レーナのやさしさ

風野里省

レーナのやさしさ

――誰かが拾った宝物は、誰かの落としものだったから。

 私は自分のものを落とし続けた。

 それが私の役目だったから——


レーナは小さい頃からそう思っていた。

レーナはいつも自分を犠牲にしてまで人の幸せを願い続けていた。


ヴェークの町でレーナは洋服の仕立て屋を営んでいた。そこへある日ハインリヒという青年がやって来た。古着を仕立て直してほしいと言うのだ。


レーナはいつもひとりだと思っていた。

仕立て中にハサミで指をけがしてしまったので、その場にいたハインリヒは自分は医者だといって手当してもらった。


レーナはその親切を忘れずに時は過ぎた。

しばらくしてまたレーナの働く店にハインリヒがきて、言った。


「けがはもう大丈夫なのですか? 」

レーナは答えた。

「ええ、あなたがすぐに対処してくれたから今も働けています」


するとハインリヒは少しうつむいて顔を赤くして言った。

「もしよろしければお茶でもどうですか? 」

 レーナは初め驚いていたが、彼に助けてもらった恩を忘れていなかったので、少しの間を置いて承諾した。




「では、レーナさんは親戚からの紹介で仕立て屋を? 」


「ええ、でもまだ慣れていなくって。この前も、ほら指を切っちゃったでしょう? 私、案外、不器用で」


ハインリヒは少し笑って言う。

「僕も画家として始まった時はそうでしたよ。

服も絵具で汚れてしまったりなんてよくあることですから」


「フフッ、ハインリヒさんって明るい人ですね。私なんて性格が暗いって女学校に行っていたときはよく言われたので、ハインリヒさんを見ていると何だか私まで笑ってしまって……」


「今度、僕のアトリエを一度来てみてください。もしレーナさんがよろしければですが——」


レーナは画集を眺めるのが好きだった。

「はい! よろこんで、うかがいます」




二日後、

レーナはハインリヒのアトリエの玄関前にいた。レーナは……もう限界だった。


「ハインリヒさん! 」


「えっ!? 」


レーナは泣きたいままに泣いて、ハインリヒに抱きついた。

「ハインリヒさん、私どうすればいいのでしょうか? 」

「まあ、少し落ち着いてください、今、お茶とお菓子を出しますから」


レーナはもう自分に自信を持てないという。

「一体何があったんですか? 」

「実は……店の主人から動きがおそいし、下手だって言われるんです。もうこんな店、やめてしまいたいって言ってもきいてもらえなくって……。私、もう何もかも嫌になりそうです」


「そうだったんですか……ならやめてもいいかもしれませんね。僕も昔、絵画の先生についてもらっていたことがあったのですが、技術がない、感情がこもってないって

何度も言われてやめました。好きだったことが嫌になるよりもいいかなと思ったんです。レーナさんは何かしたいことはありますか? 」


「えっ、私は……その……」

「何かをやめるっていうのも一つのポジティブな選択になることだってあるんですよ。つまり、やめるってことはまた最初に立ち返るってことですから」


「私、もう少し考えてからどうするかは決めさせてもらいますけど、少しホッとしましたハインリヒさんはいつもやさしくて私なんか……」


「大丈夫ですよ、レーナさんも十分やさしい人ですよ。きっと今は自信をなくしているから自分はやさしくないって思っているだけでしょうから」


そうしてレーナは一か月後、店をやめ、また自分の道を歩いて行こうと思えたのだった。

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