第3話
閑話休題。
櫻井の後継者になれないならいっそ冒険者になろうかと海流は考えた事もあった。
海流は幼い頃に「櫻井魔導学園 幼稚舎」に入園する際に父から授けられた通学用マジックバッグ
(バッグの見かけは所持する年齢によって変化する所からして、すでに普通では無いマジックバッグは勿論内部も規格外のシロモノで、3方が5000m3の1000トンまで収納できるが羽根のように軽い仕上がりになっており。
「時間完全停止」「保冷」「温冷」「無重力」「自動ソート」「魔力認証」「虹彩認証」「指紋認証」「一部レンジでチン機能」など、迦允が我が子へ考えつく限りのありったけのチート機能を付与された、皇帝陛下にすら献上されていないだろう国宝級アイテムだ。
迦允はどれだけ海流を甘やかしているのやら。
しかし海流的にはどうせ櫻井の跡取りは乃蒼が選ばれるだろうからと、いつ何時櫻井家を追い出されても自活できるよう、食糧やらゲームやら漫画やら、そのほか一生食うに困らない程度に金に換金できそうな貴重品やらをまとめて乱雑に放り込んでいる。
一応犯罪に当たりそうな「人」など、生きているものは入れられない仕組みになっている。が、寿司やローストビーフなどは入るので「死体」ならイケるのかもしれない。
まあどちらにせよその…ほら…うっかりレンチン機能とか発動してしまうとアレなので。
ちなみに「櫻井魔導学園」に通う生徒達にもこのバッグの極簡易版の「時間停止」「無重力」「自動ソート」「魔力認証」の機能が付いた100m3サイズで1トンまで入るバッグが入学時に無条件で与えられている。実に羨ましいものである)
とかいうソレから、海流はレトロ感マシマシな木版の「冒険者ギルドカード」を取り出して「Gランク」と焼きごてで押された文字をしげしげと眺めた。
木版のくせに個人情報保護の観点により、ランク以外のデータは表面上には表示されていないが、木版の真の所持者が触れて魔力を流し込むとステータスがつらつらとホログラムで空中に描かれる様式になっている。
デジタル化したいのかしたくないのか?。見た目重視とか言う奴だろうか?。
まあそんな事はどうでも良いが、魔道具特許が取得されているソレは簡易魔法陣の仕組みを参考にして考案されたとか言う情報を海流が知っているのは、もちろん冒険者ギルドに所属している櫻井の血族が何かのパーティの席で自信満々で吹聴していたからだ。
海流は懐かしげに木版に触れると微量の魔力を流し込んだ。
この程度なら精霊共にも妖精共からも拒絶は受けない。文句を言いに来るのも面倒なのだろう。
空中にホログラムが展開される。
海流のステータス画面に表示されているステータスは赤子の時からあいもかわらず
「錬石術師 LV.0」
「火の精霊の祝福 LV.1」
「水の精霊の祝福 LV.1」
「風の精霊の祝福 LV.1」
「土の精霊の祝福 LV.1」
「創世神の祝福 LV.100」
「覚者の魔眼 LV.20」
初期設定から変わっていないが、ある時を境に1つだけスキルが増えた。
「後方支援 LV.1」
である。
「後方支援」……。
それはそうだ。
「覚者の魔眼」は神跡刻印を解放するだけで「視」えてしまい、寿命を持っていかれる。
可愛い芝蘭を亡くした祖母が、芝蘭が命懸けで残した子まで早々に亡くしたくなくて厳重に「覚者」の異能を封印したのだからちょっとやそっとでは封印は解けない。
そのおかげで創世神の祝福の気配が薄くなった海流は、極偶には精霊達の気まぐれ具合によってはおなさけをいただけるようになり「ちょっとだけ不思議なアイテムが錬石出来る普通の貴人の子」になった。
一応「錬石術師」の端くれにはなれたが、この程度では『異能が完全開花した』とは言えない。
あの日、母が言った「『錬石術師』に更なる変化と繁栄をもたらす『者』」に成らなければならないと海流は心を引き締めたものだ。
