逆光の残像

トーマス・ライカー

第1話 追憶の面影

 私は日下 満くさか みつる…9ヶ月間にも及ぶ木星圏での撮影ツアーをやっとの事でアップさせて、4日前に帰り着いた。


 帰りの定期便の中でも、膨大な画像データの整理・調整・補整・修正・集成に没頭していた。


 約1年振りの1Gが身体にツラい…それでもスペース・ポートから事務所に直行し、スタッフを伴って編集部に向かう…私にとっては5作目になる写真集『惑星圏シリーズ…木星編』の打ち合わせのためだ。


 食事や休憩、宿泊をも挟んで打ち合わせは3日間にも及び…やっとつい10分前、編集部が寄越したタクシーに乗り、ショルダー・バッグひとつで自分のタワー・マンションに帰って来た。


 リフトに乗って26階で降りる…スマート・キーを取り出したところで、端末が着信音を鳴らした。


 相手は『惑星圏シリーズ…地球編』で様々にご協力を頂いた、『太陽系開発機構』ソーラー・システム・ディベロップメント・オーガニゼイション地球圏宙域ちきゅうけんちゅういきプロダクト・チーフ・ディベロッパーのネルサン・モートンだった。


「…はい…日下です…」


 応えながらドアを開いて帰宅する。


「…暫くですね、ミスター・クサカ…ネルサン・モートンです…」


「…これは! ミスター・チーフ・モートン! ご無沙汰しております…その節は、どうもありがとうございました…」


 上がってリビングに入り、ソファーに腰を降ろした。


「…いえいえ…ちょうど木星圏からお帰りになっていると聞いたものでしてね…ご連絡を差し上げましたが、今は話しても大丈夫ですか? 」


「…ええ、大丈夫ですよ…ちょうど今、自宅に帰って来たところですので…」


「…それはお疲れ様でした…実は天体画像撮影がご専門の日下さんに、ご意見を伺いたい事象がございまして…大変に申し訳ないのですが、月の太陽系開発機構S S D O本部までご足労頂けないでしょうか? 」


「…用件は分かりました…お急ぎですか? 」


「…宜しければ、お願いしたいと思っています…」


「…分かりました…あと3日間ほどは処理しなければならない業務が続きますので、終えてからでも宜しいですか? 」


「…結構です…終わりましたら、連絡を下さい…迎えを差し向けます…」


「…分かりました…それで…その事象じしょうについての概略がいりゃくを、少し伺えないでしょうか? 」


「…勿論です…3日前でしたが、月面で作業中であった女性研究員の至近で隕石が落着しまして…女性は死亡が確認されました…その後、その女性の知人の手によって遺品が整理されたのですが…その女性は多くの画像データを所持しておりまして、数点の画像が…我々に無視し得ない大きな謎を提示しました…問題とされた画像は、総て地球を撮影した画像データだったのですが…これ以上は、実際に観て貰った方が良いでしょう…」


「…分かりました…ありがとうございます…出来るだけ早く業務に区切りを付けて、そちらにお邪魔できるようにします…」


「…ありがとうございます…宜しくお願いします…」


「…それであの…何故、私を選ばれたのですか? 」


「…ああ、はい…それも…この事が大きく起因きいんしたのだろうとも…考えましたが…亡くなられた女性研究員は、お名前を日下 響子さんと言いまして…失礼ながら調べさせて頂きましたが、27年前に貴方と契約婚姻関係となっていた方です…」


 名前を言われて顔を思い出そうとしたのだが、浮かばなかった。


「…分かりました…では…業務に区切りが付きましたら…連絡します…」


「…ありがとうございます…いつでも繋がりますので…お待ちしております…」


 通話を終えて端末を置くと、ソファーに深く沈んだ…日下 響子? もう一度思い出そうとしたが…浮かんだのは髪型と体格だけで、顔はどうしても思い出せなかった…あれから俺は…7人と契約結婚して離婚した…27年前は…カメラマンとして、オファーされた仕事は何でもやっていた…アシスタントも雇えなくて…全部1人でやっていた…取り敢えず区切りが付いたら、また月に上がるか…


