第21話 ループ

 前回のループと同じように、空のカードを精霊たちに渡した。


 今回はちゃんと影の精に事情を話し、カードをたくさん作らないよう、無理も無茶もさせない予防線を張っておいた。


 そんなことして死なないかって?


 雷の精に低空飛行するようお願いして災難を避ければ良いだけのことよ。


 いくら運が悪かろうが起きることがわかっていればいくらでも対処できるもんね!やった!


 同じ場所へは大体の方角を覚えているから、同じ道筋なんぞわざわざなぞらなくてもなんとかいけるっしょ。


 同じ場所にいけない気がして、同じ道筋たどろうとか考えちゃってたけどなんとかなるさ。


 ついでに、前のループで何があったか雷の精と影の精に簡潔に話し、影の精にお礼を言った。


 あのあと再会できなくて言えなかった分のお礼だ。


 影の精はカードをチラチラ見ながら、本当に用意しなくて良いのかと文字で尋ねてきたけれど、大丈夫だと笑って見せた。


 どうせ巻き戻されるし、なんとかなるさ、きっとね。


 予防線はしっかりはれたはずだ。はれてなかったら次はより良い対策をすればいい。


 あとは同じ方角に向かって雷の精に運んでもらうだけ。無理も無茶もしてもらわずに。


 しかし、同じ道筋をたどらないということは予測不能の事態と直面するということでもある。


 めちゃくちゃ高いとこ飛ばなければなんとかなるっしょ!運が悪いって言ってもさ。


 すごく楽観的に考えつつも、本当は不安で仕方がなかった。


 かといって、影の精にカードをねだって無理させるのは嫌だったから、不安でもできる限りのことをしてなんとかしようって決めていた。


 こうなる前か旅に出る前に、魔法貯めたカード作っておけばよかったなあ。


 己の準備不足を嘆きながら、雷の精にお願いして二度目のフライトを決め込もうとしたときだ。


 影の精が心配そうな顔をしながら服の裾を引っ張ってきた。


「どうしたの?影ちゃん。雷のおっちゃんは安全に空へ導いてくれるから大丈夫だよ。そういえば、高所恐怖症とかあったりする?」


 前回恐怖症があるかどうか確認してなかったなと思いながら聞いてみると、影の精はゆっくり首を左右に振った。


 どうしたんだろ?


 首を傾げると、影の精はそっと影の力が宿ったカードを一枚差し出してきたではないか。


「えっ」


 驚きながら影のカードを見、影の精を見ると、影の精は後ろめたそうな顔をしたあと、キリッとした顔つきでこちらを見上げ、カードを両手で持ち直して差し出してきた。


「良いって言ったのに……」


 申し訳なく思いつつ、受け取らないのはもっと悪いと思って、宝物を触る時のような心境で大事に受け取った。


 カードを受け取ってすぐ、影の精はとても嬉しそうな顔で微笑んでくれた。


「本当に天使みたいな子だよね。影ちゃんって」


 胸の内に秘めている本音がつい口から出てきてしまい、自分でも驚きながら照れてしまった。


 影の精は目を丸くした後、顔を赤らめながら照れている様子だ。


「私は影ちゃんに何を返せばいい?」


 これも前回聞けなかったことだった。


 影ちゃんには返しても返しきれないくらいの恩ができてしまった。


 さらにカードまで用意してくれて、私は本当になにをすればいい?なにができる?


 いつになく真剣に悩んで考えながら聞いたけれど、影の精は考え込む仕草を見せた後、地面に石で「元気で幸せに生きててほしい」と書いてくれた。


「やだっ!影ちゃんっ!それでもなにかお礼させてよ。何ができるかわからないけど」


 親馬鹿が子供に感激して涙腺崩壊させるように、影の精の言葉に目を潤ませながら両手で口元を抑えていると、雷の精から茶化すような調子でツッコミが入った。


「おーいそこのバカップル。そろそろ出発するぞ」


 私は影の精に親馬鹿な感情を抱いたつもりだったけれど、周りからみたらカップルだったってことか。


 影の精は照れくさそうにしつつ、ニコニコ笑いながら雷の精の元へ駆けていき、加護を受けてフワフワ浮き上がった。


 バカップルと言われたからか、過度なほどの照れくささと反抗的な気持ちが湧いてしまい、二体の精霊のところへ行きづらかった。


 気持ちが落ち着くのを願いながらゆっくり深呼吸をする。


 私がまだ小さかった頃、照れくささを爆発させ、思いっきり人を殴ってしまったのを反省した結果得た対策だ。


 精霊二体はその間じっと待ってくれていて、ゆっくり気持ちの切り替えができて、一歩踏み出すこともできた。


 失敗があって、どうにかして良くしたいと思った結果得られたものだ。


 成長を実感しながらちょっと得意げになりつつ二体に近寄っていく。


 雷の精はニタニタしながら加護をくれて、また照れ隠しをしそうになったけれど、何とか抑えた。


 よし、これでまた空の旅だ。二度目の挑戦。


 最初は何もない旅路で、一休みしてから波乱万丈だったっけか?


