第5話

「そレにしても今日の購入者サン、遅いでスね」

 春日が不安そうに教室の出入り口を見る。

「ああ、あと30分以内には来てくんねーと、取り引き終わらして本屋に転移して新刊買って日課こなして帰るにゃうちの屋敷の門限ギリギリになっちまうんだよな」

 海流もバチバチニ空けたピアスをいじりつつ、スマホの時刻と入り口を交互に見て答える。


 ま、門限ブッチしても今日はクソ親父の帰る日じゃねーし、ボケの家令共は俺が居ようが居なかろうが俺を総無視だろうからどーでも良いが。


「『未来視』デは確かにここニ立ち寄られルはずなのデすよね?」

 夏日もスマートウォッチをいじりながら困った風に海流と出入り口を交互に見る。


「それは確かに『視』たから間違いねえ。それに『お前の道中は監視している。ブツは明日、道中のどこかで渡す』って昨日すれ違いざまにメモ紙も渡して伝えてあるしよ。

……ただ俺様の寿命で固定まではしてねぇから若干の変化はあってもおかしくはねーけど」


『正しい歴史』ってやつの修正力は半端ねーとかお袋も言ってたし。

 海流が答えると、スマートウォッチをいじっていた夏日が「あ」と声を上げた。


「今日ノ取り引き相手ノ先輩、卒業試験ノ実技ノ方もカナリ危うイみたいデす。今日ノ補講者リストに名前が載ってマすね」

「マジ?補講優先されちまったぽい?まー、『解答お教えします』なんて言われても渡される答えの紙がモノホンだって信じるかなんざ博打みたいなモンだからな」


 俺でも補講選ぶわ。うん。


「未来予測が変化しちゃったかナ?どうしまス?」

 春日の問いに海流は腕を組んで天井を見上げた。

「実技試験だけは俺らにはどーしよーもねーかんなー。『先輩実技試験ガンバ!』ってメモ置いて帰るか」

3人は顔を見合わせて一様ににっこりと笑った。

「「「意義ナーシ!」」」


「んじゃ、そー言うことで。この解答のメモ束は廃棄だ廃棄」

 話が決まれば行動は迅速に。

「でワ燃やすのでソのメモをクダさい」

「ん。ヨロ」

 火の魔法も得意な春日に焼却を頼もうとメモ束を渡そうとした。

 その時だった。


「ほんっとーに綺麗だよね、その魔法式」


 爽やかな柑橘系の香りを伴って、少女とも少年とも判断がつかない声が舞い降りてきたのは。


「あ?」

 海流は声がした方を振り仰ぐ。


 するとそこにあったのは漆黒の闇。


 いや、闇だと思ったのはその人物が纏っていたケープ付きマントだった。

 表情も、深くフードを被っていたし、フードの中も闇魔法かなにかの認識阻害魔法がかけられているようで真っ暗闇だ。

 声音が明るい以外の一切の情報が読み取れないその人物はこちらを窺いながらふわふわと空を浮いている。


 今日の取り引き相手か?。

 一瞬そう考えた海流だったが、昨日すれ違った先輩とは体格があまりにも……そのマントの人物ひょろかったので、差を考えてその思考は引っ込めた。


 これは、アレだ。

 小遣い稼ぎの闇取引、とうとう親父にバレちまったーみたいな??。


 なにせ櫻井魔導学園には貴人用や人間用の制服がアイボリー色がベースの2種(それも強調色は無限に自分に合う色を選べる。なお俺様は朱殷色だ。春日が青、夏日は緑。櫻井の血族の手による無意味なところで手の込んだ謹製制服なので制服に魔力を流せば気軽に色変も出来る)、貴人と違って体型が多岐に渡る亜人に合わせた制服も含めて8種あるが、今声をかけてきた謎の人物はそれらともまったく違う装いだったからだ。


 つまりマントのこいつは生徒じゃ無い。

 もしかしたら海流達が不正を働いて卒業させてやった生徒達の就職先に多い魔法庁からの不正監査官かもしれない。


 たらりと汗が流れるのを感じながらゴクリと息を呑む。

 瞬間、海流は底無しの闇に飲み込まれた!。


「おわっ?!」

 だが闇に飲まれたと思ったのは海流だけで、謎の人物が海流の手元を覗き込もうと降りてきた時に漆黒のマントが海流の頭に引っかかって包み込んで視界ジャックされてしまっただけだったし、

 あまつさえ

「もーちょーっとしっかり見せてよねー?」

 と、手に持っていたメモ束をあっさり奪われてしまったのである。


 謎の人物は「ンフフフフ♪」と笑いながら椅子に座っている海流の隣りに着地してうずくまると、メモ束をフードの闇に突っ込んで読み耽っている。


「そう!。そうなんだよ!この古代魔法陣の発動に必要な魔法式はいくつも歯が欠けたようになったまま失われて久しかったんだけど、ある法則に気づいたこのユラが代入したこの魔法式のおかげで発動の取り掛かりを見つけてさ。でもただ見つけただけじゃないよ?魔法式は美しさもまた必要なんだ。その点この式はどうだい?。文字列といい、他の魔法式との干渉性や柔軟性といいパーフェクトの美だよ!見てみて!螺旋式の階層の隙間にこの細かい書き込み!なのに運用性は軽くて8重連立まで組める爽快感!やっぱりユラが推察して再構築した事だけはあるね!この!ユラが!」