が、貴人ゆえに武人の家系ではないので木刀1つ振るえない。
妖精達には嫌われているままなので魔法など論外も論外。
前衛なんてとてもじゃない、出来ようはずがない。
「錬石術師 LV.0」の海流に出来る事は
「暗いな?と思ったら『マッチ棒1本』は造り出せたり」
「なんか『喉が渇いたな』と思ったらマグカップ1杯程度の水を服の袖口からチョロチョロと出す』事だったり、
「可愛い女の子のスカートをふわっと捲れる程度のハンディーファンを造れたり」
「砂場を作って砂遊びがしたかったけど何故か夏休みの観察研究用アサガオが育てられる植木鉢セットの『土だけ』が造れた」
そんな程度であった。
その程度とて、櫻井家の血族が「聖書」と呼んで崇め奉っている国民的漫画
「みらドラ〜未来からやって来たドラ焼き好きのお助けロボットは今日もチートアイテムで無双する〜」の各社版全巻セットを擦り切れるまで読んでの結果である。
そんな海流だ。最低ランクの駆け出し冒険者の寄せ集めパーティの後方でうろちょろする以外に何が出来ようか。
はっきり言って「邪魔者」である。
「邪魔」だと言われなかったのは父の迦允が皇国の宰相であり冒険者ギルドの最終的な総括でもあったからだ。
総括なので当然ながら迦允も冒険者ギルドカードを所持している。
海流が興味を示せば「見るかい?」と気軽に見せてくれるだろうが、そこに表示されるのは「錬石術師」のLV以外に火系だけでも
「火の精霊の祝福」
「炎の精霊の祝福」
「赤の精霊の祝福」
「火炎の精霊の祝福」
「烈火の精霊の祝福」
「火焔の精霊の祝福」
「炎炎の精霊の祝福」
「大火の精霊の祝福」
「豪火の精霊の祝福」
「豪炎の精霊の祝福」
「劫火の精霊の祝福」
「灼熱の精霊の祝福」
「赤熱の精霊の祝福」
「核熱の精霊の祝福」
…などなど、火系だけでもギルドカードのステータス欄は映画のエンドロールかのように終わりなく雲の上まで突き破りながら、LVはもちろんオールカンストでつらつらと流れながら表示されているのだろうなと海流は思う。
見たら悲しくなるので海流に見る気はない。
ちなみに何故4柱以外の祝福を持たない海流が他の精霊達の名を知っているのかについては答えは簡単だ。
芝蘭がまだ存命の頃、芝蘭の行動を止める事は諦めた迦允が精霊達から海流が拒否されているのは分かっていてもどうしても諦めきれず。海流を連れて世界各地に点在する精霊を奉る祠へ直接カチコミ…否、祝福請願巡礼に引っ張り回し、全てに乱暴に拒絶された記憶が未だに生々しく残っているからだ。
はい、そうです!。
何の成果も得られませんでした!!くそッ!。
止めよう。
この話題は辛いから止めよう。
冒険者ギルド、な?冒険者ギルドの話をしよう。
かと言って冒険者ギルドの話でも良い思い出は無いのだが。
アレはそう。
海流は回想に思いを巡らせた。
冒険者ギルドは貴人にも人にも亜人にも魔人にも、等しく海流が中等部に上がる歳を目安に(それぞれの人種で成人年齢や寿命が変わる為だいたい中学生くらいの、独り立ち出来そうな登録可能適正年齢で)加入が認められる制度だったので、海流はそれはそれは誕生日が来る日を指折り待って加入を願い出た。
無事登録が叶った時は「これでようやく家から出られるんだ!」と喜び勇んだものだ。
それほど海流は迦允以外の櫻井家の関係者、および使用人達からなにやら全てに邪険にされていたとも言える。
海流に優しかった祖母もその頃には亡くなっていたので。
そんなこんなで晴れて「冒険者」になった海流はワクワクしながら、冒険者ギルドの目立った所に設置してあったクエスト掲示タブレット端末を自身の木版ギルドカードと言う名のデバイスと同期した。
何があるかな?何があるかな?。
クエスト掲示板のホログラムを立ち上げる。
やはり高レベル帯のページはクエスト名をタップしても反応すらない。
やっぱりなー。
