第42話 救出
ホログラムが指示した先は、アルヴェスト王国の西側の渓谷だった。
国境に行く街道から剃れた場所で、僕は嫌な予感がして眉を顰めた。
もしかしたら、追い込まれて逃げた先かもしれない。
まだ馬車の中にいるのか、それとも馬か徒歩で移動しているのか。
心臓が騒いで痛み出し、僕は胸を押さえながら飛行した。
やがて、暗闇の中に光が見えてきた。
それが、人の持つカンテラや松明だとわかり、僕はゾッとした。
デュークの出立の時、こんなに護衛はついていなかった。
とすると、これらはすべてデュークに向けられた敵兵なのか。
僕は、速度を上げて、ホログラムで示された場所へ急いだ。
甲冑を纏った騎士の一団の先に、馬に乗った人の姿が見えてきた。
ホログラムが示しているのはその奥だ。
さっきまで移動していた点は、渓谷の突端で止まっている。
追い込まれたのかと、僕は奥歯を噛み締めて高度を下げた。
すると、激しく打ち合う剣の音と、木が割れる乾いた音が聞こえてくる。
水柱が上がり、轟音が響いた。
敵がそれに怯み、態勢を立て直そうとしたのか、騎馬が後ろに引く。
僕はその一団の中に、木を背にして立つ、銀色の髪の人物を見つけた。
周囲を兵士に囲まれて、今にも捕らえられてしまいそうだ。
下手をしたら、その場で殺されることも考えられる。
だから僕は、魔力を練り、炎の矢に変えた。
手加減はできない。
容赦なく放たなければ、デュークを守れない。
敵のことは、今更どうでもいい。
ただ、デュークまで攻撃したくない。
そう、頭の片隅で思った瞬間、セレスとデュークの会話が蘇った。
『力を隠そうと思ったことはないの?』
その問いに、デュークは静かな瞳で答えた。
『目標は、優勝ではない』
あの時の僕にはわからなかったが、今なら理解できる。
デュークの日々の鍛錬も、飽くなき探求心も、すべては有事の時を想定してのことだ。
だから僕は、名前を呼ぶことも声を掛けることもせず、容赦なく攻撃した。
空から降り注ぐ、炎の矢。
「うわああ!」
「くっうう」
兵士に突き刺さる中、デュークだけは氷魔法で完全に防ぎ切った。
敵の勢いが削がれた隙に急降下して、僕はデュークに手を伸ばした。
デュークも僕の手を取り、互いにしっかりと抱き合う。
僕は、地面を蹴って、デュークを宙に引き上げた。
「うっ……は……」
どこか怪我をしているのか、デュークの呻く声がした。
「そのまま掴まっていてください」
今、気を散じれば、二人とも落ちてしまう。
「防御は私に任せて、飛ぶことに集中してくれ」
敵が放った矢をデュークはすべて氷の障壁で防ぎ、時に弾き返した。
僕はその間に、ホログラムが映し出した地図に、敵の死角になる場所を見つける。
滑空して、その場所をめがけて下り、何とか着地を試みた。
鬱蒼とした草木の中に抱き合って降り立ったが、脚を怪我していたらしく、デュークは自力で立っていられないようだ。
「僕の力では、二人で飛ぶのは限界があります」
今の状況を二人で共有しようとすると、デュークは言った。
「私をここに置いて、お前だけ帰るんだ」
「馬鹿なことを言わないでください」
それでは何のためにここまで来たのか、まったく意味がなくなる。
「味方を呼んできてくれ」
「今のあなたを一人で置いていくなんてできません」
また敵に襲撃されたら、今度こそ助からない。
僕は周囲を見回し、渓谷の更に下に窪みを見つけた。
「あそこなら陰になります。僕に掴まってください」
デュークは頷いて僕を抱き締める。
僕も抱き返してから、谷間へゆっくりと降りていった。
窪みは横穴になっていて、ここなら雨風もしのげそうだ。
「助けが来るまで、ここにいましょう」
ルカーシュの救援が、後から到着するはずだ。
それまで、どのくらいかかるかはわからない。
僕は、炎の魔法を使って火を焚き、デュークをその傍に座らせた。
焚き火を二人で囲み、救助を待つ間に、デュークの足のケガの手当てをした。
幸い、骨は折れていないようだが、酷く腫れている。
僕にも治癒魔法が使えればと、歯がゆい思いをした。
それから、しばらく待っても、なかなか味方は助けに来ない。
試しにホログラムを開いてみたが、ルカーシュの居所は示さず、自分たちの地点しかわからない。
やはり、攻略対象以外は表示してくれないのか。
「もしかしたら、小競り合いが起きているのかもしれません」
ルカーシュが向かわせた兵と敵兵が、どこかで戦っているかもしれないと思ったのだ。
すると、デュークは僕を真っ直ぐに見据えて尋ねた。