 それから4日目に、俺はひとりでまたシャトル定期便のパッセンジャーとなった…この歳になってくると、マス・ドライバーの加速はちょっとキツい…区切りが付いた時点で連絡したのだが…アシスタントも含めて、受け容れの体制は既に整っていると伝えられた。


 響子の事は少しずつ思い出している…離婚後に彼女は大学に入り直し、学位を取って卒業すると月面での研究施設に研究員として志願した…どうしても見送りに来て欲しいとの連絡を貰ってシャトル・ポートに行くと、ポート・デッキの手摺りに両手で掴まって身を乗り出しながら、私に向かって何かを叫んでいたのだが、シャトル・スラスターのテスト・ブローが凄い轟音を轟かせていて…結局何も聴き取れなかった…連絡はその日で途切れたままで…今日まで何も知らなかった。


 太陽系開発機構(S S D O)の本部は、地球から観える月面の表側…ティコ・クレーターの中心に設置されている。


 太陽系天体カメラマンとして独り立ちしてから、ここへは延べで今回も含めれば15回目の訪問になる…勿論、目的は毎回違う。


 本部ビルとシャトル定期便との間でトランスポート・パイプが接続されて、そのまま本部ビルのセカンド・ムーン・ウィングに移動する。


 この定期便に乗る事は伝えてあったので、誰かが迎えに来ているだろうと思って見渡したのだが、それらしい人は見当たらない…私が来た事をアナウンスして貰おうかと思った時、小走りで近付く2人分の靴音が聴こえた。


 振り向くとアフリカ大陸にルーツがあると観られる女性が2人、息を弾ませながら歩み寄って来る。


「…遅れてすみません…日下 満さんですね? 定期便の到着時刻は解っていたんですが…ギリギリになってしまいました…私はアフトン・コールマン…こちらはエボニー・ノワール主任です…」


 そう言った若い方の女性が、私のショルダーバッグとツールケースを受け取ろうとしたのだが、左手を軽く挙げてそれを辞退した。


「…初めまして…貴方が27年前に響子のハズだった人ね…エボニー・ノワールです…宜しく…響子と私は同じ年に研究室に入ったの…言うなれば、同期って訳ね…」


「…日下 満です…宜しく…みつるで良いですよ…」


「…分かったわ…じゃあ、私はエボニー…彼女はアフトンね…先ず宿泊施設にご案内します…その次に事故現場を観に行きましょう…こちらです…」


 そう言うと、エボニーが先に立って歩き出す…その後に私が続き、後ろにアフトンが付いた。


 部屋で荷物を置いてそのままムーン・バギーの格納庫に行く…月面作業宇宙服ムーン・スーツに着替えて、4人乗りのバギーに乗る…格納庫が減圧されて、開いたゲートから発車した。


 時速40km程で40分程走って、アフトン・コールマンはバギーを停めた。


「…ここです…」


 ここは直径で600m程の、かなり古いクレーターだ…様々な機材がまだ、設置されたままになっている…エボニー・ノワールが10数歩歩いて右手で指し示す。


「…ここに直径2m程の隕石が落着しました…響子は落着点から3mの所にいて…破片と衝撃波であそこまで飛ばされて…即死でした…」


 私は隕石の落着点とその時に響子が居た場所を交互に観てから、響子が作業で使っていた機材から始めてこの辺一帯の作業状況を丹念に観渡し、機材に歩み寄って設定も含めて確認した。


「…随分解像度の高い、デジタル・ビデオカメラだね…この辺り一帯に…敷かれているのか、浮き出ているのか? ガラス状の生成物なのかな? ロープを交差させて渡して細かく区切って…そのひと区画ごとにスチルで撮影していたんだな……しかし…随分と明るいな…地球の反射光なんだね…」


