私が人の温もりを知った全寮制の学校。

@tamanochibibi

温もりを知るまで

私はいつも一人ぼっちだった。

みんなは平然とママがこんなことをしてくれた。パパとあんなところに行って楽しかったと言う。

だ分、普通は帰ってくれば「お帰りなさい」と言ってくれる人がいるんだと思う。

だけど私にはそんな人はいない。帰ってきて家の扉を開けても家は静まり返っていて時計のカチカチと言うことだけがこだまする。

不必要に大きい子の家にはたった一人、小さな私しかいない。

部屋はほとんど使わずリビングだけで全てを済ます。他の部屋の電気なぞ三年はつけた事がない。

ただ私は粛々と宿題をし、親が勝手に送りつけてくる教材をもやる。

お腹が空いたら近くにあるスーパーで買い物をして適当にご飯を作る。じゃなければ飢えてしまう。

洗濯も掃除も全て私の仕事、時間がない。だから友達とは遊ばないし作らない。

そもそも友達との話にも馴染めないし私は空気のようだから...


そういえば「行ってらっしゃい」と行ってくれる人はいる。私の家の南隣、細い道に向かい合った家に住んでいるおばちゃん。この人だけは私の存在を認知してくれる人。今日も私はそのおばちゃんと行ってらっしゃいを交わして家を出た。

今日の空は水色の絵の具の水色で、そして太陽の熱気は11月にしては強烈で今日も暑くなるのであろうことを伝える。

右からは電車の音も聞こえ、細い歩道のない道をバンバンと車が通る。

まだ落ちることのできない紅葉はまだ赤々としていた。


駅が近づくにつれてスーツを着た大人が増えてくる。みな下を向いて空はこんなにも青々としているのにその人の周りには灰色の靄がかかったようだった。そして私にもその靄はかかってるんだろう。

改札にピッとICカードを押し当ててエスカレーターでホームに上がり、先頭車両を目指す。

すぐに来た4番線の電車はスルーして、3番線にやってくる始発の電車に乗る。

あんな灰色に包まれたギュギュウの電車に乗ったら学校に着くまでにヘトヘトになってしまう。

7時30分初の電車に乗る為、私は7時10分には駅のホームにいる。馬鹿馬鹿しいと思うかもだけどこうでもしないと座れない。始発の電車は座れないと意味がない。今日だって端っこの席に座る事ができた。

あとは、お母さんに送りつけられる本なんかを読みながら神田の駅まで一本。座っていればあっという間だ。


学校は灰色だ。みんなよく分からないし、ゲームもテレビもスマホもない私には何を言っているのかわからない。

私は今日も学校で誰とも会話をせずに家に帰ってきた。

そして、いつも通り扉を開けて、リビングに入るとそこには母親が座っていた。私は...な気分になった。

「...そこに座りなさい」

「...うん」

私は母親と向かい側の椅子に座る。こっちの椅子に座るのはいつぶりだろう。

座面には埃が溜まっていたけど仕方なくその上に座った。

「小雪、転校よ」

「...うん。え?」

「今日、私が帰ってきた直後に児童相談所の人が来たのよ。近くの人が通報したらしいわ。あの家に大人がずっと居ないって。たく、東京だからって油断してたわ」

「それで...なんで転校?」

「小雪には全寮制の小学校に転校してもらうわ。もうしばらく帰ってこないし、また通報でもされたら面倒。別に文句はないわよね」

「別に...文句はないけど」

どうせ今の学校には何もないし。拒否しても無理やり転校させれるだろうし...

「そう...じゃあもう学校も見つけてるから、ったく。明日アメリカ行こうと思ってたのに...これじゃあ転校まで日本出られないじゃない...サイアク」

「...」

「ッチ、ほら早くご飯作りなさいよ!せっかく私が居てやってんだから!」

「...うん...」

...

「うっわ!まずっ!こんなん食えたもんじゃねぇよ!ちょっと小雪!コンビニでアイス買って...あーもう夜か。ッチしゃあねぇ...買ってるか」

...

「小雪遅い!学校なんかでやることないでしょ!友達もいないんだから!早く帰ってお風呂洗って!」

「...ごめん今やる...」

...

