第三章 結末

第15話 日々是鍛錬

 普通科の授業が終わり、ほとんどの生徒が修練場に向かう。

 僕は、図書室に本を返してからその波に入り、廊下を歩いていた。


 隣にセレスの姿はない。

 きっと先に修練場に着いて、もう訓練を始めているはずだ。

 前はどこに行くにもついてきていたが、今は自分の時間を優先するようになっている。

 兄である僕から卒業できたことは、彼女にとっていいことだ。

 それは、実はゲームの中ではなかった変化で、僕にとっては喜ばしい。


 修練場につくと既に自主練習が始まっていた。

 決まったエリアでそれぞれが練習することになっていて、手前が一年生、左が二年生、右が三年生だ。

 そして、最奥がファルコ・クラッセのメンバーのエリアだ。


 前は一年生のエリアで見学していたが、今は僕もファルコ・クラッセのメンバーと共に自主練習をするようになっていた。


「まだオレンジが強いですわね。もう少し、温度を上げられるはずよ」

「はい!」


 ベアトリスとセレスが、火の魔法の訓練を行っている。

 学年は二年も開いているが、二人の友情は日々確かなものになりつつある。


 違う女子寮に住んでいても、セレスは何かにつけベアトリスの部屋を訪れているらしい。勉強を教わるとか訓練をするとか、それだけではなくて、お互いに自分の話をすることも多いようだ。内容については、さすがに把握していないが、二人でいる時間について僕に語る様子は、とても楽しそうでホッとする。


「クリス、何をしている」


 既に訓練を始めていたアインハルトが、僕を呼ぶ。


「今行きます!」


 アインハルトは、デュークと共に水魔法の練習をしていたようだ。

 僕は最近、この二人と共に水魔法について勉強している。


 飛翔ができるということで、最初はアインハルトと風魔法の練習もしてみたが、どうやら飛翔以外の能力はからきしのようで、すぐに見切りをつけた。

 それよりも、潜在的に強い能力のある水魔法を伸ばす方がいいというのが、オーベリン先生の見立てだ。


 水魔法の練習と言っても、一番の使い手であるデュークから何か言ってくるということはない。

 デュークの練習相手にアインハルトが立候補して、二人で競い合っているのを僕が見学するという状況だ。見て覚えているうちに、感覚が研ぎ澄まされて、能力の発現が速まることが長年の研究で実証されている。恐らく僕にも効果的だろうと、こうして見学するチャンスをもらっていた。


 今僕が何とか使えるのは、火属性の能力だけだ。中でも炎の魔法は、ベアトリスのおかげで辛うじて使える。

 土属性の能力は、どうやら持ち合わせていないらしい。


 各属性について、手探り状態なのには理由がある。

 通常なら、測定器で属性と大まかなレベルがわかるのだが、未だに僕の能力測定ができていない。

 見当がつかない以上、こうして発現を待つしかない。


 当初は、僕がすべての能力を持ち合わせているくせに、意図的にそれを隠していると思われていたようだけれど、あまりのポンコツ具合に疑惑は払拭されたようだ。

 それは、本当は情けないことなのかもしれないが、僕は内心喜んでいた。


 なぜなら、僕を警戒していたデュークの態度が、少しだけ和らいだからだ。

 未だに直接二人きりで話すことはないが、険しい視線で射竦められることも、取り付く島もない態度を取られることもなくなった。冷たくあしらわれることがない。たったそれだけのことなのに、僕にとっては大きな変化だと言える。

 寮祭以来、食堂や大浴場で顔を合わせても気まずかったが、今はそこまでデュークとの間に壁を感じない。近くに存在することを許してもらえている。そんな気がする。


 僕たち5人が自主練習をする中、イェレミーだけはこの場にいない。

 弓の練習をしているのかと思いきや、話によると研究室にいるという。


 グリューン魔法学院には、魔法の研究所があって、教授が各研究室に所属している。イェレミーはどうやらその研究室の一つに、オブザーバーとして参加しているということだ。

 きっとそれは、エルフの末裔で、長命種であるということも関係しているのだろう。

 イェレミーが何の研究をしているのかは、ファルコ・クラッセの誰も知らないし、実はゲーム内でも語られてはいない。


 あまりに謎の多い人で、底知れない何かを感じるが、話してみると意外に気さくだ。一癖も二癖もあるのはゲームで知っているけれど、表面上の付き合いをする分には特に支障はない。


「なかなか矢のようにならないな」


 ふとそんな声が聞こえてきて顔を上げると、アインハルトが顎に指先を当てて考え込んでいた。デュークの得意の攻撃ではあるが、アインハルトにはそのコツが掴めていないようだ。防戦する訓練を積み、氷の障壁を作ることはできるようになったアインハルトだが、攻撃に転じることは上手くできていない。

 もちろん、それを手取り足取り教える義務はデュークにはなくて、アインハルト自身が自分で試行錯誤するしかない。


「最初から矢にしようとするな」


 向こう正面に立つデュークが、いきなりアインハルトの言葉に答えた。


「矢にしない?」


 アインハルトは訊き返して、デュークの方へと近付いていく。


「水滴は速度に応じて形を変え、鋭さを増すのはわかるだろう。氷のつぶての先が尖る原理だ」


 それは、ベアトリスとの練習でも見たことがある。


「たしかに、速度は重要だ」


 すると、デュークは頷いて、腕を組んだ。


「その要領だ」

「なるほど、理解した」


 今の会話のどこで理解できるのか。

 僕は、二人のやり取りを聞きながら、さっぱりわからなかった。

 だが、デュークの言葉を聞いた後、アインハルトは即座に氷の矢を放てるようになる。


「まだ強度が足りないが、練習を積むといい」

「助かった。ありがとう」


 アインハルトはそう言って、デュークに笑いかける。

 デュークは一つ頷くと、練習を再開した。


 また一つ、彼らから後れを取った。

 差は開いていく一方だ。

 僕は焦りを覚え、いつの間にか白くなるほどにきつく拳を握っていた。


 皆の練習はまだ続いていたが、僕は修練場を出て図書室に向かった。

 時間があまりにも足りない。

 ただでさえ、優秀で勤勉な彼らに、僕はいつになったら追いつけるのだろう。


「……考えるな。今に、集中しろ」


 僕は自分に言い聞かせて、図書室で今日の授業の復習をした。

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