第44話 二人で迎える朝

 謁見の間を出て、僕たちはまた同じ馬車に乗った。

 デュークは、先程着替えに立ち寄った宿へ向かうつもりのようで、御者に伝えている。


 宿で今度は平服に着替えるつもりでいるのか。

 このまま寮に帰り、制服に着替えても良さそうなものだが。

 デュークの行動に引っかかりを覚えていると、隣に座って僕の手を握ってきた。

 昨夜、二人で過ごしたことを思い出して、僕はぎこちなく身体を揺らしてしまう。

 どうしても、デュークに手を握られると、僕は動揺してしまう。

 顔も見られなくなった僕に、デュークはそっと囁いた。


「今夜も、二人で過ごしたい」


 その言葉の意味を、僕は即座に理解した。

 だが、まだ午前中で早い時間だったし、心の準備もできていない。


「夜までは、まだ時間が──」

「時間の余裕があるわけがない。足りないくらいだ」


 僕の言葉は途中で遮られた、デュークは僕に顔を寄せる。


「クリスティアン」


 どうして、名前を呼ばれるだけで、僕の身体は火照り出すのだろう。

 近付いてきた瞳を見つめ、僕はその色に魅了される。


「きっと、あなたの瞳のせいだ」


 僕の言葉に、デュークはゆっくりと瞬いた。

 僕は、デュークの顔に触って、その瞳を覗き込む。


「いつも冷たくて、何を考えているかわからなかった。それでも、この瞳に映るだけで、僕は嬉しかった」


 たぶん、もうずっと前から僕は、デュークのことが好きだった。

 近付いて嫌われるのが怖かったのに、いきなりキスをされてわからなくなった。

 でも、デュークを失うかもしれないと思った時、僕が大切に思っている人が誰なのか、明白になった。

 あの時、どんな言葉も理屈も、僕を止めることはなかった。

 自分の命さえも、軽く思えたくらいだ。


「デューク、僕はあなたが好きです」


 僕の言葉に、デュークは一瞬目を瞠った。

 だが、次の瞬間、これまで見せたことのない年相応の笑みを浮かべた。

 心から嬉しそうな顔を見て、僕はそれだけで告白して良かったと思ったほどだ。


 馬車が宿の前で止まり、デュークは僕の手を引いた。


「行こう」


 宿の中に入り、先程と同じ部屋に通される。

 違うのは、部屋にはお付きの人が誰もいないことだ。

 デュークが人払いしたのだとわかって、僕はたじろいでしまう。


 ここで何をしようとしているのか、わかってついてきた。

 それでも、やっぱり心は揺れる。


「あの……お風呂を使っても、いいですか?」


 さっき入ったばかりだったけれど、やっぱりもう一回洗いたい。

 すると、くすりと笑ってデュークは頷いた。

 こういうことに慣れているのか。

 どこか余裕を感じて、僕はお風呂に入りながら考えた。

 僕は何も知らない。

 男同士でも抱き合えることは知っているけれど、具体的にはわからない。

 第一、異性とだってこれまで付き合ったことはない。

 すべてをデュークに委ねればいいのだろうけれど、少し怖くもある。


 お風呂を出るとデュークが待っていて、僕の手を引いた。


「私も入ってくるから、それでも飲んで待っていて」

「……もしかして、お酒ですか?」


 アルヴェストでのことを思い出して言うと、デュークはポンと僕の頭に手を乗せた。


「酔ったお前に手を出すのは、次の楽しみでいい」


 お風呂場に消えていく背中を見て、僕はぐるぐると考え出した。

 次って、次?