「…今はちょうど満地球ですからね…」


 言いながらアフトンが地球を見上げる。


「…満月ならぬ満地球の光か…確か満月と比べてその光量は…」


「…70倍以上です…満さん…私達、月に居る者は1日に何度も地球を見上げます…まるでそうせざるを得ないみたいに…響子も…よく地球を見上げていました…」


 エボニーの口から響子の名を聴いた時、不意に昔聴いた響子の言葉を思い出した。


『…月になってしまいたい…あなたの周りをくるくると回り続ける…月になってしまいたい…』


 不意に思い出した自分に驚いて固まった。


「…どうされました? 」


 エボニーが気遣って訊いたが、私はちょっと狼狽うろたえ気味に応えた。


「…あ? ああ、いや…大丈夫です…そろそろ戻りましょうか…」


 バギーに乗り込み、本部ビルへの帰途きとに着く。


「…満さん…良ければ響子の事を、教えて頂けませんか? 彼女は…とても良い友人でしたので…」


「…27年前に結婚して…4年後に別れました…当時の私は、カメラマンとして独り立ちしたばかりで…オファーされた仕事は、ほぼ受けていました…なので…3ヶ月間で10日くらいしか、一緒には居られなかった…」


 本部ビルに帰着すると、私が自宅に帰着する直前に通話を繋げてきた、ネルサン・モートンと面会した。


「…これは、ミスター・クサカ…ご足労を頂きまして、ありがとうございます…どうぞ、こちらへ…」


 握手を交わしてから、チーフ・ネルサンはソファーを勧める。


 腰を降ろすとチーフは自分のデスクに着き、入室した若い秘書官が私の前にコーヒーとミディアム・サイズの封筒を置いた。


「…ありがとうございます…チーフ…この中にくだんの画像が? 」


「…ええ…肉眼で観るならこれが観やすいだろうと思いまして、先ずはプリントしました…ご覧下さい…」


「…分かりました…」


 応えた私はカップを取り上げてひと口飲んでから、封筒を開けて数枚の画像プリントを取り出して並べた。


「…これは地球の画像ですね…距離観で言えば…月面から撮影されたような感覚ですが…うん? これは…まさか…超大陸? 」


「…流石ですな…ミスター・クサカ…仰られる通り…そのまさかです……撮影されていたのは先ず…約11億年前から7億5000万年前に掛けて存在したと考えられている…超大陸『ロディニア』から始まり…『ロディニア』が分裂して形成されたと言われている…『ゴンドワナ』…『シベリア』…『ローレンシア』…『バルティカ』も写っています…そして、6億年前に形成されたと言われている『パノティア』も写っています…更に中の1枚には、19億年前に存在したと言われている『コロンビア超大陸』も…そして勿論…3億年前の超大陸『パンゲア』も、撮影されています…」