「邪魔だよ!なんでそんなとこに立ってんだよ!」

「いや...あの...料理本探してて...」

「は〜お前が何作ってもおいしくならねぇよ!」

...

「は〜ほんと防音仕様の家にしてよかった!防音じゃなきゃ何呼ばれっ側感ねぇかんな」

「...うん」

...

「小雪、お前の家はここになるからこの道で行けよ。絶対に迷うんじゃねぇぞ」

そう言って、母親は家を出て行った。1ヶ月、母親がいた期間は長く外は肌寒く、冷たい雨が降っていた。

手渡されたメモには松本までの切符とバス会社の電話番号が書いてあった。

私は多分バスの予約をしなくちゃいけないんだと思ってその電話番号に家電から電話をかけた。

「もしもし...あの...高速バスの予約を...うん...あの...松本と高山のバスを...えっと途中のー」

「は〜...取れた...えっと...次は高雪学園に電話をかけて...」


家の中は静寂が戻った。いくら独り言を呟いても怒られないし、何を作ってもまずいとか酷いことを言われずにすむ。

だけど私の心の中は新しい寮での暮らしとか学校とかの心配でいっぱいだった。

「そういえば...特急の指定券は入ってなかったな。各駅で行けってことか...」

明日は何時に出ればいいんだろう。時刻表なんてないし...とりあえず6時くらいに出ればいいかな...?

