30;情報奪取
桜木は垣本と青コートのチンピラを日異協の地下室に連れ込み、上半身をはだけさせて拘束した。
「起きなさい」
「おあっ!? ぷはっ!」
「ぐあっぷ! ハァ、ハァ……」
バケツで冷水をかけて叩き起こす。
「ここはどこだ……」
垣本は辺りを見回してから桜木を睨みつけた。
「ここは日異協の地下室。拷問だか収監だかに使う場所よ」
桜木は機械から伸びる、シートのついたコードのようなものを二人の体にペタペタと貼りながら言った。
AEDなど医療器具でも使われるパッドである。いざとなればそこから多量の電流を流すことで直接神経を痛めつけるのだ。
「お、おい! なんだこれ、こんなことして本郷さんがだまってないぞ!」
得体の知れないそれに怯えたのか、青コートを着ていたチンピラが声を荒げはじめる。桜木は冷たい目で睨みつけ、突き放すように言う。
「あなた末端じゃないの? 本郷にツテがあるのかしら」
図星だったのか、チンピラは押し黙った。
本郷とは悪Q連のボスの名である。こういう犯罪集団のトップは末端と接点を持つことはふつう無い。だがチンピラは息を詰まらせながらも負けじと吠えだす。
「そ、そんなのいいだろ! とにかくここから出せ——」
「うるせえ黙ってろ!!」
突如垣本が一喝した。チンピラは肩を跳ね上げて驚き、桜木も目を丸くした。
「お前はもう喋んな……なぁアンタ、ここで拷問して俺らから情報を引き出す気か」
「そうね。私は拷問士をしているから、そのつもりだったけど」
桜木は怪訝な顔で言い放つ。すると垣本は口角を上げ、毅然とした態度で答えた。
「ならいくらでも喋ってやる。だがそれが本当かどうかは……テメェで確かめやがれ」
「……ふぅん、意外に従順なのね」
桜木は不敵な笑みを浮かべた。だが一度二人のもとから離れ、
〈情報を喋る気があるようです。おそらく鵜呑みにしないほうが賢明かと〉
送信すると、すぐに返事が返ってきた。
〈了解、注意する。尋問を続けてください〉
桜木は
このスイッチで二人の体に電流を流せる。強弱も相手の精神状態に合わせることができるし、彼女はその調整が上手い。
「さて、最初の質問よ。ここしばらく違法薬物の検挙数や売人と思しき不審者が急増していることは知っているでしょ? あなたたち悪Q連はこの事案に加担しているの?」
「ああそうだ。俺らが実行している」
垣本はあっさり答えた。もともと警察にも目をつけられていたものだし、これくらいの情報なら吐いてやってもいいという魂胆なのだろうか。
「ふぅん……そう。なら、私たちこの間、ある金融機関について調査したんだけど……ここ。あなたたちの経営下にあるところ?」
踏み躙るような口調で、今度は南や経理部が調査した金融機関の写真を見せた。垣本は眉をひそめながら写真を凝視する。それから頭をもたげて、吐き捨てるように言った。
「知らねぇなぁこんなとこは。どこの金融だ?」
「……そう」
それを聞いた桜木が目を細める。——次の瞬間、スイッチにかけた指に力をこめた。
「いぎああああああああ!!」
チンピラが絶叫する。垣本も声こそあげないが血管を浮かび上がらせ苦悶の表情を作った。
「本当なのね?」
「クソッ……しらねぇッ……もんは知らねぇ!」
悪魔のように不敵な微笑みを浮かべて問い直す桜木を、痛みのあまり垣本は全力で睨みつける
。
「本当なのね? 本当のことを正直に話したら止めてあげてもいいかなぁ」
だが桜木は垣本ではなく、もう一人のチンピラの方へ歩み寄った。
「ひ……ひぎっっイダいッ痛ッ……許してくだっくださいッ、あがあああ!!」
涙を浮かべ手足をジタバタと動かしながら悶絶する。その様子を横目に見た垣本の顔が青ざめる。
「ぐぐっ……テ、テメ……電流の強さ変えてやがるなっ……!」
「黙って、私は今こいつに聞いてるの」
桜木は垣本と目を合わせもせずはねつける。お察しの通り、桜木は垣本に比べチンピラの方に強い電圧をかけていた。
「さあ、電流を止めてほしい? 止めてほしかったら私の質問すべてに、正直に答えてね。答えなかったり嘘ついたりしたら……このまま死ぬまで電気流すから」
