第3話
「それで……目黒さんはどうして浪人したんですか? っていうか何年目なんですか?」
「どうしてかを言う前に言っとくが俺は君と同じ同級生だからね?」
「え、そうなんですか?」
「何?」
「へえ以外です。なんか落ち着いていて貫禄があるから」
「なんだそれ」
俺がまだサンドイッチに手を付けていないのにも関わらずいつの間にか朝陽は食べ終わっていた。
しかもその視線が俺のサンドイッチの方をチラリチラリと何度も向けられているような気がしてならない。
つい、
「食べたいのか?」
と聞きそうになったが流石の俺も蛇足だと気づき、余計なことを呟く前に無理やりサンドイッチを押し込んだ。
すると朝陽は少し残念そうな表情をしたような気がした。
何か俺は間違えたのだろうか?
「俺が浪人した理由は本当に下らないというか面白みはないよ」
「ふーん、勝負します?」
「勝負?」
「浪人理由勝負ですよ。どっちの理由の方が面白いか」
「なんだそれ。別に良いけど勝ったら何か貰えるの?」
「そうですね……デザートおごってもらいましょうか?」
「ふーんなるほど……いいよ別に」
ただ食べたいだけなんじゃ? と言いそうになった。危ない危ない。
俺は一息つく。
よくよく考えてみれば浪人した理由なんて誰かに話したりしたことは今までになかったな。親にすらふんわりとしか伝えていない。
無理だろとか言われたらへこむし……。
別に恥ずかしいってことはないけどわざわざ他人に言うほどの物でもないというくらいの大したことのないやつだ。
なんか急に恥ずかしくなってきたな。やっぱ言わなきゃいけないか……?
俺は何気なく朝陽の顔を盗み見る。
するとなぜか自然と口が動いて気が付いたら喋っていた。多分だが朝陽も俺と同じ浪人だったからなのだと思う。
「俺は結構ゲームやるんだよね。テレビゲームもするしソシャゲもするし少しだけどFPSもするくらいには好き」
「ほほう。いいですね」
「二年くらい前に色々なゲームを開発してきた人がゲームの解説をしている動画を見つけて。その投稿者は実は昔俺がやってたゲームの開発者だったんだよね。その動画見てたら俺もゲーム開発したいって思えてきて、その人と同じ大学に行って勉強するぞ……って感じ?」
「いいですね夢があって」
「え?」
「ボクはいいと思いますよ?」
「そう? まあ嬉しいけど」
頷いている朝陽をちらりと見て気まずくなって目を逸らす。
会話が出来ないのとは違う変な気まずさだ。まさか褒められるとは思わなかったし……
穴があったら入りたい。
「……そっちはどうなんだ?」
「そうですね。ボクはもっとつまらないですよ。それでも聞きます?」
「いや勝負だろ?」
「まあそうですね。仕方ない」
ため息を尽くと朝陽は髪を指で耳に掛ける。
「ボクには二人のお姉ちゃんがいるんですよ。一人が一番上の月凪でもう一人の次女は今海外にいます。どちらも勉強は出来なかったですけどどちらも運動神経は抜群でした。特に次女は海外に呼ばれるくらいに」
「ん? 長女が月凪だよね。次女がいるってことはつまり——」
「あ、はい。実は三つ子なんです」
「ええ……マジか」
「引かないでくださいよ。確かに顔は同じですけど個体値は個性的ですよ」
「引いてないし、なんだそれ」
「二人の運動神経抜群な姉に対してボクは空前絶後の運動音痴でして、そんなボクが二人に対してマウントを取れたのが学業だけでしたよ」
どこか他人事を語るように朝陽は喋る。
月凪に勉強を教えていたことがあるが確かに初めのうちは俺よりもアホだった……。順位も見ていられないくらいには。
ただ受験シーズンぐらいからメキメキと上がって——いつの間にか俺よりも順位高くなっていたような?
「なのに二人とも急に学力が伸びて唯一のアイデンティティが失われると焦ったボクは身体を壊して唯一大学に落ちました」
「え」
「それでせめて学業だけは負けっぱなしでいられないと浪人を始めた……なんて言ったらどうします?」
「え?」
朝陽は特に表情を変えることもなくそう言った。
あまりにも変化がないから、本当なのか嘘なのか分からない。
確かに月凪の成績は半年ぐらいで激変したのは知っている。
ただもしもそれが本当ならば……
「月凪はどうしてそこまで朝陽に家庭教師を付けたがるんだろう?」
いくら妹のことが心配だからってそこまで熱心に家庭教師を付けようとするか?
