第34話 出会いと別れと再会と
また夢を見た。
我が家のアイドルという文字の入っている、私が3歳かそこらだった頃のプリクラをみている記憶の夢。
その夢はアイドルという条件が余計つらかったもう一つの理由でもある。
プリクラの機械のところに踏み台があったけれど、私はまだ小さすぎて踏み台にのぼってもカメラで映るほどの高さに足りなかったんだっけ。
そこで両親が一緒に映らないよう、陰からあるアニメ映画のように私を高く掲げ、二人で力を合わせて知恵を出し合い、工夫しながら撮ってくれたプリクラだ。
まだ小さかったけれど、鮮明に思い出せる記憶。楽しかった思い出。確かに愛されていた温もりを残しているもの。
一緒に映っても良かったろうに、どういうわけか二人は映らないことに全身全霊をかけ、映ってるかどうか確認し合いながら息を合わせていて、私はそんな二人の様子が面白くて大笑いしていたっけ。
確かに大切にしてくれていて、幸せだった日々の思い出の欠片。
それが余計に胸に刺さって痛くて苦しいけれど、あたたかくて心地よい思い出でもあった。
場面が変わり、私のことを脅してきて意地悪してきていた男の人が、父親に「うちの子になぜそんな意地悪なことをするのか」と聞かれているのを見聞きしていた記憶が流れてきた。
私たちが住んでいる国の歴史加害をネタに加害者呼ばわりされ「そんな昔のこと……うちの子は関係ない」と困ったようにしながら加害者の男とやり取りしていたところだ。
理不尽な目に遭っていたのは差別によるものだったのか。小さい頃は何を話しているのかちっともわからなかったけど、今こうして夢に見ていると理解できる内容だった。
ただその国に生まれただけで、何もしていないのにこんな目に遭わされていたなんて。家族もろとも……。
本当に正義感たっぷりに加害者を懲らしめたいのであれば、差別主義者や未だに根強く残る悪しき思想の持ち主たちを狙えばよかっただろうに。どうしてうちの一家を?
「最初から正義なんて関係ないただの差別だったからだよ」
どこからともなく夢鏡らしきやつの声が聞こえてきた。
知ってしまうと呆れてしまう理由だった。
同じ穴の狢。木乃伊取りが木乃伊になるなんてよく言ったもんだよ。
恨むどころか、正義感たっぷりに暴力をふるい、自分がヒーローだと信じて疑わない人間がどれだけ恥ずかしくて愚かなものなのかを考えさせられてしまった。
同じようにだけはなるまい。
たくさん分裂した私、他の世界の私も同じようにだけはなってほしくないと強く思わされもした。
頼むから同じようにだけはならないでほしい。
これって、私が求めた格好良さとはかけ離れてるし、同じことをやってしまいかねない原因だ。
同じことをしてしまわないよう、常に自分に問いを投げかけ続けよう。
本当に正しいことなのか?間違っているんじゃないのか?意図的に操作されたものじゃないのか?様々な疑問を。
自分が絶対正しいなんて思い始めたらきっともうおしまいなんだ。
どんな理由があっても、精神的にも身体的にも暴力を振るわれてはならないんだ。
自分に問い続けることで、いつか迷って悩む時が何度も来るだろうけれど、迷うためではなく、より良くなり続けるために、疑問を持つことをやめてはいけないんだろう。
疑問を持つことを忘れないように。
場面が変わり、大人になってからも「調べたらすぐわかる」と言われながら、先祖に片親がいるのを理由に自国の人間ではないと言われ、ここでもまた排除されている夢を見た。
私が死んだ後だろうか?覚えがないな。
差別していじめ続けていた相手、つまり私の先祖が加害者たちの「同胞」だった可能性を考えたくない上に認めたくないし、そうであってほしくないらしい会話の内容まで夢に流れてきた。
「さて、問題!調べたらすぐわかる上に、調べて出てきた親戚に連絡をとりやすい人ってだーれだ?ヤクザがわざわざお金出してまで調べたと思う?さあ、君ならすぐわかるはずだ」
さっきの声もそうだが、これは夢鏡・陰じゃなくて夢鏡・陽だろうか?いつもより少し元気良さそうに話しかけてきたけれど、この夢はお前の仕業か!?
