緑の手のキトル〜極貧で売りに出されたけど、前世の知識もあるから全然生きていけます〜

斉藤りた

第1話

冷たい!


頭から水をかけられた。

いつもは水が勿体無いって身体を拭くだけだったのに。


なんでシャワーじゃないの?湯船で温まりたい・・・

ん?湯船?シャワーってなんだっけ?

あれ?なんで私、水かけられてるんだっけ?

そっか、私、明日売られるから・・・え、仕事には行かなくていいの・・・?


頭の中で、毎日過ごしたワンルームの部屋の記憶と目の前のボロ小屋で過ごした7年間の記憶が混ざってる。

思考がぐちゃぐちゃだ。


混乱している頭を、布と言うより木の皮みたいなゴワゴワした物で乱暴に拭かれる。

これは・・・母親だ。

何度呼んでも、振り向いてくれなかった母親。

甘えたくて手を伸ばしても、振り払われた記憶しかない。


父親はほとんど家にいないけど、たまにいるときは

「男なら役に立ったのに・・・」

ってブツブツ言って睨んできて怖かった。


向こうの方で水浸しの私を見てるのは、兄だ。

兄だけはいつも優しかった。

どうしてもお腹が空いて、こっそり夜中に保存食を食べた時も、自分が食べたって嘘ついてかばってくれた。


名前はなんだっけ・・・そうだ、ブランだ。

豊作を願って父親が小麦って意味の名前を付けたつもりだったんだよね。

本当は小麦を粉にした後に残る皮って意味だった、皆に笑われたって隠れてこっそり泣いてたな。

でもブランって栄養たっぷりなんだよね。

前は朝食にも食べてたな~。


ん?前?あれはいつの記憶?

そうだ。私は大山さくらだ。

普通の大学出て、普通のワンルームマンションで一人暮らしで、人に関わるのが嫌で、在宅でデータ入力の仕事してて・・・してた、ハズ・・・え、何これ。


自分の身体を見てみる。

小さい手に細くて骨が浮いた身体・・・。

キトル、私の名前はキトルだ。


この貧しい村の、貧しい家庭に生まれて七年。

毎日畑に出て麦や野菜を作っていたが、土地が痩せているせいかギリギリの生活。


そしてついに生活出来なくなり、私が売られる事になったんだ。

奴隷として。


母親は

「あたしに似て器量がいいんだし、貴族のお妾か娼婦にでもなって仕送りしな」

って言ってた。

だから、少しでも綺麗にしようって少ない水で洗ってもらってたんだ。


・・・え、何それ。

大山さくらは死んだの?

で、生まれ変わったの?

なのに、もう売られる?

何よそれ、もう詰んでるじゃん。

そんなのどうすりゃいいの?


チャリーン!


突然大きな音が聞こえた。

『前世の記憶を思い出しました。転生スキルが付与されます』


「はっ!?」


大きな声を出して振り向いたせいで、後ろから頭を拭いていた母親と目が合う。


「何だい?!突然振り『転生スキル 緑の手が付与されました』っち向いてたら拭けないだろう?!」


母親の声が遮られたのに文句を言わないってことは、母親には聞こえてないっぽい。

これはアレか。

なんか能力的なヤツを神様とかそういうのがくれるってやつか。


それで何かこう上手い事やって、魔王とかそういうの倒したり、王様になる的なやつか。いや、女だし女王様?


でも、緑の手って言ってたな・・・あんまり強そうじゃない名前。ゴワゴワの髪の毛をガッシガッシと拭かれながら考える。引っかかった髪の毛が引っ張られて痛いけど、叩かれたくないから黙っていよう。


とりあえず、緑の手って言うくらいだし手を使うんだろうな。

自分の手をじっと見る。

家の手伝いで荒れた手。

大山さくらの時だってこんなにあかぎれが出来た時なんてないぞ。


とりあえず手は緑色になってない。

どうやって使うんだろう・・・無言で手を凝視する姿が気持ち悪かったのか


「ほら、終わりだよ!部屋に戻りな!」


とまだ濡れた髪のまま背中を叩かれた。


水浴びをした水が入った桶を持って畑に向かう母親。

水は貴重だから、畑に撒きに行くんだろうな。


もう薄暗いし、いつもならそろそろ寝る時間だ。

寝床代わりの固い板の上に横になり、ボロボロで薄くなって穴の開いた動物の皮を布団代わりにかける。

明かりなんて上等なものはない。


日が昇れば働き、日が沈めば寝る。

食事も太陽が一番高くなった時に一度だけ。

その唯一の食事も、なんか木の根っことかその辺の草みたいなのがちょっと浮いてるスープ。


・・・前世の生活を思い出した自分からすると地獄のような生活だ。

え、どうしよう。

どうしようというか、明日売られるんだよね。

この世界の事は記憶にある分しかわからないけど、そもそもまだ七歳なんだからほとんど何もわからない。

でもこのままここに居たら奴隷になるし・・・よし、逃げ

「キトル?」

横から声がしてビックリ、そりゃそうだ、いつも横には兄のブランが寝てたんだっけ。


「大丈夫?明日、もしどうしても嫌なら、父さんたちはダメっていうかもしれないけど僕が代わりに行くよ」


ガラスのない窓からの月明かりしかないけど、ブランの目に涙が浮かんでいるのが見える。

確か十歳くらいだったよね。

なんて優しくて勇気のあるお兄ちゃんなんだろう。


ここで私が逃げたら、ブランが代わりに奴隷にされちゃうのかな。

・・・それはダメだ。

私は前世の記憶があって中身が大人だから何とかなるけど、子供が犠牲になっちゃいけない。


「私は大丈夫。でも、兄さんもこのままここで暮らすより家を出て他で暮らした方がいいんじゃない?」


突然スラスラ話し出してビックリしたのか、ブランの目が大きく開かれて涙が引っ込んだ。

確か今まではボソボソ話してたんだっけ・・・まあ中身はそれなりの社会人だから、普通に話せるのにボソボソなんて喋れないし。


「ここを出たって一緒だよ。どこに行ったって、暮らしぶりなんて似たようなもんだし」


何ぃ?!そいつは困る。

あのワンルームほどの暮らしが出来なくても、せめて最低限の暮らしはしたい。

それが無理なら、食事だけでも美味しいものを一日三食・・・出来ればおやつも・・・


「緑の使い手様が居なくなって、どこの国も土地が枯れていってるから食べ物が無くなってるって行商人の人が言ってたんだ。だから、ここを離れても」

「兄さん、何て?」

食い気味になってしまった。


「緑の、何?」


「え、あ、えっと、緑の使い手様って言ってね、神様の使いって言われて世界中を豊かにしてくれる人がいたらしいんだけど、もう百年以上前の話らしいし、僕もあんまり知らなくて・・・」


何てこったい。

がっくりと膝をつく。

これか、これをやれって事か。

神様には会ってないけど、まあ多分そういう事だよね。


しかも、こんなのやりたくなくてもやるしかないじゃん。

だってどこに行ったってこんな生活なんでしょ?

しかも、こんな兄みたいな子がこの世界には沢山いるんでしょ?


・・・じゃあもうやるしかないじゃん。

まあね、大山さくらの頃だって、特に何の目的もなく生きてたし?

戦うのも政治もスローライフも特に興味ないし?

だからさ、別にいいよ。

緑っていうくらいだし、なんか危なくなさそうだしね。


平和に世界を救ってやろうじゃないの。

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