第2話 無知はエッチ

 剣影「なぁぁぁ!!! 離せぇぇぇ!!!」


剣影は部室に逃げ込んだが、袖雪に完全に拘束され、部室にあった紐で縛られてしまった。


 袖雪「はぁ………はぁ………何をやってるんだ私は?」


 剣影「知るかボケ!」


 袖雪「と、取り合えず自己紹介でもしようか?」


 剣影「まずはこの紐を解け!」


 袖雪「私は八剣袖雪、二年生だ。」

 

 剣影「強行するな!」


 袖雪「妹が世話になっているな。この前、熊本から引っ越してきたんだ。」


 剣影「引っ越してきた? 蛍は中学の頃からの知り合いなんだが?」


 袖雪「両親が復縁してな、父について行った私は熊本、母について行った蛍は千葉に居たんだが、この度、私もこっちに来る事になったんだ。」


 剣影「だから同じ学年なのに見覚えがなかったのか。」


 袖雪「貴様も二年なのか?」


 剣影「ああ。」


 袖雪「もしかして2年A組か?」


 剣影「………………そうだが?(同じクラスってのは勘弁してくれ。)」


 袖雪「同じクラスじゃないか!」」


 剣影「(終わった………………)」


 袖雪「名前を教えてくれないか?」


 剣影「…………宮本剣影だ。」


 袖雪「よろしく、剣影。」


 剣影「まあ…………うん。」


 袖雪「何で剣影はあんなに強いんだ? 全国大会ではどこまでいった? 優勝も狙えるだろう?」


 剣影「市民大会を突破した事もない。」


 袖雪「そんな訳あるか! 私は女だが全国大会を優勝しているし、一つの学校を除いて、熊本ではどの学校の男子よりも強かったんだぞ!」


 剣影「へー、すご。」


 袖雪「ちゃんと答えてくれ、久しぶりに負けて興奮してるんだ。じらさないでくれ。」


 剣影「好きじゃないんだ、剣道が。」


 袖雪「え?」


 剣影「できるだけやりたく無いからわざと負けてる。」


 袖雪「わざとだと!? 剣道への冒涜だ! それに、好きじゃないってなんだ!? 好きじゃないのにあんなに強くなれる訳ないだろ!」


 剣影「声がでかい。俺が強いのは…………才能だな。」


 袖雪「才能だと? ………………許せない、剣士としても部員としても。」


 剣影「なんで部員になってんだよ。」


 袖雪「剣影、必ずお前をやる気にしてみせるからな!」


 剣影「え~?」


 袖雪「約束しないか? 何時か私が勝ったら本気で剣道に勤しむと。」


 剣影「やだ。」


 袖雪「もし、剣影が勝ったら私を好きにしていい。勝つ度にな。」


 剣影「やだって。」


ガチャ


ドアが開き、旗と剣影が落とした竹刀と防具を抱えた蛍が現れた。


 蛍「ええ!? どうしちゃたんですか部長!? (ぶ、部長が縛られてる!? しゃ、写真を撮らないと!)」


 袖雪「蛍、私は剣道部に入る事にしたぞ。」


 蛍「だ! か! ら! 剣道部には入らないって約束でしょ!」


 袖雪「無かった事にしてくれ!」


 蛍(駄目だ、この状態になったお姉ちゃんが折れた事はない………部長と二人っきりの剣道ライフが…………)」


 袖雪「顧問の先生を呼んできてくれないか? 入部届が欲しいんだが…………」


 蛍「わ、分かった。ちょっと待ってて。(上手い事先生を騙してお姉ちゃんを入部させない様にしないと。)」


そうして蛍は顧問を呼びに部室を出て行った。


 袖雪「この部室も掃除しないとな。防具入れも変な形になってるし。」


 剣影「俺の秘密基地だ。荒らしてくれるなよ。」


袖雪は防具入れに頭を突っ込み、奥に隠された剣影の秘密基地の中を覗き込んだ。


 袖雪「お菓子に漫画、枕に毛布、ここに住んでるのかお前は。」


 剣影「俺のサンクチュアリだ。勝手に入るな。」


 袖雪「見ろ、女性が裸で寝ている本があるぞ。」


 剣影「ば、ばか! そういうのは見なかった事にするんだよ!」


 袖雪「男は本当に女体が好きだな、風紀の乱れを感じるぞ。」


 剣影「いいから出るんだ。」


剣影は袖雪の腰を掴んで引っ張り出した。


 袖雪「まあいい、そろそろ授業だしな。」


袖雪はそう言うと道着を脱ぎ始めた。


 剣影「お、おい! だから俺が居るのに脱ぐなって!」


 袖雪「何故だ? 裸になる訳じゃない、下着は付けてるんだぞ? 夏はブラジャーを付けない事があるが。」


 剣影「更衣室に行けって!」


 袖雪「遠いだろ? それに、私の体を見れて剣影は嬉しいんじゃないのか?」


 剣影「お、お前って奴は………………」


コンコンッ


 佐々木先生「おい宮本、居るのか?」


 剣影「(まずい! こんな所を見られたら俺の学校生活は終わる!)」


 袖雪「ここに………」


バサッ!