仮にも昔は月凪よりも頭の良かったらしいし本人が一人で大丈夫と言っていればそこまで不安ではないと思うが。
いや逆に、それなのに付けたがる理由があるのだとすれば。
俺は余計な一言になることはなんとなく自覚していた。
「もしかして朝陽ってもう受験する気ないんじゃないのか?」
「……どういうこと?」
「いや例えばだけど、もう諦めちゃってて——」
そう言いかけた俺の口を遮るように朝陽は声を出した。
「ですよね。あはは、あまりにもボクの理由が弱すぎて作り話しちゃいました。目黒さんの不戦勝ですね。アイスでも奢りますよ」
「ああ、うん、でもまず——」
その反応を見て俺は察した。
多分朝陽はもう受験する気はないのだろう。だけどそれを言い出せないでいる。
それはきっと月凪があそこまで熱心にお節介が過ぎるとはいえ、自分のことを考えてくれているからだろう。
「家庭教師の話、どうする?」
マンションでも言っていたように既に朝陽の答えは決まっているのだろう。
いくら月凪が強要しようとも朝陽にその気がないのであれば家庭教師を付けても意味がない。
「はぁ……」
朝陽は見るからに落胆している。
やはり月凪のことだろう。
ただ一人っ子の俺としてあれくらいお節介な兄妹の一人や二人くらいいて欲しかったな、とちょっとだけ羨ましく思う。
「お姉ちゃんは一度言い出したら聞かない暴走機関車タイプなんです」
ため息交じりに朝陽は話し始める。
俺もそのことに関しては朝陽よりも月凪を知らないとはいえ同感だ。
まさかピアノを弾くなんて信じられない。
「だからいくら拒否しても多分別の家庭教師とか雇いだします。なんなら最終的に私がやってあげるとか言い出しかねません……」
「確かに……」
「だったらまだ話の分かりそうな目黒さんに家庭教師やってもらった方が気楽でいいです」
「……え、やるの?」
予想していた答とは違う。
「マジでやるの?」
「一応消去法ですが。これでお姉ちゃんも文句は言わないでしょうし」
俺はこの時から既に朝陽がもうやる気がないと言うことをなんとなく分かっていた。形だけの家庭教師になると言うことを。
そしてそんな彼女のことを少なからず羨ましいなんて思ってしまった自分がいた。
だから彼女に対して心を鬼にして指導することが出来なかったんだろう。
「……そうだ目黒さんゲーム好きなんですよね? けもせんとかってやりますか?」
「え、ああ先週ぐらいに発売したあれ? もう買ったよ」
「ええほんとですか? 実はボクもそれ大好きで対戦相手欲しかったんですよ。——今度うち来た時に一緒にやりませんか?」
「勉強した後にだけどね?」
そして——ドロリドロリと気が付けば半年。
〇
時刻はおよそ深夜二時を過ぎた頃。
締め切ったカーテン、テーブルの上に放置されたままの空のカップラーメンと大容量のコーラ。
目の前の大きなテレビには毛むくじゃらな巨漢とウサギが擬人化したような女の子がせわしなく動き回っては拳をぶつけあっている。
半年という時間が過ぎて俺の生活は大きく変化してしまった。
「ちょこまかジャンプして時間稼ぎしても無駄だよ? そろそろボクの瞬殺コンボでぶっ飛ばしてあげるから」
隣に座る同居人はテレビに夢中になりながら平和そうな表情でそんな物騒な言葉を並べていた。
俺はこの同居人——朝日向朝陽と同棲している。
彼女は出会った時には考えられない薄着に身を纏い、隙だらけな格好でいる。
果たして仮にも男子の前でそんな姿を晒していていいのかとたまに思うのだが、そこはやはり俺を信頼してくれているから変に気を使わなくてもいいからなんだろう。
と、最近はポジティブに考えることにしている。変に意識すると嫌われるかもしれないし。
——しかしたまにふと思う。
俺はコントローラーを机に置き、
「はい俺の勝ち」
「あとミリだったじゃないか。どうして耐えるんだよ!」
朝陽はドサッと倒れ込み落胆交じりの喘ぎ声を漏らす。
「あっつー。流石に疲れたかな、ボク」
そう呟き朝陽は俺が隣にいると言うのにおもむろにパーカーの前ジッパーを下ろして、だらりと大きなクッションに身を預けた。朝陽は全身を包む柔らかさに溶け込むように瞳を閉じ、気持ちよさそうに背筋を伸ばしていく。
むにっといやに張りのある太ももが二つも重なってなんか贅沢だし、綺麗な雪のようなのに温かそうなお腹が大胆に露出しているし、おへそだって丸見え。当然膨らんだブラの形だって……。
——果たしてこれはわざとなのだろうか……と俺は最近感じている。
そんなことをされれば普段から意識しないように心掛けている俺だって気が付けばスマホを片手にカメラを開いている、なんてことが起きても仕方がないだろ。
理性はまだ少し残されていて「勝手に撮ったらだめだって!」と健気にもささやいてくるが「朝陽がわざとやっているのだとすれば構わないだろ?」と善なる俺を軽く論破する。
枠内に全身を写し込む。
朝陽は目を閉じたままゆっくりと呼吸をしている。
これならバレない。一回くらいなら写真撮っても許してほしい。
パシャっと音と一緒に咳払い。
同じ光景なのに一枚だけなんてもったいない気がしたがこれ以上撮るとバレるかもしれないと判断し写真写りだけ確認。
上手く撮影できていることにホッとして何気なく朝陽の方に視線を送ろうとした。
「わ、窓にゴキブリ——!」
「——え⁈」
——俺は思わず窓に視線を向ける。
今日掃除したばかりなのに⁈
嘘だろ!
