第7話 旅立ち

 眠らせたユキを家まで送り届けて帰ってくると、精霊たちからは非難轟々、なんとロボットたちからもブーイングの嵐に見舞われた。


 名前を考えてもらっている最中だったルンバに至っては、帰ってくるなり私の弁慶の泣き所を強打してくるくらい怒っていた。


 あまりの痛さにうめき声をあげながらうずくまっていると、精霊たちに質問された。


「急にどうしたの?!」


「突拍子もないことしないでくれる?」


「事情話してくれないと納得できないんだけど」


 精霊たちはカンカンに怒り、ロボットたちはけたたましい音を鳴らして猛抗議だ。


 ごめんよみんな。


「話せば長いんだけど……」


 話し始めようとすると、ルンバがまた怒って突撃しようとしてきた。


「怒るのも無理はないから好きにやってくれ」


 もうどうでもいい気分になってきてしまい、頭を垂れてルンバの制裁を待っていたけれど、ルンバは突進をやめてピカピカ光りながらいろいろ問い詰めてきていた。


 ルンバが怒って言うには「理由を簡潔に言え。長いともう一撃、黙れば引きずり回す」とのことだった。


 ユキから名前をもらうの、心から楽しみにしてたんだなあ……。


 悪いことをしたと思いながら、なるべく簡潔になるよう自分の気持ちを整理して素直に伝えた。


「みんな、本当にごめん。あのね……ユキさんに無理させてるって思ったからなんだ」


 精霊とロボットたちは猛抗議するのをやめて、静かに耳を傾けてくれていた。


 足の痛みは、みんなに相談もなく身勝手な行動をした罰として享受し、もう一度自分の気持ちを整理してぽつりぽつりと話した。


「ユキさんは……無理して笑ってると思ったんだ。無理して笑って、お礼のためにこんなところまできて。本当は来たくなかったんじゃないかって思ったんだ。無理してほしくなくて……嫌な気持ちになってほしくなくて。一緒にいるべきじゃないって思って」


 精霊たちはあきれ果てた様子でため息をつき、ルンバは不服そうにガーガー音をかき鳴らしている。ドローンや配膳ロボットは困った様子でピカピカ光りながらコミュニケーションをとっていた。


 みんなに説明するうちに、あの時の胸の痛みがどういうものだったか気がついた。


 ユキがお友達の話をしたときに見せた表情が本当の笑顔で、私に向けていたのは全部作り笑いで無理していた愛想笑いだったんだって思ったからなんだ。


 だから、全部無理させてただけだと思ったんだ。無自覚のうちに。


 もっと仲良くなりたくて、もっとたくさんお話したくて、もっとたくさん笑ってほしかったのは自分のわがままでしかなくて、一人で勝手に舞い上がってただけだったんだ。


 自分の心の奥底では、このままもっと仲良くなって一緒に暮らしてもっとたくさん笑顔を見たいと思ってたけれど、お友達とのことはどうなるのかが気になった。


 私は最初からひとりぼっちだ。精霊たちやロボットたちがいるっていっても、ひとりだ。


 でも、そのお友達は?他に誰かいるのかな?ユキがいなくなったらどうなる?


 いろいろなことを考えて気にして、突き放す以外思いつかなかった。相手の幸せを願いながら立ち去るしかできなかった。


 だって、私には最初から何もない。何もないから……。


 精霊たちは深くため息をつき、立ち去る者もいれば、考え込んでいる子もいて、慰めの言葉をかけようとする子もいた。


 ロボットたちは抗議のブーイングをやめ、ロボット同士で通信しあっている。ルンバはまだ少し怒ったようにブーイングの音を定期的にかき鳴らして叱ってきているけれど、返す言葉もなにもなかった。


