自縛

白川津 中々

◾️

もはや逃走だった。


一日十五時間三十連勤という地獄のような業務が明け、ようやく一段落ついたが後遺症は深く、しばらく動けなかった。重いスマートフォンで高めの宿を取ったのが昨日の事。当て付けが如く取得した十連休は、既に四日が過ぎていた。


とはいえ外泊したいというわけではなかった。

ただ、それくらい人間らしい行為をしておいた方がいいのではないかと、そんな気持ちだったのと、疲れ果ててしまって、日常から遠ざかりたかった。


ソファに座る時間。何もない部屋。気怠い昼下がり。ビール一瓶を三十分以上かけて体に入れていく虚無。薄暗い部屋から眺める青空と海は開放的で、穏やかな潮風が吹いていたが、心は埋まらない。酔っていく中で脳に差し込まれる職場での記憶と予想される連休明けの仕事。呆けているだけで流れていく時間に身を任せても、疲弊した精神は回復しないどころかむしろ悪化している気さえする。会社から、生活から離れてみても、根本が解決しない限り何処にいても同じで、変わらず苦しい。


改めて、俺には何が必要なのだろう。


とくにやりたい事もなく、生きていくための金を稼ぎ、死なないように日々を過ごす。休日があっても別段予定はなく、無料の映画などを観て過ごすか寝るばかりで、意義のない時間を重ねて終わる。この連休もそう。これまでは寝ていたし、これからも酒を飲むくらい。なにかしようとか、そういった気持ちはまったく湧かず、ビールを飲む。すっかり気が抜けて緩くなったビールは嫌いではなかったが、無益な味がする。退廃的だ。これが本当に求めていたものかといえば違うし、自分が何を求めているのか、分からない。


ソファに座ってからかれこれ一時間。腹が減った。しかし、食べ物を口にしたいと思えない。そんな気力がない。よくホテルを予約できたなと我ながら呆れつつグラスを傾け続け、ようやく空にするも、飲み干したからといってどうなるわけでもなかった。ビールを飲むくらいしかやる事がない、できない俺は、何も入っていないグラスを見つめ「どうしようか」と問いかける。反響する自分の声が、酷く惨めだった。


心がずっと、満たされない。

それでも、生きることから逃げられずにいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自縛 白川津 中々 @taka1212384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説