18;情報収集

 捜査が始まって数日経ったころ。

 杏奈と木下は日異協のコンピュータールームにいた。


「王さん、分析結果どうでした?」

「えっと……今から表示しますね」


 晶萃はマルチディスプレイのコンピューターを前にマウスとキーボードを手早く操作し、いくつものデータを表示させた。


 結城班が収集した、不審者の出現率や薬物所持の逮捕者が「ここで買った」と証言した区域のうち、過去一ヶ月分の防犯カメラ映像を分析したものである。

 

「地域、時間、日にち、天候や周辺で発生したイベントや事件の有無、周辺の人通りに交通量とか、いろいろ併せて分析したんだが——」


 晶萃はいくつかデータを行き来しながら説明してゆく。

 情報部は防犯カメラで対談している人や立ち止まっている人が映った頻度が高い場所、そのような光景が映る場所が多くなる曜日、といった切り口から映像を確認することで ”監視するに適した場所” を絞りこんでいた。


「なるほどーー、じゃあこのへんは監視しとけば取り締まりやすいってことっスかね」


 木下は頭の後ろで手を組み、のけぞった体勢で話を聞いている。


「そういうことになりますね。快斗たちにも共有しておいてください」

「へーい、りょっス!」


 晶萃の返事に、木下は適当な敬礼で返す。


「木下さん……もうちょっと真剣に」


 杏奈が諌めようとする。木下は杏奈をうとましげに見て、腕を解いた。その目を見て杏奈は言葉に詰まる。


「まぁまぁ結城さん。あんまり堅苦しくてもアレでしょうし」


 と、晶萃がなだめる。それを聞いた木下はぱぁっと顔を明るくしてビシッと杏奈を指差した。


「そーそー会議でもないんだし別にいいじゃないっスか!」

「あぁ、まぁ、もうですね、あはは」


 杏奈は乾いた笑みを浮かべた。


 その様子を尻目に見ながら、しっかり者の彼女に木下という男は釣りあわないのだろう、と晶萃は勘繰る。

 だがいちいち口には出さず、目を逸らしてカタカタとキーボードを打ち始めた。


「とりあえずこの情報を東雲班に渡しておきます。あと結城さんたちの内通機オルロにも送っときますね」

「了解しました。ありがとうございます。……では失礼します」


 杏奈は一礼し、部屋を出て行った。



「……行かなくていいんですかい」


 晶萃は未だ残る木下に問いかける。


「なーんであんなカタブツがリーダーなんだろ。カタブツは冬華ちゃんだけでいいよ」


 口をすぼめて愚痴をこぼす。その様子はまるで大人を恨めしく思う子供のようだった。


「ははは、まぁ結城さんは几帳面だよね。でもまぁ、大目に見てあげな」


 そうなだめた晶萃に、木下は飽きたような視線を落とす。

 そしてひとつため息をついて部屋を出ていってしまった。


*****


「了解、データは受け取った。ありがとう」


 コンビニの駐車場に停まっている一台の普通車。その助手席で、焔坂蓮は王晶萃と通話していた。


「どんな感じだった?」

「とりあえず張り込む必要性が高い場所を割り出せたようです。ナビ転送しときます」


 運転席に座るのは桜木冬華。

 二人は快斗、南とは別で現場を回る下準備を終えたところだった。


 蓮は車のナビと内通機オルロを同時に操作する。するとナビに情報部が示したポイントにマーカーがついた地図が表示された。


 この車は日異協専用車。ナビも独自開発されたもので、内通機オルロとの連携が可能な優れものだ。


「なるほど。ならこの辺からとりかかろうということね」

「そうですね。では行きましょ」

「ええ」


 桜木は頷いて車を発進させた。


「焔坂くん、監視カメラ足りそう?」


 運転しながら桜木が問う。


 今回の彼らの役割は監視カメラと盗聴器の設置。最も事案が発生しやすいであろう現場を二十四時間体制で監視ができる状態をつくることで、できるだけ確実に売人を取り締まる魂胆だ。もしかしたら重要人物がやってきたり、重要な会話を記録できるかもしれない。



