淡墨の深層 第三十二章 暫く…一人にさせて…

 虚言癖のあったシンを問い詰め……

 同居をさせていた僕の部屋からは「年内には出て行く」と約束させ……

 これでひと段落……と、再度飲み直し……

 目が覚めたのは昼近くだった。


 シンが……アイツが出て行くのが『いつまでに』なのかは約束させた。

 あとはその件を、あやさんへ普通に報告すれば良い……

 それで……アイツのせいで二人が、一時的にでも別れるなんて路線は無くなった……

 そう……僕は思っていたんだ。



「シン……起きてたのか?」

「あ? ああ~、よく飲んだなぁ」

「ちょっと……電話して来るわ」

「あやさんにか?」

「ああ。よく判ったな?」

「まったく……俺も嫌われたもんだよ」

「でもお蔭で……あやさんとは別れなくて済みそうだ」

「そうだったな。今年中……年内には出て行くって言ってたって、あやさんには伝えてくれよ」

「そうするよ。就活も頑張ってな!」

「わかった!」



 アパートの階段を降りて右へ……直ぐの突き当りを左へ行くとあるコンビニの公衆電話から……あやさんの番号をプッシュ。

 この日は月曜だったが、前日の日曜が勤労感謝の日で振替休日。

 あやさんの勤めはお休みで……もしも彼女の計画通りであったならば、僕の部屋で二人きりの『同棲ごっこ』となるはずだった。




 3コール……4コール……5コール……出た?

 が……何故か無言……?


「・・・・・・」


 間違い電話を架けてしまった? いや、番号は間違いなく押したはず……

 そんなことを考えていたら……


「もしかして……れい?」


 良かった……あやさんで、間違いなかったが……

 どうして僕だと判ったんだろう?


「あ……あやさん、おはよう」

「もうおはようって時間じゃないけど、おはよ。そろそろ電話、来る頃だと思っていたわ」

「うん……昨日はその……ごめんなさい」

「そうね。まだ……赦したわけじゃないからね」

「うん……」

「それで? どうなったのかな? アイツの件は」


 そうだった……その報告のために、電話したんだ。


「うん。シンは……結果的には出て行くってことで、話が付いたよ」

「そぉ……それはお疲れ様でした」

「あ……ありがとう」

「で? アイツ、いつまでに出て行くの?」

「うん……今年中……年内には出て行くってさ」

「・・・・・・」


 またも無言になったあやさんだったが……

 次の瞬間……あやさんの声色が変わったのが判った。


「年内ですって? 年内の……いつよ?」

「いや、それは決めさせ……なかったけど……」

「年末までまだ、一ヶ月以上あるのよ! それまで、いつ出て行くのかもわからずに、待ってなきゃならないの⁉」

「そ……それは……」

「昨夜、あれだけ言ったじゃない! 『いついつまでには出て行く』って、アイツに約束させるって!」


 この時……自分の認識が、如何に甘かったのかを思い知ったんだ。

 シンにはもっと、具体的な日程を決めさせなければならなかったのか。


「れい……」


 突然……あやさんの声から力が抜けた。


「うん……」

「また大声出して……ごめんね」

「ううん……気にしないで」

「ありがとう……でも、もう私……疲れちゃったよ」

「あやさん……ごめん……」

「昨夜も言ったように……れいだけが悪いんじゃない……一番悪いのはアイツだって、わかってるんだけどね……」

「あ……ありがとう」

「でも……暫く、考えさせて」

「うん、わかった。じゃあ、来週のツバキ……」

「わからない」


 そう、少しだけだが強く……

 僕が……次週の予定を確認する台詞を言い終える前に、そう被せて来たあやさんだった。


「あやさん……」

「もう私、わからないの……ごめんね」

「あやさん、謝らないで。あやさんは一つも悪くないんだから」

「ありがとう、れい。とにかく……暫く……一人にさせて……」


 その台詞が……電話もして来て欲しくないという意味を内包していることは……

 鈍感な僕でも、容易に理解出来てしまった。


「わかったよ、あやさん……いつでも、店へ電話してね」

「うん……じゃあ、切るからね」

「うん……それじゃ……」



 部屋へ戻ると、シンからは……


「お帰り。随分と長電話だったな」


 前夜までの僕であれば……

「お前のせいでこんなことに!」と、怒気も湧いたのだろうが……

 もう……そんな気力も湧かなかった。


「あやさんに……」

「おう。ちゃんと伝えて、赦してもらえたんだろ?」

「あやさんに……フラれたかもしれない」

「へ⁉」

 

 『年内』ではなく、もっと具体的な日程が必須だった件も……

 もう……シンへ伝える気力も無くなっていたんだ。

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