流石に冒険者になりたてほやほやのGランクに受けられるクエストは少ない事は分かっていた。
しかし無いわけではない。
ページをめくってめくりまくって、ほら、あったー!。
冒険者デビューの初日の海流は学園の帰りに「図書室で宿題をやってから帰る!」とタウンハウスでの海流付きのメイドにメールを送ると、まだパーティが組める仲間を探す時間もじれったかったので1人で「庭の草むしり」のクエストをポチると、意気揚々とクエストを依頼したおばあちゃん家の草を日が暮れるまでむしりまくった。
そうして得た初めての報酬はペットボトルのお茶1本と500円。
C'est vrai?。
マジ?日給500円ポッチとか、俺の月の小遣い5万…から考えっと、えー?マジかー、そっかー。
さす、Gランクである。
はよランク上げれ?って事だな?Oui、把握。
思わず父がたまにうっかり口にする父方の故郷の方言を、知らず言葉に出しながら海流は気持ちを切り替える。
あの頃の海流ははまだいつか自分は最終的には「錬石術師」になれると信じていたので。
それだけが生きる「よすが」だったので。
凄腕の「錬石術師」の居る冒険者パーティとか、かっこよすぎん?!とか思ってたので。
それにつけても、初めて働いて貰った報酬は海流の自己肯定感UPにも繋がった。
とりあえず大好きな漫画を1冊買った。
あの頃の漫画はまだまだ安かった。ありがとう物価。
翌日も休日も、海流は時間を作ってはギルドに通って受けられるクエストを受けに受けまくった。
そうしているうちに自然と同じランク内で知り合いも出来て、少人数ながらもパーティの後援職として入れてもらえるようになった。
水の無い場所でカップ麺用の清潔なお湯やお茶作りなど、後援の下の下の雑用しか出来なかったがそれなりに役立っていた、ように思う。
そうして海流は屋敷や学園に居る時より幸せで充実した日々を楽しんで過ごしていた。
あの日までは。
あの日の海流は休日の朝からパーティの皆で「下水掃除」と「下級薬草採取」を受けた。
指定された一帯のドブからヘドロをあらかた攫った後、リーダーが汗を拭きながら海流に尋ねる。
「かーっ!泥だらけになっちまったぜ。海流、水、出せるか?」
「ごめん。水は出せるけど全身洗うには足りないと…思う」
連続して水を錬石すれば良いのだろうが、海流の今までの経験上では連続錬石などしたら水の精霊が怒り狂うのが目に見えていたので、つい語尾が弱くなってしまった。
「チッ、使えねーな」
リーダーの少年「オルコット」の言葉に悪気は無い……と思う。
むしろ軽口を叩いてもらえて逆に海流は嬉しかった。
常に大人達に「無能」と誹られ蔑みられている海流の境遇は学園中に筒抜けで、そんな大人達の言葉を聞いている子供達は誰一人として海流に近づこうとはしない。
あの頃の海流は毎日独りぼっちだった。
ぼっちは嫌だ!。
それに学園外の子供達にまで見捨てられたく無い!。
海流はその一心で
「ま、まあ顔くらいは洗える水は出せるし?服は次のクエストの薬草を取りに行ったら川に入ろうぜ?。全身が泥だらけってわけでも無いしさ」
と、ギルドカードのクエストパネルを開いて「遂行済」のパネルを指差すと次のクエストに皆を促す。
「そうね。『下水掃除』は完了と言っても良い出来だと思うわ。髪も洗いたいし、早く『薬草採取』クエストに行きましょう?ね?オルコットくん。乾かすのは私の風魔法でブワワっとやったげるし」
風魔法使いのリナの言葉を受けて、聖職者でヒーラーのザフトが瓶底眼鏡をキラリと光らせながら付け加える。
「出来るなら海流くんにはリナの風に暖かさを加えてくれないか?そうしたら乾きやすいと思うんだ」
「良いわね、それ」
2人の言葉に海流はコクコクと頷く。
「うん!それくらいなら出来ると思う」
「よろしくね、海流くん」
リナは海流にウインクする。
海流はほわわ〜となった。
嬉しいな〜。リナさん達は僕を助けてくれたんだ。