 酔った状態でも、してみたいってことなのか。

 用意されていたのは水で、僕はそれを飲みながら、気持ちを落ち着けた。


 やがてデュークが戻ってきて、ソファに座っていた僕に手を差し伸べた。


「おいで」


 柔らかく笑って言われて、僕はその手を取る。

 デュークは、僕の背中に手を回し、胸に抱きしめた。

 熱い体温と仄かな甘い香りがして、僕も堪らず抱き着いた。


「そんなに緊張しなくていい。なるべく痛くないようにする」


 痛いとか痛くないとか、そういうことを心配しているんじゃない。

 僕はただ、恥ずかしいだけだ。

 昨日の夜も、あんな反応をしてしまって恥ずかしく思ったのに、きっともっといろいろなところに触られることになる。


 デュークは、僕の頬の輪郭を指で辿り、顎を上げさせた。

 見合ったのは数秒、どちらからともなく顔を寄せて、唇を重ねた。


「……ん……は……」


 キスは徐々に激しいものに代わり、僕は立っていられなくて、デュークの首の後ろに腕を回した。デュークは、僕の腰を抱いて支え、するりと尻まで手を撫で下ろした。


「んく……っん……」


 薄い下穿きの上から指で尻の割れ目を辿り、撫でさする。

 ビクビクと身体が跳ね、足先まで震えた。

 僕は今まで、そんな場所で自分が感じるなんて、思ってもみなかった。

 驚いて後退ろうとしたところで、突然身体が浮いた。


「わっ……あ……」


 倒れ込みそうになったが、デュークが僕の身体をゆっくりとベッドの上へ仰向けに寝かせた。思わずデュークの背中にしがみついてしまい、この手を離すべきかわからない。すると、戸惑う僕の首筋に顔を埋めてキスをした。そして、首元から胸元にかけてボタンを外していく。唇が指を追うように首筋や胸元に押し付けられ、軽く啄まれる。前をはだけ、胸元を晒すと、両手で弄ってきた。


「クリスティアン」


 僕の名前を呼ぶ声が、いつもより上擦っている。

 いつの間にか固く閉じていた目を開けると、デュークが微笑んだ。


「こんなに、いいものとはな」


 感慨深げに言って、覆いかぶさってくる。


「私が、好きか?」


 デュークに尋ねられて、僕は頷いた。


「言葉で、聞きたい」

「好き……デュークが、好き……です」


 繰り返し言うと、デュークは僕にキスをしてきた。


「私もだ。──お前を、愛している」


 初めて聞いた時には、わからないと言っていた。

 僕だって、気付けなかった。

 でも、今ははっきりわかる。

 僕たちは、愛し合っている。

 その眼差しから、触れてくる指先から、繋げた身体から、想いが伝わってくる。


「デューク、好き……っ」


 互いに荒い息を繰り返し、またキスをする。

 指を絡めて握り合い、身体を重ねたまま動かなかった。


 僕たちは朝まで、部屋で二人きりで過ごした。

 またお風呂にも入り、食事も部屋で摂り、身を寄せ合った。

 一度眠り、もうすぐ夜明けが来るという時になって、デュークは言った。


「私はこのまま、寮には戻らない。フォーシュリンドの王に報告を済ませたら、国に帰るつもりでいた」


 てっきり、一緒に学院に帰ると思っていた僕は、衝撃で何も言えなくなった。


「お前も連れて行きたいが、この国で待っていてくれ。必ず、帰ってくる」


 デュークはそう言って、僕の頬に触れた。

 もしかしたら、これでお別れかもしれない。

 僕は、そんな予感がして、唇が戦慄いた。


 行かないでほしい。

 寮に戻って、一緒にまたファルコ・クラッセのメンバーと勉強をして──。


「泣くな、クリスティアン」

「泣いて……いません」


 応える声が震え、視界が涙に揺れる。


「約束する。お前をまた、この腕に抱くと」


 デュークは僕にもう一度キスをしてから、服を着替えるために立ち上がった。

 僕も服を身にまとい、まだ夜が明けたばかりの通りに出た。

 宿の前で別れることとなり、僕はもう一度キスをしたいのを我慢して、握手を交わした。


「気を付けて帰ってください」

「ああ、お前も、気を付けろ」


 言いたい思いを呑み込み、僕は手を離した。

 そして、デュークを乗せて去っていく馬車を、僕はいつまでも見送った。

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