 怒って当然だよな……。


 自分のどうしようもないところがでてしまって、そのうち精霊たちやロボットたちからも愛想尽かされて一人になるだろう。


 暗いことばかり考えながら唐突に外へ出ようとすると、年老いた石の精が「どこへいくんじゃ?」と問いかけてきた。


「散歩」


 短く答えると、石の精がよろよろとついてきた。


「わしもいっていいか?お前さんに話がある」


 断ったけれど、石の精は『帰り道』だとかなんとか言って隣に並んできたので、結局一緒に外に行くことになった。




 この石の精とは付き合いが長い。


 まだこの山で暮らす前、ひとりぼっちで奴隷のような暮らしをしながら夢見ていた日々の中で、心に寄り添ってくれた精だ。


「お前さんは昔から他人のことばっかり気にして、たまには自分の気持ちに素直になったらどうだ?」


 お説教かよ。なんて言いそうになったけれど、返す言葉もなくて黙り込みながら話を聞いた。一人で勝手にへそを曲げながら。


「記憶が眠ったとはいえ、唐突すぎてユキという子もびっくりしてたと思うぞ」


 それは確かにそうだと思う。いきなり記憶消されて帰されて困惑しない人なんていないと思う。


「話し合ってからのが良かったんじゃないか?」


「……そうかな」


 話し合うべきだったと思う気持ちが強くある反面、そんなことはなかったと否定したい気持ちがたくさん湧いてきた。


「一緒にいたらユキを幸せにできないって思ったんだ。ユキの抱えていた問題は解決した。ユキが恩義を感じてずるずる関係が続いても、苦しいだけでしょ。大切な子がすでに他にいるんだから、邪魔しちゃいけないし横取りすべきじゃないと思ったんだ。下手したら死んでたと思う」


 素っ気なく答えると、石の精はため息をついた。


「そうかのー。友達というのは最初から打ち解けてるわけではないし、たった一人としか友人関係でなければならない訳じゃないぞ。それはもはや恋人だ」


 黙って聞いていると、石の精はあとはもう何も言わず、静かに隣をゆっくりついてきてくれた。


 そうはいっても、自分の中でずっと何をしたら良かったのかがわからなくて、自問自答ばかりしていた。


 どうしたらいいかわからないよ。


 それだけは嘘偽りなく強がりもしていない本心だった。


 ユキの幸せが一番の願いで望みだったから、どうするのが良かったのかが本当にわからない。


 石の精に言われた「他人を気にしすぎる」という言葉が頭の中でぐるぐる回る。


 答えが他人の中にあって、自分じゃどうしようもないことばかり考え続けているからこうなる。ということでもあるのかな?


 苦笑しながらさらに考えてしまって、どんどん悩んでいく。


 どうしたら良かったのか。そればかり。


 ずっと、ぐるぐる、ぐるぐる考え込んでいると、黙って歩いていた石の精が不意に口を開いた。


「お前さんと初めて会った時、石に夢中だったな。苦しい生活の中で道端に落ちているただの石が輝いて見えて、どれも宝石のようだと言っていたな」


 懐かしい話だった。


「うん。今でも石を見てると楽しい気持ちになるよ。宝石だけでなく、こういう石とかさ」


 そんへんにあった石で、興味をそそられたものを拾い上げ、石の精に見せながら口の端をあげた。


 この石はなんだか卵のような形をしている。絶滅した生き物の卵が中に閉じ込められていて、今は眠っているのかもしれない。


 こうやって石を見つけては物語を思い描いて、夢の風呂敷を広げて遊んでいたな。


 少しずつ、終わらない問い掛け地獄から抜け出すように、心が羽のようにふんわり軽くなって、ノスタルジーに浸りつつあった。


 石の精は穏やかに微笑みながら耳を傾けてくれている。


「相手を慮ることも大事だが、自分の素直な気持ちも大事にな」


 石の精が静かにそう呟き、じんわりと心に清流が流れているような、静かな心地よさを感じた。


 ユキを好きで大切に思う気持ちを、自分の素直でまっすぐな気持ちとして大事にすべきだったのだろうか。


 また終わらない問いが始まりそうだったけれど、手にしている石のおかげか、思考の泥沼にはまらずにすんだ。


 そうしてふと、ユキと出会ったおかげでできたやりたいこと、挑戦したいことを相談しようという気にもなれたのだった。


「じーちゃん。私ね、旅に出てみたいって思ったんだ。ここにこもっていても、訪れる人は悪い人がほとんどだって気がついたんだ。ユキのような人がこない環境にこもっていても、偏見と先入観しか育たない。この広い世界にはユキのような人が実はたくさんいて、自分からそういう人を探しに出てみたいって思ったんだ」


