文章の配置ひとつとっても大きな差があると思う。への応援コメント
こんにちは。
文章の配置って媒体によって差がでますよね。
本だとある程度詰まっていても平気ですが、モニターだとツライとか。
わたしは縦書き横書きの違いかなと認識していましたが、モニターだとスクロールがあるから文字を見失いやすいとの意見もありました。
あれどこで見たんだっけな?
もしムーゴットさんなら申し訳なく思います。
慣れも大きいみたいですね。
紙であれ、モニターであれ、ギッチリと詰まった文章を好む方もいますし。
あとセリフしか読まないって方もいました。
個性があって面白いですね。
作者からの返信
こんにちは!
たくさんコメントいただいているようで、ありがとうございます。
スクロールの件は、私では無いですね。
でも、その意見もその通りですね。
セリフしか!とは極端ですね。
でも、書き手としての私は、意識しないとセリフしか書いていないことがあります。
すでに頭の中で展開済みの状況を文字に起こすのを忘れてしまう?面倒になってしまう?困った書き手です。
文章の配置ひとつとっても大きな差があると思う。への応援コメント
確かに……と思いました。
私も、読書が苦手な人間です。
その理由を言語化できていなかったのですが、すごく腑に落ちました。
ただ、闇雲に改行するのもきっとよろしくない。要素を丁寧に分解していく“嗅覚”のようなものが重要なんじゃないか。なんて思いました。
新たな視点をいただけた気がします。ありがとうございます。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
所詮(という言い方はあまり好きではありませんが)、
文章は、コミュニケーションのための道具。
使いやすいように、時代と共に進化していくと認識。
媒体、ハードウェアも紙からモニターへ。
変化があれば、それに合わせての進化もあろう。
改行や行間を開ける、
文脈に合わせた適切なタイミングや量。
より正確に、効率よく意図を伝えるための、
“嗅覚”が問われるのですね。
文章の配置ひとつとっても大きな差があると思う。への応援コメント
最初のスタイルの段落分け、実は私もすごく共感していて、とても読みやすいと思っています。
でも、小説を書くときには、一話の内容が極端に長くなってしまうのを避けたくて、
ある程度は第二のスタイルに整えるようにしています。
特に背景描写など、途中でぶつ切りにならないようにするには、段落をまとめて読ませたほうが流れが保てる気がしていて……
同じく2,500字前後でも、第一のスタイルだと「すごく長い話だな」という印象が強くなってしまうんですよね。
セリフについても、全部を第一のスタイルで書くと、逆に感情の温度が少し弱く感じられてしまうこともあるような気がしています。
でも逆に、モノローグ中心のセリフや独白には、第一のスタイルがすごく合っていると思っていて――
読むときだけでなく、書いているときもずっと悩みながら、第一と第二の段落スタイルを行ったり来たりしている毎日ですT0T
作者からの返信
コメントありがとうございます。
二つのスタイルのハイブリッドですね。
それこそ柔軟に適材適所に使い分けするのが、一番賢いやり方かもしれません。
文章の配置ひとつとっても大きな差があると思う。への応援コメント
私は、一行抜かしてしまったり、同じ行に戻ったり、行き先を誤ることはめったにありません。
でも読むときの脳にかかるストレスを見ると、確かに前半の方が楽な気がします。
これは大きな発見です。
作者からの返信
大きな発見なんです。
もう一つ言えば、左から右への文字の数は、
一定ではないんですよね。
スマホで見るか、パソコンで見るか、
パソコンもモニターの設定によって、
さらにアプリで見るか、ウェブブラウザで見るか、
条件によって異なる。
それによっても改行の位置が異なるので、
ストレス具合も微妙に異なります。
これは紙媒体とは違った新たな懸念材料。
文章の配置ひとつとっても大きな差があると思う。への応援コメント
どちらも読むことはできますが、前半の方が言っている意味が理解しやすいです。
私の場合です。
後半は文字は追えるのですが、言葉が頭に入らず、何回も読むことになり、時々思考が停止します。
作者からの返信
そう、まさにその通り。
一瞬でも思考が停止するから、
次へ進むのが億劫になる。
せっかく面白い話であっても、
これが原因で序盤で躓いて、
私は大きな損をしているかもしれません。
逆に言えば、
書き手の方も読み手を失うことになるんですね。
編集済
文章の配置ひとつとっても大きな差があると思う。への応援コメント
おおう…すでにお答えを見出されていらしたのですね。先にこちらを読むべきでした。
こちらを読んでからですと、速読の練習をなさっては、と勧めたいところです。
速読だと、文章をある程度のひと固まりで画像記憶して文章の流れをざっくり読み取るような練習をするので、かたまりとしての文章を読むのに慣れやすいのではないかと愚考します。
ちなみに私の場合ですが、
前半はどんな文章でもわりとすいすい読めると思います。いわゆる携帯小説や、なろう、TRPGリプレイなどで広まった書き方ですかね。
ただこの形式でさらに行間を空ける書式になっていると同じ文章量でも視線の移動距離が大きくなりすぎて目の疲労につながりやすいですかね。(画面で読むならスクロールする指も疲れそうです)
文として切れ目がわかりやすいので、脳の疲労は軽くなるかとは思います。
後半はある程度難解な用語や途中で考察など理解を深める必要がある場合には、長時間読むのがきつくなるかもしれません。
(そういう類いはまずまちがいなくこの文体ですが)
なんにせよ、苦手なことに向き合い分析、解決しようとなさっている姿に感心します。
作者からの返信
この答えも原因の一つであって、もっと複合的な対策が必要な気がします。
スムーズに速読を熟すためにも、前半の書式は有効かと思います。ただ、私に速読をさせると、やはり形の上で文字を追いかけるだけで、理解を伴わないまま終了!が目に見えます。
前半後半書式に関係なく、登場人物に、カルカッソンヌ侯爵、とか、グアダラハラ令嬢とか、馴染みのないカタカナを複数持ち出されると、ダメです。頭に入らず、次の話で再登場しても初登場なのかと間違えたりします。私にとって、カクヨムの異世界ファンタジーあるあるで、物語に入れないのです。映像で、顔の特徴が伴えば、全く問題ないのですが。
カクヨム本文中に挿絵、画像の挿入ができればと、最近切に思います。