淡墨の深層 第五十四章 当事者は…それどころじゃないのに

 翌朝……目が覚めたら10時近くだった。


 二人は……?

 居ない……どこかへ行ったな。


 暖かいと思ったら……ファンヒーター、付けたままにしておいてくれたのか。

 この気遣いは……ミサコだな。

 もう二度と……会うことは無いだろうけど……

 ミサコ、ありがとう。そして……


 君の想いには応えられず、本当に済まない。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 前夜……通し勤務で疲れ果てて帰宅したら……

 ミサコと……シンが抱き合って寝ていた。


 あやさんとの溝は完璧に修復されたのみならず、より深い関係となれた今……

 二人がデキようがどうなろうが、僕にとってはどうでもいいことだったが……

 ウチで……僕のアパートで堂々とソレって……少し感情的になってしまった僕だった。

 しかし、だからといって……

 ミサコを……どこかに泊まるカネも持っていないシンと一緒に、この真冬の寒空の下へ追い出すことは流石にできず……

 さりとてミサコだけを帰そうにも、終電の時間を過ぎており……

 仕方なく昨夜だけは……泊めてあげることになってしまったんだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その時……

 起きたばかりで半分寝ぼけていた僕の背筋に……

 戦慄が走り、一気に目が覚めてしまった。


 あ……あやさんとの……約束……

 「ミサコとは二度と会わない」

 を、既にして破ってしまったのみならず……

 またも……『泊めて』しまっただなんて……

 あやさんへはいったい……どう報告したらいいのだろう?


 僕は重い気持ちのまま、仕事へ行く準備を始めた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「おはようございます!」


 その日は遅番だったが、出勤早々ハルナさんからは、睨むような厳しい表情で……


「れいくん……おはよ」

「な……ハルナさん、おはようございます。何ですか、怖い顔して……」

「また電話があったのよ!」


 あ……あやさん? 困ったな……どう報告したらいいのやら……。


「本城さんから!」


 え? ミサコから? 今度は何だよいったい……。


「伝言、預かったわよ」

「またあの……電話が欲しいとかじゃなくてですか?」

「メモ取ったからそのまま伝えるわね。え~と……『昨夜はごめんなさい。朝一でウチへ帰ったから安心して』……ですって! れいくん、まだそんなことしてんの⁉ せっかく上木さんと仲直りできたのに!」


 ミサコ……そんな報告、僕には……必要無いんだよ。

 もう……関わらないでくれよ!


 いずれにしても、ハルナさんの誤解は解いておかねばと思い……なるべく簡潔に伝えることにした。


「ハルナさん、違うんですよ。ミ……本城さんは……僕のバンドの、クビにした元ヴォーカルの……彼女です」

「え?」

「その彼……元々はこの店の常連客で……音楽的に気が合って、バンド一緒にってなったんですけど……仕事も住むところも無いって泣き付かれて、暫く同居させることになって……今に至ります」

「ふ~ん、そうだったの」

「はい。あやさ……上木さんとギクシャクし始めたのも、そもそも最初は、その彼の素行の悪さに彼女もウンザリして……『アイツを追い出すまで、れいもかまってあげない!』なんて宣言されて……」

「あらあら……クスッ……」

「ハルナさん、また楽しんでますね?」

「ウフ! ごめんね」

「いえ、笑顔が戻って良かったです。それでその……ギクシャク時期に、僕に接近して来たのが本城さんだったんです」

「うわ。出た!」

「因みに本城さんは……高2の17歳です」

「流石にそれは……マズイわね」


 その「マズイ」詳細、即ち……

 ミサコが……僕をビルの隙間へ引きずり込んで強引にキス……マサヤさんたちから袋叩きにされていた僕を助けてタクシーへ同乗しアパートへお泊り……翌朝またも強引におはようのキス……押しかけ同棲ごっこ……

 等々の説明は、全て省いた。


「それでも僕は、本城さんとの関わりの全てを! 上木さんへ報告して……上木さんはそれらを『もらい事故』と赦してくれて……結果、上木さんとのギクシャクも解消できて……」

「あ~、それで上木さんの部屋に鍵を忘れて来るくらいの関係に戻れて~? ムフフ~」

「ハルナさん、楽しいですか?」

「それはもう……お主もやるよのぉ、越後屋」

「いえいえ、お代官さまほどでは……って、誰が越後屋ですか!」

「ヴェッフェッフェ!」


 ハルナさん……楽しみ過ぎ……

 まぁ、笑顔が戻って……誤解が解けたなら、いいか。


「でも、あの子……僕が上木さん一筋なことを……理解したのかしてないのか、もう判りませんけどね……」

「それはわかったんじゃないの、その子だって」

「そうかもしれませんね! それで昨夜帰宅したら、その子と彼が……その、同居人の彼ね……二人はどうやらデキちゃったらしくて、抱き合って寝ていたんですよ」

「え⁉ それってちょっと、図々しくない?」

「ですよね。だから僕も少し、感情的にはなったんですけど……終電も過ぎているし、この真冬の寒空の下に追い出すわけにも行かず……」

「泊めてあげたのね?」

「はい。さっき10時前に起きたら、二人とも居ませんでした。ミ……本城さんは……今日は日曜だし学校も無いし、厚木の自宅へ帰ったんでしょうね」

「それはそれは……お疲れ様でした! さっきは怖い顔してごめんね」

「いえ、そんな……僕にとって本当の問題は……ここからなんですけどね」


 あ……また余計なことを言ってしまった。


「あらあら? どんなどんな?」

「あ、ハルナさん……そろそろ業務開始の時間なんで……」

「え~? もうちょっと教えてよ!」

「『ここから』のことは、まだ何も起きていないので、僕にもわかりません。じゃ、ホール入ります!」

「あ、ちょっとれいく~ん! もぉ……でも、フフッ! 若いっていいわねぇ……アオハルアオハル!」


 ハルナさんこそ……人の恋バナで楽しめていいわねぇ。

 渦中に居る当事者は……

 それどころじゃないのに……


 ああ……マジであやさんへは……

 どう報告したらよいのだろう?

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