クラスでいちばんの美少女が実は人間じゃなかった件

@idd11

第一章

クラス1の美少女と俺について

 窓から差し込む夕陽が黒板をオレンジ色に染めていた。

 

 俺は机に座って、英語のノートに赤ペンを走らせていた。宿題を早めに終わらせて、さっさと帰るのが俺のルーティン。他の生徒が部活や友達と騒ぐ中、俺はいつも一人でいる。


 必要以上に人と関わらないようにしてるのだ。根暗と言われればそうかもしれないが、俺にも事情があるのだ。


 教室のドアがガラッと開いて、笑い声が響いた。

 九条琥珀が仲間と入ってきた。滑らかな金髪が肩まで流れ、ミニスカートから伸びる白い脚が教室の光に映えている。

 ナチュラルメイクなのだろうか。薄めのメイクでも人目を引くような美貌が輝いている。


 スクールカースト上位の美少女だ。端正な容姿、人懐こく壁を作らない性格。入学して早々、彼女は教室や学年の人気者になった。

「今日の放課後、カラオケ一緒に行こうよ!」

 

 九条の声が明るく響き、周りの女子が盛り上がる。俺はノートに目を戻したけど、彼女の存在が眩しすぎてチラッと見てしまう。


 高嶺の花ってこういうのを言うんだろうな。彼女が笑うたび、教室が一瞬明るくなる気がする。彼女の人生がどんなものかは知らない。

 世界の全てが彼女を祝福し、彼女の人生には一点の曇りもないように。

 そんな風に眩く見える。


 でも、俺には関係ない。九条みたいな子は、俺とは関わりのない世界の人間だ。遠目に見てるだけで十分。

 俺はそっと鞄にノートを詰めた。


「カイト、また一人で帰るの?」

 隣の席の田中が声をかけてきた。俺の数少ない幼馴染だ。

「ああ、そうだよ。」


 俺が短く返すと、事情を知っている田中は「まぁ、そうだよな」と笑って空手部に行く準備を始めた。


 春の夕暮れ、月影高等学校の裏山を抜ける細い道を、俺は肩を落として歩いていた。入学式が終わって数週間。

 新生活に慣れ始めた俺は、相変わらず他人と深く干渉しない生活を心がけていた。


「はぁ…今日も何か変な目に遭わなきゃいいけど」

 俺には生まれつき妙な体質があった。


 霊能力、というやつだ。子供の頃から「見えないもの」が見えたり、妙な気配、化け物に絡まれたりするのは日常茶飯事だった。おかげで友達は少なく、学校でも目立たない存在に甘んじていた。


 誰かとつるんだところで変なものに俺が絡まれ、それに巻き込んでしまうのではないか。修行の成果もあって今では絡まれることも滅多にないし、絡まれても大抵返り討ちにできる。

 

 でも、怖いのだ。誰かと詰めた距離が再び離れるのが。親しくなった奴らが化け物を見る目でこちらを見てくるのが。

 なら、最初からつるまなければいい。

 

 それが俺がこの数年間を経て出した結論だった。

 

 校舎裏のこの小道は、木々が鬱蒼と茂り、風が葉を揺らす音だけが響く。普段なら静かで落ち着く場所だったが、今日はなにかが違う。

 

 空気が重く、鼻をつくような異臭が漂っていた。

 最近は忘れていた感覚。

「……まじかよ。ここでかよ」


 立ち止まり、周囲を見回した瞬間、低い唸り声が耳に飛び込んできた。木々の間から黒い影が動くのが見える。

 目を凝らすと、それは狼だった——いや、普通の狼じゃない。体は半透明で、目が赤く光り、口から黒い霧を吐いている。

 

 妖怪だ。

「またかよ…勘弁してくれ」

 

 まだこちらには気が付いていない。ならば逃げるか。そう、やばそうなものに気が付いた時点で逃げるのだ。それが自分を守る最善手。

 そうっと、方向を変える。


 逃げようとしたその時、狼の足元で小さな鳴き声が聞こえた。

「キュー…キュー…」。


 目を向けると、三匹の子狐が震えながら木の根元にうずくまっていた。白と茶色の毛並みが汚れ、尻尾を丸めて怯えている。

 狼が牙を剥き、子狐たちに近づく。


「待てよ…お前、それ狙ってんのか?」

 

 足が止まった。

 頭では「関わるな」と警告が鳴るのに、心が勝手に動いた。

 放っておけない。正義感、というより、ただの癖だった。


 怯えて世界から取り残される自分を多くの大人は助けてくれなかった。でも、それでも手を差し伸べてくれた人はいた。

 その温かさを俺は知っている。だから、


「おい、やめろ!」

 

 叫びながら、俺はカバンを投げつけた。狼の頭に当たって跳ね返るが、効果はない。赤い目がぐるんと動いてこちらを睨み、低い唸り声が響く。

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