私は身支度をしながらそう考えた。

前の学校の最終日、私は誰にも特に何も言われずになんなら先生にも特に何も言われなかった。

いつも通りの最後の日...ま、こんなもんだろう。変に祝われても困るしね

この通学も今日で最後。この制服も着るのは最後かな。別に名残惜しくもないけど。


次の日、11月30日の朝、5時45分。私は鍵をしっかりかけて、おばちゃん家に手紙を入れると、日の出前の道をキャリーバックをガラガラと引いて歩き始めた。

日の出前の道は日中の道とは比べ物にならないほど車通りも人通りも少なく、鳥の囀りしか聞こえない。

ほとんどの人々はまだ夢の中、そんな時間に私は一人、知らない地へ引っ越す。

私は切符を改札に通して6時9分発の電車に乗って途中八王子で乗り換え、あとは一本で松本へ向かう。

松本に着くのは10時15分...長いなぁ〜エコノミークラス症候群にならないように気をつけないと。

電車は高尾を過ぎると一気に山の中へ突撃して行って関東平野からの別れを告げる。

私はボーッと窓枠に肘をつきながら流れ行く景色を眺めたまにトンネルに入ったら唾を飲み込む。

途中で特急にも抜かされて、諏訪の辺りで左側の座席に移動して諏訪湖を眺めて、そしてようやく。

『まつもと〜まつもと〜』

「うわ!さむ゛」

降り立った瞬間、刺さるような冷たい空気は東京とは全然違っていて遠く高いところに来たことを実感させた。

私は改札に切符が吸い込まれていくのを見ながら13時5分発のバスまで松本を観光することにした。


街の至る所から盆地の外周をぐるりと囲む頂上が白くなっている高い山が見え、関東平野とはやっぷり違う所だと感じさせる。

私はプラプラと道を歩いて松本城にやってきた。

お金がないからお城の中には入れなかったけど、外にあるちょうどよく心地い角度の椅子に座ってボーッと眺めた。

至る所でいろんな言語が聞こえ、私とおんなじくらいの子が大人の女性と話しかけている...多分母親なんだろう。

楽しそう...あーゆうのが普通の親なのかな...よくわかんないな、青空を仰ぎ見ながらそう思った。

私はぼちぼち歩き始め、バスターミナルに向かう。

道に立つ地図をよく確認して、迷わないように、なるべく大きな通りを進んで、バスターミナルに着くと既に高山行きのバスが待機していた。

私は運転手さんにキャリーバッグを入れてもらって、予約番号を伝えて乗り込む。

私の席は11番のA。一番後ろの一番端のすみっコ席。

しばらくすると床下からエンジンの音がガガガと鳴り始め、バスは動き始めた。

隣には人が来なかった。新島々というところを過ぎると、バスはクネクネとした山道へと入っていく。

私はあんまり酔わないけど、それでもかなり揺られる。

眼下にはダム湖が広がったと思ったらトンネルに入る。

気づけば川も細く渓谷になり、そしてまたダムがあっていっぱい水を溜めている。

そうこうしている間に、14時10分。私が降りるバス停に着いた。

私は運転手さんにキャリーバッグを取ってもらっている間にトコトコとバスから下車した。

「初めまして!」突然、そう言われたので左を向くとそこには私と同じくらいの女の子が立っていた。


運転手さんは私にキャリーバッグを持たせると足早に運転席に戻りブーンとバスは去っていった。

残されたのはキャリバッグを持った私と目の前に立つ女の子。

谷に一瞬、静寂が訪れようとした。しかし彼女は「行くよ!」静寂に包まれる前に私の手を引いて走り始めた。


「ちょっ...ちょっと待って...」

「ごめんごめん。疲れてるもんね!私、[[rb:高雪学園 > こうせつがくえん]]四年生の[[rb:茶都 > さと]]だよ!きっと同学年になる子だよね!よろしく!」

彼女...茶都ちゃんはとても渓谷に響く声で元気よく私の手をつかんでブンブンと振った。

「よ...よろしく...お願いします...」

「そんな畏まらなくていいよ!茶都とか茶都ちゃんとかさっちゃんとかテキトーに呼んで!だけど嬉しいなぁ〜やっと同年代の子がやってきて!しかも同学年なんて!」

「四年生って...茶都ちゃんと私だけなの...?」

「うん!だから超嬉しい!」

私に会って嬉しいなんて言ってくれた人は初めてだった。

少し歩いて見えてきた学校は私がいる方に校庭が広がっていてその後ろにL字型に建物が立っている。

私達は校庭を突っ切りながら校舎へと向かった。

私はこの子についていけばいいという安心感に包まれていた。

これが一人でバス停から来ていたら心臓バクバクだったと思う。

茶都ちゃんが学校の戸をガラガラと開ける。

「ただいま〜小雪ちゃん連れてきたよ〜」茶都ちゃんがそう言うと大人の女の人がやってきた。

「いらっしゃい。初めまして、小雪ちゃん」

その声は私の母親より母親していてとても安心する声だった。

寮母さんらしいその人は後でお話ししましょうね〜と言うとどこかに消えていった。

靴箱には既に私の名前が貼られていて、校内地図にも私の名前が多分私の部屋なんだろう場所に引っ付けられていた。


ここに校内地図を添付


玄関を入ると目の前には食堂兼職員室とかいうよくわからない部屋があってそこから曲がって左には遊び場兼体育館というまたわからない施設、その先に寮部屋がある..玄関入って右はすぐ教室のようだった。

そしてこの建物は二階建、二階には温泉があるらしい...すごい学校だ。

私の名前は二階の右から10番目の部屋に貼られていた。

「小雪ちゃん!早くお部屋行こ!」

茶都ちゃんは私の手を引いて遊び場兼体育館で遊ぶ他の子達を横目にエレベーターで3階に向かった。

「小雪ちゃんはどこから来たの?」

「私は東京...から来たよ...」

「お〜東京!私はね静岡から来たんだよ!」

「そうなんだ...」

二階分のエレベーターなんて言うのはすごく短くてあっという間に二階に着いた。

「小雪ちゃんの部屋はここの10号室だよ!」

「はぁ...茶都ちゃん、元気だね...」

「...元気なことはいい事だよ」

「茶都ちゃん...?」

「ううん!行こ!」

もしかすると...茶都ちゃんも...私はそう思った。だけどそれは心配じゃない。私に元気を振りまいてくれるようにどんな昔があっても元気に振る舞えるそんな人になりたいなって思った。


茶都ちゃんは私にカードをくれ、カードを扉の黒いところに当てるとカチャと扉の鍵が開いた。

こんな山の中なのにハイテクな感じ。

部屋に入るとすぐ右にはキッチンと二口のガスコンロその後に洗濯機、左にはお風呂とトイレ、その先の扉を開くと洋室があってベットと勉強机、椅子、本棚があった。

[uploadedimage:20565057]