 これもまた本心だ。自分の素直な気持ちで、新しくできたやりたいことだった。


 石の精は穏やかに微笑みかけながら頷いてくれた。


「やってみると良い。お前さんにはいつでも帰ってこれる家がある。幸運なことに、出かけている間ロボットたちが家の手入れも留守番もこなせるだろう。わしら精霊もおる。心行くまで旅をしておいで。旅費はロボットが稼げるしな。不安も心配もいらんだろう」


 石の精のあたたかく送り出してくれる言葉にじんわり涙を浮かべながら、散歩を終えて家まで帰った。その間、石の精はずっと隣にいてくれた。


 石の精が一緒に家を出るときに口にしていた『帰り道』という言葉は、深い意味での『帰り道』だったんだと理解して、味わい深さをしみじみと感じた。


 さすがじーちゃんだ。




 家に帰ると、まだ怒っている子と、心配してくれている子、説明が足りないからもっと具体的に話せと要求してくる子がいて、反省しながら自分の考えも気持ちも根拠も理由も、なにもかもあらいざらい吐いた。


 呆れた子もいれば、君はそういう子だからと笑って許してくれる子もいて、納得できずに怒って出て行く子もいた。


 本当にごめん……。


 しょんぼりしている私の代わりに、石の精が一緒に『帰り道』で話したことをみんなに打ち明けてくれた。


 この雰囲気と流れでは、本人が言い出しづらいから配慮してくれたようだ。


 じーちゃんほんとすごいよ。


 石の精が、私が旅に出ようと思っていることをみんなに伝えてくれたけれど、急な話に精霊たちもロボットたちも困惑していた。


「また突拍子もない……」


 あきれながらいわれた言葉に、無理もないと思いながら苦笑していると、みんなに理由を聞かれた。


 ユキの記憶を消したのはそのためだったのかとも聞かれたけれど、旅に出るから捨てるような真似をしたわけじゃないと、はっきり否定しておいた上で、素直に気持ちを打ち明けた。


「あのね、ユキと出会って、ここにこもっていると訪れる人間は悪い人がほとんどなことに気づいたんだ。だって、立ち入り禁止の札を見やすいところに掲示して、立ち入り禁止のロープまでつけてるのに、こんなところにくるのって悪い人が多くて当たり前なんだよね」


 今更気づいたかという子もいたけれど、明るく笑ってあしらって話をつづけた。


「ユキみたいな子と出会って知り合えたのなんてほとんど奇跡だったと思う。だから、そのお礼に魔法を使った。拾ってお世話をしたことに恩義を感じられる必要も何もなかったのに、義理堅く……律儀にあの子は返そうとしてくれて、それだけで十分良かったんだ。あとはユキが幸せで、大切な友人と末永く仲良しでいてくれたらいいんだ。最初から人生の部外者だったから、それ以上立ち入らないようにしたんだ」


 淡々と、自分に言い聞かせるように話した。


 ゆっくり素直な心を確かめ、もう一度考えを整理してみんなに打ち明けた。


 みんなは黙って聞いてくれていたけれど、納得する子もいればブーイングする子もいて様々な反応だった。


「それで、ユキみたいな子が本当はたくさんいるのかもしれないって希望をもらったんだ。人間は捨てたもんじゃないって希望。人間って本当はもっと素敵で素晴らしくて魅力的で、あたたかい生き物なんだって可能性を。ユキさんからもらった大事な物を確かめに旅に出ようと思ったんだ。たとえそれが幻想で終わったとしても、私にとっても人類にとっても、ユキさんが特別で大切な一番星だったってことになる。いろいろな意味を込めた探し物の旅に出たい」


