淡墨の深層 第四十四章 テーブルも無くて…ごめんな

「ミサコは彼女じゃないんですー!」


 と……

 馴染の女性経営者、ヨシノさんへ伝えて……朝食を買ったコンビニから帰宅。


「じゃ、食べようか」

「うん!」


 僕がお茶を淹れている間に、ミサコは買った食べ物を床に並べ……


「「頂きます!」」


 と、一緒に手を合わせてから食べ始めた。


「ミサコ……」

「うぇ? (モグモグ……)あ~に?」


 流石はJKの食欲……お腹が空いていたんだな。


「テーブルも無くて……ごめんな」

「ほんなん、ひいよぉ……(モグモグ……)」

「そう言えば、ミサコと一緒に食事するのって……二次会で飲み食いしていたの以外だと初めてだね。二次会だと他のメンバーもみんな居るし」

「ほうね……(ゴックン)……初めての二人切りで、嬉しい?」


 また……そんな問いかけ……


「そりゃ、嬉しいか悲しいかで言えば……嬉しいけど……」

「そぉ……なら、良かった! (パクッ)」


 ミサコ……今のも……誘導尋問なのか?

 僕から何らかの……『言質』を、取りたいのか?


「ねぇ、れい……」

「なぁに?」

「さっき……テーブルのこと謝ってた、れいの台詞ってさ……」

「うん」

「なんか私たちが、一緒に住んでるカップル前提みたいだったよ」

「ブッ!」


 飲んでいたお茶を噴いてしまった僕だったが……


「あ~! もぉ……ほらぁ」


 と……ティッシュで拭いてくれたミサコ。


「あ……ありがとう。でもその……そんなつもりで言ったわけじゃなくて……」

「そんなつもりとかどうでもいいからさ、今日一日でいいから……同棲ごっこ、したいな……私も」

「え? 私……『も』……?」


 そんな僕の反応に、悪戯っぽい瞳で笑顔を返して来るミサコからは……


「あやさんとは……『同棲ごっこ』したんでしょ?」

「え!!」

「さっきヨシノさんが言ってた……『いつだったか2~3日続けて来てた女性ひと』って、あやさんのことよね?」

「な……なんで……なんで知ってんだ?」

「れいさぁ……私、昨夜あやさんと1時間以上話してたのよ。言われたのが、あの二言だけのはずが無いでしょ」


 『あの二言』とは、あやさんが最後にミサコへ伝えたと言う……


「人が誰かを好きになる気持ちを他人は縛れない。だからミサコちゃんがれいを好きになったのも、誰も干渉はできない。マサヤも……そして私もね」

「干渉はしないけど、せいぜい気を付けるわ……まぁ頑張ってね」


 それら……『二言』のことなのだろう。

 そもそもミサコから僕へは、その『二言』のことしか伝えられていなかったのだから。


「昨夜はその二言の件しか聞けなかったけど……他にはどんなお話だったの?」

「言っちゃっていいのかな? あん……でも、ほとんどがれいの話題だったから、いいわよね」

「僕の?」


 その時のミサコは……僕の何もかもを知っているかのような、再び悪戯っぽい笑顔を湛えながら……


「そうよぉ……僕ちゃんの件……キミの話題だったよ!」

「僕ちゃん? キミって……」

「だってあやさん……『アイツ、キミって呼ばれると喜ぶよ』って言ってた。アハ!」

「・・・・・・」

「だってキミは! 歴代彼女全員から『キミ』って呼ばれていたんでしょ? フフッ!」

「う……」


 確かに……まゆな以外は全員そうでしたけど……

 あやさん……なんて話を暴露してくれたんですか。


 そんな風に……戸惑っている僕にミサコは、追い打ちをかけるように……


「みおさんとのいきさつも、聞きましたー!」

「ブッ!」


 再度お茶を噴いてしまったが……


「あ~! またお茶……なんでそうタイミング良いのよ? キ・ミ・は! アハ!」

「だ……だって……みおさんて……」


 と……またもティッシュで拭いてくれたミサコだったが……

 拭きながら楽しそうな顔で、僕へ顔を傾けながら……


「プラトニック~!」

「え⁉」

「純愛だったんだね~?」

「ブッ!……」


 それは……その通りだったんですけど……

 あやさん……そんなことまでミサコへ話すって……ちょっと行き過ぎでは?