疲れを感じながら、呆れながら、いったいどんな人か考えるのに苦労はしなかった。
誰のことを夢鏡が問題に出してきたのか、私のことをこの国の人間じゃないと誰が話していたのかすぐわかったからだ。
頭に思い浮かべただけで「そう、正解だ」と夢鏡が答えてくる声が聞こえてくる。
何のためにこんな夢を?
頭の中で思っただけで伝わるらしいから、声に出さずに尋ねてみたけれど、返事が返ってくる代わりに続きらしきシーンを見せられた。
とある国の子孫だと都合が良いという理由だけで、先祖のもう片方がどこの国の人間か勝手に話されている内容だった。
真偽は知らない。だって、一般的な人間にとって調べるのは簡単でもなんでもないからね。
しかし、夢鏡はなぜこんな夢を?
差別主義者と関わるとろくなことにならないのを教えるため?それとも、同じようにならないようにするための忠告だろうか?
夢を見せられた理由がわからないなりに、自分の心の在り方に気をつけなければならないと思うのには十分な夢だった。
差別主義者たちが向かう先は、非難されていたこの国の過去の行いの繰り返しだ。
どこの国の人間かなんて関係ないだろう。
目が覚めてすぐに夢鏡の姿を探したけれど、やつの姿はどこにも見当たらなかった。
「まったく……」
もう日課になりつつある、保護した子供たちの面倒を見ながら、いつも一緒に子供の面倒を見ている日鏡に改めて氷漬けにした件を謝った。
本人は目を丸くし、全然気にしてなかった上に謝られると思っていなかった様子でほのぼの笑いながら許してくれたけれど、それじゃ自分の気が治まらなかった。
でも、さらに謝ってお詫びをしようとすると日鏡はさらに困ってしまったので、代わりといってはなんだけれど、同じことを繰り返さないために質問させてもらった。
日鏡は火ではないのか、なぜ凍ってしまったのか。
すると、日鏡は困ったように眉を八の字にしたあと「どこから話そう……」と呟いてしばらく黙り込んでしまった。
「もし話しづらかったら無理にとは」
しかし、日鏡は笑いながら首を横に振って「話す順番で困ってるだけだよ」と言ってくれた。
しばらくして子供たちが昼寝をしている間に、ようやく話の順番を決められたらしき日鏡がさっきの質問の答えを聞かせてくれた。
夢の世界にいる魂の影法師のお兄さんに、夢衣を使ってドラゴンの卵にされ、そのまま卵から孵ってドラゴンとして生まれ変わってしまったらしい。
「え!?じゃあ、ただの火じゃなくって……」
「そう。だからなのかな?それから寒いのがすごく苦手なんだ。ドラゴンも爬虫類だからかな?氷が苦手になっちゃったんだ」
納得しながら頷いていると、日鏡がしばらく目を閉じたかと思えば、尻尾と翼が生えてきてパタパタと動かして見せてくれた。
うわあ、めちゃくちゃ格好いい!良いなあ!