「疑わないのか?」
「あなたのお兄さんのことですか?」
デュークは肯定も否定もせずに、じっと僕に視線を寄越している。
「必ず助けに来ます。心配する必要はありません」
何を気にしているのか、僕はその段になって理解した。
これを機に、自分を討つとは考えないのかと聞きたかったんだろう。
だが、僕は双子を信じたい。
彼らがデュークに向ける眼差しには、愛情が感じられたからだ。
「いつの間に、そこまで信頼するようになった? あいつらに何かされたのか?」
「デュークさんは、意外と心配性なんですね」
わざと論点をずらすと、デュークは眉間に皺を寄せた。
前なら怖く感じたかもしれないが、今は却って人間らしさを感じて和むくらいだ。
そうして火を囲んで話しているうちにだんだんと身体が冷えていくのを感じた。
魔力が著しく低下していっている。
目眩がし、座っていられない。
やがて、寒気がして、カタカタと身体が震え出した。
「寒くないですか?」
「寒いのは、お前じゃないのか?」
デュークはそう言うと、自分の上着を脱いで掛けようとする。
「駄目です、あなたが風邪を引いてしまう」
助けに来た僕のせいでデュークが身体を壊したら、本末転倒だ。
上着を固辞する僕に呆れたのか、溜息を吐いてから両腕を広げた。
「こっちに来い」
動かずにいると、手を取って引き寄せられる。
デュークは僕を胸に抱き留めると、地面の上に寝転がる。
後ろから抱き締めて寄り添い、手を重ねて組ませた。
「寝ていい」
こんな状況では、眠れない。
目を閉じることもできずに身体を強張らせていると、指先が髪を梳いてきた。
「お前の髪は、触り心地がいい」
そう言われた途端に、ルカーシュの台詞が蘇った。
──「髪に触れてキスをしたいと願った者は、星の数ほどいるに違いない」
そんな人は、どこにもいないと思っていた。
だが今、髪に触れてキスをしてこられて、こんな身近にいたのかと、身体が熱くなる。
「……もう、平気です。温まりました」
身を捩り、背後のデュークに告げた。
すると、顎に手を添えて、唇を重ねられた。
「デュー……っ」
顎を引き、名前を呼ぶ途中で、また唇が触れ合う。
何度か啄まれて、ぞくぞくと背中に快感が走る。
そのうち、体勢が変わり、キスが深くなった。
一心に口付けてくるデュークに胸が疼き、僕はそのキスに応えた。
「ん……っふ……ぁ」
キスは激しさを増し、舌が口腔内を弄る。
背中に腕を回して抱き寄せ、自らもキスをねだると、デュークは顔の角度を変える。
じわりと涙が滲み、身体が小刻みに震えた。
僕の震えが伝わったのか、デュークはキスを解いて僕を見た。
銀色の瞳が、心配そうに細められる。
「あなたが……無事で、良かった」
本心からの言葉を告げると、僕の言葉に応えるように、目元やこめかみにキスを落とす。
そして、鼻が触れ合うほどの距離で囁いた。
「足のケガがなければ、お前を抱けたというのに」
「……っ僕が拒みます」
何を言い出すのかと否定すると、デュークは眉根を寄せる。
「私に抱かれるのは、嫌なのか」
「誰であっても、嫌です」
「キスはするのにか?」
キスとそれとでは、大きく違う。
デュークと……するなんて、想像もできない。
頭の中で一瞬考えてしまいそうになって、僕はふるふると首を振った。
だが、僕の言葉を聞き入れることなく、デュークは服を脱がそうとしてくる。
「デューク、待って……くださ……っ」
「抱きはしない。触るだけだ」
触るって、そんなところ、誰にも触られたことなんてない。
息が乱れ、言葉で止めさせようとすると、唇で塞がれる。
「んん……っん……は……」
デュークは、僕の下着の中にまで手を入れてきた。
こんなに寒いはずなのに、その手は熱く、僕を追い詰める。
カッと頬が熱くなり、僕はデュークの腕の中で暴れた。
「う……っ」
途端にデュークは呻き、キスをやめる。
脚に怪我をしていたことを失念していたと、僕は身を起こして確認しようとした。
「平気だ」
「でもっ──」
「それより、温まったか?」
温まるどころか、全身が熱く、しっとりと汗まで掻いている。
「出した方が楽なら──」
「もう、絶対触らないでください」
「わかった」
デュークは素直に応じて、乱した僕の服を直す。
「眠ろう」
ちゅっと音を立てて頬にキスをし、デュークは後ろから僕を抱き締める。
僕は、背中にデュークの体温を感じながら、眠れぬ夜を過ごした。
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