剣影は袖雪に毛布をかぶせ、秘密基地の中に袖雪を押し込んで、剣影も一緒に入った。


 佐々木先生「入るぞ。」


ガチャ


顧問の佐々木先生は部室に入り、辺りを見渡したが、剣影の姿は見えなかった。


 佐々木先生「居ないのか。」


佐々木先生はそのままドアを閉め、部室を出て行った。


 剣影「ふうあっぶね、平気で煙草を生徒の前で吸う癖に、結構厳しいんだよ、あいつ。」


 袖雪「お、重い…………剣影。」


 剣影「わ、悪い………………」


剣影が改めて袖雪の方を見ると、袖雪は下着だけの姿で、袖雪の胸が剣影の胸元とぶつかっていた。


 剣影「………………」


 袖雪「な、何か固い物が当たっているんだが………………」


 剣影「す、すまん! 早く出るから!」


剣影は急いで基地の中から出て、深呼吸した。


 袖雪「なんか、ちょっとドキドキした。何だろうな、この気持ち。」


 剣影「と、闘志だ。俺は闘志だと思う。」


 袖雪「そうか! 闘志か!」


 剣影「分かったら早く着替えてくれ。」


袖雪はその場で制服に着替え、防具を防具袋に入れて防具入れに押し込んだ。


 袖雪「これからよろしくな、宮本部長。」


そう言って袖雪は手を振りながら部室を出て行った。


 剣影「遅刻だな、これは。」


剣影は遅刻である事を確信し、さっきの感触の余韻に浸りながらゆっくりと制服に着替え、防具をしまい、竹刀を点検して教室に向かった。


 佐々木先生「おい宮本、遅刻だぞ。」


2年A組の教室では、既にホームルームが始まっており、新学年になった生徒たちが不安と期待に気分が落ち着かない中、髪も直さずに雑な着こなしをした剣影がやる気が無さそうに教室に入って行った。


 剣影「朝錬には居たじゃないですか、勘弁してくださいよ。」


 佐々木先生「何時も練習なんてしてないだろ、今日は勘弁してやるから早く席に座れ。」


 剣影「はいはい。」


剣影はあくびしながら自分の席に座り、窓の外で咲いている桜を見ながら少しは新学年になった実感を得ようとした。


 佐々木先生「今日、この学校に編入し、このクラスに入る事になった生徒が居る。こっちに来てくれ。」


 袖雪「はい!」


袖雪がはっきりとした声色でそう言い、上品さを漂わせながら前の方に歩いて行き、剣影は自分の隣の席から立ち上がった様に見えたあの光景を見間違いだと自分を洗脳する事に専念していた。


 袖雪「八剣袖雪です! よろしくお願いします!」


ざわざわ

  

 ざわざわ


教室が袖雪の声のでかさと、圧倒的美貌にざわつき始めた。


 「な、なあ? めっちゃかわいくね?」


 「すっごい美人、ちょっと萎えるかも。」


 「あれでメイクしてないの? したらどうなっちゃうの? 終わるの? 何もかもが?」


 袖雪「初めての場所で初めての人達、不安が無いと言えば嘘ですが、先ほど剣影と友達になれたので良かったです!」


 剣影「(ああ、厄日。ちゃんとした厄日だ今日は。」


クラスの全員が一斉に剣影の方を向き、各々は勝手に袖雪と剣影に何があったのか妄想し始め、剣影に直接聞く者も居た。


 「なあ、友達ってマジか? 知り合いなのか?」


 剣影「まあ………………」


 佐々木先生「こら! 勝手に話し始めるな!」


 袖雪「もう戻っても?」


 佐々木先生「ああ。」


袖雪は軽い足取りで自分の席に向かい、笑顔で横を見ながら座った。


 袖雪「隣の席なんて凄い確率だな!」


 剣影「へへへ、はは………はぁ………………」


クラスの注目はまだまだ袖雪と剣影に向いていたが、そのままホームルームは終わり、休み時間になった。


 「ねえねえ八剣さん? 学校の案内とかってやらせてもらってもいい?」


 「俺も俺も!」


袖雪の周りに一気に人が集まり、立てない程に囲まれた袖雪は困惑する事なく笑顔で対応した。


 袖雪「ああ、分からない事が沢山ある、色々とありがとう。剣影は………………」


袖雪は剣影の方を見たが、剣影は既に逃げていた。


 剣影「付き合いきれないな………………」


 蛍「お~い! 部長~!」


剣影が廊下で声に振り返ると手を振りながら猛ダッシュで蛍がすっ飛んできていた。


 蛍「わわ! 止めて~!」


 剣影「何やってんだよアホ。」


どさっ


剣影は蛍を受け止め、蛍が怪我をしてないか確認した。


 蛍「うぅ………ご、御免なさい。佐々木先生が探してたって伝えようと思って……………(ぶ、部長に抱かれちゃった!?)」


 剣影「担任だぜ? もう会ったよ。」


 蛍「な~んだ……………あの、あそこの騒ぎってお姉ちゃんですか?」


 剣影「ああ、お前の姉ちゃんすげぇ人気だぜ。」


 蛍「そうでしょうとも! お姉ちゃんは凄いんです! 背も高いし! 凄い美人だし、頭もいいし、運動神経だっていいし、優しいし…………それに比べてうちは………………」


蛍は背が低く、茶髪のボブで、美人ではあったが、勉強も運動も余り得意では無かった。


 剣影「美人じゃないか、お前だって。」


 蛍「え!? そ、そう思いますか!?」


 剣影「当然だろ。」


 蛍「(び、美人なんて言われちゃったらうち………………」


 剣影「何か奢ろうか?」


 蛍「え? どうしてですか?」


 剣影「お前の入学祝い…………かな。俺もちょっと浮かれたいんだ。この空気にな。」


 蛍「は、はい! ありがとうございます!」


そうして剣影と蛍は売店へと向かった。

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