魔王を倒した伝説の天使様に成り代わったけど、なんの力も残ってない!
アルコア
第1話 目覚め
なんだか、すごくふかふかだ。
意識がゆっくりと浮上してくる感覚。まぶたの裏側がほんのり明るくて、鳥のさえずりみたいな綺麗な音が聞こえる。
昨日は確か、期末テストが終わって解放感に浸りながら、ベッドにダイブしたはずだけど…うちの安物のマットレスが、こんな高級羽毛布団みたいな寝心地に進化した記憶はない。
「…んん」
重たいまぶたをこじ開けると、視界に飛び込んできたのは、見たこともない天井だった。やけに高くて、白い大理石? か何かでできていて、金の装飾が施されている。
…え、どこだここ? 僕の部屋じゃない。というか、日本の建物じゃない気がする。ヨーロッパのお城とか、そういう感じ?
寝ぼけてる頭で状況を把握しようと、ゆっくり体を起こす。
やっぱりベッドがすごい。天蓋までついてる。シーツもサラサラで気持ちいい。
部屋を見渡すと、大きな窓からはキラキラした光が差し込んでいて、壁にはタペストリーみたいなのが飾ってあるし、置いてある家具もいちいち豪華だ。
誘拐? いや、誘拐にしては待遇が良すぎる。じゃあなんなんだ。ここ。
と、僕が体を起こしたことに気づいたのか、部屋の隅に控えていたらしい人たちが、わらわらとベッドに駆け寄ってきた。
「おお! 天使様! お目覚めになられましたか!」
「お待ちしておりました、天使様!」
「これで、この世界も安泰です…!」
…天使様?
目の前には、白いローブを着たおじいさんや、綺麗なドレスを着た女の人たちが、感極まった様子でひざまずいている。
みんな、僕のことをキラキラした、というか、ほとんど涙ぐんだような瞳で見上げている。
え、天使様って、誰のこと? もしかして、僕?
混乱している僕に、一番年長らしい白ローブのおじいさん(神官長、という肩書らしい)が、恭しく口を開いた。
「天使様。永き眠りからのお目覚め、心よりお慶び申し上げます。貴方様がかの魔王を打ち滅ぼしてくださってから、しばしの刻が流れましたが、こうして再びお姿を拝見できるとは…!」
魔王? 打ち滅ぼした? 僕が?
待って待って、情報量が多すぎる。
僕は昨日まで、日本のどこにでもいる普通の高校生、相川湊(あいかわみなと)だったはずだ。
魔王なんてゲームの中でしか知らないし、もちろん倒した記憶なんて微塵もない。
もしかして、これは壮大なドッキリか何か? いや、それにしてはセットもエキストラの人たちの演技も本格的すぎる。
「あ、あの…?」
かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほど高くて、子供っぽい響きを持っていた。あれ? 声変わり、終わってたはずなんだけど。
慌てて自分の手を見ると、白くて小さい。…小学生くらいの手だ。
え、え、え? ちょっと待って、どういうこと!?体が縮んでる!?
僕がパニックになっていると、神官長は「おお、まだお声が…! 無理なさらないでください」と、さらに心配そうな顔をする。違う、そうじゃない。
頭の中がぐるぐるする。
整理しよう。僕は、普通の高校生だったはず。でも、目が覚めたら見知らぬ豪華な部屋にいて、見た目も声も子供みたいになってる。
そして、周りの人たちは僕のことを「魔王を倒した天使様」だと思ってる。
天使…、そうだ。そういえば、背中に何か違和感があるんだよな…。
恐る恐る手を伸ばしてみると、肩甲骨のあたりから、ふわふわした感触のものが生えている。…翼? 小さいけど、白い翼だ。
嘘だろ…。
つまり、こういうことか? 僕は死んだか何かして、この「天使様」とやらに転生した? しかも、この天使は、魔王を倒したすごい存在らしい。
……天使が魔王を?天使ってそういう感じだっけ?
しかも、今僕が天使に成り代わったということは、元の天使様の意識は、どうなったんだろう。元の僕の体に…とかは多分無いよね。
もしかして、元の天使が魔王を倒した後、力を使い果たして眠っている間に、僕の魂か何かがスポッと入り込んじゃった…とか?
とにかく…この状況はめっちゃまずい!