が、見つめた先に窓は見えていない。
考えてみればそれもそうだ。
部屋の明かりが漏れないように紺色の分厚いカーテンを閉め切っている。透明でもなければ薄くもないのだから窓の姿を目撃のは不可能のはず。
「……?」
俺はじろりと朝陽の方を向く。
彼女の表情を見てホッとしたのと同時にドッと疲れが押し寄せてきた気がした。
——ニヤニヤといたずらっ子のように笑っている。
しかも手にスマホを握ってさしずめ元から俺の姿を撮影するかのような構え方だった。
——パシャシャシャシャシャ!
シャッター音が鳴り、クスリと朝陽が声を堪えながら笑い出した。
「はは、流石にビビり過ぎ」
「お前……だましたな」
「勝手に撮ったおかえしだよ」
再びごろりとクッションに寝転がり鼻歌を歌いながらスマホを眺めはじめた。
勝手に撮ったという罪悪感とそれがそもそもバレていたという羞恥心と許してくれた安心感が渦巻き合って、とりあえず俺はため息を尽く。
「いやーアホだよね。ほらこの顔。流石のボクでも笑っちゃうよ」
そういうと転がりながらも俺に向き直って画面を俺に見せつけてきた。
一枚一枚俺の愚かな表情をスクロールしている。
撮影した写真を確認しているなんとも不純そうな表情からゴキブリにビビった瞬間の情けない顔、そして嘘だと察した瞬間のポカンと開いた口。
どれもこれもが不名誉極まりない写真ばかりだった。
もう見ていられないと視線を外そうとした瞬間
——一つ気になる写真を見つけた。
太陽の陽射しを浴びて気持ちよさそうに目を閉じている俺の写真。
どう見ても寝顔だ。
白目でよだれを垂らした俺の寝顔。
「おい……これ、いつ撮ったんだ?」
「え? あ……!」
朝陽は画面を確認した途端に変な声を出したかと思うとさっと奪い取ってきた。
仰向けになってスマホ画面を俺に隠すように操作し始める。
「いやーなんのことかな?」
「それ俺の寝顔じゃ——」
「知らないよーお風呂行ってこよー」
「ま、待て!」
朝陽はふわりと髪を靡かせてそそくさと走り去ってしまう。
残されたのはクッションの上に置かれたパーカーだけ、あっという間に俺は取り残された。
俺はパーカーを見ながらさっきの寝顔を思い出す。
あいつ。いつの間に俺の顔なんて……。
しかもあんな化け物みたいな表情。
あれが保存されているなんて……。
戻ってきた朝陽に文句の一つでも言ってやろうと色々考えた俺だったがどうもうまく思考がまとまらなかった。
見てはいないが今の表情を絶対にあいつにだけは見られたくないと思い、俺は急いでトイレに向かった。
——こんな日常を俺たちは半年も繰り返している。
いつの間にか俺と朝陽は同棲して遊び三昧な堕落生活。
家庭教師をするはずだったのに気が付けば朝陽とゲームに明け暮れて、いつの間にか深夜になっているなんてのは常習化してもう驚かない。
「なんでこうなったんだろうな……」
俺はスマホを開いて一件の通知を見てため息を零す。
『調子はどう? ちょっと話したいことがあるから今週末に会えない? 家庭教師くん』
リリリリスタート~浪人生なのに男女で同棲⁉︎ 勉強が捗るはずもなく……堕落生活、半年継続中。一体いつになったらリスタート出来るんだ!!~ ケチュ @Kenyon_ch
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