 記憶の糸をたどっていると、前回とタイミングも流れも旅路の高さも違ってしまったからか、地面からでかい木が勢いよく伸びてくる現場に出くわしてしまった。


「危ない!」


 雷の精のおかげでぶつからずにすんだけれど、一歩間違えば直撃していただろうな。


 運が悪いとはいえ、災難が必中するわけじゃないことに心から感謝した。


 もしもっと運が悪かったら今までの災難全部直撃してたんだろうな。欲を言うと、そういう出来事に出くわしたくないんだけどな。


 命あっての物種ってやつかな?なんて思いながら、木を観察してみた。


 ジャックと豆の木の木じゃないか?


 雷の精に導かれて空の旅をつづけながら、前と違う場所、早いタイミングでの豆の木について考えを巡らせた。


 やはり、同じことを完璧に繰り返さないと、行きたい場所へたどり着けない可能性があるな。


 今回失敗してたどり着けなくても、きっとまたたどり着けるさ。


 結構楽観的に構えて考えていると、今度は背中に鈍い衝撃が走った。


「ぐえっ」


 落下。またしても落下だ。


 前と同じように雷の精は叫び、影の精が一生懸命手を伸ばしてくれていたけれど、私の落下は止まることがなかった。


 巻き戻るのがわかっているからか「私の不運は一騎当千なり!」なんて頭の中でふざけたことを考えつつ、影の精がくれたカードを手に取った。


 前はどうやって助かったかわからないので、実験的に吸引を使ってみようと思って取り出してみたけれど、風にあおられて手からすり抜けていってしまった。


 これはさすがに死んだか?!死んだ!死んだ!!また来世!


 どうせ巻き戻るんだからなんて思っているせいか、ちょっとふざけた思考になっていた。


 真面目にやっても最初からだぞ?もしかしたら少し自棄になってるところがあるかもしれないな。


 背中の激痛を味わいながらいろんなことを考えつつ落下していたからか、前回同様、落ちながら気を失ってしまった。


 違うパターンで二度も同じ気絶かー。我ながら悔しいなんてもんじゃすまないな……。




 また同じ夢だったけれど、今まで同様に欠けていたピースがはまっていく夢だった。


 夏休み、図書室で演劇の部活をしていたときのことだ。


 タマの視点で、OBがくると騒いでいる先輩たちの話を聞きながらユキに「OBって何?」と聞いているところから。


 まーたこのしんどい夢か。


「なんでこいつがいるんだよ!」


 喚くように叫びながらタマを見て騒いでいるそいつと、そいつが誰かわからないタマと。


 顧問の先生がそいつを廊下へ連れていき、なにやら話をしている。


 部長もそこに加わり、一部のOBとやらも話を聞いているところだ。


 一方、図書室でタマは先輩方からあれと知り合いか聞かれていて、知らないと首を振っていた。


「記憶喪失になってるんじゃない?」なんて騒ぐ先輩たちがいる中、タマはパニックになりながら否定していた。


 私から見てもお前は欠けてるよ。否定したくなる気持ちはわかるけどな。自分視点だとそういうのって気づきづらいもんなんだな。


 あくびが出そうになりながら見守っていると、例の無視するいじめが始まる前まで夢がすすんだ。


 夏の公演が終わり、次の台本を決める前のことだ。


 先輩に冷たくされだしたタマは、ユキが一緒にいじめられないか不安で心配になって、ほんの少し前に好きな人の話をされて少しショックだったことを利用し、ユキを突き放そうとしていた。