本当は叫びだしながら褒めたい気持ちにブレーキをかけつつも、目を輝かせながら日鏡を凝視してしまっていると、恥ずかしそうにしながらすぐに尻尾も翼も隠してしまった。
あっ!もうちょっとみていたかったな……。
あからさまに残念そうにしてしまうと、日鏡は慌てた様子でまた尻尾と翼を出してパタパタしながら見せてくれた。
ちょうどいいタイミングで昼寝から起きたか、寝たふりをしていた子が日鏡を見て大はしゃぎした。
「すごーい!ドラゴンだー!本物だー!本当にいたんだー!」
その声を合図に、他の子たちも昼寝から起きて大はしゃぎしながら日鏡を取り囲み、翼も尻尾も触られ放題触られていた。
「あわわわわ。危ないよ!怪我しちゃうよ!こういう時は順番だよ!」
日鏡は大慌てになりながら、順番に並ばせようと頑張っている。
私も加勢しないと本当に押し合いへしあいで怪我する子が出るかもしれない!なんて思ってしまうほど子供たちの勢いはすさまじかった。
普段はたいしたことにならないだろうと静観している私だったけれど、列になって並びやすいよう床にテープで線を引き、一人ずつ順番に並ばせることに成功した。
一人につき、翼一撫で尻尾をワンタッチで何度でも順番に並べるようにすると、これがまたうまくいった。
子どもって不思議なもので、飽きないのか元気がありあまっているのか、何度も何度も並びなおして日鏡の尻尾も翼も何度も揉みくちゃにされまくっていた。
でも、懐かしくもなる光景だった。
私がまだ幼いころ、ひたすら同じキックボードにのってグランドを駆けまわり、ひたすらトランポリンでジャンプしてた時期があったのを思い出させる光景だった。
そうして、小さい私がどんくさい失敗をしたり、楽しく遊んでいる様子をみながら、両親が「同じことしてる」なんて言いながら懐かしそうに見守ってくれていたことも。
こうして無邪気に遊んでいる子たちのやってることって、きっと、誰もが通ってきた道なんだろうな。そうであってほしい。
そう願う一方で、すでにこの子たちは親に売られたり連れ去られるという怖い経験も積んでしまった子たちなのだと頭の片隅で憂いてしまう自分がいた。
引き取ってきた最初のうちは夜泣きが酷かったっけ。
夢鏡の助けもあり、人間暖炉と献身で信頼を勝ち取った日鏡のおかげもあり、今はだいぶ落ち着いた方だけれど……。
これからの生活に影を落とさないかがとても心配でならなかった。
でも、日鏡のおかげで、きっと何とかなる気がした。
雷の精と影の精だけでなく、たくさんの精霊をここに遊びにこさせているし、あっちでの悪い経験が全部悪夢で、こっちがファンタジーのような現実になれば、きっとなんとかなってくれると願いながら、一生懸命みんなで世話をして見守っていった。
あれから月日が流れ、子供たちと私たちで流れる時間の早さが違っていることに気づかされた。
この空間によるものなのか、違う世界の人間故なのか、私たちにとっての一年間の間にみんな大人になって子供を作り、年を取って死んでいってしまった。
精霊じゃないユキも例外ではなかったけれど、二人でどこの誰よりも長くて楽しく優しい時を共に過ごせて幸せでならなかった。
また出会いをやり直し、また仲良くなれて、今度は最後までずっと傍に居られた。
短い間だったけれど、心配していたようなことにはならず、みんなで畑を耕し、お店を開かせたり、やりたいことを好きなようにやらせて暮らしてもらうことができた。
自転車で旅に出て童話の世界で修行している間が特にそうだったのだけれど、お金がいくらあっても、食べ物や資源という現物がないとお腹を満たせなかったしなにもできなかった経験をここでフルに活かした。
雪鏡の作った子供たちと暮らす空間では資源を特に重宝し、お金はその次の立ち位置に置いた。
お金がいくらあったところで、取引できるものがないと何の役にも立たないものだ。
その上で、まずは食べ物からだ。
私は親の様子を見て手伝っていただけのド素人だったので、みんなで畑の耕し方を一緒に学びながら作物を育て、風車や水車の活用し方を一緒に勉強し、子供だろうが大人だろうが自分の意見を言いやすい環境をルールと雰囲気と心構えをしっかり作ることで整えていった。
人の意見を馬鹿にしない。
根拠や理由を聞いてみる。勘でもなんとなくでも大丈夫。
反論があっても否定はなるべく避けるように。
反対意見だろうが、賛成できる意見だろうが、他人の意見も尊重する。
例えば、賛成や似通った意見があれば「〇〇さんの意見と同じように」や「〇〇さんの意見のここが好きだし、自分はxxを加えてこんな考えを持っています」とか「偶然意見があった」とか、様々な言い方だ。
他に良い言い方があればそれを褒めたりなんかして、切磋琢磨できるように、潰し合いにならないようにルール作りに専念してみた。
もし非人道的な意見が出てきた場合でも、否定よりも、なぜそう考えたのか、やはりここでも理由や根拠を聞くよう、あらかじめルールを作っておいた。
ここにいる子たちはほぼ売られたり捨てられたり、連れ去られた子たちだからだ。
もしかしたらトラウマがきっかけになっているかもしれないので、みんなで理由を考えるのを止めないよう、相手の心の傷に寄り添えるようにするためでもある。
流れる年月の違いからか、いつしか子供たちの子孫たちとは少し離れたところから見守るようになったけれど、見ていて面白いものだった。
どんどん家が建ち、技術も文化も発展し、私たちはもういらないんじゃないかと思っていた矢先の真夜中のことだ。
直接面倒を見ていた子が経営していたラーメン屋に明かりが点いているではないか。
この家にはもう誰も住んでいないし、お店も畳んだはずなのに、誰かが新しくラーメン屋でも始めるのだろうか?