みんな良い冒険者使いだなー。
リーダーは若干アレだが、この2人は何故かはわからないけれど海流の「出来る」「出来ない」の限度を理解してくれてる。気がする。
海流はにまにまと笑い。
要するにドライヤーが欲しいって事か。マッチのイメージをオイルライターに変えて、火の精霊様と風の精霊様への回路を開いて同時にお祈りをしたら……マッチ棒以上のお願いは初めてだけど大丈夫、出来る、やってやるぞ!。
と気合いを入れた。
「リナ達がそう言うんなら『遂行済』……っとな。海流、次はバケツ1杯の水くらい出せるようになっとけよ?」
「りょーかい!」
『遂行済』パネルをポチッとなとしたオルコットに、海流はえへへと笑いながら敬礼して戯ける。
まー、水の方は精霊様次第っすけどね。
海流は心の中で口笛を吹きながら、皆で『下級薬草採取』に初級冒険者御用達の森へ向かった。
『下級薬草採取』もザフトの神聖魔法で薬草の位置をつぶさに可視化した為、海流達はすぐに採集かごいっぱいの薬草を取ることが出来た。
ホクホク気分でパーティは、いつのまにか最終目的になっていた水浴びに川へ向かった。
「ひゃー!冷てぇ」
勢いよくドボンと川に飛び込んだのはオルコット。
「ちょっと!水飛沫が飛んで来たじゃない!もー、靴は拭っても服までは濡らす気なかったのに」
「悪りぃ!」と笑うオルコットに「そんなんじゃ女の子に嫌われちゃうわよ」とリナは返し、水を被って吹っ切れたのか流れの緩い浅瀬に膝下の深さまでざぶざぶと歩を進めた。
流水を掬って顔を洗い、続けてちゃぷちゃふと髪の泥を落とす。
「あはは、冷たくって気持ちいいわ」
リナの笑顔に海流はキュンっとなる。
可愛いなー、リナさん。
絶滅危惧種のエルフのクォーターの血が半分入ってるワンエイスの『亜人』だから、僕よりも年齢は上だけどその分落ち着いてて、優しくて、何より美人で。
っなどと、見惚れている場合じゃないよね、僕。
「僕達も入ろうぜ」
と海流はザフトを誘いリナの元へ向かうと、すかさず試作してみたドライヤーを渡す。
「あら?創造できたの?」
「うん!」
リナは素直に受け取ってくれた。
海流の心はキュンキュンにはっぴーである。
「でも、まあ出来損ない、かな?。はは、僕が作れる程度の物だからたかが知れてるけど」
「マナ充填式のコードレスドライヤーか?爆発しねえだろうな?」
「充填?あー、想像してなかったから付けてない。使い切り」
「そこまで想像して創造して『櫻井』じゃねーの?」
「っ!」
オルコットのツッコミに海流は確かにとしか言い返せない。
仕方ないだろ?。
櫻井の家庭教師は乃蒼贔屓で、僕付きの家庭教師も気づいたら乃蒼に付いてる所為で、「錬石術師」の詠唱式例や心構えとか教えてくれるのは父さんだけだし。
「オルコット、そこまでにしろよ。海流は全力で作ったんだから」
ザフトがオルコットを制止する。
ザフトも良い奴だー!。
何かと言うと僕に冷ためなオルコットに、爪の垢でも溶かして飲ませてやりてぇと海流は思う。
……煎じて、だっけか?。ま、どっちでも良いか。
「そうよねー?海流、ありがとう!」
にっこり笑ったリナが早速スイッチを入れる。
そよ、そよよ〜と吹くなまぬるい風に「うん、ちょっとだけ風を足しても良いかしら?」と杖を振るとかなり良い感じの、櫻井製の市販品に匹敵するような風がリナの髪を勢いよく揺らした。
「これこれ、気持ちいい〜」
「それ、風魔法だけで良いだろ?ドライヤー要るかぁ?」
「ちょっと暖かいのが良いのよ。冷たい風だけだと髪が軋んでかなわないもの」
はわわ~。
海流はぽわーんとなった。
リナちゃーん!aime(エメ)いや、リナ様!。
手漉きで髪を漉くリナは神々しく見えて、女神だ……!と海流は涙ぐみそうになった。
おそらく海流の初恋だったかもしれない。
その時だった。
「キャアァァァァッ!」
