数え切れないループの果てに魔王を倒したら、仲間が病んでた。どういうこと?
ざきる
第1話:祝祭の影
世界は救われた。幾千幾万の犠牲と、数えきれないループの果てに──ようやく。
王都の鐘が鳴り響く。花びらが風に舞い、祝福の音が街を包み込んでいた。
「勇者アレン一行、魔王討伐の大偉業を果たす」
その栄光の中心で、アレンは無言のまま立っていた。
この風景は、何度も何度も夢に見たものだ。
ようやく………ようやく辿り着いた。
だが、どこか――現実味がない。
笑顔の人々。歓声。祝福。
そのすべてが、アレンには遠い幻のようだった。
(──魔王を倒した瞬間、何も感じなかった)
魔王城の頂で、燃え落ちる瓦礫の上に立っていたあの時。
傷だらけの剣を地面に突き立てた俺の前で、崩れ落ちる魔王の骸。
世界は静まり返り、仲間の歓声が背中越しに響いた。
けれど、心は空っぽだった。
“これで終わる”という実感が、どこにもなかった。
──その違和感だけが、いまだにずっと残っている。
隣に並ぶ仲間たちの顔を見やる。リリィ、レン、ノア、カイ。
彼らの顔は喜びに満ちている。
けれどアレンの心は晴れない。
胸の奥にわだかまる違和感が、ずっと消えなかった。
「……本当に、終わったんだな」
かすれた呟きは、祝福の音にかき消された。
宴の喧騒の中、アレンは静かに杯を傾けていた。
「ほら、アレン。お前ももっと飲めって!今日くらい羽目外さないと損だぞ!」
隣でカイが豪快に笑い、どこからか持ってきた大ジョッキを押しつけてくる。
「俺はいい。酔ったら寝るだけだ」
「……ふうん。ま、らしいけどさ」
そのやりとりを見ながら、レンが小さく息を吐いた。口元だけがわずかに緩んでいる。
「なによ、あなたたち。こういう時くらい楽しみなさい。ほら、乾杯の音頭くらいとりなさいアレン」
ノアが言い放つが、アレンは無表情で苦笑するだけだった。
この笑い声が、心のどこかを刺した。
──みんな、笑っていてくれる。
けれどその笑顔を、俺は信じきれない。
だって……これは全部、夢かもしれないから。
夜。祝宴の最中、アレンはこっそりと席を立った。
王都の高台に登り、静かに街を見下ろす。
(本当に、これで終わりなのか?)
そんな疑念が頭から離れなかった。
その時、遠く東の空が――赤く染まった。
魔王戦の時と同じ、瘴気の混じった光。
瞬間、森からの急報が届く。
「魔物出現、至急討伐隊を!」
魔王は確かに倒したはず。眷属も、すべて……。
やり残しがあるのだ。
「やっぱり……まだ終わってなかったんだ。世界を見て回ろう。
やり残しがないように……魔物は…皆を傷つけるものは排除しないと。すべて」
誰に聞かせるでもない独り言だった。
そしてその夜のうちに、アレンは旅の支度を始めた。
明け方、まだ街が眠っているうちにアレンは玄関の扉を静かに開けた。
できれば、誰にも気づかれずに出ていきたかった。
仲間と過ごす時間は、かけがえのないものだった。
だからこそ、もう二度と彼らに関わりたくなかった。
──関われば、また俺は彼らを死なせてしまう。
でも。
「……アレン様?」
その思惑は、プラチナブロンドの髪に打ち砕かれた。
屋敷を出ようとしたところを、リリィに呼び止められた。
「アレン様……どこへ行くのですか?」
白い僧衣に身を包んだリリィが、玄関先に立っていた。
暗さの中かろうじて見えるプラチナブロンドの髪が揺れる。
瞳は揺れ、声は少し震えていた。
「旅に出る。世界を見て回るつもりだ。ゆっくり見てる暇もなかったからな」
アレンはできるだけ静かな声で答えた。
その口調からは、あえて感情を殺したような冷静さがにじんでいた。
「……もう、いいのではありませんか? 誰もあなたを責めたりしません。勇者としての責務は、果たしたのですから」
「やっぱりバレバレか…。責める責めないの問題じゃないんだ。これは……俺自身の問題なんだよ。」
アレンはリリィの瞳を見つめることができなかった。
罪悪感が、喉に張りついて言葉を重くする。
──俺は、何度も……仲間を死なせた。
その記憶が、心に深く突き刺さっている。
誰も知らない。いや、知るべきじゃない。
けれど、俺は知っている。あの時、リリィが笑顔で逝った光景も。
レンが涙ながらに囮となって死んだ瞬間も。
ノアが自分の命を犠牲に呪文を放った場面も。
カイが、俺を庇って盾になったあの姿も。
何度も、何度も何度も何度も何度も。
彼らが何も覚えていないなら、それでいい。
あんなこと、もうたくさんだ。
俺が、彼らを守らなければならない。
アレンは落ちた心を振り絞り、できるだけ笑顔を作ってー作ったと思ってー
振り返り軽く手を上げた。
実際には、口角は一ミリも上がっていなかったがー
そう、アレンは度重なる繰り返しによって表情筋がまったく動かなくなっていたのだ。
「行ってくる。なあに、魔王はもういない。危険はないさ。のんびり観光しながら残党を狩るだけだ」
「……いってらっしゃい、アレン様」
リリィはそれ以上何も言わなかった。
その瞳はどこまでも優しく、そして――ハイライトが消えていた。
まるで、監禁する一歩手前のような。
アレンはそれに気づかず、背を向けて歩き出した。
背にあるのは剣と荷物。胸にあるのは、拭いきれぬ罪と責任。
そして、感情を切り離したような心。
──これは、ただの旅じゃない。
俺にとっての罰だ。贖罪の旅路だ。
彼は誰に告げるでもなく、小さく呟いた。
「……皆を傷つける魔物を倒す。今度こそ、全部だ」
こうして、アレンはたった一人で王都を後にした。
だが、彼はまだ知らない。
「アレン様がまた無茶をしないように、見張っておかないと…
待っていてください。すぐに追いつきますから」
自慢のプラチナブロンドの髪をなびかせながら、旅の準備をしようと
踵を返した少女がいることを――
「アレン、私は一人で行くことを許可してないわよ?
なにかあったらもう、私は…なにをするかわからないわよ?」
艷やかな黒髪を帽子で隠した少女が見ていたことを――
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