12;事件に駆ける

「これは……確かに昨今の事情といい、今朝の話といい、鑑定しなければならないでしょう」

「そうですよね。よろしくお願いします」

「うん、任せてください」


 粉末の入った袋を部隊に預け、蓮は一旦その場をあとにして、教室へ向かった。


「あ、焔坂くん」

「柚木?」


 その道中、廊下でももと遭遇した。

 彼女は目を見開いて、少し重い声で話し出す。


「話聞いたよ、学校にも麻薬があったんだって?」

「それっぽいものがな。派遣隊とちょっと話して対象の鑑定は派遣隊に、持ち主の捜査と逮捕は警察に任せることになったよ」

「うーん、そっか。身近でこんなこと起こるといよいよ嫌な感じしてくるよね。もう噂だいぶ広まってるし」


 その言葉を受けて、蓮は周囲の人の会話に注意を向ける。確かに、自分たちの学校内に麻薬があった、なんてサスペンスドラマのような出来事に半ば興奮しながら話題に上げている人がほとんどなことがうかがえた。

 

「まぁ、やっぱり噂ってすぐ広がるもんだな」

「だね」


 蓮は背伸びをした。窓をちらっと見る。日光が眩しくて自然と手をかざした。


 そんなとき、蓮の背後から話し声が聞こえてきた。


「でもあの麻薬、日異協の人が来てなんとかしてくれるんでしょ?」

「そうらしいね。……でも日異協ってそういう仕事ばっかりしてるよね」

「それはそう。殺人犯とかヤクザとかと関係持ってるらしいし。てかメンバーも犯罪者とかばっかりらしいよ」

「そんなとこにいるやつがウチの学校にいるの怖くない?」

「えっ、まじ?」

「ほら、そこの二人とか」

「え……そうなの? うわー」


 人に聞こえないようにするフリをして、わざと聞こえさせるような悪戯な声量。死角から嘲るような言い草に、蓮とももは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「柚木、もう帰るか」

「あ、うん……」


 彼は後ろで放たれる言葉を遮るようにももに声をかけ、さっさと荷物をかついで学校をあとにした。


 

 その帰り道、二人は無言で歩いていた。

 金色の夕日が二人をやさしく抱きとめ、そよ風が肌を撫でる。


「焔坂くん、大丈夫?」


 先に沈黙を破ったのはももだった。


「うん、まぁ。あんなのみんな言われてることだしな」

「でも主力になってから嫌味言われる頻度高くなってない……?」

「でも仕方ないよ。昔から言われることなんだろ?こんな汚れ仕事なんだから。でも心配ありがとね。お前も言われることなのに」

「あ、ううん。大丈夫」


 またやさしい風が吹く。

 春の息吹に、二人の表情も自然と穏やかなものになっていった。


 蓮は思い出す。日異協に入ったと知られた時、周囲の反応はさまざまだった。心配する者、怒る者、呆れる者、厭な顔をする者。褒めてくれた人は、誰だろうか、高校に入ってからは数人いてくれたけれど、あの時はいなかった。


 今になっても、日異協に対する世間の目は変わらない。広く、自分たちのような未成年さえも危険な場所でこき使う、最悪な組織という認識をされている。


 それを憂いて、蓮は小さくため息をついた。

 

 ちょうどそんなときに、蓮の内通機オルロがけたたましく暴れだす。


「もしもし?焔坂です」

『もしもし。俺だ。木戸だ。焔坂、薬物輸送車を発見した。現場からお前が一番近い主力だ。場所は伝えるから至急向かってくれ』

「さ、最高司令官!? 本当ですか!? わ、わかりました……すぐ行きます!」


 連絡は日異協の最高司令官、つまりは司令部のトップ、木戸きど晋平太しんぺいたからのものだった。なんと学校内での事件に引き続いて更なる事案が発生したという。

 一日のうちに色々と起きすぎて、蓮は頭を掻きむしる。


「ああもう! 今日は何でも起こるな、踏んだり蹴ったりじゃねぇか!」

「ほ、焔坂くん……!」

「ごめん柚木、先行っててくれ」

「う、うん、気をつけてね……!」


 蓮は飛び出した。

 木戸さんが送ってくれた地図を頼りに走る。


 最短距離を辿るために、階段を飛び降り、塀を飛び越え、建物同士の狭い隙間も壁を伝ってくぐりゆく。


「木戸さん、トラックの形状は!」

『グレーのアルミバン、六輪だ。ナンバーも一緒に画像を転送する』

「了解!」


 でも、遠いな。

 蓮は声に出しこそしなかったが、そう思わずにはいられなかった。


 特徴、場所はわかったものの、トラックは動いている。

 だが蓮は走っているだけであるから、追いつけない可能性が高い。彼の顔に焦りの色が浮かびはじめた。


「でも木戸さん! なんでそのトラックが麻薬詰め込んでるってわかったんすか!?」


 焦りと同時に、彼の頭にはそんな疑問も浮かんだ。

 

『そのトラックの中身を買ってしまった人がいてな、中身を察して自首したそうだ。その時にトラックも割れたから、追ってくれと警察からのお達しだ』

「ああ、なるほど、了解!」

 

 通話を切り、地図だけをみてただひたすらに目標を追う。


 その時だった。


 地図を見る蓮が「おっ!?」と声を上げた。

 地図上の目標を示すアイコンが、ある倉庫の前で停止したのだ。


 チャンスだと思い、速度を上げて駆け抜ける。

 

 目的地は路地裏の廃倉庫。

 手すりを飛び越える。車を前宙で飛び越える。あらゆる地形をものともせず、最後は建物の隙間をくぐり抜けて、目的地に辿り着いた。


 だがトラックの扉はすべて開放されており、中には何もなかった。

 

 蓮は黙って再度木戸さんと通話を繋ぐ。


「はぁ……はぁ……。木戸司令官、こちら実働部隊、焔坂蓮。ターゲットの元へ到着。目標との特徴一致。ただし既に空のようです」

『了解。恐らく目の前の倉庫に積み込んだものと思われる。──突入を許可する』

「了解。突入する」


 そして、彼は倉庫の扉を思い切り蹴り破った。

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