第11話:実家への帰還と母の思惑

 真壁基氏と真壁碧純は、佳奈子からの手紙を手に持ったまま、リビングで顔を見合わせていた。


『基氏、碧純、元気にしてるみたいね。そろそろ実家に帰ってきなさい。話したいことがあるわ』


 短い文面に、二人は不安と好奇心を感じていた。


「お兄ちゃん、ママ何企んでるんだろうね」


「分からねえよ。けど、母さんのことだ。なんかあるんだろ」


「うん。私たち、帰った方がいいよね?」


「あぁ、そうだな。ちょうど春休みだし、行くか」


 二人は荷物をまとめ、数日後、大子町の実家へ向かった。


 水郡線の電車に揺られ、懐かしい山間の景色を見ながら、碧純が呟いた。


「お兄ちゃん、久しぶりの実家だね。私、ちょっとドキドキするよ」


「俺もだよ。お前とこんな関係になってから初めてだからな」


「ママ達にバレたら、どうなるかな?」


「……分からねえ。けど、正直に話すしかないだろ」


 実家に着くと、佳奈子が笑顔で迎えた。


「基氏、碧純、お帰りなさい。よく来てくれたわね」


「母さん、久しぶりだな。元気そうだ」


「うん、ママ、私たちも元気だよ」


 忠信が無言で頷き、農具を手に持ったまま縁側に座っていた。


「基氏、碧純、帰ってきたか。飯はまだか?」


「もうすぐよ、忠信。少し待ってて」


 佳奈子が台所に立つと、碧純が手伝いに加わった。


 夕飯の準備が進む中、基氏は忠信と縁側で話した。


「父さん、最近どうだ?」


「畑が忙しい。猪がまた出てるぞ。お前、猟でも手伝え」


「あぁ、分かったよ。時間あればな」


 無骨な会話だが、忠信の目には温かさがあった。


 夕飯のテーブルに家族が揃い、懐かしい味の鍋を囲んだ。


「基氏、作家業はどうだ?」


「順調だよ。印税で生活できてる」


「そう。碧純、学校は楽しいか?」


「うん、楽しいよ。友達もできたし」


「そうか。二人で仲良くやってるみたいね。ふふふっ」


 佳奈子の笑みに、基氏と碧純は顔を見合わせた。


「母さん、何だよ、その笑い」


「何でもないわよ。基氏、碧純のことちゃんと見てあげてね」


「……あぁ、見てるよ」


「うん、お兄ちゃん、私のことちゃんと見てくれてるよ」


 その言葉に、佳奈子が目を細めた。


「そう。見てくれてるならいいわ。実はね、話したいことがあって」


「何だよ、母さん」


「基氏、あなた、真壁家の跡取りになってくれないかしら」


「……何!?」


「え、ママ、それってどういうこと?」


 佳奈子は落ち着いた声で続けた。


「忠信と私はね、基氏を我が子同然に育てたわ。血は繋がってないけど、あなたは私たちの息子よ。そして、碧純は娘。二人で真壁家を継いでくれれば、私たちに何の文句もないわ」


 基氏は言葉を失い、碧純が慌てて言った。


「ママ、それって、私とお兄ちゃんが……」


「そうよ。結ばれてもいいと思ってるわ。ふふふっ」


 忠信が黙って頷いた。


「基氏、お前が跡取りなら安心だ。畑も任せられる」


「父さんまで……何だよ、これ」


 佳奈子が笑いながら補足した。


「基氏、あなた、碧純のこと大好きでしょ? 昔からシスコンだったもの。碧純もお兄ちゃん大好きだし、ちょうどいいじゃない」


「……母さん、気づいてたのか」


「当たり前よ。母親だもの。基氏が大学行ってから帰ってこなかったのも、碧純への気持ちを抑えるためでしょ?」


 基氏は目を逸らし、碧純が顔を赤らめた。


「ママ、私、お兄ちゃんのこと、兄妹以上の気持ちで好きだよ」


「知ってるわよ。碧純、あなた、お兄ちゃんのこと追いかけてつくばに行ったんだから」


「うん。私、お兄ちゃんと一緒にいたいよ」


 佳奈子が優しく微笑んだ。


「なら、いいじゃない。基氏、あなたはどう思う?」


「……俺、碧純のこと大事だよ。妹としても、女としてもな」


「そう。それでいいわ。二人で幸せになってくれれば、私たちに何の文句もないよ」


 忠信が呟いた。


「基氏、お前がその気なら、養子縁組の手続きもできるぞ」


「父さん、そんな急に……」


「急じゃないよ。ずっと考えてたことだ」


 基氏は頭を抱え、碧純が手を握った。


「お兄ちゃん、私、ママ達が認めてくれるなら、嬉しいよ」


「……俺もだよ。けど、こんな簡単にいくのかよ」


 佳奈子が笑った。


「簡単じゃないわよ。世間には兄妹って知られてるんだから、少し大変かもしれない。でも、私たちが認めてるんだから、大丈夫よ」


 その夜、基氏と碧純は縁側で二人きりになった。


「お兄ちゃん、ママ達、応援してくれてるんだね」


「あぁ、意外だったよ。母さん達、ずっと企んでたみたいだな」


「うん。私、お兄ちゃんと一緒にいられるなら、それでいいよ」


「俺もだよ。お前、俺の大事な女だからな」


 碧純が基氏に寄り添い、星空を見上げた。


「お兄ちゃん、私、幸せだよ」


「あぁ、俺もだよ」


 二人は手を握り合い、新たな未来を想像した。


 だが、佳奈子の言葉通り、世間とのギャップは簡単には埋まらない。


 翌日、基氏は佳奈子に尋ねた。


「母さん、世間にどう説明すんだよ。俺たち、兄妹として育ったんだぞ」


「そうね。少しずつ慣らしていくしかないわ。まずは二人で幸せになってね。それが一番よ」


 忠信が補足した。


「基氏、お前が作家で稼いでるなら、田舎でも暮らせる。畑もあるしな」


「……確かに、そうだな」


 碧純が笑った。


「お兄ちゃん、私たち、ここで暮らすのもいいよね」


「あぁ、お前がいいなら、俺も考えるよ」


 実家での対話は、二人の関係を後押しした。


 佳奈子の思惑通り、二人は新たな道を歩み始めた。


 だが、世間の目や未来への不安は、まだ影を落としていた。


 二人の愛は試練を乗り越えられるのか。


 それは、時間だけが知っていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る