第49話 雪原

 セレスはまだ、発表用の本を読み切るまでは残りたいと言い出して、僕はデュークと先に帰ることにした。

 たぶんそれは、セレスなりに気を回してのことだと僕にはわかった。


「じゃあ、また学院で」

「うん、セレスも気を付けて帰ってきてね」


 僕は城館の前に立ち、見送りに出たセレスに応えた。

 両親も出てきて、順番に僕とハグをした。


「次はいつになりそうだ?」


 予定を尋ねられて、僕は父の愛情を感じ取った。

 あまりべたべたと近付いてくる父ではないけれど、やはり気にしてくれている。


「なるべく早く帰ってくるよ」


 母は、僕にお手製のクッキーを手渡してきた。


「これ、帰りに食べて。身体を大事にね」

「うん、お母さんもね」


 デュークは、父と握手を交わしている。

 母からはハグをされていた。


「お世話になりました」

「また是非いらして」

「ありがとうございます」


 僕たちは馬車に乗って窓を開け、いつまでも手を振り続ける家族に手を振り返した。

 城門を出て、一緒に滞在していた護衛と共に、学院に向けて馬車を走らせる。

 真っ直ぐこのまま王都に戻ると思っていたところ、デュークは御者に指示を出していた。


「学院に戻る前に、途中で寄りたいところがある」


 そして、デュークは、銀色の瞳を僕に向けた。


「亡き母の故郷の村だ」


 それ以上は話すことなく、デュークは口を閉ざす。


 着いた村は、僕が予想していたよりも人が住んでいた。

 雪がしんしんと降っていて、何もかもが白く染まっている。


 デュークは、何もない雪原で馬車を停め、その場に片膝を突いた。

 胸元に手を当てて、頭を下げる姿は、何かに祈りを捧げているように見えた。

 だから僕も隣に跪き、目を閉じて頭を下げた。


 ここで、デュークのお母さんが生まれた。

 どうしてアルヴェストに行ったのかは、わからない。

 王との間にデュークを授かり、今はもう亡くなっている。

 会ったことはないけれど、僕はデュークの母を思い描いて、心から感謝した。


 やがてデュークは立ち上がり、手を差し伸べてきて、僕はその手を取った。


「こんなに厳しい環境だったとはな」


 白い息を吐きながら言うと、僕の手を握り込む。

 お互いに手袋もしていなかったため、手が冷え切っている。

 少し雪に濡れた手は、少しずつ互いの体温で温まっていった。


「卒業後、私の国へ来てくれないか?」


 デュークは、真正面から僕と向き合うと、静かな声で告げた。


「行って、いいんですか?」


 フォーシュリンドにいる間は一緒にいられても、その後のことはわからなかった。僕は、デュークと離れたくなかったけれど、国について行ってもいいかは判断がつかなかった。できたら僕も行きたいと思っていたが、まさかデュークから誘ってもらえるなんて思ってもみなかった。