無表情で、感情の一切こもらない声でそう語りかければチンピラは苦しみながら一気にその顔を青くしてゆく。そして痛みから逃れたい一心でコクコクとすばやく首を縦に振った。
桜木は、垣本の態度を見て拷問はこのチンピラに一点集中することにしたのだ。
「おい……ッなんもしゃべんなっつったろッ……!」
横から垣本が電流に声を詰まらせながら叫ぶ。だが桜木はそんなものお構いなしに「喋らないと殺す」の一点張りだ。
生殺与奪の権は桜木にあり。痛みで判断力も鈍っているし、ここまですれば一介のチンピラ風情の選択など知れたものだった。
「し、正直にいいますッ……!!」
「よろしい」
桜木は微笑んで電圧を下げた。
それからチンピラは全身を震わせたまま口を開く——が、
得られた答えは実に意外なものだった。
「そ、その銀行のことはおれも知らないですぅ……ほ、ほんとなんですしんじてください!!」
桜木は目を丸くした。
ここまで追い詰めてしらばっくれるということは流石にないだろうが、
桜木は垣本をちらりと見る。
彼も変わらず苦しそうな顔を浮かべているが、その口角が一瞬つりあがったように見えた。
——おそらくこの男は何か知っている。
桜木はそう判断した。上層部がやっていることを把握していても三下に情報は回っていない、そんな状況は犯罪組織ではザラにあることだ。
「だから……言ったろッそこは関係ねぇ!」
垣本がもがきながらそう訴える。
コクコクと頷くチンピラはただ同調しているだけにしか見えず、真実を特定するという意味においてもはやこれ以上問い詰めるのは無謀としか思えなかった。
桜木は小さく息をつき、問いを切り替えることにした。
「じゃあもう一つ聞くわ。——あなたたちのアジトは、どこ?」
その問いに、垣本はさらに顔を強張らせる。
しかしチンピラは生の渇望から必死に答えようともがいた。
「は、はいィ……それはッ」
「おいバカ喋るな!」
「渋谷外れの路地です!!」
垣本の制止も聞かず、チンピラは答えた。
「ふぅん、住所は?」
「じ、じゅうしょは——」
そのまま住所さえも言い切ってしまった。
「そ、ありがとう。もういいわ」
桜木は満足げに笑ってスイッチを切った。電流が止まり、二人は一気に脱力してうなだれる。
「ハァッ……ハァッ……」
「うぐうう……」
垣本は深い呼吸を繰り返し、チンピラはみっともなく嗚咽をもらした。
桜木は二人につけていたパッドを外しながら悪戯に言う。
「おつかれさま。正直に話してくれたお礼に、生かして釈放したげるわね」
「……ケッ、釈放って、どうせ次はサツに突き出すクセによ」
「あら、よくわかってるじゃない。あなたたちは地獄行きじゃなくて豚箱行きってこと」
悪態をつく垣本に、桜木は嘲るように言った。
拘束を解から、代わりに手錠をはめられた状態で二人は歩き出す。その最中、垣本は地を睨み続けていた。ただの一言も発さずに、まるで今にも復讐を誓うかのように。
桜木が警察に二人の身柄を引き渡してロビーに戻ると、そこには簡単な手当てを終えた蓮がいた。彼女に気づいた蓮ははにかみながら声をかける。
「お疲れさまです。終わったんですね」
「あら、そうね。やることは終わったよ」
「そういやあいつらの荷物とかはどうします? 鑑識に出すんですか?」
「そうね。通信履歴とかは調べてもらうわ、情報部に。ほんと垣本を倒してくれて助かったよ」
そう言って桜木は人差し指を立てて微笑む。その一言に、蓮はずいぶん嬉しそうにほくそ笑んだ。
「垣本なんかには負けてられませんよ。むしろもっと強い敵と、戦いたいくらいです」
桜木は微笑みながら目を逸らす。
そして、一呼吸間を置き、こう言った。
「——ずいぶん自信あるみたいね。それじゃあお疲れさま」
「え、あ、お疲れさまです」
その声はなぜか重く、切なく感じられ、蓮は思わず口籠る。
そのまま桜木は右手をひらひらと振って去っていった。
彼女の背を見届けて、蓮も小首をかしげつつその場を離れたのであった。
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