 ユキはまた急に怒られてもわからないと言い出し、タマは怒っていないといって喧嘩が始まるのを耳にタコができそうになりながら見守った。


 さすがに見飽きたな。好きな映画やアニメでもこんなに繰り返しみたら飽きそうな回数は見た気がする。


 好きでもない喧嘩の記憶なんか見続けてたらさすがに気が狂いそうだなー。


 なんて思いながら、さして気が狂いもせずに見ている自分はいったい何なのかと考えそうになっていたときだ。


 同じ流れで喧嘩が収束していったけれど、先生と横槍いれていた輩との会話が新しく追加されていた。


「うちらの安全はどうなるの?なにかあったら先生責任取れるんですか?」


「今のところまだなにもしてないでしょ。犠牲になったのは今のところ一人だけ」


「先生も信じてないじゃないですかー!あの噂やっぱり本当だったんだって!」


 そのやり取りを見ていたユキは拳を握り、震える声で「先生にも先輩にもああいうこと言ってほしくない」なんて言っていた。


 タマは相変わらず何が何だかわかっていない様子だ。


 そらそうだろうよ。やってもないことをやったことにされて、勝手に噂話をしつこく掘り返され続けてるんだからな。誰も直接聞いたり確認したりもしないで、関係ないところで勝手に判断して勝手に盛り上がって馬鹿らしいったらありゃしねえぜ。


 自分だけの体があったら大あくびをかましそうだ。


 しかし、これは面白い上に大事なピースだとも思った。


 タマはわかっていないし気づいてないようだが、ユキはこの時点ですでに噂を作って流してたことになるだろう。


 友達として仲良くなりたいってタマの言葉と周りの反応。そしてユキのこの反応と……。


 興味深いピースだ。




 またしばらくして記憶が流れていき、廊下でユキが友達と話しているのを見かけたタマの記憶が夢として流れてきた。


「あんなのと仲良いわけないじゃん!あ、やべ!」


 タマはもしかして自分のことかと思ってショックを受けたようだったけれど、その後の部活で「タマちゃんのこと悪く言うわけないじゃん。じゃないと話しかけにきたりしないでしょ?」なんてユキが言っていた。


 タマは多分気づいたようだったけれど「信じて」というユキの言葉を聞き入れて信じることにしたようだった。


 タマの選択は優しさを通り過ぎて愚かだと言わざるを得なかった。ここまできたら呆れるほかない。そんなんじゃ私と同じ境遇だった時に生き延びれないぞ。


 イライラしながらタマの選択を見守りつつ、はまっていくピースを楽しんだ。




 次は自転車で追突寸前までユキが近寄ってきたときの話だ。


「タマちゃん、学校で良い子にしてる?」


 ユキが話しかけてきてすぐあとに、欠けていたらしき会話が増えていた。


 タマは良い子かどうかについて持論を展開していた。


「全員に優しくするのやめたんだ。優しくしても意地悪してくるし、人のこと勝手に決めつけて好き放題いってきてさ。別に優しくしてほしくて親切にしてきた訳じゃないけど、なんか……モヤモヤする!腹立つ!」


 今まで限られた時間に愚痴をこぼさないよう気を付けていたらしかったのに、この時ばかりは我慢の限界だったのか、愚痴をたくさんこぼしていた。


 いじめられてるなんて微塵も思わないようにしていても、腹が立つことにかわりはなかったようだ。


 ユキはタマの愚痴に「うちもそれはすごくよくわかる。全員に優しくしても意味なんてないし、人のこと知らずに勝手なこと言って。でも、うちはタマちゃんにはなにもいえないなあ……」なんて元気がなさそうに返事をしていた。


 ふむ……。つまり、最初はユキもタマが悪いやつだという前提で関わってたのか。


 でも、関わっているうちにユキはタマが噂通りのことをしてないって気づいたわけだ。


 本人はユキが噂を作って流したことに気づいてないし、誰も流した噂と陰口なんか信じてないからそのままですまそうとしてた。


 でも、廊下でタマとユキにキモいとか可哀想とか、昔やらかした相手からタマにヒントを与えられた時にアトピーの話とすり替えて誤魔化した。


 部活のメンバーは本当は何もないのを知ってか知らずか、変な目で二人を見守ってたわけか。


 しかし、そこにOBが昔立てられた冤罪を持ち出して騒ぎを起こし、ユキの噂を真に受けて信じる輩が出始めたってわけだ。だからタマは無視されだしたと。


 それでユキとタマの激しい口論が起き、先輩や先生の仲裁が入って約束をとりつけたわけだな?