 その時の僕はきっと、顔を真っ赤していたのだろう。

 そのまま俯いてしまい、顔を上げられずにいると……


「フフ♪……かわい~」

「え?」

「ううん……あやさんからね……みおさんとれいとの、そんな純愛なお話を聞いてね、私……」

「・・・・・・」

「れいが……益々好きになっちゃって……」

「それは……ありがとう……」


 と、口では答えたが……そう……言われましても……困る……。

 今の……「可愛い」だって、ちゃんと聞こえていたさ。


 でも、みおさんとの……純愛……。

 お互いが抱えた事情に拠り……

 キスの一度も交わせぬまま別れざるを得なかった、プラトニックで終わった恋。

 その……みおさんとの経緯をあやさんから聞かされた……目の前のミサコが、深く理解しているだなんて……

 僕は今にも……『二つ心』が、芽生えてしまいそうだったんだ。


「だからね……昨夜一緒のベッドに寝させてもらったけど……」

「それはミサコが……頑固だったからさ……」

「それは……そうだったけどさ……でもれい、絶対に手は出して来ないって……判ってたよ」

「だったらそれは……それで良かった……でしょ?」


 本来は……

 『手を出さなかった理由』が……

 みおさんと、ミサコでは異なるのだったが……

 ソコへは敢えて、言及しなかった。

 そんなことは……

 そこまで理解しているミサコもきっと……判っているのだろう。


「あと、マサヤさんのことも」

「ああ、それは僕も説明されたよ」

「あやさん、彼とよりを戻そうとしていたわけじゃなくて……れいと距離ができちゃったからって、相談していただけだったって」

「うん。僕にも同じことを言ってたよ、あやさん」

「だから……あの夜はれいと私で、同じ誤解をしていただけだったのねって、あやさん……」


 あやさん……そこまで気付いていたのか。


「なのに……なのに私、誤解のまま突っ走っちゃって……しかもそれを、一部始終マサヤさんに見られていた……そう教えてくれたわ、あやさん……」


 実は『一部始終』では無かった点は、この場では黙っておいた僕だった。

 あやさんもミサコへ伝える際、ソコは端折ったのか。


「それでもあやさん……私を責めるような言葉はひと言も言わずに……れいのことを楽しそうに話してくれたの」

「そう……だったのか」

「それで……最後のあの二言でね……あやさんの優しさと言うか……懐の深さに感動しちゃって……あやさんにはもう、勝てないのかなぁと思っていたら……昨夜の……」

「うん……」

「あやさんと一緒にお店の外に出たら……れいがマサヤさん……マサヤたちに袋叩きにされてた……」

「それは……マサヤさんの彼女だったミサコ……と……僕がその……」

「違う! 私が強引にキスしちゃって……れいを……マサヤから見たら、悪者にしちゃったから!」

「ミサコ……」

「あやさんからのお話で、それを知って……だからって、他の連中まで引き連れてれいに暴力って……アイツラ……赦せなかった!」

「・・・・・・」

「だから! アイツラの一人を捻り上げてぶっ倒してやったの! 最初にマサヤたちを注意してれいを助けようとした、あやさんを護る……ためにも……」


 ミサコ……本当にありがとう。

 君の合気柔術スキルは……間違いなく、世の中のために役立っているよ。

 声に出して、もう一度言わせて欲しい。


「ミサコ……本当に……ありがとう」


 そう言って僕は、初めて……

 初めて『自分から』……

 ミサコをそっと、抱きしめたんだ。

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