放課後紳士協定
大星雲進次郎
放課後紳士協定
「オフィス系か、学校系かと言われれば?」
「あ、断然学校系」
「だよね。何か大人同士ってあっという間に「致し」そうで」
「甘酸っぺー成分が欲しいんだよ」
俺と
お互い部活には入っていないから、さっさと下校したらいいのだけど、冬樹と過ごす時間が楽しすぎていつもわりと遅くまでこうしている。
冬樹もそう思ってくれてたら、良いんだが。
そして今日は、「理想の百合とは」が議題だ。
お互い節操なしに読む派なので、ファンタジーから古典、SFから百合まで話題には事欠かない。
深くは読み込まないけど。
甘酸っぱさ。
俺達世代の初々しくもどかしい、全能感に裏打ちされた、でも上手くいかない恋愛事情を、こう表現した作品があった。
「
「仕方ない。我々
「……そだな、僕も恋したいぜ~」
学校。冬樹はノートの今日のページに角ばった文字でそう書き込んだ。
「では次。小?中?高?大?」
「小はない!」
即答する。小はない。大も大人と同じだ。感情移入するには、俺達と同じ高校生か、ちょっとおませな中学生か。
「僕は、大学生か高校生か、かな。なんか本気感がほしい」
本気感?何だそれは。冬樹はやたらと真面目な顔で答える。今までに読んだどんなシーンを思い出しているのか。
「じゃあ、高校生にしようか、間をとって。ちょっと大人だ」
全く知らない世界よりも、少し手を伸ばせばあるかもしれない世界。そういう方が虚と実の配分も良いだろう。
学校。高校生。
「共学?女子校?僕は共学かな」
今も放課後のこの学校のどこかの部屋で、語り合っているかもしれない。
「何か、良くないか?」
冬樹の性癖が垣間見えた。賛同するのは悔しいが、まあ、俺も嫌いではないシチュエーションではある。
「俺はどっちでも良いよ。そうだな……男子にも人気の快活系と女子達の憧れのお嬢様のカップル。……ちょっとベタだが、俺も性癖を暴露しよう」
「フッ……悪くない」
冬樹はさわやかに同意する。
「実際そんな友情があり得るのかってとこだけどな」
「まぁ、僕達でも仲良くなれてるんだから、女同士ならもっと簡単に成立するんじゃないか?」
学校。高校生。共学。反対カップリング。
「遊び」は続く。
「架空の」物語。主人公の二人が語らうのは、当然放課後の教室。
他のクラスメイトは、部活したり帰宅したりで誰もいない。
西日が射し込む部屋に時折風が入ってきて、火照り始めた身体を冷やしてくれる。
という設定。
「な、なんか具体的すぎないか?」
「実際暑いし。……季節は初夏としておこう」
学校。高校生。共学。反対カップリング。放課後の教室。初夏。
「二人の関係が進むイベントが必要だ」
「夏だと定番は、海か」
何を考えているのやら、俺を見る冬樹の視線が妖しい。
海、正直面倒に思う。
プールの授業がない我が校の生徒は、どこかで泳ごうと思えば水着を準備しなければならない。
人なのか水なのか、どっちか分からないところにわざわざ飛び込まねばならない。
塩辛い謎の水は帰るときにはシャワーで流さないといけない。
「……水着を買いに行くイベントは避けられないね?」
「それは止そう。俺達にダメージが入る」
「咲良となら……そうだな、サイクリングで少し遠出くらいか」
「冬樹、物語の中のことだから……俺を出すな」
「いや、実際テスト終わったらどっか行こうよ、とか思ってたらサイクリングを思いついただけ」
暑そうだ。感想としてはそれくらいしか思い浮かばない。
「で、目的地の海に付いたら」
「結局海に行くのかよ」
山を越えたら海が見える、それがイメージできた。
たしかに、ここまで来るための苦労を考えなければ最高の気分だろう。
「好きだ~!って叫ぶんだ」
「おい……」
「……当然物語のほうだ」
何照れてんだ。そんな顔で照れられるとこっちまで妙な気分になるだろう。
校庭の部活動の声は止んでいた。
今この世界に存在するのは、俺と冬樹だけと錯覚してしまうくらい、急に静かに感じた。
学校。高校生。共学。反対カップリング。放課後の教室。初夏。遊びの相談。
百合談義のはずが、いつの間にか俺たち自身のことになっているじゃないか。
「……今日はもう帰ろう」
「そうだな」
夕焼けの中にも、夜の暗さが混ざる時間。
俺達はゲームの話なんかしながら、分かれ道まで一緒に帰る。
「さらば」
「おう」
冬樹のほうの信号が青になる。横断歩道を渡っていく
テストが終わって、海まで自転車で行って、海が見えた時に俺が叫んだとしたら。
冬樹はどんな顔をするだろう。
放課後紳士協定 大星雲進次郎 @SHINJIRO_G
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