 僕の問いに、デュークは頷いて笑みを深める。

 銀色の瞳を細め、僕の頬に触れる。


「来てくれるのなら、私は嬉しい」

「はい、行きます。デュークのお父さんにもお会いしたくて」


 双子の兄には会えたけれど、デュークの父は顔も見ることができなかった。

 デュークが僕の両親に会いに来てくれたように、今度は僕が会いに行きたい。


「ああ、そう……だな」


 僕の言葉に、デュークはなぜか歯切れの悪い返事を寄越す。

 何かまずいことを言っただろうかと考えて、僕は気付いた。


 もしかしたら、男の僕を紹介するのを躊躇っているのかもしれない。

 よく考えなくても、わかることじゃないか。

 自分の親があまりに抵抗なく受け入れたため、誰もがそうだと勘違いしていた。


「心配するな。そうではないんだ」


 僕の表情から読み取ったのか、デュークは僕の頭の雪を払って言う。


「あとで話す」


 そして、僕の手を引いて馬車に戻り、乗り込もうとした。

 このままだと、真っ直ぐ学院に帰ることになる。

 だから僕は、タイミングを見計らって告げた。


「寮に帰る前に、少し二人で過ごしたいです」


 どう言えばいいのか散々悩んだけれど、僕はストレートにそう言った。

 デュークは一瞬目を瞠り、僕の額に額を押し付けた。

 目を閉じて、しばらく沈黙した後、僕を間近から見つめる。


「私もそう言おうと思っていた」


 そして、僕の腰に腕を回し、馬車の進む方向を指差した。


「この先に、街がある。そこに泊まっていこう」


 休むだけではなく泊まれるのかと、僕は内心喜んでいた。

 でも、悟られるのは恥ずかしくて、頷くだけに止める。



 デュークの言っていた街は、そこから1時間ほどの場所にあった。

 街道沿いの賑やかなところで、それほど雪も多くはない。


 護衛の人が宿の用意をし、安全を確保してから僕たちを通した。

 部屋は、思ったよりも大きくて、ベッドが二つ置かれていた。部屋でお風呂に入れるようになっていて、二人で夜を過ごすにはちょうど良く思えた。


 部屋をぐるりと見回したところで、デュークは後ろから僕に抱き着いてきた。

 うなじにキスをして、ぺろりと舌で舐められ、僕は首を竦めた。

 デュークもそのつもりで部屋を取ったのだと、その熱い身体から伝わってくる。


「用意を、してきました」

「用意?」


 訊ね返したデュークに頷き、僕はポケットから小さなガラス瓶を出す。

 中身は香油だ。


「いつか、使う日が来るかと思って」


 行為を望んでいるようにしか聞こえないだろうと、途中から声が小さくなってしまった。

 デュークはガラス瓶を持つ僕の指先を掴み、背後から顔を覗き込むようにした。


「あんなに恥ずかしがっていたというのに」

「……ごめんなさい」


 やっぱりはしたないことだったのかと謝ると、デュークはガラス瓶を受け取る。

 そして、耳殻に唇を押し当てて囁いた。


「愛している、クリスティアン」


 たったそれだけで身体が疼き、ふるりとぎこちなく身体が揺れる。

 デュークは僕の首筋にキスをし、きつく吸い上げた。


「たまらないな」


 そう言ったかと思うと、僕をベッドに連れて行き、俯せに寝かせた。

 

「デューク……」

「すまない。余裕がない」


 耳殻を食みながら言い、デュークは僕を仰向けに返した。

 そして、首に巻いていたタイを解き、前のボタンを外して行く。

 快感に浸って、動けないでいる僕の前をはだけ、胸元を弄った。


「きれいな肌だ。──愛おしい」


 デュークは、キスをしては肌を強く吸い、僕はその度に身体をびくつかせた。


 身体を重ね、互いの快感を追い、僕たちは一つになった。

 動きに合わせて啼いている僕を見下ろし、デュークは目を細める。


「お前がこんなに感じやすくて淫らになるとは、思ってもみなかった」

「ごめん、なさい」


 恥ずかしくて、苦しい呼吸の中、僕は謝罪した。


「違う。嬉しい誤算だと言っているんだ」


 額にキスを落とし、寄り添う姿を見て、僕はつい口に出す。


「デュークは、慣れているんですね」


 そうじゃなければ、こんなに上手なわけがない。

 僕は、訳のわからないままに翻弄されて、自分だけ気持ち良くなってしまった。


「慣れてはいない。身体を重ねたのは、お前が初めてだ」


 デュークは、僕の瞳を間近から見つめてきた。

 銀色の瞳は、どこか猛々しく、僕の胸が呼応するように震える。


「朝になったら、学院へ帰ろう」


 言われた途端に、涙がこめかみを伝った。


「なぜ泣くんだ」

「僕は、デュークと帰れることがとても嬉しいんです」


 また学院で日常が送れる。

 かけがえのない日々を、一緒に過ごせる。

 あと一年もすれば、デュークは卒業して先に帰国する。

 それまでの貴重な時間を大切にしたいと思った。


「学院に戻ったら、制服を着たお前を抱くのもいい」


 思いも寄らない言葉が返り、僕は目を瞬いた。


「デュークって、思ったより……そういうことが好きだったんですね」

「──お前だからだ」


 僕たちはベッドの上で互いに身を寄せ、手を握り合って目を瞑った。

 明日には、学院に二人で戻り、日常に溶け込んでいくことになる。

 こうして過ごすことも、しばらくはお預けだ。

 僕は、頭を撫でる手に身を委ねて、この幸せを身に刻んだ。

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