 D’accord。ふむふむ。

 メモ束に興奮しているマントの人物の名は「ユラ」と言うらしい。


 海流は自身の顔に被さっていたユラのマントが鬱陶しくて跳ね除けたおかげで光を取り戻し、心の中で独りごちた。


 あと、覆い被さられた時にラッキースケベ的な「額に胸ムギュ♡」も無かったし、マントの下はこれまた黒シャツに黒のスラックスだったから、ユラって奴は間違いなく男だ。まあ無いペタンの女子の可能性は捨てきれないが。


 そしてもう一つ分かることがあった。

「一人称」が「自分の名前」の奴はだいたい


【頭 が お か し い】


「うーふーふーふー!」

 ユラは興奮を隠す様子もなく魔法式に見入っている。


「今までは『κλ Γ◽️◽️ΔΞε』の部分には『विस्फोटः』の代入が主流だったんだけどそれだと神祖『ソーテール・ベル・マルドゥク』を語る上で外せない伝承で語られてきたような威力が出なかった。だからユラはこの代入は違うと思って『leherketa nuklearra』から始まる威力加算式だと推察してそれをなんか良い感じにすちゃっと入れてみたんだけどこれが正解だったよね。式を組み込んで魔力をほんのチョコッと注いだ直後に古代魔法陣がブワーって発光したかと思うと爆心地を中心に四方をおーっきなクレーターにしちゃったの!。軽く見積もって熱線による絶対致死域は半径12800㎞、爆風によって殺傷できる範囲が半径24000㎞って感じだったかな?。それにつけてもマジ神祖『神』!。全力注いでたらどうなってんだろう?星一個くらいなら破砕出来たかな??ユラ、ワクワクしちゃう!。他の研究者の子も立ち会いたいって言うから仕方なく『亜空間を飛ぶ者』の異能の力を借りてテキトーに異次元空間を作ってそこで実験室から遠隔起動させたけど、ユラ、出来たら実地で体験したかったなー。ユラを止めてきたのが師匠じゃなきゃ他の研究員なんてサクッと殺っ…。っとまー、そんな感じでアレが超水爆の古代魔法陣だったって証明されたんだよっ♪」


 うっはー。

 息継ぎ無しで繰り出されるオタク特有の早口意味不マシンガントーク、やっぱりアタオカだ。


 海流は座っていた椅子から、それとバレぬようゆっくりと腰を上げて逃げの体勢をとる。


 未だ興奮が冷めやらぬ様子のそのユラとか言う人物は、マントのサイドから肘あたりまで捲り上げた黒シャツに黒革のショートグローブをした手を出すと、手にしていた銀製のパイプ型マナシーシャを口元の闇に差し入れる。

 直後に周囲にオレンジ系の甘い水蒸気が立ち込めた。

 先程感じた柑橘系の香りはこのシーシャからだったようだ。


 あまりに甘い香りにむせてつい手で払ってしまうと、まだ魔法陣についてぶつぶつ呟いていたものの、海流の仕草に気づいたユラは慌てて「大丈夫」と言い


「これタバコじゃないから。ニコチンもタールも入ってないよ。お子様にも安全な、完全にユラ用にデザインしてもらってるリラックスカートリッジシーシャなの。副流煙とか気にしなくて良いやつなんだ。いつも吸いながら封印指定特級呪物……じゃないや、国宝とか使って実験してるけど事故った事無いし。

 このメモの紙束も大事な物なんでしょ?痛めてないから安心して」

 と束をヒラヒラと振った。


「だ、大事な物って言いながらぶん回すはどーなんだよ。丁寧に扱えや。返せ」


 そうだった。

 早くメモを回収して逃げねば。


 こいつがアタオカ研究者なのは分かったが、クソ親父の手先かも知れねー件は捨てきれて無いんだった!。

 海流は慌ててメモ束を奪おうとしたが、ユラは長いマントを軽やかに捌いて

「やだ」

 とメモ束とシーシャを両手にそれぞれ手にしたたままひらりと身を躱す。


「もーちょい見せてくれたっていーじゃん?。ほらこの式の流麗さ、現代では使れなくなって久しい魔力の流し方、重なり方、緻密さ繊細さ、成型の妙、それらを寸分の狂いなく噛み合わせた術式を迷いなく描き上げてる陣だよね。

 まあそれらを一般研究者でも描きやすい書式に組み直したのが何度も言うけどユラなんだけどー。

 ねーねー、ねー、これ、君が描いたの?」


「おうよ、だから返せって!」

「あはっ!そーなんだ?あんまりにも美しい術式だからサクライに……えーっと、サクライ『の?』りじちょーに、古代魔法教室の卒業試験問題に入れといてって言っといたんだけど聞いてくれたんだ♪。

んふ♪ユラ嬉しい♪。

 でも、あれれ〜?おっかしーなー?」


 ユラは魔法陣が描かれた部分をショートグローブをした指でツイとなぞりながら首を傾げる。


「だってこの術式は『宮廷魔術師希望子さん達、皇立魔術研究院に来たらこんなの研究出来ちゃうよー?』って、絶対解かせない用の?見せ用の最難問題の解答の為にユラが描いた最新の魔法陣だもん。

こんな小さなメモ紙サイズでも、念の為に問題文で代入文字は鏡面文字になるように誘導してしたり、黒で塗りつぶしたりも施してたんだけど、それを看破されててユラびっくり!。

これ、黒ベタの下まで分かってないと描けない陣だし、これにうっかりでも魔力流したら発動するシロモノだよー??。この魔法陣を中心に、大都市なら2〜3カ国は吹っ飛んでたね、あっぶなーい。迂闊に持ち歩いちゃダメだよ???。

そんな感じで本来なら高等部の子が習う知識じゃ組めない式なんだけどー」

 ユラはまたシーシャをひと吸いし、きゅるんとした雰囲気で海流に質問をぶつける。


「なんで君、描けたの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る