第15話

 お、俺様?。

 いきなり挟まれた自身の名前に海流は驚く。


 同時にギリッと乃蒼に睨まれたので「こんなの貰い事故だろ」と小さく言い、睨み返しながら海流はうんざりとして舌打ちした。

 迦允の演説は続く。


「あれからキミは芝蘭に尽くす振りをして暗に第2子を産むよう誘導した。

 圧をかけたとも言っていいだろう。

 ことあるごとに「次のお子様なら必ずや!」と、私にも芝蘭にもいたわりの言葉をかける振りをして陰で海流を邪険に扱った。

 私がそこでキミの思惑に気づいていればと悔やむばかりだが、はたして乃蒼が生まれ彼が櫻井の異能を発現したと知るや、櫻井の家令の仕事を部下に丸投げして乃蒼付きの執事に成り下がった。


 キミは乃蒼に亜鈴を投影したのかな?。

 海流を蔑ろにし、乃蒼に海流への侮蔑の種を植え付けたね。

 種は芽吹き、乃蒼はそうあれかしと望んだように、乃蒼はキミの思い通りに動く傀儡となった。

 莎丹、ここまでの話で何か反論はあるだろうか?」


 莎丹は幾分か平静を取り戻したのか挑戦的には笑った。

「もちろんです迦允様。私めが亜鈴様に付いたのは先刻申し上げました通りやむを得ぬ事態だったからで、私は決して乃蒼様に亜鈴様を見出してなぞおりませぬ。

 乃蒼様が櫻井の次代の頭目を継げるようなお力を蓄えられたのは、須く乃蒼様のお人柄とたゆまぬ努力の結果でございます。

 私めの事は自らの過去が招いた事象ですので何を言われようとも構いませんが、乃蒼様をクソカ……海流様と同列に並べて話されるのは心外にございます」

 莎丹と、晩餐室にいた他の使用人も揃って同意の頷きを返す。


「ありがとう莎丹。皆も、君たちはボクの宝だ」

 乃蒼は感極まり涙を浮かべる。


 クソッタレ共が……。

 海流は唇を噛み締めた。


 親父ももう止めてくれ。

 俺がみじめになるから、

 頼む。


 もうこの場から逃げ出したい海流の隣で、迦允は戯けるように両手を上げて降参のポーズをとった。


「そうか、まいったな。キミが乃蒼をここまでの愚か者にたらし込んでいたとは。まったく度し難い邪悪の成せる業としか言いようがない。芝蘭には詫びても詫び切れないが、私の完敗だ。

 征くがいい、乃蒼を連れキミの気の済むまで。

 ただし言っておくが」

 迦允はそこで言葉を切ると冷徹に笑った。

「そこにキミが座りたいだろう『玉座』は無い」


「なにをおっしゃれておられるのやら、迦允様が座す櫻井の頭目こそ『玉座』にございましょう」

 慇懃無礼に瞳を光らせた莎丹に、迦允は座っていた椅子に深く座り直し、澄まし顔て答える。


「確かに。私は『玉座』を残してリル・ダヴァル王国を解体した。

 だが肝心な事をキミは忘れてはいないだろうか?。

 今、私達が住まうこの地こそ、皇国に併合されたリル・ダヴァル王国の国土だったと言う事を。

『櫻井』は、『錬石術師』は皇国の臣下に下った。


 もはや私達が今仕えているのは神々ではない。

 もはや『櫻井』が他国の王と肩を並べ、語らう事は二度と無い。


『「玉座」をもって胸壁となすことなかれ』と言うが、

 それでもキミは『玉座』を求めるのかな?」


「ええ。もちろんですとも。私めが育て上げました乃蒼様であれば、迦允様亡きあとは芝蘭様がそこのクズがなし得るとおっしゃった以上の『錬石術師』に更なる変化と繁栄をもたらす『者』に成られると、私めは信じておりまするゆえ」


「私の亡きあとか……。それを想像しろというのかい?。

 だが私はあと四千年は生きる気だし、まだまだ現役で宰相を続けるつもりなのだが?。

 なんて冗談は置いておいていよいよキミも本性を現して来たようだね。


 さて乃蒼は?私は心からの言葉が聞きたい。

 荒唐無稽な莎丹の妄言は無視するとして、今の『櫻井の頭目』の職務は政務をどう考えているかな?。

 もちろんインフラの整備から物流に、文化学力の向上まで多岐に渡るこの労苦をだよ?。

 更にはこの皇国の宰相として陛下の暇つぶしや殿下の暴走を止める事も何故か私の役目にされている今日この頃を、だ。

 