 ユキとしては、昔のことが本当にあったかどうか知りたかったから持ち掛けた約束だったけれど、嫌な方に悪用されたわけだ。


 先生たちのタマを信用してないやり取りに腹を立てたユキは、先生が違う学校へ行くようなんらかの手段で異動させたってわけだ。


 だってユキは噂なんて嘘だって知ってるんだからな。


 だから先生が違う学校へいくときに「そうなって当然のことをした」っていって、先生のことをみてたのか。


 で、タマがレベリングせずに進めたゲームを見に来たユキとの会話が引き金になって、ユキが父親にいろいろ話しちゃったわけだ。自分でなかったことにしようって提案したことを破ってまで。


 それで激怒した父親がタマに嫌がらせしたり進路を潰すよう指示を出したと。


 廊下での陰口は、噂が本当だと信じられてしまった上に、タマがいじめられ始めてしまったから、裏では嫌いだとか仲良くないとか言ってたのを見聞きされちゃったから言い訳をした。


 本当は退治したかったけど、悪いことをなにもしてないのがわかってしまった。


 申し訳なく思ったユキは、タマのために頑張りだしたのかな?


 噂を誰も信じてなくて、そのままですませれたのに、爆弾投下されてさぞ焦っただろうな。


 にしても、やってること同じなのになんじゃそりゃ。


 誰のことかいわずに、許せないといっていたのは、自分の邪魔になる噂だったからか、やきもちか、はたまた違う理由か……。


 ある時ゲームを褒めてほしかったタマがユキにいった言葉がユキの逆鱗にふれ、怒ったユキは自分でなかったことにしようと言った喧嘩もなにもかも父親に話したわけだ。


 で、子供の喧嘩に大人が介入しちゃって余計拗れて大変なことになったんだな。


 昔の噂話を流布されたり、大人の介入で自分の手に負えなくなって、結果的にタマもろともユキ自身を追い詰めていったわけか。


 タマに言いがかりつけてきた女も、大人の介入で手に負えなくなっていってたなあ。


 結局、私らの父親が言っていた通り「子供の喧嘩に大人が介入したら良くないことになる。子供は嘘を付いたりするのに信じ込むのは危ない」って言葉が的を射ていたわけか。


 私はそれに、当事者間の問題に首を突っ込むなを加えたいね。助けを求められた、端から見て助けが必要で、片方じゃなく両方の話に耳を傾けたならまだしもな。


 全部信用しないのもどうかと思うけど、大人が代わりにやり返すのは確実に間違っているってことだよ。


 子どもの支えになるとか、子どもをいじめから守るために、大人は大人同士での会話ややり取り、法的な行動が大事ってことになるんだろうか。それでも変な親はやばいことしかしなさそうだが。


 しかし、これはあくまでタマとユキのやり取りと、周りをとりまく環境からの推測だ。家庭では実際どんなやり取りがされたのかがわからないからなんとも……。




 推測や推理をしていると悪夢でもなかなか面白いもんだ。


 見飽きた、聞き飽きたものばかりでつまらなくなっていたけれど、ユキにタマが大学いって下宿する話に追加の話があった。


「大学いって下宿したら、一緒に住まない?私なんかと住むの嫌だと思うから、私は外で野宿して、先輩は部屋を使って良いからね」


 追加ってほどでもないけれど、冤罪を晴らすのにほんの少しは有効そうな話だった。


 あとはほとんど流れが同じで、一緒に住む提案をしたタマが男の子たちに笑われたあと、ユキから話しかけにいっていたのを見られたユキが焦って立ち去る前のことだ。


「もう会ったらダメだけど、うちはなにがあってもタマちゃんの味方だから信じてほしい。嫌いになんてなったりしない」


 もしかしてこの言葉も忘れてたのかな?なんてあきれていると、タマは混乱しながらユキの肩を持つために出来事を忘れたのもそのまま同じ流れだった。




 あくびがでそうなだけじゃなくて、一度殴っていいかな。


 うとうとしそうになっていると、部活で男の先輩たちが誰かにお願い事をしている会話が聞こえてしばらくして、ユキがタマにたこ焼きを持って会いに来ているところだった。


 タマは大喜びだったようだ。


 嫌いにならない、味方するって言ってくれてたもんね。私のこと大嫌いじゃないみたいでよかった。


 なんだ、覚えてるじゃん。


 そんなことを思っていた矢先に例の質問をされ、タマは正直に「汗がひどくて」と答えていた。


 そのあと急にユキは家を飛び出してしまい、タマは信じてもらえなかったのだと勘違いしていた。


 だって、男の先輩たちの指示でやめるようお願いされてきたってことでしょ?会いたくてこっそり会いに来てくれたわけでもなく。でも、信じてほしいって……。


 そんなことを思いながら混乱し、緩やかに絶望していったのをまざまざと見せつけられた。




 それから誰が味方をしているのかもわからないまま、家の前でひどいことをたくさん言われて笑われ、自暴自棄になった末に、先輩同士がグルだと勘違いして日記に爆発した内容をぶちまけていた。