ザブン!と言う音と共にリナが海流の目の前で絶叫を残して姿をかき消したのだ!。
「モンスターの襲撃か?!」
「まさか!」
「と、とにかくザフトはリナの探知魔法を発動!海流は後ろで警戒体制を取れ!」
「承知!」
「うん!」
初心者の、それも初級冒険者御用達の森の入り口すぐに出るモンスターなんて最下位のモンスターに決まりきっている。海流達のパーティも何度か接敵しては撃退出来た事がある。
今回も撃退出来ると海流は思っていた。
しかしそれは剣士オルコットと風魔法使いリナが居たからこそで、オルコットしか攻撃能力の無いパーティは、とにかくどこかに連れ去られてしまったリナを放置してギルドに駆け戻って援軍を呼んでくるか、見つけ出し次第回収して退却するか、態勢を立て直して迎撃する他ない。
海流は周囲を気にしつつオルコットの様子を伺う。
彼は3択のうちどれを選ぶのか。
後方支援係の海流に選択権は無い。
と、探知魔法を展開していたザフトが叫んだ。
「リナが居た!右に50メートル先!浮上してくるぞ!」
「ギャゲゲゲ!」
「かはっ!ひゅっ…!」
浮上してきたのは水棲獣とリナ。
「嘘…だろ?……イルルヤンカシュだ?!」
ザフトが血まみれのリナを咥えている竜に似た水棲獣を見て後ずさった。
「何…だと?初級冒険者御用達の森に、なんで海の…それもA級モンスターが出んだよ?!」
それも、1体では無かった。
2体3体……おおよそ10体のイルルヤンカシュが浮上して来て、海流達を取り囲まんとジリジリと迫って来ている。
「逃げ……て!」
リナの渾身の叫びが届き、3人は顔を見合わせた。
オルコットとザフトの瞳に絶望が見えたような気がした。
こんな時に攻撃用魔道具が作れればよかったのに、と海流は歯軋りする。
いや、よかったのに、じゃない!。
今、造るんだ!。
そっと川底の石こと「プシュケ」を拾い、海流は何か攻撃的な物を想像する。
途端、「火の精霊」に通じる魔力回路から「雑念送ッテクンナ!死ネ!!」と猛烈な勢いで精神攻撃で返された!!。
「うあっ…!」
見えない炎が全身を包み込んで焼き尽くしてくるのを感じて海流はたまらず川に肩まで浸かり座り込む。
「海流!何もすんな!警戒してろっつったよな?!!」
「ご、ごめん!」
気力だけで返事を返す。
何も出来ない、僕、こんな時までどうして何にも出来ないんだ!。
海流は歯噛みし、瞳の端に悔しさで涙がにじむ。
そうしている間に3人はイルルヤンカシュに取り囲まれてしまった!。
警戒していろと言われたのに、余計な錬石をしようとして水棲獣の接近を許してしまった。
もはや3人は助けを呼びに帰るどころか逃げ出す事も出来ない。
イルルヤンカシュの尾がヒュン!と伸び、ザフトの片足に絡まったかと思うとバシャン!と音と共に一気に川の中に引き摺り込んだ!。
「うわぁっ!ガボ…ゴブっ!」
そうしてザフトは水底に持って行かれ、昏い奥底から何か赤いものが広がって行くのが見えた。海流は思わず目を背ける。
「ザフト!くそっ!クソッ!」
オルコットは剣を抜き、取り囲むイルルヤンカシュを威嚇するように振り回す。
出鱈目に振り回した剣はそれなりにキンッ!キンッ!とイルルヤンカシュの尾を撃退している。
しかし、それだけだ。
ウロコ一つ剥がせない。
「ゲッゲッ」
イルルヤンカシュはどうやら狩りをしているのでは無く、パーティを痛ぶって遊んでだけのいるようだった。
遊びの仲間は増え、残った海流とオルコットを取り囲む。
「頑張ってオルコット!君だけが頼りだ!」
海流は声援を送ることしかできない。
「うっせぇよ!海流!楽な仕事だと言われてたのに、俺達は…ギャッ!!」
「オルコット?!」
オルコットがイルルヤンカシュに巻き付かれた。
「が……」
メキメキと嫌な音がしたと同時に、捻じ切れたオルコットが血を吐く。
「こん…な、はず……話、違……」
話が…違う?。
それってどう言う事?。