私はキャリーバッグを適当に置くとふかふかのベットに座った。

茶都ちゃんはその向かい側の椅子に座って向かい合っている。

「どう?部屋は?」

「わかんない...でもちょうどいいかな...」

「そっか。じゃあ準備できたら下の食堂兼職員室に居るから!」

「あの食堂兼職員室って何?」

「そのままの意味だよ?ご飯食べたり先生達が会議したり、会議してなかったらトランプしたり。そんな感じのとこ」

どうやら山の中で敷地が少ないから寮の施設と学校の施設を共用してこの深い渓谷の中に収まるようにしてるみたい。


山の天気は変わりやすいとはよくいうけど、茶都ちゃんが部屋を出てキャリーバッグから荷物を出して服をハンガーにかけたりしている間についた時の青空はどこへやら渓谷は雲に覆われて冷たい雨が降ってきた。

私はベットで寝転びぼーっと白い天井を眺める。天井からのボトボトという屋根に雨が当たる音が心地よい。

だけどそのうちその音はしなくなった。外からの光に黒い点々が降りているのに気がついて私は窓の外を見るとこの渓谷は冬の始まりを告げていた。


私はその冬の始まりをボーッと見ながらそう言えば茶都ちゃんが食堂で待っていることを思い出して慌てて部屋を飛び出しエレベーターを待たず階段で一階まで駆け降りた。


「はぁはぁ...」

「どうしたの?小雪ちゃん」

「はぁ...雪が降ってたから...ついボーッとしちゃって...」

「え!雪降ってるの!」

「う...うん...」

「え!?初雪だよ!初雪!ちょっと外出よ!」

茶都ちゃんはそう言って私の腕を勢いよく掴んで玄関に走って行く。

玄関で上履きから靴に履き替えて戸をガラリと開けるとツーンとさっきまでまた一味違う空気感というかとても冷たい冷気が流れ込んできて、そんな中でも茶都ちゃんはスカートで足も出てるのに寒いなんて言う概念が無いかのようにバーっと外へ走って行った。

「小雪ちゃん!雪だよ!早く外に出てみてよ!」

そう急かされて私は雪降る外へと足を踏み出す。

空は灰色に膜を張り、そしてそこにうっすらと透過する太陽はもうすぐ山の裏へ落ちようとしている。

その灰色の膜からは東京のたまに降る雪とは違う白いふわふわとした物が降ってきていた。

すでに校庭には薄く雪が積もり始めていて、さっきまで体育館で遊んでいた低学年の2人も外に出て遊んでいる。

低学年の子、2人は私を見るとちょこちょこと走ってきて自己紹介を始めた。

「私、ひとみ!1年生!小雪ねぇって呼んでいい?」

「俺は健斗。2年生...」元気そうな女の子に少し大人しめの男の子。

私の名前とか学年はみんな知ってるらしくて私はひとみちゃんのその呼び方に「いいよ」と答えた。


「二人とも!雪降ってるなら言ってよ!」

「だって茶都ねぇ...なんか食堂でぶつぶつ喋ってるんだもん!」

茶都ちゃんとひとみちゃんが何やら言い合っている間も私はこの雪に見惚れていた。

しばらくすると後から寮母さんの声が渓谷に響き私が呼ばれていることに気がついて、私は走って建物の中に戻った。

寮母さんは「お友達はできた?」と優しい包み込んでくれるような声で言った。

「多分...?」

「そう、良かった。じゃあそこに座って」

そう言われて私は食堂の机で寮母さんと向かい合って座った。

寮母さんはこの寮の事をお話ししてくれた。

ここは親が海外とかそういう遠い所にいることが多くて預けられた人が多い事とかこの寮と寮母さんと寮父さんがいる事とか、この寮での細かなルールとかそう言ったものを教えてくれた。