 バカだなあ。でも、こんな事立て続けに起きたら仕方がないか。




 そうしてしばらくしてユキが死に、一人で頑張っていると言われていたのが誰だったのか気づいてひどく自分を責めたようだった。


 私のせい。信じてあげられなかったから。


 自責すんのも結構だが、ほんとにお前のせいだけか?


 私なら、関わりたくないから死ぬと言われてもユキとの関係を容赦なくきるか、部活やめるかしてとっととはなれてたぞ。


 それに、ぶっちゃけ情報が少ないと気づけないしわからないもんだろ。


 巧妙な手口で陥れようとするやつらが多かったんだから環境も年代も悪かったろうし、自分だけのせいではないだろ。


 それに、いじめを受けだしたと思ったならさっさと部活辞めちまえばよかったのに。無理とか無茶とかしないでさ……。


 精神的に追い込むようなこと言われ続けもしてたんだし、言っても理解してもらえないのだから、あとは自分の身を守るしかなかっただろうに、無理も無茶もして立ち向かいやがって。


 自責を否定はしないけどな。実際お前って察しが悪いし無理も無茶もする上に人付き合い下手くそだから。




 タマが大人になってからの夢もみた。


 ヤクザが先生から「噂信じて大学に流したのをなかったことにしてほしい」と頼まれてでたらめなでっち上げの嘘を言ったりもしたようなのを見たけれど、ここまで来たらなんかどうでもよかった。


 他にも、タマがユキを英雄に仕立てようとして勘違いされた上に上手くいかず、正義感たっぷりになりすまされて酷いこと言われたのも。


 やつがなぜ引きこもっているのかを考えるのには十分な情報ではあったが……。


 大事に守りたかった人が噂流していじめてるってはっきりしちゃって、本当は嫌われてたんじゃないかとか、ユキの本音がわからなくなっちゃって、過去の楽しかった思い出に閉じこもりたくなったんだろ?


 憶測でしかないけれどさ。




 悪夢も楽しんでいればあっという間にすぎてくれるもので、目が覚めると背中に激痛があるだけで同じ石畳の上で寝そべっていた。


 石畳の上で二度と寝たくないくらい体が痛い。


 下手したら追突された背中より痛いかも。


 全く同じ景色と石畳……。もしかしたらこの童話の世界における死後がここなんじゃないか?なんて気がしてくる。


 前回と違うのは、闇のゲームに負けた登場人物がそうであるように、私の周りに空っぽのカードが散乱していたくらいか。


 シリアスな展開でこういうシーンがあるならまだしも、私のそれはギャグ漫画に分類されそうだな。


 散らばったカードを拾い終えると、前と同じように風が吹いてきた。まるで見張られているかのよう。


 見張られてようが何だろうが、前と同じようにそちらに向かって歩いていく。


 前と同じで傍に精霊がおらず、ずっと寒気がしっぱなしだ。


 やっぱりここって死後の世界なのか、それとも幽霊が近くにいるのか。もし次があったら気絶しないでたどり着けないか頑張ってみたいな。


 風に導かれるままたどり着くと、同じ小屋と同じ時計塔があり、中にはタマとユキが幸せそうに話していて……。


 タマはユキに「可愛い!」なんていって騒いでいた。


 ちょっと待て!話してる内容まで同じかい!よく飽きないもんだな!?さすがにそこは繰り返さないでおこ?違う話もしてあげて?せっかくループしてるのにもったいない!


 思わずツッコミをいれつつユキをみると、ユキはニコニコ楽しそうだ。


 よく飽きもせずに笑顔で聞けるよなあ……。私なら一発顔面に拳を叩き込んでるぞ。


 恐らく私と同じ顔であろうタマのことは、ためらわずに殴れるだろう。


 にしても、今回も顔は拝めずか……。


 なんとかして中にはいるか顔を拝めないか考えながら、小屋の周りを歩いてまわって観察した。


 なんと、タマとユキの小屋には私の山小屋にすらあったドアがない。完璧な引きこもり小屋だったのだ!


 せめてドアぐらいつけろよ!どうやって出入りすんだよ!煙突か?!サンタさんなのか!?