おそるおそる戸に手をかけてみると、鍵がかかっておらず開くではないか。
ここを経営していた子たちが亡くなった後埋葬し、片づけをした後鍵をしていたはずなのに。
ホラーもお化けも苦手だったけれど、ラーメンのスープの良い香りが漂ってくるので、そうっと中を覗いてみた。
中には月鏡と精霊の方のユキ、影の精がいて、他にはうっすらと見える影がちらほら。
知っている顔がいたことに安堵しつつ、雰囲気もさほど陰険ではなく、どちらかといえばほっとするような朗らかさがある。
「何してるの?」
ここにいるみんなに聞いてみると、月鏡はむすっとしながら「見ての通り」と返事をし、精霊ユキは「ラーメン作りの手伝いだよー」と答えてくれた。影の精はニコニコしながら調理を手伝いつつ腕を振り上げて返事をしてくれた。
うっすらと見える影は人の形をなし、生前の大人になった子の姿になって手を振りながら笑いかけてくれた。
「笑わないで聞いてくれる?」
月鏡はまだむすっとしながら話しかけてきたけれど、笑われるかもしれないって不安があるから最初から不機嫌そうだったってことかな?
心の中で推測しながら「言ってみて」と答えると、月鏡は顔をうっすら赤くしながらため息をついた。
まだ喋るのを躊躇しているらしく、しばらく黙ったかと思えば「降霊が得意なんだ。幽体離脱と……」なんて言い出すから目を丸くしてしまった。
一番言わなそうな言葉と、一番イメージとかけ離れている能力で驚きを隠せないでいたせいか「だから言うの嫌だったんだ」なんて不貞腐れてしまった。
「ごめん……」
心からすまないと思うと同時に、月鏡はそういうスピリチュアルなんかよりスナイパーとか忍者みたいなゴリゴリの暗殺者の方が似合ってそうだったから驚きを隠せという方が無理がある。
これが私の偏見で先入観なのは十分承知の上だったけれど、意外に思わずにいられなかった。
偏見と先入観なのを自覚していたからこそ、口には出さずに黙っていられたことでもあるが……。
やはり人は見かけによらないってことなのだろう。
自分の中に渦巻いた様々な感情をしみじみするところで着地させると、どうしてラーメン屋を真夜中に再開させていたのかなんとなく分かった気がした。
「もしかして、ラーメン屋に悔いが残っていたとか?それとも、久々に帰ってきたらやりたくなったとか?」
気まずいのもあって話を逸らす目的もありつつ、理由がとにかく気になっていたから素直に聞いてみると、ラーメン屋の店主をやっていた子は穏やかな笑みを浮かべながら答えてくれた。
「実は月鏡さんがうちの常連さんで、よく食べに来てくれてて。お盆に帰ってきたときにまた食べてもらいたいなと思ったんです」
事情が分かって納得すると、月鏡は顔を真っ赤にしながら俯いていた。
そういえばお盆だったか。なるほど……。
どうして今夜帰ってきたのか、頭の隅で疑問に思っていた謎が解けた瞬間だった。
他にも、このお店の常連だったらしきお客さんが暖簾をくぐり、ゾロゾロとお店に入ってきて言葉を交わしていた。
この調子だと、生前と同じように今夜も商売繁盛だね。
私としては棚から牡丹餅で美味しいラーメンだったけれど、月鏡の日頃の行いと身に着けていたできることのおかげで、素敵な真夜中のラーメン屋が営業再開していた。
一夜限りの素敵な再会だったはずが、それ以来、毎年お盆になるとラーメン屋に幽霊が集まり、亡者の名店になったのだとか。
人との出会いと別れがあっという間で、紡がれて変化していくものがある中でも、変わらないものもここにはあって感慨深くなる日々だった。
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