淡墨の深層 第四十五章 これは…チャンスだって…

 前夜の件……

 幼少の頃から祖父に習っていた合気柔術を使い、マサヤさんたちから袋叩きにされている僕を助けたのは……

 ミサコ同様その場に居合わせて、最初にマサヤさんたちの暴行をやめさせようとした……

 あやさんを護るためでもあったと、話してくれたミサコだった。


 ミサコは僕にそっと抱きしめられたまま……


「れいから……こうしてもらったの、初めてだね」

「うん……そうだね」

「ありがとう……続きも……していいからね」


 それは……

 それはミサコの、僕に「抱いて欲しい」との意味であったことは……

 直ぐに理解できた。

 でも……


「それは……」


 と、言いながら僕は……

 ミサコを抱きしめていた腕を解いた。

 そして、改めて彼女の目を真っ直ぐに見つめて……


「それは……やっぱりできないよ」

「そう……だったよね……フッ」

「ごめんな、ミサコ。僕は……あやさんへ戻りたいんだ。本当にごめん」

「ううん……なら、私も……続きの話があるの」

「なぁに?」

「さっき話した……マサヤたちの一人を倒した理由……赦せなかったって」

「うん」

「理由は……もう一つあったの」

「もう一つ?」

「うん。昨夜は……あやさんから最後に言われた『二言』のお蔭で『調子に乗って』なんて、曖昧な言い方をしたけど……」

「違うの?」

「ううん。正確に言うと……これは……チャンスだって……思ったの」

「チャンス?」

「うん。だから……ごめん、れい……ホントならもう少し早く助けてあげられたんだけど、私……」

「?」

「あの前に私……タクシー拾っておいたの」

「え? ああ……道理で……なんか『脚本通り』みたいなタイミングだったわけだ」

「ごめんね……これで、あとはれいを助けてタクシーに乗っちゃえば……れいのアパートへ行ける……泊めてもらえるって思って……咄嗟に閃いて……」


 それはつまり……あやさんから最後に言われたあの二言を……

 すぐさま実行に移したと言うことか。


「人が誰かを好きになる気持ちを他人は縛れない。だからミサコちゃんがれいを好きになったのも、誰も干渉はできない。マサヤも……そして私もね」

「干渉はしないけど、せいぜい気を付けるわ……まぁ頑張ってね」


 あやさんから言われた言葉通りに……

『縛れない』なら……

『調子に乗って』……

『チャンスだと思った』から……

『頑張った』というわけか。


「そうだったのか。もう……わかったから、ミサコ……もういいから」

「本当にいいの? 私、あやさんから責められなかったのをいいことに……本当に……悪い子だよね?」


 確かに……その通りかもしれないが……

 あやさんの言う通り……


「人が誰かを好きになる気持ちを他人は縛れない……だからミサコが僕を好きになったことに、誰も干渉はできない……」


 きっとそれは……僕、本人でさえも……干渉はできないのだろう。

 僕はその時、きっと前夜のあやさんのミサコへの気持ちと同じく……

 ミサコを責める気持ちには、なれなかったんだ。


「僕はミサコを悪い子だとは思っていないよ。でも、仮にミサコが悪い子だったとしたらそれは……その悪い子を追い払うこともできない僕も、同じく悪い子……同罪なんだよ」

「違うよ! 私が押しかけたから!」

「ミサコは……そうしてまで僕とあやさんを助けてくれたんだから……そんなに……自分を責めないで……」

「れい……ごめんなさい……」

「いいから……あとは僕が、あやさんからもう一度赦してもらえるかどうかだから……」

「うん……だから……ホントにごめんなさい……」


 ミサコのそんな姿に僕は……

 再度『自分から』……

 彼女をそっと抱きしめてしまった。


 この時のミサコ言葉は……本当に心からのものだったのだと……

 僕も心から……信じていたんだ。


 然しながら……

 ミサコの本当の『正体』は、どうだったのか……

 それを……

 未だ判っていない、僕だったんだ。


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