「…しかしチーフ…これはフェイクなのでは? 」


「…勿論我々は…それらの画像データを様々な角度・側面から精査せいさしました…ですが結果的に、フェイクであるとの証拠は得られませんでした…」


「…そんな…馬鹿な…まさか…」


「…全くですよ…恐竜どもがカメラを持っていたのでもあるまいし……この謎を解明して頂きたいと思いまして、ご足労願った訳です…」


「…分かりました…私なりに、調べてみます…」


「…宜しくお願いします…必要なものは何でも、アシスタントにご用命下さい…」


 チーフ・ネルサンのオフィスを辞すると、エボニーとアフトンが歩み寄る…外のベンチで待っていたのか。


「…もう遅いですから、夕食にしましょうか? 明日…響子が構築していたデータベースを観てみます…」


「…その前にお墓を観に行きましょう…響子は…月への埋葬を望んでいました…それから響子が使っていた研究室にお連れします…じゃあ、ラウンジにご案内します…」


 ラウンジでは、様々な料理がいつでもセルフで取り出せるようになっている。


 トレイを持ち、幾つかの料理を乗せて同じテーブル席に着いた。


「…ミツルさん…響子の事…何か思い出しました? 」


「…恥ずかしいんですが…やっと顔と声と話していた事を、思い出し始めています…」


「…亡くなった…との連絡は? 」


「…連絡は来ませんでした…まあ…27年も前の連れ合いですから…用無しと判断されたんでしょう…」


「…貴方と結婚していた当時の、響子の事を教えて下さい…」


「…お互いに若かったですからね…何もかもが…今とは違いますよ…最近の響子さんについては…貴女から伺った方が、役に立つでしょう…25年も前の私と彼女についてを今更話しても…詮の無い事で、役には立ちません…敢えて言うなら若かったとは言え…または契約結婚であったとも言え、お互いに愛し合っていましたし…思い遣り合ってもいましたが…それらの強さやバランスやレベルや範囲は…お互いに違っていました…仕事にも精力を傾けなければならなかった時期でしたしね…エボニーさん…最近の響子さんは、どんな人でしたか? 」


「……研究に…精力を傾けていましたね…私は、親友だと思っていましたけど…誰にも自分の研究については、教えていなかったようです…でもそれ以外では、何でも話し合える友人でした…」


「…そうですか…思い出しましたが…頑固な一面もありましたね…」


「…響子は居室と研究室でワンフロアを借りていました…明日はお墓参りの後で、総てお見せします…」


「…分かりました…」


 その夜は、記憶が記憶を呼び起こしてなかなか寝付けなかったし…夢の中でも記憶が呼び起こされていた。


 結婚して2年間はオファーされる仕事に飛び回ってばかりで、1ヶ月で一緒にいられたのは10日くらいだった…彼女と一緒に外出する事も、殆ど出来なかった…室内のレイアウトや模様替えを一緒に考えたり、一緒に取り組む事も出来なかった。


『…月になってしまいたい…あなたの周りを、ただくるくると回り続ける…月になってしまいたい…』


 それにこれは…これは何だ? 小さな…赤い…トゥシューズ? あれは…いつだったか? 


『…昭和生まれの…ひいおばあちゃんが? 』


『…うん…亡くなる3日前に…これを出してきて…もしも響子に娘が産まれたら…これを履かせたら良いって…』


『…ふうん…でもさ…悪いけど子供を作るのは、契約条項に入ってないよ…』


 その直ぐ後の響子は…涙こそ流さなかったが…それまでで1番悲しい表情を観せていた。


 翌日起床した私は、またエボニー・ノワールとアフトン・コールマンと一緒にラウンジで朝食を摂ると、ムーン・バギーの格納庫に入った…ロッカー・ルームでムーン・スーツに着替えて、また4人乗りのバギーに乗る…格納庫が減圧されて、開いたゲートから発車した。


 時速40kmで50分走り、日本風の小さい墓石の前で停止する。


 あの頃の響子が好きだった百合の花束を手にバギーから降りて歩み寄り、片膝を着いて墓前に花束を手向けてから立ち上がって3歩退がった。


「…響子のお祖父さんが、墓石のデザインを選んでここに建立こんりゅうしました…」


『…月になってしまいたい…あなたの周りを、ただくるくると回り続ける…月になってしまいたい…』


 25年前の響子が、また私に言った。


 3人とも、何も言わずに戻って来た。


 響子が借りていたフロアは、かなり雑然としていた…まあ…理解はできるし、想像もできていた。


 昔の漫画月刊誌が好きだったなと、何故かもうひとつ思い出した。


 女史の2人は、書類を観て読みながらの分類を始めている。


 私は響子が使っていたコンピューターを起動させて、データベースに入ろうとしたのだが当然ながらパスワードもパスコードも判らない…女史の2人にも訊いてみたが、知らないと言う。


(まあ、それはそうだろうな)