ルールとは言ってもそんな厳格なものじゃなくて要は犯罪とか暴力は良く無いよ的なそういうの。

私が一つ疑問に思って「この寮には4人しかいないの?」と質問すると寮母さんは丁寧に説明してくれた。

みんなは今、松本に服とか自分だけで使うものを買いに行っていて留守という事らしい。

茶都ちゃんは私のお迎えのために、低学年の二人は特に買うものが無かったから松本には行かなかったそうだ。

「ご飯は毎日3食給食だからね。好き嫌いせず食べるのよ」

「はい」

「あと、制服なんだけどね。この寮内は別に着なくてもいいんだけど、外に出る時とかそういう時は制服を着てね」

「はい」

「そろそろ暗くなってきたしみんな帰ってくるかしらね。」

するとすぐに外にいた3人が暗くなってきたからか、建物の中に帰ってくると寮母さんは

「みんな優しい子だからそんな気を使わなくても大丈夫よ」そう言ってお話を切り上げた。

寮母さんは外から帰ってきた茶都ちゃんやひとみちゃんに歩いていって雪で濡れた頭とかを拭いている。

私はそれをぼーっと見つつ、外を見ると暗闇になっていた。

その暗闇の中にも丸くふわふわとした白いものがいっぱい降ってきていた。


茶都ちゃんは私に「そこで待っててね!すぐ着替えてくる!」と言って廊下を走っていった。

私は少し待っていると茶都ちゃんは水色のブレザーを着た姿でやってきた。

「どうどう?これがこの学校の制服だよ!」

「うん...可愛い...」

「だよね!可愛いよね!小雪ちゃんももう直ぐもらえるから」

「うん」

「小雪ちゃんってみんなの前で自己紹介できる?」

「できない!」

「だよね〜じゃあさ、みんなと少しづつに自己紹介した方がいい?」

「うん...そっちの方がいいかな...」

「わかった!じゃあ何する?ゲームでも...」

そう言って茶都ちゃんが立ち上がったタイミングで玄関の方から扉をガラガラと開く音が聞こえた。

すると直ぐに「ふぁ〜あったかい...」「お風呂入る〜」「俺はお腹空いたよ」と言ったザワザワとした声が聞こえてきた。

その声がどんどん私の方へ近づいてくる。私は咄嗟に茶都ちゃんの背後に隠れた。

そしてその声が私の目の前になった時、途端に静かになった。

私は状況を確認しようと茶都ちゃんの腕の隙間から相手を見る。

10人ほどいるその人達は安心したかのように微笑んでいた。


私はいっぱい人がいるところが嫌いだ。いや、全く知らない、関係性がない人が多くいる分には構わない。

ただ、学校のクラスメイトのようなそう言った人が多くいるのが嫌だ。

クラスメイトなんていうのは最悪だ。少しでもみんなと違う意見を言ったり足並みが揃わないだけで裏切り者の罪人のように30人で1人を仲間外れにしたりする。

先生もその雰囲気に押されて何も言わなくなる。私が無視されるのが当たり前になって誰も興味を失い、空気になる。

だけど一対一であれば違う。私と相手しかいないから仲間外れにはならないし集団じゃないから無視されてもダメージが少ない。

ただ、茶都ちゃんは私を歓迎し私がいることを喜んでくれた。私の存在を喜んでくれる人には初めて出会った。

茶都ちゃんは今の隠れた私もにっこりと笑って「大丈夫!そんな焦らなくてもいいから!ゆっくりね」そう、言ってくれた。

その後、食堂で夜ご飯になった。ご飯は給食のように配膳担当が決まっていて茶都ちゃんは今月の配膳担当で机の反対に立ってスープをお皿に入れている。

私は知らない人に囲まれて少し寂しいような、怖いようなそんな気分になりながら席についた。

席も指定だったけど、学年順で右手前から1年生で途中折り返して1年生の向かい側に12年生がくる席順。だから私と茶都ちゃんは隣同士。

席には左隣に3年生の男の子、向かい側には多分高校生くらいの女の子が座っていた。

私が座っていると3年生の男の子が私の服をちょっちょっと引っ張った。

「どうしたの...?」

「あの...初めまして...太刀って言います...よろしくお願いします...」

「え?あ...うん。小雪...だよ?よろしく...」

二人とも緊張していてガチガチの自己紹介だった。私が言うのも何だけど太刀君が私に緊張したのは何で何だろう。

私がそんなに緊張させるような風貌をしていたのだろうか?

