第19話 勝者と敗者

 セレスの初戦が終わり、時間を見ると11時になりかけていた。

 今から行けば、フレディの応援に行けるだろうと、僕は修練場を出た。


 だが、グラウンドに行く途中、木陰にあるベンチにフレディの姿があった。

 剣を脇に置き、項垂れている姿から、僕は察した。

 見なかったことにして引き返すこともできたが、芝生を越えて木陰に近寄る。あと数歩の距離まで行くと、フレディが口を開いた。


「悪い。三回戦に来てくれるって言っていたのにな」


 気配でわかったのか、こちらを向くことなくフレディは言う。その声は震えていて、すぐに言葉を返すことができない。すると、フレディは続けた。


「やっぱり、オレには無理なんだよ」

「無理なんてことは──」

「慰めは要らない」


 僕の言葉を遮り、フレディはますます頭を下げる。

 大きな体を縮める姿を見て、僕は背中に手を置いた。


「悔しがるのはいい。泣くのだっていい。でも、自分を見損なうな」


 手のひらから、高い体温が伝わってくる。

 シャツは少し汗ばんでいて、よく見れば土汚れがついていた。

 どんな負け方をしたのかは知らないが、フレディは打ちひしがれている。


「君は、試合に出て初戦を上げた。僕は、君を誇りに思っている。それとも、エントリーすらしなかった、僕の言葉なんてどうでもいいか?」


 フレディは顔を上げ、僕を見返した。揺れる瞳に焦点を合わせていると、ようやく口端を上げた。

 

「オレだって、お前のことを誇りに思っているよ。お前ほど努力している人はいないからな」

「なら、自分自身のことも誇りに思ってくれ」


 僕も笑い返すと、フレディの笑顔が崩れた。


「……ありがとう、クリス」


 身体が緑色に光ったのが見えたが、それはどうでもいい。

 僕への好感度を上げるより、自分を大切にして欲しい。

 フレディに、こんなところで折れてほしくない。

 

「セレスの試合は、午後からだっけ?」

「うん、2時半からだ」


 僕の言葉を聞くと、フレディは立ち上がる。


「じゃあ、その前に昼飯でも食べておくかな」

「僕も一緒に食べるよ」

「ああ、セレスの試合について話して聞かせてくれ」


 フレディは僕と肩を組み、食堂に向けて歩き出す。

 今日はいつもと違い、学校ではなく寮で食事をすることになっている。

 僕は、少し足を引きずるフレディを支えながら、セレスについて語った。




 昼休憩を挟み、剣術大会の優勝者が決まったようだ。

 グラウンドの方で花火が上がり、観戦していた人たちがぞろぞろと修練場に集まってくる。


 先程まで8つに分かれていたフィールドは、今は仕切りが外されている。

 準々決勝からは、一面すべてを使い、修練場とグラウンドに分かれて試合が行われるからだ。


 セレスが先にベスト4に残り、次いで同じ枠のデュークも勝ち上がってきた。

 フィールドでは、次にこの二人が対戦する。

 グラウンドでは今頃、アインハルトとベアトリスの試合が行われていることだろう。

 

「準決勝を開始します。セレスティーヌ・アッシュベルト対デューク・アルヴェスタム」


 名前を呼ばれて、セレスが返事をして片手を挙げる。

 ぐるりと試合場を囲む客席から、歓声が上がった。


 僕はセレスに言葉を掛けることはせず、軽く手を握った。指先が冷たくて、緊張が伝わってくる。僕の手を握り返して、セレスはフィールドへ降りていき、僕はその小さな背中を見送った。対するデュークも、セレスに続いてフィールドに向かった。その横顔には、少しも動揺した様子がない。この歓声を受けても、いつものデュークと変わらない表情だ。

 まるで、摸擬戦に出るかのような自然な姿に、こちらの方が動揺した。


 セレスが左に、デュークが右に立ち、向かい合う形で礼をする。

 審判がその間で、白い旗を上げた。


「プロンティ」


 客席が静まり返り、二人に注目する。

 セレスは、右手に杖を持ち、両腕を軽く上げて構える。

 デュークは、左肩に右手を当て、片足を引いた。


 すると、二人を閉じ込めるかのように、四角いシールドが掛けられた。

 観客席まで攻撃が届かないよう張られた防護壁は、試合を行う範囲を示す役割もある。だが、僕の眼からは、全面ガラス張りの檻に、二人が入れられたかのように見えた。

 誰も助けに入れない空間。

 そこで、戦いが繰り広げられる。


 ぴたりと二人の動きが止まった瞬間、審判の旗が振り下ろされた。


「ヴィア!」


 セレスの足下から、空に向かって風が吹き上がり、空気の渦が巻き起こる。地面から空気だけではなく土埃も共に巻き上げ、茶色い旋風となって上昇していく。その中には、白い竜のように走る、稲光が見られた。乾いた土が擦れ合い、雷が生じているのが見て取れる。

 

「ハーッ!!」


 セレスは、腹の底から気迫のこもった声を発し、杖を握る右腕を回してデュークに向けた。竜巻となった土の渦が空気を震わせ、デュークに襲い掛かる。

 バチバチと爆ぜる音が、シールドを通しても聞こえてきた。


 セレスの攻撃に対し、氷の障壁を作って防戦すると思ったが、デュークは襲い掛かってきた空気ごと凍り付かせた。風は失速し、氷で固められた土が地面にごろごろと落下する。


 だが、それで終わりではなかった。

 びりっと空気が冷え、白い結晶が宙を舞う。すると、落下した土だけではなく、広範囲にわたって地面が凍り始めた。

 セレスは、慌てて凍る地面の外に出ようと後退ったが、間に合わない。セレスの足元を中心にして、地表がアイスリンクのように凍り付いた。


「ええっ!?」


 足場を失い、セレスはつるりと足を滑らせ、地面の上に尻もちをつく。

 その瞬間、一体いつから存在していたのか、上から氷の矢が降り注いだ。

 足元に気を取られていた、その隙を突いた反撃だ。


「そこまで!」


 審判の声が響き、セレスを守るシールドが掛けられる。

 その上に、氷の矢が突き刺さるかと思いきや、直前にさらさらと散った。

 セレスに降り注ぐ結晶が陽光に煌めき、虹色に輝いている。


 デュークは、地面に座ったまま呆然としているセレスに歩み寄り、手を差し伸べた。セレスはその手を取って立ち上がり、デュークを睨む。


「悔しい! 私の完敗よ!」


 セレスの言葉にデュークは一瞬目を瞠ったが、それだけだ。

 言葉を掛けずに元の位置に戻り、一礼してからフィールドを出た。


 観客がわっと声を上げて拍手を送ったが、もうそこにデュークの姿はない。

 恐らく、次の試合のための支度をしに行ったんだろう。


「お疲れ様、セレス」


 先に試合を終えていたのか、ベアトリスが客席から現れた。

 彼女の服はところどころ黒ずんでいて、アインハルトとの試合の激しさを物語っていた。


「ベアトリスさん、私……負けちゃいました」


 セレスは顔を歪め、ぽろぽろと大粒の涙を溢れさせた。

 ベアトリスは何も言わずに抱き締め、髪を撫でている。


 セレスとデュークが対戦していた裏で行われて試合。

 勝ち進んできたのは、アインハルトだった。


 決勝は、デュークとアインハルト。

 奇しくも、王子対王子の対戦となることが決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る