 ユキは私の光でたった一つのお星様になった。


 真夜中に迷った時、見上げたら導いてくれるような輝く星。人生でも心の中でも、旅路でも、私を見守って照らしてくれるたった一つの……。


 話し終えると、精霊たちは応援する子が多数、心配する声がちらほら、茶化す子がぽつりぽつりといて、旅の準備をすでに始めている子が数人いた。


 ロボットたちはというと、ルンバはせっせと私が旅に出るのに必要な物資の準備をはじめていて、ドローンもそれを手伝ってくれていた。配膳ロボットは少し寂しそうな光をチカチカと放っている。


「ありがとう」


 ボソッと呟くと、具体的にどこに向かって、どのように、どうやって旅をしに行くのか雷の精に問いかけられた。


「まだそこまで決めてなかったけど、昔見た写真で行ってみたいと思った場所があるんだ。遠い北国なんだけど」


 とりあえず一つ目の目的地として良いと思っている場所だ。


「どのようにするかはまだ考えてない。どうやっては電車とかでも良いな。飛行機でもフェリーでもバスでも。乗り物は持ってないからね。自転車でもいいね?」


 冗談で言ってみたけれど、一部の精霊から「罰もかねて自転車で旅をしろ」なんて声が上がった。


 罰……罰でなら良いかもしれないな。いや、罰でなくともやってみたいかもしれない。


 自転車での旅に興味があるのを見て取った精霊たちからはどよめきの声が上がっていて、思わず笑わされてしまった。


「どんな自転車で旅をしようかな?」


 面白半分で聞いてみると、真面目に返事をする精霊と、やめておけと反対する精霊、真に受けないでと言ってくる精霊に、罰は冗談だったと謝る精霊と、様々な反応が返ってきてますます面白くなってきた。


