淡墨の深層 第三十八章 バカ!!そこは嘘でも否定するの!

 電話越しに始まった、あや捜査官に拠る尋問。


「さっきも言ったけど、マサヤは……『れいが誰かに引っ張られるように』って言っていたのよ。その『誰か』って、誰なの?」

「えと……ミサコ……」

「そう……じゃあ、自分から行ったんじゃないのね?」

「うん……引きずり込まれた……感じで……」

「それで? そのあと……どっちからしたの? その……」


 あやさんも言いにくそうだが……キスの……ことなのだろう。

 マサヤさんにも目撃され……あやさんへと伝達済みなのだろうから。


「それも……ミサコから……抱き着いて来て……」

「・・・・・・」


 数秒間の沈黙の後……小さくため息をつきながら……


「はぁ……そうね。だいたい合ってるわ、マサヤの目撃証言と」


 それってマサヤさんは……かなり最初の方から見ていたということ?


「マサヤもびっくりしたって。あの子……かなり乱暴に、れいを壁に押し付けてたって……」

「乱暴って言うか、小柄で細身なのに凄い力だなと思っていたら……ミサコ、合気柔術の段位を持ってるって……その時に言われたんだ」

「それってもう、脅迫じゃないの? とにかくそのあと……れいの首に腕を絡ませて……その……してたそうね」

「そう……です……あやさん、ごめんなさい!」


 とにかく謝らないと……マサヤさんはきっと、その先も見ていたのだろう。


「はぁ……。それでマサヤもね……もう、見ていられなくなって……店へ引き返して来たんだって」

「え⁉」


 それはつまり……僕がミサコの腰へ腕を回してまでキスをシーンまでは……

 マサヤさんには見られていなかったということ?






「ホッ……」

「もぉ~、ため息つきたいのはこっちよ!」


 僕が思わず声に出してしまってまで吐露した『安堵』が……電話越しのあやさんには『ため息』に聞こえたらしい。


「あ……ごめんなさい」

「それでぇ⁉ そのあとホテルへ行ったりしてないでしょうね⁉」

「してないよぉ……そもそも僕はミサコのこと、元々なんとも思ってなかったんですからぁ」

「ホントに⁉」

「ホントですぅ!」

「1ミリも思ってない?」

「ん~? 1ミリ……くらいなら、もしかしたら……」


 僕にとってその『1ミリ』の定義とは、あの時に湧いてしまった……

 「家族から孤立しているならば何とかしてあげたい」と言う『余計なお世話』な気持ち程度のことだったが……

 思わず正直に答えてしまったその『1ミリ』が、あやさんの癪に障ったらしい。


「バカ!! そこは嘘でも否定するの!!」

「ご……ごめんなさい! 1ミリも……無いですぅ……」

「・・・・・・」

「ホントだから、あやさん!」

「はぁ……じゃあこれで最後の質問。そのあと、二人はどうしたの?」

「小田急線の……新宿駅まで送って行って、帰らせました」

「ふ~ん。駅までねぇ……またどうせ、仲良く腕でも組んで歩いてたんでしょ?」

「・・・・・・(あやさん……なぜ知ってるの? 見てたんですか?)」

「まったく、キミって子は……シンのことも含めて、男女問わず面倒見良過ぎるって言うか……もぉ……」

「ごめん……あやさん、マジごめんなさい……赦して……下さい……」

「もぉ……ん~じゃあ今回は、ってことでいいけど……」

「ありがとう、あやさん……本当にごめんなさい」

「でも……あの子はどんなつもりなのかしらね?」


 そうだった。

 ミサコの様子だと……僕を「落とした」とでも思っているのではないのか?

 ならば、ミサコが「彼氏」と言っていた、マサヤさんはどうなるんだ?

 いや、人さまの心配よりも……まだ話は終わっていないんだ。


「あやさん……実は昨日、店へ電話があったのは、あやさんだけじゃなくて……」

「まさか……あの子からも?」

「うん……電話が欲しいって」

「で? れいはどうするつもりだったの?」

「先ずはあやさんに……そう思ってこの電話を架けて……終わったら次はミサコへ……その予定だったんだけど……僕、できればもう……ミサコへは連絡もしたくないんだ」

「そう……なら、あの子には私から話してみてもいいかな?」

「あやさんが? 喧嘩にならない?」

「それは向こう次第だけど……私だって、格闘家と喧嘩なんかしたくないわよ」

「いや……それだけはやめて……」

「フフッ! ありがと。それにあの子、マサヤの彼女ってことになってるんだし……そうでいてくれないと、またこっちも困るでしょ? アハハ!」


 この夜、初めて笑ってくれたあやさんに、どこか『オトナの余裕』を感じた僕は……

 取り敢えず、あやさんに託してみようと思ったんだ。

 但し、この『オトナの余裕』は……

 半分は正しく、もう半分は……『過信』であったことを……

 後ほど思い知らされる、二人だった。


「あやさん、ありがとう……じゃあ、お願い……します」

「うん! 番号教えて!」

「はい。え~と……0462の……」

「ありがと! 女同士の方がいいと思うんだよね。任せて!」

「うん……本当にありがとう」

「じゃあ、そういうことで! 日曜日、来るんでしょ?」

「うん、行くよ」

「じゃ、ツバキでね!」

「あ、あと最後に……その……」

「なぁに?」

「ホントに……本当に、ごめんなさい……でした!」

「いいから! じゃ、おやすみ!」

「うん……おやすみなさい、あやさん」


 シンとの同居が一因でこじれてしまったあやさんと……

 元通りの関係に戻れそうなのは……

 もしかしたら、ミサコのお蔭だったのかも知れない……

 そう思うと、ミサコへ感謝の気持ちさえ……湧いて来た僕だった。

 それでも……

 それでもこちらからの連絡は、もうしない……否、してはならないんだ。


 なのに……

 なのにどうして、あんなことに……。


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