 海流もそろそろ就職が視野に入った学年に上がるから、この際だ。心をぶちまけてはっきりと言う。

 いやはや。まさに疲労困憊だよ、私?。もはや吹っ切れた。悩む事すら馬鹿らしくなった。

『忙殺』の文字通り、今私が任されている仕事量は私1人が捌き切れる量を遥かに超過して働いている。

 このように家族と食卓を囲むと言うささやかな願いすら月に一度叶うかどうかだ。

 それでもこの座は誰にも譲る気は無いがね。


 おっと、想像の話だったね。

 もしももしもだよ?乃蒼。

 私があの座を降りる日が来た時、私が担ってきた政務のそれらを東雲侯爵の兄弟のように仲良く海流と役割を分かち合い、共に櫻井を盛り立ててゆく気は無いかな?。幼き日のように海流の手を取る気は無いかな?」


 迦允の問いに乃蒼は大きくかぶりを振って叫ぶように言った。

「ありません!あり得ません!。

 莎丹の言葉も真実です!。

 ボクの真名は「ノアシエル・ル・ロワ・ソレイユ・サグラダ=リル・ダヴァル」!。

 ボクこそが『錬石術師国家 リル・ダヴァル』の『輝ける王』と名付けたのは他でもない父上でしょう?。つまりはかの王国を再興する事出来るのはボクだ!。

『無能』の兄の『カイルアーク』じゃない!僕『ノアシエル』しか成しえないんだ!」

 そう決意表明すると乃蒼はギリリと海流を睨んだ。


「ケッ」

 海流も毒づき返す。

「んなもん、俺様こと

『カイルアーク・リュニック・ル・ロワ・トレ・クレティアン・サグラダ=リル・ダヴァル』

『いとも敬虔なる信徒たちの、王の中の王』様もごめん被るぜ」

 海流も迦允や乃蒼の神経を逆なですることを知っていてワザと自身の真名を口にした。

 案の定、乃蒼は顔色を赤に青にコロコロと変えて怒りをあらわにしている。

 ザマぁ!すぎて、虚無すぎて涙が出る。

 海流は大きく長くため息をつけ、続けた。


「就職が視野に入った……だぁ?。嘘つけ!俺は卒業すらできねーよ!。

 学科は良くても実技はさっぱりだしよ!」

「そうだね。だが中退の何が悪いのかな?。成績なんて人物を測る指標にすぎないよ。

 むしろ私はこう考えている。『頭目に必要なのは成績ではなく人徳』だとね。

 私は学園でキミがどれだけクラスメイトに愛されているか私が知らないと思ったのかい?。

 であるならばこそキミは私に付き、私の行動を見て頭目の職務のなんたるかを肌で学んで欲しいと願っているのだよ」

「はあ?」

 海流は呆れた。


 今まで海流がもがき、足掻いてきた人生をすべて否定されたようでもはや言い返す気力も起こらない。

 クソ親父の頭の中はどうなってやがんだ?。てんで話になんねーわ。

 がっくりと力が抜けてしまい首を振る海流を押しのけ、乃蒼は食い下がる。


「父上!…クソ……いえ、兄も嫌がっております。それらはボクが引き受けますからどうかボクが頭目になるべき道をお示しください」

「そうか……ならば仕方ないな」

 迦允は2人の愛しい息子たちへ寂しそうに眼鏡を上げ直し、答えた。


「まったくもって非常に遺憾であると言わざるを得ないよ。

 並びに2人とも真名を軽々しく開示した行為についても残念極まりない。

 海流には逐って処罰の沙汰を下すが、まずは乃蒼から行こうか。

 私は海流こそが私のあとを継ぐ『者』だと皇帝陛下に奏上し、宣下をいただき正式なる『櫻井』の継嗣だと喧伝する。早急にキミ達の思い描く『未来』を全力で阻止しよう」

 そして迦允は不敵に笑った。その時だった。

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