけるに値する事柄だ。


 そして響の登壇で、静まっていたクラスメイトが再びざわつき始める。

「今の聞いた?」

「響ちゃんと海流くんが兄弟だって?」

「あれ?海流の兄弟って乃蒼くんだけじゃなかった?」

「てゆっか、ゆらセンと海流っち、ちっとも似てないよ?」

「海流は誰似?」

「理事長似っしょ?」

「じゃあお母さまが違う、とか?」

「お待ちになって。理事長先生は奥様一筋だったはず。解釈違いはお帰り下さいまし」

「おいおい、櫻井家にお家騒動勃発だ!」

「ネットニュースになるでしょ、これ」

「皇国筆頭公爵家に隠し子登場って!」


「お前らうるっせえんだよ!黙れ!」

 海流は喧噪をぶった切るように雄叫ぶ。

 その悲壮な迫力に、クラスメイトはしん……と静まった。

 しかし響だけは気圧される事無くひょうひょうとした様子で海流と対峙する。


 響はシーシャをひと吸いするとプカリと水蒸気を吐いた。

「サクライ……のお父さんが今更そんな話を持ち出すだなんて、おうちで何かあったの?。

 まああったとしても響は櫻井の異能は持ってないから、関知のしようもない事も聞及んでいるよね?」


「いーや、関知ありありだった。

 おかげで櫻井の継嗣は乃蒼で決まり、俺様は家を出た。昨日そう決まった。

 これも全部テメェの所為だ!。

 テメェの所為で俺様の人生はめちゃくちゃになったんだよ!」


「そんなこと言われたって困るなぁ」

 響はもはや癖なのかシーシャの吸い口でカシカシと頭を掻いて言った。

「響、昨日君の家で何があったのかは分からないし君の人生がどうなろうと知った事じゃないけど、それって今、響が受けもってる子達には関係ある?無いでしょ」

 海流の難癖に響はド正論で返す。

 それは海流の頭に更に血を上らせた。


「あろうが無かろうが!俺様は『兄上』様の顔を歪ませられりゃちっとは溜飲が下がんだよ!」

「えー?八つ当たりとか、ダッサっ」

 響は海流にんべーっと可愛らしく舌を出すと「もう相手してあげないもんね!」とプイっと生徒達の方へ向いた。


「みんな、こんな駄々っ子は放っとこーね。さ、ホームルーム始めちゃうよー」

 と、海流の存在を無視することにしたのかタブレットのロックを外して出席を取り始めた。


 しかし。

 響の行動に反して生徒達はガタガタと机を鳴らして席を立った。


「みんな、どうしたの?」

 響は大きな目を更に丸く見開く。


「ごめん響ちゃん、俺ら帰るわ」

「それで海流の憤悶が収まるならそれに越した事は無いし」

「でもね、誤解しないで欲しいの」

「いつもの海流はボク達を爵位なんかで見下したりしないから」

「何か事情があるんだろ」

「もしくはただ、櫻井氏は虫の居どころが悪いだけかと」

「兄弟ならば話し合いをなさった方が良ろしくてよ。複雑な事情ならなおさらですわ」

「2、3日したら何事もなくケロっとして居ると思うにゃ」

「今日まで長い付き合いだからね、嘘なんてすぐ分かるし」

「またな、海流!気持ちが落ち着いたらグループRINEに報告してくれよ!」


「ごちゃごちゃ言わずにさっさと出て行きやがれ!」

 海流は海流に気を遣って出て行ってくれる皆を追い立てる。


「ま、待ってよ、みんな……?」

 響は流石に動揺した表情を浮かべて立ち尽くしている間に生徒達は教室を出てしまい、ガランとした空間に海流は響と2人きりになった。

 静かな教室に、流石の響も困り顔で生徒達が消えた扉がまた開かなかと見つめている。


「アンタの所為だ」

 海流は昨日からぐるぐる回る思考を響にぶつけた。


「昨日まで、『無能だ』『ゴミだ』と馬鹿にされながらも俺様は全てを飲み込んでなんとかへらへらと荒波に逆らわずのらりくらりと生きて来た。

 それがアンタが周囲に現れて始めてから様変わりした。

 親父は俺様が就職する頃合いを見計らっていたんだとか何とか言い始めて、いつになく俺の肩を持ちやがり、終いに莎丹と乃蒼の神経を逆撫でやがった。

 そのあおりで俺の家族は空中分解しちまったんだ!。どうしてくれるんだ?えっ!」


「それ本当に響のせい?。響はしゅーくんのそばに居たいだけなのに」

「しゅーだかシュークリームだから知らねーが、迷惑だっつってんだ!」


「我都係噉覺得」

 プシュンと言う音と共に教室の自動ドアが開き、この世の美の結晶のようなあの白銀の髪を持つ亜人の青年が入って来た。

 意味は分からなかったが、嫌悪を含ませた声音からして「同感だ」とでも言ったのだろう。

