淡墨の深層 第二十七章 またアイツか…

「週に一回くらいは連絡くれてもいいでしょ! お店に電話しても、シフト休で居ないって言われたし!」

「ごめんなさい……今週……先週もか、シンのことで色々あって……」


 そう答えた僕へ、あやさんはため息交じりに……


「またアイツか……」


 このように、僕はこの時期既に……

 『シン絡み』で、あやさんから叱られることが多くなっていた。


 『この時期』とは……

 この日は11月四週目の日曜日だったが……

 予算が割けずにツバキへは入れず、二次会からの参加だった。

 目的は勿論……あやさんに逢うため。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「あれ? れい、どこに居たの? 今週もツバキ、来てないのかと思った」


 二次会会場の青龍で僕を見つけ、いつも通り隣へ座ってくれたあやさんへは……

 予算的理由で、二次会からの参加になった旨を伝えた。




 あやさんからは『顔合わせ会』にてシンに会わせた時点で……


「あのシンて人、本当に……信用できるの?」


 と、シンの疑わしさを見抜かれており……

 尚且つ……シンの酒癖の悪さや素行……特に、金銭的な部分が怪しいことなどを既に伝えていたので……

 シンを早く追い出して、僕には付き合いを止めて欲しい……あやさんとしても、それが本音だった。



「で? 今度はアイツ、何をやらかしたの?」

「うん……正にその、店へ電話をくれたシフト休の日だったんだけど……」


 シンの居場所を……恐らく探偵を使って突き止めた『伯父さん』がいきなり訪ねて来て、シンの母親の状況を伝え……シンからの近況説明を聞くなり『いつもの嘘話』だと決めつけボコボコに殴ったが……その場はなんとか抑えて帰らせた。

 そんな一幕があったことを、あやさんへ伝え終えたタイミングで……

 僕が思わず漏らしてしまったため息を、あやさんは見逃さなかった。


「れい、もうさぁ……アイツの面倒見るのに、疲れ果ててるんじゃない?」

「まぁ、そうだけど……でもアイツ、結構良い曲を作って来るんだよ」

「バンド活動も大事だけど……このままアイツに振り回された生活でいいの?」

「良くは……ないけど」

「だったら……」


 その時……あやさんの瞳が哀しく揺らいだ。


「だったら、私のことは?」

「え?」

「最初にシンとの同居のことを聞いた時には私……『面倒見いいね』なんて言っちゃったけど……あれから私たち、なんか……遠くなっちゃったんじゃない?」


 少し……泣きそうな瞳で訴えるあやさんの表情に僕は……

 申し訳なさがこみ上げて来たんだ。


 確かに……シンが転がり込んで来て、三週間弱が過ぎて行った中で……

 僕自身の、あやさんへと向ける時間リソースが減少しているのは……彼女の言う通りだった。


「ホントなら、明日ね……」


 『明日』とは……この日曜日が11月23日、勤労感謝の日で祭日でもあり……

 翌24日の月曜日は、振替休日……僕自身は月曜日が基本的にシフト休なことは、以前からあやさんへ伝えてあった。


「明日じゃないな……今夜から……」

「今夜?」

「そう……キミんち行って……短いけど振替の月曜日まで、この前みたいに同棲ごっこ……しようと思ってた」

「あやさん……」

「でもさ、今はまだアイツと同居中だし……」

「ごめん……」

「もっと早く出て行くもんだと……思ってたからさ……」

「それはホントに……ごめんなさい……」

「キミだけが悪いんじゃないけどさ……」


 それ以上は、お互いに言葉が無く……

 どこか、ヤケ酒気味にペースを上げて飲み始めた二人だった。


 暫くはそんな調子だったが……

 それまでは結構俯き加減だったあやさんに、突然笑顔が戻り……


「そうだ!」

「なに?」


 唇を僕の耳へ近づけ、一層のヒソヒソ声で……


「今夜、ウチにおいでよ」

「いいの?」

「さっきから、ずっ~と謝ってたのは誰ですか~?」

「あ……ごめんなさい」

「ほらまた、アハハ! じゃあ、明日いっぱいまで……私はれいを、アイツから取り戻せる?」

「うん! ありがとう!」


 その夜はあやさんのアパートへ一緒に帰り……

 翌日月曜日いっぱいまで、二人きりで過ごせる……

 そう、決まった……


 次の瞬間だった。


 店内放送のスピーカーから……

 耳を疑うような音が……

 流れて来たんだ。

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