 屋根を見上げてみたけれど、煙突も見当たらない。どっから出入りしてんだこの二人?!出入りなんてしてないってことか?


 そんなに干渉されたくないの?相当な引きこもり根性じゃない?


 でも、ここまで引きこもっちゃうのも無理ないような出来事を、悪夢を通してたくさんみたからなんとも複雑な気持ちになる。


 小屋をもう一周回って前より詳しく観察してみたけれど、窓ガラスの上にカード一枚滑り込ませれそうな隙間があるくらいか……。


 二人きりで幸せそうにお話をしていて、できれば邪魔したくないし、私としてもずっと二人きりでそうやってれば良いと思うけれど……。


 私は先に進みたい。ずっと同じ話の繰り返しなんてまっぴらごめんだ。


 なんとか平和的にここから出て、二人の邪魔せずにすむならそうしたい。


 だからこそ、話し合いをさせて欲しかった。話し合わずに暴力を振るうのはもっとも平和から遠い行為だ。


 でも、中へ入る手段がないし……。話し声が聞こえるのだから、こちらの声も届きそうだけれど。


 ずーっと幸せで楽しそうにお喋りしてるから声をかけづらいな。


 でも、ループから抜けたいなら話しかけないといけないんだよなー……。もう何回目かもわからない回数話してるだろうし、話しかけても大丈夫だよね?


 そう思いながら、窓ガラスに軽くノックをしたけれど、音がならない上に叩いた感触がおかしかった。


 見た目はガラスそのものなのに、ぼよんぼよんとした跳ね返り。


 なんだこのガラス。まさか……防弾!?防弾ガラスなんか触ったことないけどさ!そこまでしてこもってたいの?


 開いた口が塞がらなくなりつつ、どうやってコミュニケーションをとるか考えた結果……。


 侵入するしかない!


 窓ガラスの上にあった隙間から、たった一枚の影のカードを滑り込ませた。


 あれ?そういえばもらったカード一枚だったし風に飛ばされたのに、なんで手元にあるんだろ?使わずに無事に着陸して、手元に戻ったってこと?


 カードを使いながら頭に浮かんだ疑問は、いくら考えたところで今は憶測を広げることしかできない。


 目の前のことに集中しないと、ずっと同じもんばっかみる地獄からでれないぞ!


 自分に言い聞かせながらカードを滑らせるように隙間から差し入れ、瞬間移動がでるのを願った。


 願いを込め、床へ落ちる音が聞こえるまでカードの様子を見守った。


 窓ガラスから差し込んで直下したら条件がわからなくなる。


 頼む、条件が見える位置まで飛んでくれ!


 願いはむなしく、窓ガラスから差し込まれたカードは直下して、発動の条件は見えなかったけれど……。


 床にカードが落ちる音を聞いてか、タマがついにこちらを振り向いた。


 タマは目を丸くしながらこちらをみている。


 思った通り、私と同じ顔だ。でも、タマのこの反応は思ったより薄い。


 普通に他人が外にいるのを気づいたような反応だな。私が自分だと気づいてないのかな?気づいてない気がするぞ……。


 タマがどう思っているかはさておき、ユキはタマのことばかり見たままだ。


 少し変だな?


 しかし、これはしめたぞ。いや、最悪というべきかなんというか……。


 見られているときといえばあれだ。やりたくないあれだ。


 条件がなにか見えないけれど、見られているのだから確実にあれであることに賭けた。


 ここから出る足がかりになると思えば安いもんだ!


 でも、いざとなると中二病のネタがパッと思いつかないぞ。困った。


 困ったけど、もうこうなりゃ破れかぶれだ。


「時の狭間に揺られ、風に導かれし者!我は生きてここを出る!」


 ブッブー!


 初めて聞く音が部屋の中から聞こえてきた。


 まるでクイズ番組で不正解したときのような音だ……。まさか中二病の条件を満たせなかったってことか?


 ふざけんじゃねえ!誰だ審判してるやつ!二度と中二病なんか出すなって文句いってやるからでてきやがれ!でてこないなら引きずり出してやるからな!


 文句をいいたいけど、今ここで言って意味があるのだろうか?


 行き場のない怒りと羞恥心で顔が熱くなってきたので、両手で顔を覆い隠すと、中からタマの笑い声が聞こえてきた。


 笑ってんじゃねえ!どれだけ恥ずかしいと思ってんだこの野郎!