 青年は響に見向きもせず彼の席と思しき後方の席に座ると、我関せずのふうで机に腕を置き頭を乗せると眠る姿勢に入った。

 傍らには先日も抱いていたうさぎがどでんと陣取り寄りかかり、ケモ耳フードの隙間では小鳥達が「ピピピ」と鳴きながら出入りするのすら気にせず寝息を立て始める。


 海流は呆気に取られたが、響はすっかりニコニコ笑顔に変わり「おはよー!しゅーくん♪。今日も動物さん達と仲良しなんだね♡」と、ぴょこぴょこ手を振った。

 紫釉は無視を決め込む気か、無反応だ。

「しゅーくんは出席、っと」

 響はタブレットをタップする。


「『おとーと』のお前は?制服は着てないみたいだけど授業は受けてく?」

「おいアンタ……さっきまで話してた内容も覚えてねーのか?」

「さすがに覚えてるけどー?今日のこのクラスは古代魔法学のコマは無かったから他のせんせーの授業は受けてくかなーって思って」

「受けねぇよ!」

 海流は響とこれ以上話を続けても埒が開かない気がしたので、ガシッと髪をかき上げると紫釉に向かってドズドスと歩いた。


「お前も来て早々だが出て行きやがれ!。今日よりこのクラスは俺様が支配する!」


 寝ている紫釉に体を折り、わざわざ耳元で叫ぶ。

 しかし紫釉は海流にもまったくもって無反応であった。

 くー、すー、と寝息を立てる人形のようなその美貌の、目の下の深いクマは相変わらずだがそれすら艶っぽく見えるのは美人がなせる業なのだろうか?。

 代わりに動物達が海流を攻撃する。

「ちょっ?!痛てっ!ヤメさせ……うわっ!糞引っ掛けやがった!」


「あははは!君も嫌われてるね?響もなの!」

「嫌われてんのに付き纏ってんのかよ?」

「付き纏いとかストーカーみたいに言わないでよねー。響はしゅーくんの『幼馴染』で『保護者』なのです、えっへん!」

 響は得意そうに笑うと

「んじゃ、今日の出席者は紫釉くんだけって事で伝達事項言っちゃうね〜」と、朝礼を始めてしまった。


 くそっ!この先公にダメージとかどうすりゃ入れられんだ?。

 海流は考えた。

 考え、考え。

 そして考えるのを放棄した。


 クラスメイトは追い出せた。

 1人残っちゃいるが、響と敵対している風だから数に入れなくてもいいだろう。学園の先公も、帰っちまった生徒を見りゃこのクラスで何かが起きた程度の事くらいは把握する。

 そのうちこの先公はその事情を聞く為に学年主任とかに呼び出されて今日は仕事にならないはずだ。


 目的はもはや達した。後は明日も明後日も同じ事を繰り返しゃ良い。地味でも嫌がらせを続ければそのうち大問題になってコイツも居づらくなって辞めて行くだろ。

 終わりだ。俺様もコイツも。

 ぜーんぶ終わりだ!はははははははは!。


 はー、朝っぱらから何か疲れたわ、帰ろ。


 それが海流が出した答えだった。


 もちろん櫻井のタウンハウスには帰れない。

 今日ももう一泊ネカフェに泊まろう。

 ああ、そうだ。

 何故か珍しく俺様に連絡もせず休んでる東雲の兄弟にRINEも入れて。事の瑣末を伝えてこれから奴が辞めるまで学園を休ませねーとな。


「勝手にしろ。俺は帰る」

 鳥に付けられた糞をそこらの壁になすりつけて、海流は大股で教室の自動ドアへ向かった。


「そ?。じゃあね、サクライくん。またあした〜」

 響はシーシャを持った手を振り海流を見送る。

「うっせえ!」

 海流が去る。


 教室に残された響は「なんだかなー?」と首を傾げるばかりだった。

 タブレットからアラートが鳴り、学年主任どころか教頭先生から呼び出される。

「はいはい」とタップして通知を消しながらシーシャを吸い、響は物思いにふける。


「『おとーと』ねえ?妹なら腹違いの子が居るけど」

 遺伝学上の父がメイドに産ませた、今となっては血のつながりでしか縁のない生家の跡取りに据えられた少女を思い浮かべる。

 おっとりした良い子なんだけどね、響と板挟みになって今も可哀想な立場にあるんだよねー。


「あ〜あ、サクライが本当にお父さんだったらよかったのに」

 タブレットを抱き、ぽつりと呟くと紫釉が身じろいだ。


「改變唔到過去」

「そうだね。過去は変えられないよね」

「我哋都係一樣」

「……それでも、響は諦めないもん」


「冇用」

 紫釉は言い捨てると、その後は響が何を語りかけても目を閉じたまま口を開く事は無かった。

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