残された海流にもイルルヤンカシュがにじり寄って来た。
浮かんだ疑問を考えている暇もない。
尾が、赤く開いた口が牙が海流を襲う。
海流はとっさに、思わず冒険者としてでも使い勝手が良かったので持ち歩いていた通学バッグでガードを試みた。
その瞬間だった。
「ビビ――――――――――――――――――!!!!!」
と、通学バッグに迦允によって厳重に取り付けられていた防犯ブザーが一帯に鳴り響いたと思うと、バッグが勝手に「どの世界線でも有名なあのピンク色のドア」に似た転移陣を吐き出し、何とそこからゾロゾロと屈強な冒険者達が現れたではないか!。
「ふへ?……え?」
海流が事態がまったく飲み込めない内に、冒険者達はイルルヤンカシュ共を一瞬で抹殺するとオルコット達の遺体の回収を始め、また一部の冒険者達は素材剥ぎに取り掛かりだした。
「えっと、あ、ありがとうございます?」
海流は一応彼らに礼を言ってみる。
「ああ、気にしなくて良いですよ、坊ちゃん」
キラっと光る八重歯が眩しいSランク冒険者のお兄さんが言うには
「皇国は一厘の隙間無く、櫻井様御謹製の『監視カメラ』が張り巡らされてますし『魔力計測&顔、虹彩認証無音ステルスドローン』が飛び交ってますからね。坊ちゃんどころか皇国人1人1人の行動なんてものは完全監視、櫻井家の情報統括部を通じて宰相様にまですっかり筒抜けなんですよ」
「まさか……父さんは全部見ていて?僕を泳がせて、た?」
愕然として体から力が抜けた海流を「おっ…と」と呟いて冒険者が肩に担ぎ上げる。
「坊ちゃん、言い方が良くないですよー?。
旦那様曰く
『海流の膨大な魔力は要らぬ魔物を引き寄せる。だが冒険をしてみたいと言うきみの気持ちもわかるよ。だから護衛に少し上のレベルの者を3人ほど付けてみたのだが…結果はこの様だ。海流に冒険者は向いていない。きみは「錬石術師」になる大事な体なんだ。小遣いぎ足らないなら私に言いなさい。今後無茶はしないように』
との事です。
冒険者になるには難しい体質だったようですね。
しかし愛されてますね、坊ちゃん」
「愛……?」
愛って、何だ?。
監視することが愛なのか?。
死にかけても精霊達に拒絶されてるのに。
それに仲間もみすみす死に追いやった僕に……。
何もかもわからなくなってぐったりと力無く冒険者に体を預けていた海流に
どこからか「ごめんなさい……」という声がかけられた。
先刻死んだはずのリナだった。
「すまない…まあ、その、契約……だったんだ。驚かせてごめん」
「坊ちゃんをパーティに入れて冒険させてやったらギルドランクを上げてくださるって約束されてたからさ。悪いな、海流さま」
ザフトだった。
オルコットだった。
仲間だと、思ってた人たち、だった。
「生きてたの?」と尋ねるのも、うとましかった。
……そっか、みんな父さんの押し付けだったかぁ。
じわりと涙がこぼれ落ちそうになるのを必死で止める。
ああ、死んだように見えたんじゃなく、3人は本当に死んだんだと海流は思う。
多分、国庫で備蓄してある迦允製の最高品質のリザレクション・ヒールポーションでも使用されたのだろう。
あれなら死んだ者でも1週間以内なら遺体さえ存在するなら生き返す。
第2皇家「天使」家の「転生すら無視して生き戻す『反魂人形使い(カルナックマスター)』」の異能には遠く及ばないシロモノだが、無鉄砲な海流の護衛の礼に使われたという訳だ。
「生きてるなら…良いよ」
騙されていた事実に何もかもどうでも良くなってしまって、それだけ呟くと海流はカクンと意識を失い櫻井家のタウンハウスに運ばれた。
その後3人とは一度も会っていない。
「ちっ。変な『夢見』の所為で嫌な事まで思い出しちまったぜ」
海流はステータス表示を消すと乱暴にギルドカードをバッグに放り込んだ。
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