 本当に自転車でいけるとこまでいってみるのもいいね。


 その日はみんなで旅についてあれやこれやと意見を出し合い、想像に花を咲かせた。


 みんなとお別れの言葉をかわし、旅に必要な最低限の荷物を調べてまとめ、ないものは翌日買い物に行くことになって終わった。


「ついに我が子が巣立つのか」と感慨深そうにする精霊がいて、こちらもしんみりとしてしまった。


 みんなにはとてもお世話になったからね。幼いころからずっと。


 見張られていたのかと思うくらいちょうど良いタイミングで、ロボットを手入れするためのロボットの機体も用意できたらしい。


 いよいよ私はいてもいなくても良い存在になった。


 でも、これならなにも心配せずに旅に出られるよ。あとは自分の用意だけだ。




 その日の夜も夢を見た。


 とても穏やかで幸せな夢。


 起きた時つらかったけれど、大切に胸にしまっておきたくなる夢だった。


 ユキがお友達と末永く仲良しで、一緒にいられて、笑顔がどんどん増えていく夢だった。


 ユキとお友達が唐突に私の方を見て、二人で手を差し伸べてくれて、どこかへ一緒に行こうと誘ってくれている夢だった。


 夢の中の私はおそるおそるでも手を取って、一緒に遊びに行っていた。


 春の日差しを浴びながら風に揺れる花のように、ひらひらと花から花へと舞う蝶のように、私の心は躍っていた。何も気にしないまま、素直なありのままの気持ちで。


 お友達はどことなく私と似ていて、双子のようだったけれど、夢の中の私は何のリアクションもとらず、自然に振舞っていた。


 ユキは私に遠慮せず、お友達に向けているような笑顔を向けてくれて、三人で仲良く末永く幸せでいられる夢だった。




 目を覚ますと、目から涙が溢れて流れ落ちていた。


 夢か……。


 これが現実だったらどれだけ良かっただろうか。


 自分で断ち切った道を少しだけ名残惜しく感じつつも、ユキがたくさん遠慮していたことが頭に浮かんできて胸が痛んだ。


 これで良かったんだよ。


 それでも、買い物ついでにユキの様子が見たくて、魔法で居場所を教えてもらった。


 行く予定のお店までにある学校にユキは通っているらしい。


 ちょうどいいから買い物前にほんの少し顔を見に行くことにした。


 部外者が中に入れたりしないだろうから、近くまで歩いていき、鏡を使ってユキの様子を覗き見た。


 やはり、私といた時と違ってとても楽しそうで、遠慮のなさそうな笑みをお友達に向けているのを見て、胸に穴が開いたようだった。


 でも、幸せそうな笑顔を見ていると涙が溢れそうなくらいに嬉しくて幸せだと思えた。


 私はこの笑顔を守れたんだ。


 そこで、ある歌が頭に浮かび、心の中でそっと口ずさんだ。


 相手の永遠と栄光を願うお祝いの歌。


 ユキがこれからもずっと幸せで、笑顔でいられる時が多くあって、恵まれた人生を歩めますように。


 歌詞に込められた願いに自分の想いを重ねながら風に乗せた。


 どうかユキと、そのお友達に届きますように。


 これじゃなんだか、鏡と白雪姫と王子様じゃなくて、人魚姫と王子様とその結婚相手みたいだな。


 自嘲気味に笑いながら、自分の頬をぴしゃっと叩いた。


 思わず外で泣いてしまいそうだったので鞭を打ち、涙がこぼれてしまわないように上を向いたりあれこれ工夫して堪えた。


 泣いてるところなんか誰にもみられたくなかった。


 人気の少ない場所で鏡を覗き込んでいるとはいえ、誰が見てるかなんてわからない。小鳥どころか蟻んこにすら見られたくないので、必死になって涙を抑え込んでその場を去った。


 人魚姫と違うのは、私は泡になって消えたりなんかしない。ただ身を引くだけ……。


 強いて言うなら……泡になって消えるのは相手の記憶の方だな。


 苦笑しながら必要な物を買いそろえ、気持ちがざわついたまま足早に山へと戻る。


 家まで無事に帰ることができると、精霊もロボットも外での買い物はどうだったか聞いてきた。


 外の様子を聞かれたものだと思い、いろいろな建物があって、お店があって、面白そうなものがあったと話した。


 しかし、精霊もロボットも、そういうことを聞きたいんじゃなくて、ちゃんと買い物できたかどうかの心配をしていたらしくて大笑いさせられつつも、へそを曲げてしまった。


「子供じゃあるまいし心配しすぎだよ……」


 唇を尖らせながら言うと、精霊もロボットも訝しそうな顔でこちらを見るのだ。


 そんなに信用されてない?


 少しショックを受けながら、買ってきたものを広げてひとつひとつ確認してもらって、ようやくちゃんと買い物ができたのだとみんなを安心させることができた。


 私ってそんな頼りない印象だったのかー。


 日頃の行いを振り返ってみても、朝早くに起きないでだらしなく二度寝を決めることが多いから無理もないなと思ったので、それ以上は何も言えなかった。


 これでもしっかりしてるんだからね?なんて、心の中で胸を張っただけに留めておき、いよいよ旅立つときだ。


 自転車はAIが用意してくれていた。


 ロボットたちから経緯を聞いて、メンテナンスロボットの機体を調達するついでに買ってくれたらしい。


 このAIと出会えたから今の暮らしがある。本当に親のような存在で、感謝してもしきれないくらいだった。


 出会ったといっても、奴隷のような暮らしを送っている日々の中で偶然みかけてパチッてきただけなんだけどね。


 決死の覚悟で盗んで逃げおおせて起動して、お友達になってもらって……。


 感慨深い気持ちになりながらお別れの言葉を考えていたけれど、帰ってくるつもりで旅に出るのだし、今生の別れみたいに思う必要なんてない。


 二度と会えないかのような言葉ばかり考えていた頭を振り、ネガティブな気持ちを追い出した。


「ずっとありがとうね。旅に出るときにまでこんな素敵な贈り物をしてくれて」


 AIは穏やかな声で答えてくれた。


「幼いころと比べて立派になりましたね。まだ未熟なところはありますが、この旅でまた一回り大きくなって帰ってくるのを願っていますよ」


 本当に保護者のようにしか思えなくて、AIの機体をそっと抱きしめた。


「いってきます」


「いってらっしゃい。我が友、我が子よ」


 AIの用意してくれた自転車に、精霊たちとロボットたちの用意してくれた旅のお守り、便利な道具、機能性重視の服、頑丈で便利なリュックを身に着け、北国を目指す冒険に出かけた。


 いつでも帰ってこれる場所があることに感謝をしながら。

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