20;結城班へ次なる作戦
「どういうこと……?」
杏奈は机に肘をついて前のめりになった。蓮もまるで意味がわからないといった具合に目を丸めている。
快斗は説明した。
「表で合法な経営をすることで社会的に信頼を得て、検挙のリスクを下げる。けれど闇営業に比べ収益は落ちるだろうから、その分を麻薬業でまかなう。表向きが正規業者なおかげで、薬物に手を出していること自体も見えにくい。こういう構造は犯罪組織じゃよくあることです」
その説明に、木下は椅子に大きくもたれかかって声を上げる。
「あーー、なるほどーー天才!」
「うるさいわよ木下……でも確かにその可能性は捨てきれませんね」
桜木も木下に毒を吐きながら了解した。
南は相変わらず表情ひとつ変えていない。
他の者たちも納得したように頷いていた。
「はぁぁぁ……なるほど、そんな可能性もあるのか……」
蓮は大きく息を吐きながら腕を組んだ。驚いたからか、少しばかり頬がほころんでもいた。
「でも、それすら仮定の話じゃ……」
杏奈は疑問を投げかける。
確かに彼女の言う通り、快斗の論理もまた仮説にすぎない。ゆえに件の機関を黒と断定することも結局のところできないままだ。
しかし快斗は首肯しつつ、静かに返す。
「そう。だからもう少し精査する必要があるでしょう。実際に返済の手続きはどうなっているのか、この形式で無効に見込める利益はいくらか、悪Q連の過去の業務と照らし合わせてそれがどのくらいになるか……麻薬業で減った利益をどれだけカバーし得るか、とか」
至極真っ当な回答に、杏奈は「それもそうね……」とだけ言って引き下がった。
「じゃあ経理部にもそのことを念頭に置くように言っておくか」
「ああ、そうしておこう」
晶萃の提案に快斗は首肯した。他の者も異論はないようで、皆先ほどより表情が柔んでいる。
「よっし、じゃあ今日の会議はお開きっすかね、お疲れっした〜」
「あっ、ちょっと木下!」
一区切りを迎えたかと思うと、木下は一目散に出入り口へ駆け出した。桜木がそれを追う。すると突然扉が開き、木下はゴチンと頭を打った。
「いっで!」
「あっ、木下さん!? ごめんなさい……」
扉の先には、片手にパソコンを抱えた龍崎玄人が立っていた。
「ご、ごめんなさい、この
額をなでる木下を捕まえながら、桜木はぺこぺこと頭を下げた。玄人は木下が怪我していないことを確認しつつ桜木に微笑みかける。
「大丈夫ですよ、お怪我がないなら」
桜木はそのまま、すみませんすみませんと謝りながら木下を引きずって出ていった。
玄人が部屋に入って扉をしめた後も、廊下から二人が言い合っている声が聞こえてくる。
「はは、仲良いよなあの二人」
蓮は頬を緩ませて言った。それを聞いた杏奈もクスッと笑う。
「……そうね、昔のあんたと燐みたい」
「それとはだいぶ毛色が違わないか??」
「えー、そうかしら?」
二人は笑い合った。いつかから続く和やかな光景。それは今でもこうやって、ふとしたときに出てくるものだった。玄人は懐かしさを覚えて、敢えて口を挟まずにいた。
「えーと龍崎さん、それでどうされたんですか?」
そんな中で晶萃が口を開いた。三人は一斉に彼の方へ向き直る。
「ああ、そうだごめん玄人。どうしたんだ」
蓮も若干慌てた様子で声をかける。杏奈も申し訳なさげに「すみません」と頭を下げた。
「いやいや、いいんだよ二人とも。また警察から情報を持ってきたんです」
蓮と杏奈をなだめつつ、玄人はパソコンを開いた。そこには数人の名前や顔写真といった個人情報の書かれた資料が映されている。
「また新しく薬で逮捕された人のうち、入手経路が何人か割れました。それで今回、女性の逮捕者に共通していたものがありまして——」
「——あれ? その人」
玄人が説明をしている途中、杏奈が顔写真のひとつを指差して言った。
「ん? ああ、新井眞知子か。二人の学校の先生だったよね。中毒で倒れた時、君らと柚木さんが介抱してくれたんだっけか」
「……あーあ、やっぱりやってたか」
蓮は厭わしげに顔をしかめた。杏奈は眉ひとつ動かしもしないが、明らかによく思っている顔ではない。
「そう、それで新井含む女性逮捕者は皆同じホストクラブで受け取ったと供述しているらしい」
「なるほどな……じゃあそこも実行組織の経営かもしれないわけだ」
「可能性はあるね。だからその店も調査せよ……という司令部からのお達し」
蓮のつぶやきに玄人も頷く。
ホストクラブも結局は風俗業だ。時には裏で半グレや暴力団が関わり、ぼったくりや恐喝、違法薬物の流通の温床となることもちらほらある。
「ホスト……嫌なものね。なーんでそんなとこ行ってしかも
杏奈は何を察したのか顔をこわばらせ、やたらと嫌味ったらしく言う。
「どうした、機嫌悪そうだが」
「……べつに」
蓮が声をかけるも、彼女はそっぽを向いてしまった。
「それで、店名と所在地はこれです。情報部の皆さんには過去の経営動向などを追っていただき、結城班の皆さんに捜査に出向いていただきます」
パソコンの画面を切り替えて、玄人はきっぱりと言った。
「えっ、それって」
杏奈の顔がこわばった。
「あぁ、女性班員が私と杏奈ちゃんしかいないね」
「私が行くの!?」
園田の言葉を聞き取るなり、杏奈は絶叫した。
「そんなに嫌なのか?」
「嫌よそりゃ、あんなの」
「緊張してんのか」
「言い方! そんなんじゃないわよ」
いたずらっぽく言う蓮に噛み付く杏奈。
彼女も年頃の少女だし、ホストのような色事を商品にするようなものに対して拒否反応を示すのも無理はない。
だが彼女は、それにとどまらない嫌悪を感じているようでもあった。
杏奈は睨みつけるように後ろを振り返った。だが後ろで聞いている男三人衆はアテになんてなるものか。南は相変わらず無表情、晶萃はなんとかなるだろと言わんばかりの緩い視線を、快斗は哀れみの表情を彼女に向けていた。
見ていられなくて杏奈は避けるように目を逸らす。
「て……てか、あたし未成年ですよ、もっとほら、桜木さんとか班外の方でもいいんじゃ」
杏奈は食い入るように訴えかけた。玄人は「あ」と声をあげて苦笑する。
そこ忘れてるんかい、と思い杏奈は顔を引きつらせた。
「いや……潜入するわけじゃないから別にいいのでは」
「うぐっ……」
杏奈は押し黙るほかなかった。。
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