そしてこのガチガチの自己紹介をしている時も向かい側のお姉さんは私をジーッと見ていた。

私は流石に怖くなって...でもなんか話しかけるのも怖くて目を逸らした。

目を逸らしても目線を感じる。どうすれば正解なのか分からない。話しかけるべき?逃走する?どうする?

そんなことを考えていると、茶都ちゃんが配膳から戻ってきた。

「小雪ちゃん!ただいま!」

「おかえり...」

「どうしたの小雪ちゃ...あ〜杏ねぇ!怖がらせたんでしょ!」

「え?違う違う!ただ新しい子可愛いな〜って」

「知らない人にジーッと見られるのは怖いよ!せめて自己紹介してからにして!」

初めて茶都ちゃんが怒っているのを見た。どんな人でも怒っている時は自分が怒られてるわけじゃないのにちょっと怖い。

「じゃ!始めまして。私、杏って言います。9年生...だから中3?かな、よろしくお願いします」

その声はさっきまでジーッと見られて怖がっていた人の声とは思えないくらい透き通っていて綺麗な声だった。

「あっ...えっと小雪です...よろしくお願いします」

「小雪ちゃん。この後一緒にお風呂入ろ」

「え...?いきなり?いいですけど...」

「杏ねぇ?」

「いやいや二人っきりってわけじゃないからー」

杏ねぇは目を逸らした。

「小雪ちゃん。注意してねあの人変態さんだから」

「えぇ...」

あんな透き通った声をして、よく見れば美人なのに...変態...残念美人というやつなのかな...


ご飯の親子丼はとても美味しく、ペロリと完食できた。

次はお風呂、小雪ちゃんが警戒していたからか私は一時も小雪ちゃんの側から離れられなかった。

別に離れようとも思ってなかったけどね。

お風呂はここが温泉地ということもあって温泉。浴場は黒い石でできててすごく大きかった。

お風呂から上がると、私の服を置いたロッカーにずっしりとしたビニール袋が入っていた。

そのビニール袋の中身を見てみるとそれはこの学校の制服だった。

「ふふ〜いつ渡そうかと迷ってたんだ〜ほらほら着てみてよ!」

私は新品の制服を汚さないようにと丁寧に体を拭いて、そしてブレザーを着てみた。

私の昔の学校はセーラー服だったから不思議な感じがする。

「ふぁあ〜良いよ!良い感じ!」

「そうかな...」

茶都ちゃんは全力で褒めてくれた。しばらく鑑賞会的なやつをした後、私は部屋に戻って制服から私服に着替えようとした瞬間...

(あれ?元の服はどこだ?)