冷や汗が背中を伝う。バレたらどうなるんだ?中身がただの元高校生だって知られたら…。この人たちの期待を裏切ることになる。
せっかく魔王がいなくなって平和が訪れたと思ったところに、頼りの天使が記憶喪失で役立たずだって分かったら、ものすごい混乱になるんじゃないか?
下手したら、この豪華な部屋から追い出されて路頭に迷うとか…? それは困る!
少なくとも絶対ここ、日本じゃないし!もし追い出されたら当てになる人なんて絶対いない!
「天使様、お疲れでしょう。ささ、まずは温かい飲み物でも…」
「お食事もご用意しております。天使様のお好きな果物もたくさん!」
「は…はい。」
僕の内心のパニックを知る由もなく、侍女さんたちがかいがいしく世話を焼こうとしてくれる。
断る理由も思いつかないし、正直、状況が飲み込めなさすぎて、流されるままになってしまう。
出されたミルクティーを飲み、用意された豪華な朝食を食べる。ふかふかの椅子に座って、キラキラした瞳で見守られながら。
…やばい。めちゃくちゃ居心地は悪いけど、もてなされること自体は、正直、ちょっと…いや、かなり嬉しいかもしれない。高校生の僕には縁のなかったVIP待遇だ。
(いやいや、ダメだろ僕! 記憶ないって、ただの人間だって、早く言わないと!)
そう思うのに、喉まで出かかった言葉は、「あ、はい、ありがとうございます…」なんていう、か細いお礼に変わってしまう。
だって、この人たちのキラキラした期待の眼差しを見ていたら、「ごめん、人違い(?)です」なんてとても言い出せない。
もし、本当にこの天使様が世界を救った英雄なんだとしたら、僕が『記憶がなくて、力も多分使えません』なんて正直に告白したら、この人たちの希望を打ち砕くことになるかもしれない。
せっかく英雄がお目覚めだって喜んでるのに…。
そんなこと、申し訳なくて言えないし、正直、この至れり尽くせりのVIP待遇を手放したくない気持ちも…ほんのちょっとだけ、ある。うん、少しだけね。
(…もう少しだけ、様子を見よう。うん、そうしよう。もしかしたら、何か思い出すかもしれないし…)
都合のいい言い訳を心の中で組み立てながら、僕は出された焼き菓子に手を伸ばした。罪悪感を感じながらも、もぐもぐと頬張る。美味しいものは、美味しいのだ。
しばらくの間、僕はそんな感じで、周りの人たち(主に神官長と侍女さんたち)から、今のこの世界の状況とか、僕がどれだけすごい存在なのかとか、そういう話を聞かされた。
要約すると、魔王が少し前に何かのきっかけで超強化され、この世界が支配されかけていた。
それをどこからともなく現れた僕(天使様)が、壮絶な戦いの末に打ち倒した、ということらしい。
ただ、その戦いで力を使い果たして、この神殿で眠りについた、と。
楽しそうに話す神官長。はあ、どんな顔で聞いたらいいんだ。てか、これって僕が話すべき内容なのでは?
「しかし、天使様がお目覚めになられた今、我々の未来は明るいものとなりました!」
「ハハ…」
神官長が力強く言う。他の人たちも、うんうんと頷いている。
重い。その期待、めちゃくちゃ重いんですけど…。
そんな風に、内心で冷や汗をかきながら愛想笑いを浮かべていると、突然、神殿の扉が勢いよく開かれた。
「失礼します! 緊急事態です!」
駆け込んできたのは、鎧を着た兵士だった。息を切らせながら、彼は叫ぶ。
「北の森に、魔王軍の残党が現れました! 付近の村が襲われているとのこと!」
しん、と部屋が静まり返る。
そして、全員の視線が、一斉に僕に注がれた。
期待と、信頼と、そして「さあ、お願いします!」という無言の圧力が、ぐさぐさと僕に突き刺さる。
神官長が、厳かに、しかし確信に満ちた声で言った。
「天使様。お目覚めになったばかりで大変恐縮ではございますが…どうか、再びお力をお貸しください!」
…え。
いや、無理だって。
魔王の残党? 退治? どうやって!?
僕、ただの高校生だよ!? 天使パワーの使い方も、ビームの出し方も、回復魔法のかけ方すら知らないんですけど!?
背中に冷たい汗がどっと噴き出す。顔は引きつり、口はカラカラだ。
笑顔で頷く人々の前で、僕は完全に固まっていた。
…これ、どうすんの!?
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