 手の隙間から睨み付けてやろうと思ったとき、ユキがこちらを向いて驚いた顔をしていた。


 タマは気づかなかったようだが、ユキは私に気づいたらしい。


 勝手に気になって勝手に失恋したのに、ユキと目が合うと、やっぱりまだ好きな気持ちがわき上がってきてしまう。


 なんて自分勝手なんだろうな……。


 今はそれどころじゃないっ。


 見飽きた喧嘩シーンを思い出すことで息を吹き返しかけていた自分の恋心をめった刺しにして殺した。


 この恋はもう終わった。死んだんだよ!


 しかし、もう一度中二病やらないといけないのか、ユキに見られながらっ!


 いっそのこと殺してくれと叫びそうだったそのときだ。


 いつの間にか小屋の中に入っていて、ユキとタマと同じ空間を共有していた。


「いらっしゃい!」


 明るい声で話しかけてきたタマはまだ私が自分だと気づいてないようだった。


 ユキはそれを見てこらえきれずに笑い出しているし、私もつられて笑ってしまった。


 こいつこの期に及んで気づかないのか!同じ顔だぞ!?化けてもなにもないぞ!?嘘だろ、まじか!もしかして目が見えてないとか?


 目が見えてないにしてはガッツリ目が合うし、どういうことだ!?


 タマはキョトンとした顔で、笑う私たちを見ていて、少しずつ拗ねたような顔へと変わっていった。


「ずっと二人っきりでいられるよう、誰もこれないようにしてたのに。たどり着けたってことは悪い人じゃないと思ったんだけど」


 ちょっと怒ってるのか、ヤキモチなのかわからないけれど、唇を尖らせながら私とユキを交互に見ていた。


 ユキは困ったように笑いながらタマだけを見つめてなだめている。


 私はタマにごめんとか、悪かったとか、そういった言葉をかけたいとは一切思わなかった。


 腹立つなあ、このクソガキ。何歳だ?


 それが最初に思ったことだった。


 ユキはタマに手を狐にして突き出し、コンコン言わせながらじゃれている。


 タマはすぐに機嫌を直し、ユキに手を狐にしてコンコンし返していた。


 その様子を見て、思わず両手を顔に当てて深いため息をついてしまった。


 自分と同じ顔したやつが、ちっちゃい子みたいな振る舞いをしていて恥ずかしいったらありゃしない。


 今すぐそれをやめろと言って邪魔したい気持ちもあれば、波風立てないで、ここから出る方法を聞こうか悩んだ。


 出口がわからなくても、せめて時間を巻き戻すのをやめてもらうだけでかなり楽になる。


 いつも最初からやり直しなんてさすがにきついからね。


 そういうゲームならまだしも、これはゲームじゃないんだぞ。


 時間内にクリアできるような構築され方が約束されているわけでもないし、巻き戻るまでにたどり着けるような出口があるとも限らないのだから。


 とにかくだ。話し合いに来たのだから、喧嘩にならないよう話を切り出したい。


 話の切り口に頭を悩ませていると、ユキがこちらをみている気配がしたので、そっと視線を向けてみた。


 ユキに視線を向けてすぐ、タマから殺意に満ちた視線が飛んでくるのを感じた。


 くっそ、めんどくせえ!このユキは私が好きだったユキじゃなければ、もう私の恋は終わってるのに、このヤキモチ妬きが!


 タマから受けた不快感を隠しもしないでユキに話しかけてみると、ユキはタマをチラチラ見ながら帰るよう促してきた。


 えっ。こんなのとずっと二人でずっと同じ会話しないといけないって相当きっついぞ?良いのか?なんならついでに一緒に逃げ出そうとか思ったのに。


 目を丸くしながら心の声そのままにユキにひそひそ尋ねてみると、すごく申し訳なさそうな顔をしながら俯いた。


 罪悪感……かな?


 ユキはユキで大変というか不憫というか……。


 最初はここから出るために話し合いをしに来たつもりだったのに、二人の仲を進めたい気持ちがふつふつとわき上がってきた。


 見てられないし、じれったくて。


 お互い好きで二人っきりになれたってのに、なんだその体たらくは。


 説教しそうになりつつ、なんかいいアイディアがないか考えていると、タマからさっきより強い殺意に満ちた視線を感じた。


 やべえよこいつ……。私だよ、お前だよ!気づけよ。そんなにヤキモチやいてたらユキがしんどくなるだろうが……。


 ヤキモチ妬きなお子ちゃまに頭を悩ませながら、とりあえず時間の繰り返しをやめてもらうために話し合いをしようと思った。


 それさえなんとかなれば、私は外を目指せて、ユキとタマは先に進めて一石二鳥!