私は急いで三つ隣にいる茶都ちゃんの部屋をトントンと叩きに行った。

「ん〜どうしたの?」

「私の服!どこ!」

「あ〜ここ〜」

ペチン、私はそう茶都ちゃんの頭を叩いた。

「ドロボー!」

「ごめんって!許して!つい出来心で!」

「む〜...しょうがないな...」


最後に泥棒に遭ってしまったけど、今日はこれまでの一日と本当に同じ時間なのか疑わしいほど色々なことがあった一日だった。

今日の朝は東京のあの寂しい家で一人ぼっちだったことが信じられない。

これからこの寮でいっぱい楽しもう。そう思って21時、私は電気を消して瞼を閉じた。

ーーーーーーーーーーーー

5時30分、私は目が覚めた。

やっぱり初めて寝るところだからかあまり落ち着けなかった。私は洗面台で顔を洗って歯を磨きふと外を見ると...そこにはー


少しばかり山の上が白い山肌にオレンジ色の光線を突き刺し、それを左右の山が無数に跳ね返してこの谷底までうっすらと明かりを届けていた。

まだ青色のフィルターがかかっている谷底でも雪の多さは感じられた。

こんなに一日で積もる物なのかそう思ったけど、そういえば昨日夜になってご飯を食べている時も、温泉に入ってる時も、この雪は人知れずずっと降っていたんだ。

窓を開ければ身に染みるような冷気が飛び込んでくる。だけどなぜだかそれも少し心地いと思ってしまった。

私はしばらくこ神秘的にも感じる谷底の景色を楽しんだ。

毎日見て見飽きる前に感激しておかないともったいない。そう思った。


私は適当にぶらぶら寮の中を散歩することにした。

最初に向かったのは体育館...そこにはおもちゃが散乱していた。

多分、ひとみちゃんや健斗君、太刀くんが夜に片づけずに寝ちゃったんだろう。

私は片付けてあげることにした。箱には"くみくみスループ"と書かれていてどうやら玉を転がす道を作るおもちゃみたいだ。

私はこう言うものを見たのは初めてで少しの好奇心からこのスロープを作り上げ始めてしまった。


おもちゃってこんなに楽しいんだ。そう思った。玉を転がして下に繋げる、どんどんと道を繋げて高さを増していくおもちゃの塔。小学生低学年向けのおもちゃを小四がやるのはどうなのか...だけど私には楽しい、おもちゃってこんなに楽しい!そういう気持ちしかなかった。それにまだギリギリセーフだと思う...

気がつけば1時間と30分が経ち、外も明るくなってきた。それでも私は初めてやるおもちゃに夢中になった。

「小雪ちゃん。楽しい?」

ふと後ろを振り向くと茶都ちゃんが立っていた。

「いや...えっ...と...あ...いや...あ...」

私はどう答えれば良いのかわからなかった。こんなおもちゃで遊んでいて恥ずかしかったというのも少しあるけど、それよりも怖い。怒られる...そっちの気持ちの方が強かった。


昔、どこにいるのかわからない遠い親戚が私におもちゃをくれたことがあった。

3歳の時だった。その時のおもちゃがどんな物だったのかは覚えていない。だけど楽しくてつい、部屋を汚してしまったんだ。それが母親に見つかった時、母親は無言で私をビンタした。そして「小雪...楽しい?」私はつい「楽しい!」と答えてしまった。その後のことはよく覚えていない。ただとても痛くて、血がででしばらくあんまり動けなかったのは覚えている。


「小雪ちゃん!?」

「あ...あ...あ!?...やだ...やめて...ごめんなさい...だ...だから..おこ...怒らないで...やめて...」

私は気がつけば膝から崩れ落ちて母親のような茶都ちゃんのようなもう涙と記憶の洪水でよくわからなくなっていた目の前の人間に懇願した。怒らないで、叩かないで、痛いことしないでと。

だけどその前の人は母親じゃなかった。茶都ちゃんだった。

茶都ちゃんはまるでお母さんのように「大丈夫...怒ったりなんかしないし、謝らなくて良いんだよ。もうここは小雪ちゃんの家じゃないんだから...」そう、抱きしめながら私を諭してくれた。そして小雪ちゃんの「大丈夫。一緒に遊ぼう」という言葉で私の中の何かが決壊した。そして気がつけば、大量の涙が溢れ出てそしてワンワン泣いた。

この体育館、いやこの建物中に声が響くほど泣いた。

小雪ちゃんに抱きしめられて初めて、人の温もりというのを感じた気がした。


陽は気がつけばずいぶんと高く上がり、この渓谷の底にも太陽の光が差し込んだ8時。

私は外で低学年全員で遊んでいた。私は少し勘違いしていたんだけど、12年生まであるこの学校では低学年は6年生まで高学年が7年生から、という区別になるらしい。

そしてさっきの泣き喚いた後の話なんだけど、しばらくして私は泣き止んで、小雪ちゃんと一緒にくみくみスロープ意外にもいろんなおもちゃで遊んだ。しばらくすると、ひとみちゃん達が起きてきて外で雪遊びをしたいと言ったから今ここで雪合戦を始めていた。

「小雪ちゃん〜行くよ〜」

「うん!」

「ちょっと!投げようとしてる時に投げないでよ!」

「そんなルールないでーす」

「うわぁ」

「隙だらけだよ!小雪ちゃん!」

「やったね!ひとみちゃん!」

なんて楽しいんだろう。こうやって友達と一緒に遊ぶのってこんな楽しかったんだ。

ここに来て本当によかった!

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