第41話 双子の企て

「お前、意外と過激だったんだな」


 のんびり言う声が聞こえてきて、つい険しい視線を向けてしまう。

 周囲に警護の姿が見えず、僕は焦りを感じていた。

 なぜここまで手薄になっているのかと、嫌な予感が脳裏を過ぎる。


「殿下、ここは危険です」

「わかっている。ここを離れるべきだが、王城への道は狙われるだろう。向こうと合流して、態勢を立て直さなくては」


 向こうというのはこの場合、もう一人の王子だろう。

 もしかしたらこの状況も、双子の間では予測済みなのか?

 話し合いを続けていると、不意に笑い声がした。

 どうやら、転がっている男の仲間のようだ。

 同じ仮面をつけたその人物は、嘲るように言う。


「もう遅い。王太子は既にお亡くなりだ。第三王子だって──ぐうっ」


 だがその嘲笑は、ほんの一瞬で封じられた。

 横一閃、光が走ったかと思うと、男の首が飛んだのだ。


「余計なことを」


 炎の光を放ったのは、立派な身なりの男だ。

 詰襟や袖口に金糸の刺繍が施された上衣、口ひげを蓄えた顔。

 どう見ても、さっきの暴漢たちとは違う。

 貴族か、それとも軍の上層部の人間か。

 僕が考えている間に、その男は仮面をつけた一群を剣で薙ぎ払い、とどめを刺した。


 そして、馬車の下に跪く。

 この状況に相応しくない振る舞いに、僕は王子を背に庇いながら見入った。


「我らの新たな王よ。ようやくあなた様の時代の到来です。天下は我らの手に」


 興奮した口調で深々と頭を下げる男に、僕は違和感を覚えていた。

 新たな王、とはどういう意味か。

 父王は御存命なはずだ。

 しかも、さっきの台詞。


 王太子が亡くなっている?

 何を言っているんだ、この人は。

 僕は、思わず背後を振り返った。

 もしかして、この双子の王子は──。


 すると、件の王子は人の悪い笑みを浮かべて、指で顎先を撫でながら言う。


「なるほど。君は、我々を見分けられるのか。さすがは弟の未来の花嫁だ」


 花嫁かどうかは別にして、やはり想像した通りなのかと、僕は目を見開いた。

 王子は、足下の人物に、不敵な笑みを向けた。


「シュミット侯爵よ。やはり、お前が裏切り者だったんだな」

「裏切り者などと。私は、あなた様を次代の王にするべく奔走した、忠臣にございます」


 男は顔を上げ、まるで幼い子供がよくやったと頭を撫でられるのを待つかのように、期待に満ちた瞳をしている。


「お前は、大きな勘違いをしている」


 そして、片頬で笑ってから告げた。


「私が、ルカーシュだ」


 男はそこで、ぽかんと口を開け、乾いた笑い声を立てた。


「何をおっしゃいますやら。あなた様は、第二王子であられるルドビーク様でございましょう」


 どうやら、このシュミット侯爵には、二人の区別がついていないようだ。

 今この場にいるのが、ルカーシュ王太子だ。

 ルドビーク王子は、僕たちとは別行動を取っている。


「間違いなく、私がルカーシュだ。お前が殺そうとした相手が、ルドビークなんだ。私たちは、入れ替わっている」


 よく似た双子は、生まれつき似ているのもあっただろうが、敢えて似せていた。

 互いの見分けがつかないほどに、髪型や歩き方、好む服まで揃えていた。

 それは、一朝一夕でできることではない。


「王太子が死ねば、一番損をするのは次の宰相と言われている侯爵であると。お前はそう、周囲に印象付けた。だが実際は、お前は王太子である私ではなく、第二王子であるルドビークを次の王に仕立てるつもりでいた。ルドビークの方が与しやすく、傀儡にできるとでも思ったんだろう。だが、お前は一つ、間違いを犯したのだ」


 ルカーシュは、男と視線を合わせるように身を屈める。

 紫紺の瞳を細め、顎先を上げて笑う。


「ルドビークは、暗愚ではない。そして、我々双子は、仲違いなどしていない」


 デュークは、この事実を知らなかったのだろうか。

 それとも、僕の目さえも欺こうとしていたのか。

 今の僕にはわからない。

 出逢った時から双子の王子は、仲が良く見えていた。

 それは、デュークが僕を恋人だと紹介した故かもしれない。


「安心しろ。ルドビークは死んではいない。あいつはお前の裏切りを知った上で泳がし、今回の作戦を立案した。要するに、あいつは自ら囮となる道を選んだ。今頃、暴漢たちは兵士によって捕らえられていることだろう。たとえ主犯のお前が口を割らずとも、罪は明らかとなる」


 ルドビークの方は守られていたにせよ、こっちはあまりに警護が手薄だった。

 だが、そうでもしないと、このシュミット侯爵を炙りだすことはできなかった。

 それにしても、あまりにも危険な手だ。


 ルカーシュの言葉を聞き終えると、シュミットはなぜか笑みを深めた。


「ふふふ、あなたが王太子だったとは。こちらの甘さが露呈した。だが、あなたも片手落ちだ」


 そして、短剣を手にして、鞘から抜いた。


「第三王子は今頃、フォーシュリンドで屍を晒していることだろう。王太子が、第二王子と第三王子、両方の暗殺を企てた。世間はそう思うに違いない。これを皮切りに国は割れると共に、フォーシュリンドとの開戦も止められまい。せいぜい、悔やむがいい」


 途端に、シュミットは自身の首を切り裂こうとした。

 僕は、その短剣を氷で砕き、割れた切っ先が首に届く寸前で兵士が止めに入った。


 王太子暗殺計画はそこで終わりを見た。

 僕は、よろりと馬車から下りて外に出た、

 馬車の周りには武装した兵士団が、守護するように立っている。


「ルカーシュ、殿下」


 名前を呼ぶ僕の声は、自分のものとは思えないほどに掠れている。

 ルカーシュは周囲に指示を出してから、僕に言った。


「騎士団を向かわせる。恐らくまだ、国境には着いていないはずだ」


 ということは、ルカーシュですらも、デューク暗殺計画については察知していなかった。

 僕は、顔を顰めて走り出そうとしたのだが、兵士に腕を取られた。


「放してくださいっ!」


 必死に腕から逃れようとする僕に、ルカーシュ王子は言う。


「お前は、王城で待て」

「そんな悠長なことを言っていられません!」

「今動けば、余計に君の命が危うくなる」


 つまりは、人質である僕が勝手に動けば、フォーシュリンドに危険が及ぶという意味だろう。

 下手をすれば、今回の一連の件を裏で操っていたとして、断罪されることだってあり得る。

 第三王子の懐に入り込み、アルヴェストに送り込まれた、フォーシュリンドの潜入者。

 このアルヴェストの不安定な情勢下だ。今の僕の立場は、それほどに危うい。


「僕のことは、どうでもいい……っ。デュークの命がかかっているんです!」


 僕は言いざま、自身の身体に焔を揺らめかせた。

 熱に驚いて、兵士が力を抜いた瞬間、空中に浮かび上がる。


「クリスティアン!」


 制止する声にも振り返らず、僕はホログラムを浮かび上がらせる。

 地図の上に光る赤い点が、デュークの居場所を指し示している。


 間に合ってくれ。

 最後に見た、デュークの鋭い視線が思い出された。

 双子に僕を預けることに、難色を示す姿。

 僕は唇を噛んで空を飛行した。

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