 判らないなら専門の解析チームに委ねるしかなくなるのだが…思い付く文字列・数列・記号列を試し始める。


 女史達2人を手伝いながら、20数回目に試したコードがヒットした…驚いたが、慌ててそのコードを書き留める…確か…私の名前に誕生日…結婚記念日を挟んで…響子の名前に誕生日…最後に『赤い小さなトゥシューズ』と入力したら、ヒットしたのだ。


 我ながら突破できた事には、かなり驚いたが…データベースの中身はフロアの状態とは違って、緻密に整理されている。


 響子が月面クレーター表面の何を撮影し、何の画像データを集めていたのかを探ろうとして色々と観て回ったが、どうもいまひとつピンと来ない…漫然とした想いで半ばぼんやりと、データツリーファイルを順番通りにひとつずつ開いて眺めていったのだが…ある処で見憶えのある成分組成表が目に留まり、同時に手も止まった。


 今でこそデジタル・ビデオカメラが全盛だが、アナログ・スチル写真を好む人も居るし、アナログ・スチル写真専門のカメラマンさえ少なくはない。


 私も時折アナログ・スチル撮影のオファーは受けてきたから、アナログ・フィルムに使われる感光剤の成分についても、ある程度は知っている。


 そしてこの成分組成は、特に天体撮影用のアナログ・スチル・フィルムに塗布されているスペクトロスコピック感光剤の成分組成と、驚く程に酷似しているのだ。


「…アナログ・スチル・フィルムの感光剤、ですか? 」


 ちょっと不思議そうにエボニーが訊いた。


「…ええ、そうです…時折アナログ・スチル撮影の仕事も受けていたので、アナログ・スチル・フィルムに使われる感光剤の成分についても知っています…しかしこれは…特に天体撮影用のアナログ・スチル・フィルムに塗布されている、スペクトロスコピック感光剤の成分組成と非常によく似ているんです…」


「…月のクレーターは微細小惑星の落着跡です…響子さんがクレーターをランダムに選んでいたのではなかったのだとしたなら…」


 アフトンがそこまで言った後を私が引き取る。


「…響子が調査対象として選んでいたクレーターを作った微細小惑星に、共通する特徴があると思います…私はデータベースの中を検索しますので…響子が書類としてプリントしていないか、観て下さい…」


 探し始めて10数分で、ひとつの特徴が浮かび上がった。


「…シャーゴッタイト火星由来隕石? 」


 私がそう読んだのを聴いてエボニー・ノワールが頷いた。


「…読んだ事があります…太陽系内惑星領域に於ける地質考古学の中で、ほぼ定説となりつつある仮説なのですが…45億年程前…火星の6分の1程の大型小惑星が、当の火星に衝突して大爆発…瞬間的な加圧と加熱で大量のマグマが宇宙に運び出され、冷やされて固形化しました…それ以来…シャーゴッタイト系の火星由来隕石として…火星…月…地球にも落着の事例があり、幾つかはリアルタイムでも観測されています…」


「…その…シャーゴッタイト系と言うのは? 」


「…火星由来の隕石の殆どが、感光性反応の強い特殊なシェルゴッティ・エイコンドライト輝石で構成されていて…それから採られています……そしてここからは、響子がプリントしていた論文の要約ですが……火星由来のシャーゴッタイト隕石が月面に落着して爆発…衝撃と瞬間的な加圧と加熱で熔けたシャーゴッタイト輝石が…冷却されて固形化するその一瞬で…受けていた光に感じて、結像し…そのまま固定化したのではないかと……」


「…あ…あ…」


 その話を聞いて、また私は思い出した。


「…ミツル! どうしたの?! 」


「…思い出したよ…別れるまでの間に俺は…カメラと写真…撮影と画像について…構造や機能…技術や理論についても響子に教えていた……エボニーさん、アフトンさん…響子の撮影作業現場にこれから行きましょう…現場では機材もそのままになっていましたから、撮影作業を続けて終わらせ…データをここに持ち帰ります…画像処理再構築プログラムは、響子が既に組んでいる筈ですから…そのままそれに掛ければ良い…上手くいけば…爆発に巻き込まれた響子の姿が固定化されているかも知れない…」