 ハッピーエンドでサヨナラホームランになる気がするんだ。


 タマにさっそく話し合いで解決するために話しかけようと「あのー」と声をかけてみると、顔をプイッと背けて話をしてくれなくなった。


 なんでだよ!


 っていうかこいつ本当に私なの?顔が同じだけの他人じゃね?めんどくさっ!


 頭を抱えそうになっていると、ユキが苦笑いしているのが見えた。


 保護者さん助けて。


 思わず言いそうになったけれど、頑張れ私と鞭を打ち、もう一度自分に話しかけてみた。


「時間巻き戻すの止めてほしいんだ。外の世界に戻りたくて。それに、巻き戻ったら二人の関係も進まないよ?」


 良い提案をしたと思っていたけれど、タマは俯いてボソボソとこう言うのだ。


「私には過ぎた願いだった。友達がほしいとか、仲良くなりたいとか、思わなければ良かった。だから、守りたいくらい仲良くなれたけど、喧嘩しちゃう前のこの関係がずっと続いていたら幸せだと思ったんだ」


 ユキは無表情で俯いて話を聞いていたけれど、ちらっと白い羽が見えたのは気のせいだろうか?


 ユキって本当に天使だったのかな?と一瞬思いかけたけれど、多分私の気のせいだろう。


 白い羽か……。


 タマの話に耳を傾けつつ、ユキのことも観察した。


「私には贅沢だったんだ。今までずっと友達ができなくて。私は好かれるようなやつじゃないのに先輩が仲良くしてくれて。すごく嬉しかった。初めてできた普通の友達だった。でも、先輩は私のこと大嫌いだったんだなって。でも、信じてほしいって言ってくれたから信じようって思って。でもね、ほんとうに嫌いだったみたいで。一方通行な想いでも別にいいから大事にしたいって思ってたのに。なんでかな……痛いのなんて慣れっこでもう何も感じないって思ってたのに、ダメだった。痛くて辛くて悲しくって、ものすごく腹が立って。許せなくなっちゃった。だから、ずっとこのままの時間を繰り返していたい。先輩のこと心から憎んで嫌いになってしまう前の、大好きで楽しくて幸せだったこの頃をずっと繰り返してたい」


 タマはやはり記憶がそのままあるようだ。だったら尚更違う話をしてやればいいと思ったし、よく飽きもしないで繰り返し同じ言葉を言っていられるなと呆れるほかなかった。


 うーんと唸りながら聞いていると、タマはまた不穏な雰囲気で言葉を繋げた。


「偽物じゃなくて本物が良かった。友情もなにもかも。でもね、先輩の友情って偽物だったのかな?わからない。私にはわからないよ。でもね、信じてほしいって言ってもらってたのに、信じきれなかったから今度は信じきるって決めたんだ。信じる。たとえ死ぬことになったとしても信じる。もう先輩は死んでるのか生きてるのかわからないけど信じ続ける」


 聞いてねえよと言いそうになりながらも辛抱強く耳を傾けていると、部屋の中がぐにゃんぐにゃんに歪み始めていた。


「先輩は誰にも渡さない。誕生日を聞いたら教えてくれなくて、私が誕生日だってはしゃいでたら自分のことのように嬉しいって言ってた!高校入って友達出来た?って聞いても、『ウチは友達いない。ウチには友達なんてできないよ。タマちゃんしかこんな風に話してくれる人はいない』って寂しそうに言っちゃうような人だった。親から虐待されてるって隠さなくなって、助けを求めてくれてた。でも私は結局なにもしてやれなかった。私のせいで先輩が死んだんだ!私のせい!だからもう誰にも先輩は渡さない!出ていけ!出ていけ!」


 急展開に度肝を抜かれていると、いつの間にか小屋からいつも寝転んでいる石畳の場所まで巻き戻されていた。


 頭痛いな。


 またあそこまで歩いていくのを思うと……いや、歩いていくよりもあいつとまた話しに行かないといけないのが憂鬱になる。


 でも、スタート地点の流され小島からやり直すよりはましだろうと思っていたその時だ。


 カラーンカラーンカラーン。


 鐘の音とともに周りの景色が遠ざかり、またしても本当のスタート地点、流され小島に巻き戻されていた。


 勘弁してくれ!

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