14;召集と “主力”(前半)

「いやー疲れたー……」


 翌日、蓮は教室で大きく背伸びをしていた。


「いやぁ、昨日はお疲れさまだったわね」

「大丈夫だった?」


 隣に座る杏奈が半笑いで彼を見つめていた。ももは半ば心配そうに声をかける。


「いや、大丈夫! マジでいい経験になったし」


 すると蓮はにわかに活気づいてハキハキと返事をした。急な変わり身に杏奈たちは面食らったが、少しほっとしたように頬を緩ませる。


「あ、そう、よかったわね」

「意外とぜんぜん元気だった」


 いきなりの戦闘任務で疲れがあるのは仕方ない。だが彼には半グレを、それもギフテッドを抱えた組織を倒せたがために気分が良かった。


 相手は自分のギフトを大してうまく使いこなせてもいない程度の男だったが、それでも犯罪組織一つの単独撃破は主力ならではの功績。彼自身が実力を確かめるいい機会にもなったわけである。


「まぁ功績残せたこにはなるよね。でもさぁ、この感じだとそろそろわたしたちも動かなきゃいけなくなってきそうだよね」


 ももは両手で頬杖をついて憂うように言った。杏奈も腕を組んで天井を仰ぐ。


「そうねぇ。永仁会が倒れて薬物売人が減りました! めでたしめでたし〜……なーんて都合のいいことは多分起こらないんでしょうね」

「だなぁ、今回ばかりは今までの事件とは性質が違うもんな」


 蓮の声も落ち着いたものになる。


 彼らが日異協に入って以来、発生した事件はすべて暴力団同士の抗争や詐欺グループの特定と撲滅、半グレなど裏組織に対する牽制など表社会にはほとんど関与しないものばかりだった。

 そのために今回のように表社会に大きな影響を及ぼし、なおかつ複数人による連続的な事件であり、さらに明確に半グレが関与していたとなると、日異協が捜査することになればかなり異質であり、大規模なものとなるケースが多い。



「あ、三人とも、昨日は大変だったんじゃないか?」

「間島か」


 そこへ間島照太が声をかけてきた。彼も先日起きた一連の出来事は知っていたし、蓮たちが動いていたところを見てもいた。


「まぁいつもより忙しくはあったな」

「やっぱか。まじでお疲れ様、お前らも捜査とかするんだろ?」


 間島は何の気なしに問いかけた。だが蓮たちは顔を見合わせて、それから再度彼の方に向き直る。


「別に俺ら、直接は動いてないよ。まだ警察だからな、捜査してるの」

「え、警察が動いてる間ってなにもしないのか?」

「しないっていうかできないのよ。一般人が起こす表社会の事件は警察が、警察じゃどうにもできない裏の犯罪組織が起こす事件は私たちが対応するって決まり」


 この手の事件であっても、現在のように裏社会より表社会のなかで起きている事件、という色が強い場合は日異協より警察の捜査権限が上となり日異協は動けない。

 よって捜査するには警察からの正式な「委託」がなければならず、今はただ待つことしかできないのである。


「へぇ……そうなのか」


 間島は合点がいったという様子で、腕を組み頷いた。

 

「そ、だから私たちが動くかどうかは警察がなんて言うか次第——」


 その時、杏奈の言葉の合間を縫って間の抜けた通知音が鳴った。ももの内通機オルロからである。三人が一斉に彼女の方を向いた。


「あっ、ごめん。マナーモードにしてなかった」

「学校にいるときくらい音消しとこうぜ」

「えへへ、ごめん。でも昼間っからなんだろ……」

 

 ももは袖を軽くまくって内通機オルロを覗きこむ。視線を二往復ほどさせてから、「あ」と声を漏らした。


「二人とも、召集命令。臨時会議だってさ」

「え、まじかよ」

「こりゃあ、始まるかもね」


 蓮は目を丸くし、杏奈は苦笑した。


 臨時会議。日異協が事件発生時、または捜査依頼受注時に行う緊急の会議だ。

 多くの場合この会議の内容次第で事件の規模が大体わかる。

 

 ただの作戦会議の場合、小規模な事件だ。大した人員も割かれることはない。

 会長や最高司令官を交える場合、中規模な事件。主力も複数名関与することになり、ある程度の大仕事になる。

 捜査班を組む場合、大規模な事件だ。かなりの人員を割くし、後々死人が出るような戦闘が待ち構えていることもある。


「いつから会議なの?」

「夕方五時から、らしいよ」

「うわぁ、部活行けなくなったなぁ……」


 杏奈はガクッと肩を落とし、立ち上がって入口側に座る生徒の方へ歩いていった。その生徒は杏奈と同じ部活に所属しているから、休む報告をしにいったのだろう。


「さ……わたしたちも学校終わったらいかなくちゃね」

「そうだな」


 そうして蓮とももの二人も立ち上がった。



*****



 放課後、三人は一緒に事務所へやってきた。


「おっ、杏奈ちゃあ〜ん。それにももちゃんと蓮も!」

「舞花ちゃん!」

「舞花! 帰ってきたのね」


 ロビーで出迎えたのは榎本えのもと舞花まいか。実働部隊所属で主力の一角を務める、蓮たちよりひとつ年上の少女である。


「大阪の任務もう終わったのか、お疲れ」

「ありがと。ぜんぜん朝飯前だったよ」


 舞花は黒色のセミロングヘアーをくるくると巻きながら得意げに答えた。


「榎本さん、報告書の提出、早くしてくださいね」

「おっといけない。じゃ、私は会議まで報告書書いてるから、またあとでね〜」


 舞花は手をブンブンと振って嵐のように去っていった。どこまでも陽気な女の子である。



「さて、まだ時間あるな。どうしてようか」


 時計は十六時過ぎを指していた。会議まであと一時間弱、することが思い浮かびにくい中途半端な時間である。


「あ、ごめん二人とも、わたし司令部の集まりに呼ばれてるから先行くね」


 ももが少し申し訳なさそうな顔で前へ出た。


「司令部だけ先なのね、いってらっしゃい」

「うん、行ってきます」


 杏奈は微笑んで送り出した。ももは小さく手を振りながら小走りする。蓮も手を振り返した。

 しかし、正面を向いたももが急に立ち止まった。


「わっ、木戸さん!」

「おっとぉ、こんなとこにいたか」


 彼女の前には白基調の衣服に身を包んだ、かなり背の高い初老の男性が立っていた。

 彼こそが最高司令官、木戸晋平太。主力の一角でもある、日異協最年長のメンバーだ。どうやらももを迎えにきたようである。


「あ、木戸さん」


 蓮は不意に声を漏らした。それに気付いたのか、木戸が待ってましたと言わんばかりに笑いかける。


「おお焔坂! 昨日は悪かったな、急な司令下しちまって……」


 大変だったろ、と眉を八の字にする木戸。

 蓮は微笑んで軽く首を振った。


「いいですよ木戸さん、こういう仕事させてくれるのが一番ありがたいですから」

「そうか、今後も大変な思いさせちまうかもしれないが、よろしく頼むよ」

「任せてくださいよ」


 蓮は胸に手を当ててはっきりと答えた。その無邪気な自信に、隣の杏奈からクスッと笑みが溢れる。

 

「な、なんだよ」

「ごめんごめん、なんかあんたらしいなーって」

「どういうことだよ」


 二人はまた笑った。木戸とももの二人も、その光景が微笑ましくて頬を綻ばせる。

 その時、木戸が何かを思い出したように声を上げた。


「そういえば焔坂、お待ちかねの人間が帰ってきてるぜ。今は休憩室にいるはずだ」

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