淡墨の深層 第四十九章 成就

 <ピピピピ! ピピピピ! ピピピピ! ピピピピ! ……カチッ>


「ん……う~ん……もぉ……寝不足……」


 僕はまだ、眠っていたらしい。


「んふふ……かわい……昨日はごめんね……引っ叩いたりして……」


 誰かの手が……僕の頬を撫でている……?


「れい……おはよう……朝よ」

「うぇ……」


 と……中々起きない僕だったらしい。


「もぉ……そうだ!」


 ん……? 何か……柔らかいものが僕の唇に触れて……なまめかしい感触の何かが……口の中へ……?


「あぁ⁉……だからぁ、はぁ……ダメだって言ったぁ!」


 そう言いながら飛び起きた僕だったが……


「ちょっとぉ、れい……ダメだって、どういうこと? ん? 『言った』って?」

「はあ! あ……あやさん……だったのか……はぁ……良かったぁ……おはよう」

「おはよ。わかったわぁ……そう言うことだったのね……」

「ごめん……なさい……間違えたの」

「ううん……れい……もしかしてだけど、その……昨日……おとといからのことが、トラウマになってない?」

「トラウマかは判らないけど、確かに今の……ミサコの強引な……その……間違えたんだ。ごめん……」

「れい……大丈夫よ。これからは私が、ぜ~んぶ上書きしてあげるからね!」

「ありがとう、あやさん……」

「フフッ! じゃ、今の……やり直しだよ!」

「うん……」


 と……再度横になり……改めて唇を重ねた二人だった。

 こんな会話を交わしながら……。


「れい……かなり寝不足なんじゃない?」

「うん、まぁ……かなり……アハ! あやさんが……寝かせてくれないから……」

「だって……嬉しかったんだもん。初めてれいと……一つになれて」

「僕だって……嬉しかったよ。あやさんも……躰、大丈夫?」

「ん~? もぉ……壊れるかと思ったわよ……フフッ!」

「あ……ごめん……だってあやさん……あんなに悦ぶから……アハ!」


 その前夜……

 やっと……初めて……

 『泉水の底』へと、辿り着けた二人だった。


 それまでも……そうした機会はあった。

 二人とも、お互いにすっかりそのつもりで……

 あやさんが『夜襲』をかけてまで『同棲ごっこ』を企画したのも、そのためであり……

 然しながら……僕がどんなに『ご奉仕』をしても……

 あやさんは途中で感じなくなってしまい……

 僕もその空気に撃沈……

 お互いに気持ちはあるのに……

 一つになれたことは、一度も無かった二人だったんだ。


 それが……この前夜、遂に成就。

 最初の難関を乗り越えてしまえば、その後は順調な二人……

 あやさんも……そして僕も……正に何かに火が付いたかのように……

 何度も……幾度も求め合い……お互いに、命を注ぎ合ったんだ。


 そしてこの朝も……

 『おはようのキス』だけで、済まされるはずはなく……

 以前お泊りした時に僕が持参し、部屋へ置いて行ったまま、未だ一度も使われていなかった半ダースの内の……

 前夜に使い残した『最後の一個』へと……

 お互いの想いと欲望を解き放ち……

 その余韻に……激しく息を切らしていた二人だった。


「はぁ! れい……」

「え……はぁ! なぁに?」

「目覚まし……早めにセットしておいて……はぁ! 良かったでしょ?」

「そうだね……はぁ! え? もしかして……このために?」

「それは……ふぅ……内緒」

「そう……ふぅ……。今朝もいつも通り出勤なんでしょ?」

「うん……れいもでしょ?」

「うん……」

「じゃあ遅れないように……朝ごはんにしよ」

「あ……ありがとう」





 服を着けて……布団を畳み、テーブルを出す。

 僕が顔を洗って戻って来ると、あやさんから……


「これ……電子レンジで温めて」

「は~い」


 2~3分後……


「出来た? じゃあ次はこれ……」

「うん」

「はい、次これね」

「はい」

「お味噌汁も温まったし……れい、はいお茶碗。ご飯は好きなだけ盛って。私の分はテキトーでいいから」

「はいはい……」

「『はい』は一回でいいって言ったでしょ!」

「は~い」


 あっという間にテーブルを埋め尽くした朝ごはんたち。


「じゃ、食べよ」

「うん」


「「頂きます!」」


 手を合わせて食べ始めたが……あやさん、手際も良すぎ。


「あやさんて料理も上手だけど、こう……手際もいいね」

「そう? ありがと。でもこれ全部……直ぐに並べられるように、キミの分も昨日から下準備しておいたのよ」

「え? 僕の分も……昨日から?」

「そうよ」


「ありがと。じゃあ、あやさんて……エッチ!」


「ブッ! 何よいきなり……」

「だってそうでしょ? 昨日は……もう最初から僕を帰さない……予定だったと……」

「それは! キミ次第だったの! キミは全部正直に話してくれたし……私があの子を見縊っていたことにも気付かせてくれて……それとも、まだ何か隠していることでもあるの?」

「それは無いけど……」

「ならいいけどさ……まったく……何度も何度も『もらい事故』に遭う子だなって思ってさ」

「ごめん……なさい……」

「でもね……そう思ったら、その時は確かに……帰したくなくなったのは認めるわよ」

「それなら……エッチなのも認める?」

「ソコへ戻る~?」

「うん。だって、そのあとのあやさん……スゴイんだもん」

「あぁ~もぉ! わかったわよ! ソッチも認めるから、早く食べて食べて!」

「うん。大丈夫だよ。僕もあやさんに負けないくらいエッチだからさ」

「知ってるわよ! 昨夜、散々に思い知らされました!」

「今朝もでしょ?」

「あん……うぅ……もぉ……そうです! また今度ね!」

「はい。一名様ご予約で~す♪」

「あ・の・ねぇ、れい……その一名様わたし以外にご来客なんかあったら、もう……」

「もう……?」

「今度こそ、裏拳で引っ叩くくらいじゃ済まないからね!」

「ごめん……約束するから赦して」

「わかったならいいからもぉ……食べた? じゃ、遅れないように準備しなさい!」

「は~い。今回も、超絶美味しかったよ」

「ありがと。また作ってあげるからね」


「「ごちそうさまでした!」」


 その一名様あやさん以外のご来客など絶対に無い……

 そう約束したにも拘らず……

 それでも二人は……

 その後の運命に振り回されてしまう。

 あやさんと僕……そして……

 ミサコと『アイツ』という……


 『因縁』に……。

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