第18話 セレスの初戦

 朝7時半、講堂前には人だかりができていた。

 時を知らせる鐘の音が鳴り始めると、講堂の門が白く光り出した。そして、黒い文字が浮かび上がり、トーナメント表が姿を現す。

 左右に分かれたそれは、左側が普通科の、右側が剣術科となっている。やがて人の輪がそれぞれの前に分かれて、ざわめき出す。


「マジかよ。絶対、初戦敗退だ」

「あの二人が当たるのか。観戦が楽しみだな」


 そこかしこから声が聞こえる中、僕はずらりと並んだ生徒の名前を目で辿り、セレスの名前を探した。だが、視線を何往復させても名前が見つからず、前にいた人に声を掛けて、もう一歩トーナメント表に近付いた。そして、一番左端にあるシード枠にその名前を見つける。


 どうやら。ファルコ・クラッセは全員がシード枠に入っていて、一回戦は免除されるらしい。

 

「セレスは10時からか」


 僕の隣に背の高い人影が現れ、トーナメント表を見上げて呟いた。

 声で相手がわかり、僕は剣術の方のトーナメント表を見遣る。


「フレディの試合は、グラウンドで行うんだな」


 修練場は普通科に割り当てられ、剣術科は外で試合をするようだ。

 場所が離れているため、午前中は見に行けそうにない。


「11時過ぎからは行くよ」


 普通科のトーナメントは午前で一旦休憩を挟み、午後からベスト8が戦うことになるようだ。それなら、試合が粗方終われば、グラウンドに移動できる。


「それまでオレが勝ち残っていればな」


 フレディは苦笑して、手にしていた上着を肩に引っ掛けた。

 微かに震える肩を目の端に捉え、励ますのも鼓舞するのも違う気がして、何も声が掛けられない。

 第一、エントリーさえしていない僕に、何が言えるだろう。


「じゃあ、またあとで」


 フレディはひらひらと手を振って離れて行き、僕も背を向けた。

 そして、気持ちを切り替えて、修練場に進む列に加わる。


 修練場に着いたところで、普段とは違う熱気に僕は気を取られた。

 つい足を止めてしまい、後ろの人とぶつかりそうになる。

 

 フィールドは8面に分けられ、それぞれシールドが張られていた。

 透明なそれは、魔法攻撃から観客席を守るための防御壁で、ガラスのように透明だ。光を反射しているために存在は確認できるが、よく目を凝らさないとわからないくらいに溶け込んでいる。

 

 観客席の上方には、来賓席が設けられていて、貴族と思われる一団が既に着席している。

 生徒の試合を見るのに、ドレスアップをする必要があるのか謎だが、祭りの催しの一つと捉えるのなら適切な服装なのかもしれない。


 座る場所を探して客席を見回していると、オーベリン先生とイェレミーの姿があった。二人は隣り合って立ち、何やら話し込んでいる。近付いていいものか少し考えて、僕はやめた。試合時間が迫っていたため、セレスの試合を見るためには、すぐにでも場所取りをした方がいいと判断した。


 AからHまで札が立てられていて、セレスはAの札の場所に立っていた。

 僕が客席に座ると悪戯っぽい笑みを浮かべ、両手を上げて跳ねてみせる。

 手を振り返そうとしたところで修練場が静まり返り、中央奥にエドゼル学長が姿を現した。


 学長を見たのは入学式以来で、その頃とはイメージがまったく異なっていた。こんなに遠く離れていても存在感があり、僕の眼には大きく見えた。それは、僕に力が生じたせいで、学長の魔力が可視化されたからだろう。あんなに強大な魔力を持ち合わせているというのに、ほんの数カ月前の僕にはわからなかった。


「これより、第183回ヴィオレッタ祭トルネオ大会を開催する」


 学長が宣言したところで、ドンと乾いた音がし、空に花火が打ち上げられた。

 選手全員が深々と頭を下げ、客席から歓声が上がる。


 選手が一度フィールドから出た後、それぞれの試合場に1回戦に出る選手がセリアに入った。

 Aエリアの勝者がセレスの対戦相手となるため、僕はそのエリアの客席から試合を見守ることにした。隣にセレスが現れて、二人揃ってシールドにいる選手を見遣る。

 どちらも一年の男子生徒で、僕たちとはクラスが違う。

 見覚えのない二人であるため、属性も実力もわからない。


「プロンティ!」


 審判が手を挙げ、生徒が杖を構える。

 赤髪の方は空に向けて杖を立てて持ち、茶髪の生徒は地面に向けていた。

 そして、審判が手を振り下ろしたと同時に試合は決した。


「……え?」


 天空から雨のように土砂が降り注ぎ、茶髪の生徒が悲鳴を上げた。途端に生徒を守るように球形のシールドが張られる。そして、審判によって試合の続行が不能と判断され、強制的に棄権となった。


 一瞬の出来事に、エリアはしんと静まり返る。

 

「──勝者、ウラルタ・ティーモ!」


 どよめきが起こる中、勝者に拍手が送られた。

 隣に立っていたセレスは、唖然とした表情を浮かべていたが、すぐに顔を引き締める。

 数分に亘って、運営側がAエリアの清掃を行い、その間セレスはシールドの外で待っていた。セレスの纏う空気から、その緊張が伝わってくる。


「第2回戦、セレスティーヌ・アッシュベルト対ウラルタ・ティーモ」

「はい!」


 セレスが呼び声に応え、シールドの中に入る。

 ウラルタも続いて中に入り、向かい合った。


 先程の試合で、ウラルタが土属性魔法の使い手なのはわかった。

 複数属性を持つ生徒は、ファルコ・クラッセに所属することになるため、相手が使うのは土属性に間違いない。

 土属性の者はファルコ・クラッセにはいないし、セレスもこれまで練習したことはない。


 一体、どんな試合になるのか。

 僕が身を乗り出していると、審判が二人の間に立った。


「プロンティ」


 すると、ウラルタは今度は地面に杖を向けた。

 セレスは、いつもの通り、タクトを振る指揮者のような構えだ。


「ヴィア!」


 開始と同時に、周囲に土煙が上がる。

 シールドの中が茶色に染まり、中がまったく見えない。

 そこで、セレスが空中に逃げて、3メートルほどの高さに浮遊する。


 片目を瞑った状態で、杖を振り下ろした。

 青い炎がウラルタに襲い掛かるも、土壁で防がれる。

 だが、次いで水が降り注いだところで、土壁は溶けだし、泥となって流れた。


「参りました!」


 ウラルタが負けを認め、セレスは勝利を収める。

 双方が礼をして、セレスはシールドを出て、客席の間を抜けて外に向かう。

 

 僕がその後ろを追いかけると、水魔法で土を洗い流すセレスを認めた。

 目に入った土も洗っているようで、ぱちぱちと瞬きを繰り返している。


「あー、もう! 悔しい!」


 目が治ったところで、セレスは体を折り曲げ、自身の膝を叩いて悔しがる。

 勝ったのにこうも悔しがるなんて、と僕は正直のところ驚いていた。


「火魔法だけで勝つつもりでいたのに!」

「はは……」


 それは、無茶苦茶だと思ったが、僕は笑うことしかできなかった。

 我が妹は、相当の負けず嫌いのようだ。


 僕は、苦笑しながら、地団太を踏むセレスの傍にいた。

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