第2話 兵庫の津 幸吉



兵庫津は、古くから航路として利用された瀬戸内海にあって、六甲山系によって北西の季節風が遮られ、西からの荒い波が和田岬によって防がれ、さらに水深に恵まれた天然の良港でありました。清盛の大改修の後、室町時代には日明貿易の拠点として使われました。

江戸時代になると、西国街道も通り陸海の要衝だったこの地は幕府の直轄地となり兵庫津は人口2万人を超えるこの時代としては大きな港町として栄えて来ました。


清盛の時代から下ること670年と余年、江戸湾に黒船が現れ、てんやわんやの騒ぎ、その数年後、イギリス・フランス・オランダの連合艦隊が兵庫沖に現れ、兵庫の早期開港を迫ったのです。日本は開国の時代を向かえたのです。

その兵庫の町に幸吉という男がいました。荷役の仕事を営んでいました。その関連で港や川の改修時には人夫の手配、仕切りをやっていました。「何かぱぁ~とした大きなことをやりたい」が口癖でした。外国船を見て貿易の仕事をしたい気持ちが湧いてきたのです。でも、どうしたらいいか、何せ物の売り買いの経験はないのです。それも外国人相手です。それからは毎日モヤモヤの気持ちで暮らしていました。


そのような時、このような話が巷では広がっていました。福原には清盛がこの木の下で花見をしたという桜の老木がありました。この木の下に美しい娘が現れ、悩み事や願い事を云うと解決してくれると云う噂です。

「柳原の海老蔵は長年子供が出来なかったが、男の子を授かった」とか「長田村の鹿蔵は嫁の来てもなかったのに働き者の嫁が来た」とか「めくらの瞽女おりんの目が開いた」とか、人々は福原の桜姫と名前を付けました。ただそれには、同じ時刻に100日通い、願い事を古木の前で100回云わないというものでした。雨の日も風の日も毎日です。こんな話も囁かれました「安平と云う男が、島上のお夏に惚れて、どうか一緒になりたいと100日通ったのはいいが、通っているうちに桜姫に惚れちゃって、又100日通ったが桜姫は現れなかったと。そんな野郎が他に3人もいた」とか。

桜姫の願い叶えの話は、そんな尾ひれがついた本当かどうかも分からない話なのでした。


幸吉は決めました。「一生じゃないか、一生を100日で買える。安いもんだ」、それから100日目、丁度桜が満開の時でした。桜の木の下で待つこと、日も暮れ、日が変わろうと云う時、桜姫は現れたのです。

「幸吉云うのですね」

「どうしてあっしの名前をご存じで」

「私は貴方を待っていたのです」

「あっしには恋女房お北もおりやす、可愛い娘も一人。あなたにそう云われても・・」

「ほほほ、幸吉さんは身元が固いんですね。そっちの待っていたのではないのです」

「ではどう待ってたのです?」

「あなたには打ち明けるのですが、私は狐です。安心してください。狐では包まれたようで話しずらいでしょう。それでこの様な姿に」

「そうですか、でもそんな綺麗じゃ、願いを間違う奴も出るってもんですよ」

「お世辞でも嬉しい。話を戻しましょう。幸吉さん、北風さんをご存じですか」

「ご存じも何もありません。北風の兵庫の津か、兵庫の津の北風かと云われるぐらいですぜ」

「その北風家と幸吉さんは関係があるのですよ」


桜姫が語った話はこのようなものでした。

兵庫津の豪商北風荘右衛門家は江戸中期、廻船によって蝦夷地の海産物を取り扱う北前交易に進出し、莫大な利益をあげた。天明年間には窮民救済策として湊川川尻の新田開発を行うなど,幕末までに兵庫随一の豪商へと成長する北風家の基礎を築いた。喜多風家(後に北風に改め)の元は神后天皇の時代、天皇家に新鮮な魚を献上する役としこの地を任されていた。中には没落する家も出、その祖先も知らないものも出てくる。紺吉はその一門の末裔だと云うのです。


そして桜姫はこのような話も付け加えました。

喜多風家は湊川の戦いで楠木正成の側についていた。一門の運命は絶たれたと思われたが、当主喜多風貞村の妻(藤の尼:本名不明)は一門を一時出家させる等、新領主赤松氏との仲裁に奔走、一門の命脈を保った藤の尼の話で、尼ぜ文書として北風家の家訓となっている。


今の文章に直せば、このようになる。

藤の尼(尼御前)が以下申しおく。 浄観寺(貞村の法名)殿は優れた武将であったが、足利尊氏を兵庫の港に襲撃したとき、本来ならば討ち取るべきところを、惜しくも逃がしてしまい、結果として落ちぶれてしまった。荷物運びにも不自由となり、よい家人もいなくなったので、今日いかにして生きようかと悩む様な毎日である。たとえ、恥を忍び、貧困の中で時を過ごす境遇にあったとしても公に志を抱いた家の始まりを忘れず、子や孫や、子々孫々まで言い伝えて、境遇に耐え、人を増やし、財産も増やして、時を待ち、再び公に奉仕せよ。人が増えても、わが人と思うな。財産が増えても、わが財産と思うな。それは全て公に奉仕する為にそなたたちに一時預けられているものである。


幸吉はこの話に痛く感動し、自分がその血筋を引くものとして誇りに思えました。

そして桜姫は、「一人では大きなことは出来ぬ、紺という青年がお前を訪ねる。このものをお前の手代として使うがよい、お前より8歳若い。至らぬところもあろうが、辛抱して使ってやって欲しい」と、云いおいて桜姫は姿を消したのです。紺吉は30歳、男盛りでありました。

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