 3人は響子が最後に居た作業現場に急いだ。


「…区画分けとして、響子が張った交差ロープは動かさないで下さい…交差ロープで区画分けされた四角面を…ひとつずつ丹念に丁寧にデジタル撮影していきます…2人は、まだ交差ロープが張られていない範囲にロープを交差させて張って…同じ面積で区画分けして下さい…総てデジタル撮影して、画像データを持ち帰ります…」


 その後3時間20分を掛けて総てのデジタル撮影を終えた私達は、響子のラボに飛んで帰ると総ての画像データをまとめて、響子が組んでいた画像処理再構築プログラムに掛けた。


 3分20秒後にアウト・プットされた1枚のデジタル・スチル・プリントを観て、エボニー・ノワールは目を大きく見開き、両手で口を押さえた。


「…こ…これ…響子だわ! 爆発で吹き飛ばされた響子の身体が! 」


 それは星の光を受けての完全な逆光で…響子の身体は漆黒の影だけが固定化されていたのだが…それはまるで…星の中で伸びやかに踊っているように観えた。


 火星を旅立ったシェルゴッティ・エイコンドライト隕石が月面に落着。


 爆発による瞬間加圧と加熱により、熔けたエイコンドライト輝石が冷却され…再変成を経て固形化するその一瞬で…しっかりと灼き付けるのだ…満天の星空を圧して煌々こうこうと輝く地球光を……


 エボニー・ノワールは、デスク上のプリントを観ながら口を押さえていたが…アフトン・コールマンは、自分の真上を見上げている…まるで…総ての存在を透過させて、地球を凝視するかのように……


「…月が写真を撮っていたなんて…もう20億年以上も前から…ただ地球の姿だけを…」


『…月になってしまいたい…あなたの周りを、ただくるくると回り続ける…月になってしまいたい…』


 その響子の声が聴こえたのは、それが最後だった。


…その翌日…未就学児童への養護教育施設…


「…どうしたんですか? エボニーさん…こんな所で会おうだなんて…ああ、報告書への補足説明をありがとうございました…後もう少し時間を掛けて仕上げたら、チーフに送信します…終わったら…この仕事も終わりですね…」


「…ミツル…あなたには、言わないでおこうとも思ったんだけど……この月に人が住むようになって25年以上になるわ……その間で月でも…子供が沢山産まれました……ここは…月で産まれた子供達の為の、養護教育施設です…」


「…知っていますよ…太陽系の内惑星領域でも子供が沢山産まれて、人口が増えていますからね…」


「…ミツル…ほら…あそこで座らせた子供達に本の読み聞かせをしている女性が観えるでしょ? 彼女もここで産まれたのよ…名前は、日下 瑠奈 《くさか るな》…響子がここに来て、直ぐに産んだ娘…つまりあなたの…」


 私の眼は、既に彼女に吸い付けられて動かなかった…目は大きく見開かれて…強化テクタイト・グラスの窓に寄り掛かる身体を…右手で支えている…脚に力が入らなくなって両膝を着いた…みるみる涙が盛り上がって…私は声も無く…滂沱ぼうだと涙を流し続けていた…脳裏のうりでは、あのシャトル・デッキ・ポートで…手摺りに掴まりながら身を乗り出して、私に向かって何かを叫んでいた響子の姿が映し出されていた。


「…響子は旧姓に戻さなかった…だからあの娘もそう…彼女はあなたをずっと愛していたと思うわ…別れてから死ぬまでずっとね…」


 そこに響子が居た…27年前に結婚して4年間…お互いに愛し合った…響子がそこに居た。


Fin

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逆光の残像 トーマス・ライカー @thomasriker3612

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