第40話 一筋縄ではいかない兄
陽が傾き、辺りがオレンジ色に染まる頃、デュークは出立した。
「また、国境で会おう」
「はい、気を付けて」
デュークは、馬車のステップに足を乗せて僕を振り返り、後ろにいる双子の兄に鋭い視線を向けた。
「あいつはいつからあんな目をするようになったんだ」
「怖いねえ。嫉妬は人を狂わせる」
どこか面白がるように言って、去っていく馬車に手を振る。
僕は、馬車が見えなくなるまで、城の前に立っていた。
「ここに残るのは、不安か?」
「いいえ。デューク王子が心配なだけです」
そんなに顔に出ていたのかと答えると、重ねて問われた。
「そんなにデュークが好きなのか?」
「はい」
思わず即答してから、自分でも驚いた。
愛しているかと問われたら答えに窮するが、好きなのは本当だ。
心配もするし、幸せになってほしいと願っている。
「私に鞍替えする気はないか?」
僕の肩に手を置いて、魅惑的な笑みで言われた。
「御冗談を。殿下は、そんなことはしませんでしょう?」
こういうところは、兄弟でも違う。
デュークには、兄が見せるような恋愛に長けたところはない。
「私になびかないのは珍しい」
そう言ったかと思うと、顔を傾けて頬にキスをしてきた。
「デュークは、お前のような人を選んだんだな。目利きだ」
何を以って言われたのか、言葉の真意がわからない。
それより、頬にキスをされたことの方に驚いてしまう。
好感度が上がった時の光もなく、これは習慣の違いなのかもしれない。
「この後、劇場にお前を連れて行く」
「劇場、ですか」
あまりにも突拍子もない誘いに、僕はオウム返しすることしかできなかった。
「そんななりでは連れて行けないから、着替えてこい」
まさか、今すぐ行くのかと面食らったが、断るわけにもいかない。
「二人きりでは、不満か?」
「いえ、そんなことはありません」
双子が揃うよりは、まだ気が楽だと内心思い、言われたままに着替えに行く。
用意されていたのは、シンプルなタキシードだ。
サイズは、誂えたようにぴったりで、僕は少し驚いた。
準備ができたところで広間に行くと、葉巻を吸いながら待っていたらしく、僕を見ると立ち上がった。
「よく似合っている。デュークが留学する前の服なんだが、ぴったりだ」
ということは、二年の間にあそこまで育ったのか。
あまりにも急成長しすぎじゃないのかと、僕はデュークの姿を思い出した。
合宿から戻った時、デュークは今僕が着ているようなタキシードを着ていた。
僕とは違い、着崩してはいたけれど、それが余計に美しく目を惹いた。
僕は、目も心も奪われて、その結果が──。
初めてされたキスの感触まで思い出されて、僕は顔を伏せた。
きっと、顔がにやけていただろうし、今は耳まで熱い。
こんな時に何をしているのかと自己嫌悪していると、僕の首元に指先が伸びてきた。
僕のボウタイの歪みを直しながら言う。
「いやらしい顔をして。一体、何を思い出した? 言ってみろ」
「僕は……そんな……」
しどろもどろになりながら否定し、その指先から逃れる。
「あとで白状させてやる。デュークの前でな」
やっぱりすべてバレているのだとわかり、余計に居た堪れなくなる。
そうしているうちに馬車が用意されて、二人でそれに乗り込んだ。
周りの警護が少ないのが気になったが、少数精鋭とも考えられる。
行き先は劇場ということで、何かお芝居を見ることになるのか。
こちらから聞いていいものだろうかと思っていると、くすりと笑われる。
「お前は、自分の美貌に無頓着のようだ」
「……え?」
美貌?
何を言われているのか意味が取れず、僕が首を傾げていると、真向いの席から身を乗り出してきた。
「さらさらとした指通りの良さそうな金の髪に触れて、キスをしたいと願った者は星の数ほどいるに違いない。魅惑的な緑の瞳も、白い肌に映えて美しい。まるで一対の宝石が嵌め込まれているようだ。この瞳に私を映し、可愛らしい赤い唇で、是非愛を囁いてもらいたい。クリスティアン」
言葉の意味は理解できたが、自分に言われていることとは思えない。
目を瞬かせ、反応できずにいると、唇が寄せられた。
何をしようとしているのか気付いて、僕は胸を押し返す。
「殿下っ! お戯れは止してくださいっ。僕は、こういう冗談には慣れていないんです」
「冗談? 私は本気だ。デュークより、私の方がいいとは思わないのか?」
「そんなの、比べられることではありません。デュークはデューク、殿下は殿下です」
すると、ぴたりと動きを止めて、僕をまじまじと見て来た。
「比べられない?」
心底不思議そうに問い直されて、僕は戸惑った。
当たり前のことを言っただけで、どこに引っかかったのか察することができない。
「益々気に入った」
そして、僕の手を取り、甲に唇を押し当てる。
「私のものになれ、クリスティアン」
「だから、そういうことは──!?」
突然、馬車が急停車して、僕は慌てて覆いかぶさってきた身体を支える。
「大丈夫ですか?」
「ああ、お前こそ平気か? どこか怪我は?」
僕を心配して声を掛けてきたその時だ。
「殿下! お逃げください……っ!」
外からそんな声がしたかと思うと、馬車の窓ガラスに血飛沫が迸る。
何事かと唖然としていると、ドアが外側に向けて開けられた。
仮面をした男が中を覗き込んだ後、僕を目にして鼻で嗤う。
「へえ、お前が魔法学院の御学友さんか」
そう言ったかと思うと、一瞬で身体が紅蓮に染まる。
柄に手をかけて、魔力を込めた剣が抜かれた。
僕はその瞬間、男の一撃から身を守るべく、氷の壁を生成した。
「水魔法で火に挑むとはな。水では勝てないと、授業で習わなかったのか?」
炎が剣に乗ったその瞬間、僕はその炎を消し去った。
「なにっ!? 一体、どうやって」
「剣技だけで、座学はしてこなかったんですか?」
僕は問い返し、男の身体を氷で包む。
「うわああ」
男は身動きが取れなくなり、地面に転がった。
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