「大丈夫そうですね、盗聴器の数も」


 蓮は座席間スペースに置かれたバッグの中身を確認しながら答えた。


「了解、ありがと」


 しばらく移動した先にあったコンビニで車を止め、二人は降りた。


 そのまま狭い路地へと入ってゆく。昼ですら薄暗く、車も一台入るので精一杯。ただでさえ人が通るようなところではないだろうし、夜になればあらゆる密談や犯罪に使えそうだと手に取るように想像できる場所だ。


 二人は車から降りて周囲を見渡した。


「なにもないな……どこに仕掛けましょうか」


 蓮はカメラと盗聴器をひとつずつバッグから取り出してつぶやいた。そこへ桜木が不思議そうな顔で歩み寄る。


「あら、こういう作業は実践したことない?」

「そうですね……俺の場合戦闘に出ることが多かったし、ここしばらくはここまで地道な捜査が必要な事件はほぼありませんでしたから」


 蓮は苦笑した。その笑みに自信のなさが滲み出ているように見えたのか、桜木は「ふぅん」と眉をひそめる。


「じゃ、的確な場所に設置してみなさい。君はいっぱしの主力でしょう?」


 いたずらっぽく言う桜木。

 いっぱしの主力でしょう? という言葉に蓮は対抗心でも燃やしたのか、目を細めて桜木を一瞥いちべつしてから周囲をより注意深く観察しはじめた。


 手元に目をやる。無線式の小型カメラに、小型盗聴器。

 仕掛けるならば誰も気にしないが、拾うべき情報は拾える場所にそれとなく置く必要がある。実践したことがなくとも育成期間でも習う内容だ。冷静に考えれば自ずと答えは見えてくる。


 蓮は雨どいに目をやった。自分の目線くらいの高さに穴が空いている。

 そこを覗けば内部はゴミだらけだった。そもそもこの雨どいがついている建物もかなり老朽化しており、使われているかも怪しい。


 さらに彼は足もとを見やる。雑草が少し多めに生えているところがあった。しかも軒下な上、真横に室外機が置いてある。


 蓮はうなずいた。


「この雨どいの中にカメラ、茂みに盗聴器を仕掛けましょう。ここなら多分バレないし、この雨どいも使われてないはずなので雨水にやられることもないかと」


 それを聞いた桜木は満足げな笑みを投げかけた。


「いいとこに目をつけたじゃない。私も気になって調べたけど、この雨どい、建物自体がもう廃屋らしいし使われてないんでしょうね。じゃあ早いとこつけちゃいましょ」


 桜木は浮き立つような声でそう言って目配せをした。

 それに蓮は「はい!」と明るい返事をする。彼の頬は少し緩んであからんでいるようだった。


 そうして二人はカメラと盗聴器の設置を終え、残る目的地にも次々に出向いて手際良く設置を完了させていった。



「よし、一旦これで全部ですかね」

「そうね。あとはちゃんと監視できるか、事務所に戻って確認しましょ」

「はい」


 一通り作業を終えて、二人は車に戻った。

 シートベルトをつけて、桜木がエンジンをかける。


「よし、出発するよ」

「はい——あれ」


 桜木がアクセルを踏んだ瞬間、蓮の内通機オルロが鳴った。何事かと思い、すぐ着信に応じる。


「もしもし、こちら焔坂」

『蓮くん、そっちの作業は終わった?』


 声の主は東雲快斗だ。


「うん、予定の作業は終わった。今から一旦帰還する。そっちは?」

『そうか、よかった。こっちは今から出るところだ』


 淡々と答える快斗。だが彼と南は蓮たちより早い時間から動いているはずだった。それに蓮は疑問を呈する。


「フロント企業の業務を見に行くんだろ? もうとっくに終わってる時間じゃないのか?」


 快斗は「そうなんだけど」と小さく言ってから、少し疲れたような声で語った。


『実はもうその業者が解体されていたんだ。情報部の調査によれば、金融業に移行したかもしれないらしい。可能性の高い店は割れてるからね、そこに行く』


 蓮の顔に驚愕の色が宿る。


「えっ、そうなのか? 急な業務移行ってどういう……」

 

 悪Q連は直近まで運営していたフロント企業を摘発されたわけではない。

 しかもその企業は設立から三ヶ月しか経っていない状態だったのだ。にも関わらず、その企業を放棄して業務を変更するのは不思議なことである。


『それも確かめなきゃいけないからな』


 快斗はそうとだけ返した。


「……そうか。気をつけてな」

『ああ、ありがとう』


 蓮は通話を切り、一息ついた。

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